Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

逆のものさし講新聞 「後世への手紙」

「酒が、ぅんメエエエエエエーー!!」佐古田

2019.10.28 21:00


10月27日(日曜日)名古屋逆もの講、ご参加の皆様ありがとうございました。


福田恒存の「人間は生産を通じてしか付き合えない。消費は人を孤独にする」という言葉から皆で問いを深めて参りました。


我々もボヤッとニュースなんて見ながらいればいつのまにか働くこと=消費にすり替わり、何かを買うための労働に知らず知らず変質させられてしまいます。

なんと巧妙なトリック。これはあまりにも無意識で、世の皆様が苦しむ理由の一つではないでしょうか。

いや、もしかしたら苦しむことさえ自覚させないほどに巧妙な罠かもしれません。本来の生きる目的の喪失、今や子供が無邪気に遊ぶことでさえも消費に結び付け、小さい頃から立派な一億総消費マシーンの一部になっちまいそうです。


『人は何かをいっしょに”創りあげる”という行為の中でしか”情”は生まれないし、力強く進歩をしない』とドクスメさんのご紹介文にもありました。


行き過ぎた消費欲は我々の心の奥にある

「愛情飢餓」を餌に肥大化する幼児的願望・退行欲求です。自分は楽をして周囲に何かをやって欲しい。他人が解決して欲しい。幼児の私をそのまま受け入れて欲しい。この欲しいという飢餓感を刺激すれば商品は売れ続け、株価も安定、売る側にとっては万々歳、有難いお客様なのでしょう。


でもおかしいですよね。それって社会悪?大人にならない社会を願うんですから。ピーターパンさながらです。

でも我々も共犯かもしれませんよ。だって幼く欲しがるんですから。だからこそ生産を通じてお互いを相支え合う、みんなが切磋琢磨し入りたがるような大人の共同体にならなきゃいけない。


幼児的願望は表面的には綺麗にデコレーションされて今、社会を大手を振って歩いています。

でもどんなに綺麗に虚飾されても幼児は幼児。子供同士が結婚・教育・社会参加すれば…えらいこっちゃです。


逆もの生は大人たらんと覚悟を決めましょう。大人でなければ創り上げる空気は醸し出せませんぜ。


夜も更け、2次会はみんなと語らいお酒を飲めば「何か」がリセットされました。

「何か」って何?って話ですか?それはさっき書いた、幼児化した社会の澱みたいなものでしょうか。


私の周囲にも大人で真っ当な仕事をしつつも幼児化した社会の矛盾に苦しむ方、悲しむ人がいるのも事実。この流れ、なんとかしなきゃいけない。


酒も進み、名古屋の仲間の顔を見たら

「よし、明日からもいっちょやってやろう」と、2次会のテーブル越しに仲間の笑い顔を見て思いました。一人庶民革命の旗は名古屋逆もの講がこれからも掲げ続けます。


この場は「安心感」だけではない。やり続ける「意思」そして、一人でも立つという「自立性」に裏打ちされた生きた共同体だ。


名古屋逆もの講という共同体を、構成員の山田航平くんが家族と言ってくれたが、たしかにそうだ。

みな指示されることなく率先し責任を自ら引き受けるから新しく入講したメンバーも気持ちいい。

より成長しようと各々新しいことに挑戦し始める。


そこには傷ついた人が帰る場所である「安心感」母性もあれば甘えたままではいけないと厳しい「意思」を教える父性もある。この2軸が車の両輪となり人は前に進める。大人に成長していく。


本来の日本の家族って大人が生まれる場所なはずなんだ。