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明日もきっとルビーを蹴る。

2019.10.25 14:00

お題

土/ルビー/水溜り

ルビーが浮かんだ水溜りは土で汚れていた。



「月、赤いな。」

何となしにぽつりと零された言葉に有斗はがばっと振り返った。

「地震来る!?」

「……来るって言ったらどうする?」

「えぇ!?やばいじゃん!なんか、もう、ほら、自然災害すごい!みたいな!」


あわてふためく有斗を見ながら、吏斗はからからと笑う。泥の道を飛び越えて、また飛び越えて、今度は水溜りに足を取られる。びしゃん、と跳ねた雫がスラックスに染み込んでゆく。学校指定の紺のスラックスの裾は、飛び越え損ねた泥に捕まえられた跡を残していた。少しは洗い流してくれるものかとその場でさらに跳ねる吏斗を有斗が止めた。


「ちょっと吏斗ぉ!なにやってんだよぉ!」

「なにって……。」

「やだよ、そんなん、なんか吏斗っぽくない!子供っぽいの、なんか、ほら、やだぁ!」

「語彙力どこ置いてきたよ、お前。」

「吏斗……。」


水溜りの中に佇む吏斗の前へと躍り出て、有斗はその肩を掴んだ。僅かに驚いた様子を見せながらも自分の行動を押し留めようとする有斗の瞳が不安で揺れているのが見えた。


「みずたまり……。」

「え、なに?なになに、吏斗。聞こえない!」

「ズボン、ほら、裾んとこさ、すっごい汚れてんだろ?なんか洗いたくなった。」

「えぇ!?そんな理由!?」

「理に適ってるだろ?ほら、理屈人間の"理人"さまってな。」

「っ、俺がそれ、嫌いなの、知っててわざと言ってんな、吏斗、おまえ!」

「あーあー、悪かった。うっさいなぁ、もう。別にお前が貶されてるわけじゃなかろうに。」

「俺はっ……!」

「行くぞ、地震が来る前に。」


地震、という言葉に有斗の手の力が緩む。それを振り解いた吏斗はゆったりとした足取りでまた進み始めた。有斗も何か呪縛から解けたかのように吏斗の後を追う。

泥に冒されたアスファルトの道を二人はただただ歩く。晴れ上がった空がどうにも憎らしく思えてきて仕方がない。沈みゆく太陽に吠える有斗の頭を叩いたのはつい先刻、もう月が顔を出しているのかと吏斗は止まった時計を見つめる。


「雨、今日も酷かったな。」

「……うん。」

「抜け出してきたけど、街もやっぱり散々な感じだな。」

「……そう、だね。」

「川、見に行く?」

「やだ!だめ!」

「そこの情報はちゃんと取ってるんだな。」


有斗と吏斗は文字通り、生まれた頃からの幼馴染と言っても過言ではない。隣の病室で生まれ、マンションの隣の部屋に住んでいた。幼稚園も小学校も中学も全て同じだった。それでも、家庭環境が異なれば人は異なった育ち方をする。有斗はゴシップに流されやすく人にも騙されやすい、優しくて誰からも好かれる男だ。吏斗はそれが少しだけ羨ましかった。


「あれはな、有斗。」


東の空に浮かぶ丸々と肥え太った月を指して吏斗は言う。


「地球ってのは、大気が周りを覆ってるだろ?それって見る方向によってちょっと厚さが違うんだ。」

「大気、厚さ……うん。」

「具体的に言えば、頭の上が一番薄くて、水平方向、あぁっと、目線の方向か。そこが一番厚い。」

「えぇ、そうなんだ!?」

「で、月ってのは、太陽光を反射して僕らの目に届いてる。」

「うん、小学校のときやった。」

「その太陽光の反射した光が、大気を通るとどうなる?」

「え?えーっと……。」

「中学理科。」

「……あぁ、屈折!」

「よく出来ました。ここらへんは高校理科も含んでくるからざっくり説明を省くけど、光には色があって、その色によって反射や屈折の仕方が変わってくる。」

「うんうん。」

「だから大気の厚さによって届く光が違うんだ。厚いところでは赤い光だけが届きやすい、だから赤っぽく見える、これが原因。」

「へぇ、あ、じゃあ赤い月が地震の予兆ってのは?」

「皆既日食とかそういうのの言い伝えなんじゃねぇの?」

「そうだったんだ……じゃあ、俺もちょっと安心だ。」


にへらと表情を崩したのが分かるような声で有斗は言った。それに釣られて吏斗も笑ってしまう。日も沈み切ろうという黄昏の時間に、こんなにも明るい声が響き渡るだなんて、と吏斗は二度目に捕まった水溜りをさらに蹴る。


「つっめた!?」

「あぁ、悪い。」

「こんにゃろ、わざとだな!?」

「後ろにいるとは思わなかった、な?」


こっち、と指し示した吏斗の横には泥も水溜りもないアスファルトが顔を出していた。


「吏斗はさぁ。」

「おん。」

「理屈人間とか言われてるけど、本当は優しいし、あったかいし、親切だし。」

「……。」

「そういうの誰も知らないだけだから、俺はすっごい悔しい。」

「だからなんで僕のことでお前が悔しがるん……。」

「でもさ。」


ぴょい、と再び吏斗の前に有斗が飛び出してきた。慌てて足を止める有斗だったが、有斗の満面の笑みが、幼い頃からなにひとつとして代わり映えのしない彼が大好きな笑顔が、目の前で吏斗にだけ向けられている。


「俺はそんな吏斗を独り占めできるの、結構嬉しいんだよね。」

「吊り橋効果?」

「つりばりこーか?」

「……なんでもない。」


なんだか照れくさくなった吏斗はその体を押し除けて目的の場所へと駆け寄る。それは二人が通う高校の裏手にある花壇だった。植えられた小さな花はそれまでの凄惨な場所とは違い力強く花を咲かせていた。


「ここは無事だな。」

「よかったね、吏斗。」

「土の状態も悪くないし、大丈夫そうだ。」

「よかったぁ。」

「……戻るか。」

「うん。」


二人が振り返るそこには沈んだ街がある。度重なる雨によって暴れた河川が街を飲み込んだ。互いを支え合うように身を寄せる自分たちが、目の前の流された家々と重なる。


「……っ、ふ。」

「吏斗、帰ろう。」

「……。」

「お前の涙を笑うようなやつ、俺が全部ぶん殴る。大丈夫、お前には、なにも聞かせないし、言わせない。お前は、俺が守るよ。」

「有斗、僕は……っ!」

「吏斗。」


赤い月が、ゆっくりと昇る。水溜りにちらりと浮かぶルビーを、二人は踏み付けながら避難所になっている中学へと戻る。まだ何も救えていない、まだ何も。


「ねぇ、吏斗。」

「……。」


行きとは違い、吏斗の手を引いて歩く有斗は呟く。


「月、高くなってもまだ赤いね。」

「……あぁ。」

「湿気、水、とかかな?」

「……そう、だよ。」



明日もきっとルビーを蹴る



手内有斗(てない ありと)

ちょっとおばかさん。クソデカ感情持ち。

富良野吏斗(ふらの りの)

ちょっと頭硬い。クソデカ感情持ち。