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Linda Hoaglund 監督

2019.10.06 00:42

Part 1:

〜大好きな日本に鶴の恩返し〜

リンダ・ホーグランド監督

日本とアメリカ

ニューヨーク在住のアメリカ人ホーグランド監督は、金髪に青い目でどこからみても外国人。だが「インタビューは日本語で良いでしょう?」とびっくりするぐらい完璧な日本語が飛び出す。それもそのはず、京都生まれで日本の小・中学校を卒業、高校は神戸のインターナショナル。アメリカのエール大学に向かうまで彼女はずっと日本に住んでいたのだ。目をつぶって話を聞くと、普通に関西弁を話す日本人かと思ってしまう。3姉妹だったそうだが自分は特に体も大きく日本ですごく目立った。幼少期はずっと周りに受け入れてほしいと思っていたそうだ。

映画監督への道

監督になる前は日本映画の字幕を担当していたというホーグランド監督。黒澤明、宮崎駿、市川崑、阪本順治、是枝弘和など有名監督の大作映画を多く手がけ、中村勘三郎率いる歌舞伎アメリカ公演の台詞翻訳・英語指導を経て、2004年に外務大臣賞を受賞している。

そして映画字幕から自然に映画製作に興味を抱いた。最初の作品は自分がそれまでこだわっていた『第2次世界大戦』だった。日本では敗北、アメリカでは勝利。この正反対のギャップの中で育った彼女は、自分の心にある葛藤を埋めるために、『特攻』、『安保』、『広島』と戦争に関する3部作を手がけた。特に『安保』は現在アメリカにある多数の大学図書館で資料として保存されている。

そしてその後、戦争作品に終止符を打ち、子供の頃の素直な心に戻りたいと思った。それは2014年の『The Wound and the Gift』という動物映画だった。観てくれた人々の心を癒したい思いで、「鶴の恩返しをしました」と明るく笑った。

映画『江戸アバンギャルド』

ある時偶然に江戸初期の屏風を見て「これって抽象画?」と考えたホーグランド監督。だがよく見ると1600年と書いてあった。そしてその瞬間、『江戸アバンギャルド』というタイトルが頭をよぎった。「この世の中は全て西洋人の発明からきているとか、西洋が作ったと思われがちな部分を歯がゆく思ったの。嘘ばっかり。日本のモダニズムは300年早かった」。そして3年間かけて勉強して、お金を集めて、NHKも口説いて(笑)この映画を作るに至った。

初めての4K映像採用。日本の 国宝を含む素晴らしい美術品を、ガラスなしで自然光やろうそくの灯りで直接撮らせてもらえた。特に梅の一つ一つの粒など、『繊細でアップに絶える』印象を与えたいと思ったそうだ。今回の4K撮影映像は日本のベテラン・笠松則通(のりみち)監督が引き受けてくれた。彼とは坂本順治監督の映画字幕がきっかけで知り合えた。優しくて冗談も言える、日本で指折りの大監督。「すごく光栄でした」と監督は微笑んだ。

映画の中で奈良にある龍穴神社を初めて訪ねた監督。新幹線がなく、大阪から2時間かけて車でたどり着いた山の中。そこは奈良時代から変わっていないような雰囲気の場所だった。神道について説明があるという話に「どうせ変なおっさん(笑)」が出てくると思っていたら翌日、袴をはいたかっこいい男性が現れて慌ててしまったと笑わせてくれた監督。映画の中にある説明はどれもすごく詳しく、自分自身の勉強になったそうだ。

監督の作品は『江戸あばんぎゃるど』と題して違う形で1月にNHKで放送された。日本のお宝ものを一人のアメリカ人女性が見方を変えてあげるという大胆な発想の裏には、視聴者を喜ばせるための勉強を絶えずかかさなかった。江戸時代の絵師たちは電光も騒音もなく、いつ津波、火事、洪水などの自然災害に見舞われるか予測もつかない状態だった。彼らにとって自然とは一体何だったのかと監督はかなり長い間想像してみたそうだ。

