10月:うりふたつ。
先日、実家に遊びにいった際、自分が子供頃の写真を見て驚いた。
息子の十一と幼少期の自分の顔が「瓜二つ」だったのだ。
そうなると不思議なもので、完全に妻の佳子に似ていると思っていた息子の一挙手一投足が、なるほど、自分に似ているかもしれない・・などど感じる様になった。人間とは単純な生き物である。
しかし、そうなると、「困ったもんだなぁ」と頭を抱えてしまった。僕は息子には、妻の様に天真爛漫で裏表のない人に育ってもらいたいと思っているからだ。
「早熟」といえば聞こえは良いが、小さな頃から、ひねくれた性格で、不登校・ひきこもり・ミュージシャン志望という、どっからどう見ても親不孝道を突っ走ってきた自分と、息子が似るというのはどうも不安だ。
当然、息子が不登校になろうが、ひきこもろうが、音楽を始めようが、自分の両親がしてくれた様に接することになるだろう。過度に触れず、かといって離れず。
両親が僕に対してとってくれたそんな態度に、今、子供をもつ親になって改めて感心する。
「ほかっておく」ということは、相当の信用がなければ出来ない。中学時代には「家庭を持ってから仕事に行かなくなるのと、今、数年間、学校に行かないのだったら、どっちがいいと思うの?」という小生意気なことを両親に言って困らせていた僕だ。もうほっておこう。と諦めたのかもしれないが、それにしてもその時期、ほっておいてくれたことが、良くも悪くも今の僕を作り上げている。
思春期に精一杯休ませてもらったので、16歳でフリーターになって以来、これまで無職になることもなく、ストレスで潰れることもなく、良い仕事と仲間に恵まれて、今日まで働き続けられている。
僕ら二人に瓜二つの顔をして、今はスヤスヤ眠っている息子の顔を見るたび思う。
僕も僕がしてもらった様に、彼のことを信じて待てるだろうか?と。
でも、まぁ、今はそんなこと考えもしょうがない。
今はそんなことより、瓜二つがなんで「瓜」なのか。そして瓜は「凪」と似ているなぁ。というどうでも良いことで頭がいっぱいだ。
ダメだダメだ。
もう寝ることにしよう。