カガミにうつるものは。
2019.10.29 23:53
![](https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/449300/62db8aba15acad110cb1ab60d6968952_ac62fa152386b52b3c66c4f027ba3245.jpg?width=960)
カガミにうつるものは。
このところ、身近な人や知人の、直接間接の言葉から、痛いところを突かれることがあった。
しかし、それは、自分がいままで見ないことにしたり、逃げていたり、言い訳したりしていたことの現れで、
普段ならかちん!と怒ったり、へこんだり、
ごまかしたり、あきらめたりしていた。
でも、今回はなんか違う感じ方、受け取り方が。
言われて確かに痛いのだけど、そこにある一言が、確信をついていることに気づく。
いつもなら攻撃されているか、他人事か、と感じていたが、実はそこに期待や応援があったり、
見透かされている真実の姿を言われたり。
そうか、目の前のその人は自分を映し出す鏡。
痛い一言や態度は、自らが発しているもの。
同じ言動を世界に対して表しているから、
相手がそれを映しているのだ。
相手を羨ましく思ったり、蔑んだり。
なぜそこに引っかかるのか?
相手からの言葉や態度に引っかかるものがあれば、自らをまず振り返れ。
カチンとくるときは、同じものを発していないか?
凹む時は、逃げたりごまかしたりしていないか?
羨ましいときは、自分の夢や希望をあきらめていないか?
蔑むときは、自分を大切にあつかっているか?
波立つ感情にゆられても、
ことばの風にあおられても、
自分という小舟の舵は波にも風にも
まっすぐたてて進んでいこう。
かならず光にたどり着けるから。