日本の演出家だとまずお宝ものを探すが、監督はただ古い小さなカタログから、自分が心打たれる、署名のない作品も選んだ。これは無名のアーチストに敬意をはらいたかったからでもある。 自分は美術学者や歴史家でないから位置づけに興味はない。ただ良いものを映像ではっきりと魅せることに集中した。自然を描写した屏風、掛け軸、絵巻など、好き嫌いがはっきりしている監督が選ぶ作品にはなぜか説得力がある。

かなりの視聴率がとれたので来年の春にまた新たな撮影に入るそうだ。「もちろん、また日本ものですよ」と笑った監督の次作品に大きく期待したい。

Part 2:  

Linda Hoaglund  リンダ・ホーグランド監督

歴史の芸術:主観的真実と客観的事実

11月12日、Simon Fraser University Department of History主催による歴史問題シリーズの初日、ホーグランド監督による『The Art of History: Subjective Truths and Objective Facts』が講演された。SFUの学生や教授をはじめ200人以上のカナダ人がバンクーバー市内のSegal Graduate School of Businessに集まった。

歴史と少女の傷

リンダ・ホーグランド監督は、日本生まれの日本育ちで完璧なバイリンガル。「日本語を吸って英語を吐く」というぐらい学校で日本語、家では英語の通訳生活をしながら育った。250本ほどの日本映画の翻訳をしながら、映画監督の多くが『戦争は間違っている』と間接的に訴えているのを感じたそうだ。歴史と芸術。今回の講演では監督自身の手がけた映画と芸術家による作品が数点紹介された。

ホーグランド監督が『広島の原爆』について初めて習ったのは小学校4年生の時だった。担任の先生が黒板に『原爆』『広島』『アメリカ』と文字を書いていくと、クラス全員の目が自分に集中した。アメリカ人としての責任を感じた彼女はその場から逃げ出したかったそうだ。それは少女にとって人生ではじめての『罪』。そんな思いに区切りをつけて、2005年に広島を訪れるまでかなりの時間が必要だった。

日本の『内戦』

日本の熟年層でも日米安全保障条約の背景について知る人は意外と少ない。1960年、資本主義に必要な『奴隷化』を生活に感じた一般市民は、米軍基地拡張に猛反対した。 アメリカは、韓国やベトナムへと続くアジア戦争に備える基地確保と、中国共産党への恐怖心から、岸信介首相率いる日本政府を過剰に支援。政府の指示に従い市民を暴行する警官と、警官に向かって「良心を呼び起こしてください」と訴える日蓮宗の僧たち。 その様子はまさしく『内戦』状態で、過去にこんな大規模なデモが東京をはじめ各地方で起こっていたのだと多くの来場者は初めて知った。

監督の映画にはナレーションが全くない。そのせいかまるで自分がその場所にいるような感覚になってしまう。拡大された油絵や写真から見る、正義、恐怖、権力などそれぞれの違った表情が全てを物語っていた。戦後の日本がドイツのように政治改革や戦後教育ができなかった理由の一つに、このような怖い出来事が国内でまだ起こっていたのだと認識できた。

だが内戦が終わると勝者が史実を作り、敗者はその存在すら認めてもらえない。ホーグランド監督は自身の勉強の中で、芸術家たちが後世に残そうとした気持ちを知り、「日本人はただ無抵抗だったのではなく、過去に抵抗していた記録がある」と若い人に知ってもらいたかった。そして監督の映画『ANPO』が上映されると、日本で50年ぶりに安保美術展が国立現代美術館で開催された。

来場者からの多くの質問が終わると拍手が止まらず、今回の講演は大成功だった。近いうちにまたバンクーバーに戻ってきてくれそうなホーグランド監督。VIFFは来年も映画『江戸アバンギャルド』を再上映するのでぜひお見逃しなく。