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大義名分〜私の髪は誰のもの〜 seane3

2016.04.15 15:20

それは12月末、久しぶりに大学時代の先輩に会った時のことだった。

「伸ばしてた方がいいよ、髪の毛も女の子の一部だから。」

せっかく可愛く整えてもらった髪を、"どうしても切りたくなる" と何かを茶化しながら言う私に、ゆっきーさんはなんてことないトーンで答えた。ゆっきーさんと会うのは何年ぶりだろうか。所属ゼミの一期先輩である彼女とは、特に二人で飲みに行ったりしたことはないが、とっても親しみやすい人だった。明るくて気さくで、華のある人。我がゼミは、毎年現役生OBOGが一堂に会する場を設けている。私もゆっきーさんも割と出席率の良い方だが、何だかタイミングが合わなくて、ここ3年くらいご挨拶できていなかった。私が今のようにカウンセリングを受けるちょうど1年くらい前から、ゆっきーさんはカウンセリングを受け始めていたように思う。だから、彼女を見ていると何となくわかる、"私にもこんな変化が訪れるのかな" と。ずっと会いたいと思っていた。会いに行くのは私の得意分野で、会いたい人にはパンパンに詰まったお尻を上げてたくましい太ももを駆使して会いに行く。

でも、会いたくなかった。

私の描くベストな再会は、彼女が長年続けてきたお芝居の最後の舞台を観に行くことだった。一度は観たいと思っていた、女優に憧れ、社会人と二足のわらじを履いてでも彼女が続けていたお芝居。そんな彼女が引退するというのだから。そりゃあ、有終の美を観に行きたかった、本当に。でも、会いたくなかった。

この思いをそっくりそのままゆっきーさんに告げると、彼女は何ともあっさり「タイミングじゃなかったんだね〜」と右から左に流した。彼女の変化は会ってすぐにわかった。学生の頃はこう、誤解を恐れずに言えばもっと八方美人だったように思う。ハキハキとしながら、場の空気を壊すことなくいつも前向きにことをすすめられる、嫌味のない女性司会者のような。だから、ひとたび彼女が登壇すれば ”あの時話していた先輩に憧れて” と言ってゼミを志望する学生がいたくらいだ。でも、この日会った彼女はそうじゃなかった。何というか、何を気にとめることもしなかった。ただ一つ彼女が気にとめていたのは、彼女自身のことだけだ。今自分が思ったこと、今自分が感じたこと、それが彼女のすべてだった。ハキハキと前向きで明るく華があるのは確かにそうだろう、でもなんというか、もっと淡々としている。美人は美人でも一方美人だ、自分にだけ忠実な美人である。私が彼女に会いたくなかった理由がよくわかった。彼女は女性性をしっかり生きている。そしてそれは彼女もお見通しだったようで、最近は会って欲しいと女性に言われることが多いと話した。かく言う私もその一人だ。みんな何かあるんだね、と食事を一口運んで視線を上げた。

「大丈夫だよ。」

その瞬間、正面に座る私に涙がこみ上げた。その時は何に涙が出るのかよくわからなかった。ただ、ものすごい勢いで体の中心を握られたようだった。そんな私を見て「書いてあげる」と、ゴソゴソ商売道具を取り出す。ゆっきーさんは心書家として活動をスタートさせたばかりだった。彼女は、それまでの社会人の自分も、舞台で輝く自分も手放して、筆を手にしたのだ。今日は普通の筆しかなくて、と黒い筆ペンをサラサラと葉書サイズの紙に滑らせて、私の名前を書いてくれた。


自分のまわりにある愛をうけとめて 誰かに伝えていくこと

そうすれば自然と必要な人に出会えるよ

だからもっと自分を信じて仲間を信じて 歩き続けよう


別れ際にハグをして、また何かの機会に〜とサラッと告げるゆっきーさん。多分私は学生時代よりも彼女のことが好きになった。もちろん昔も好きだったが、こっちの方がしっくりくる、ゆっきーさん自身に。彼女が ”女の子の一部だから” と言った髪の毛をさわりながら、 "どうしても切りたくなる" と茶化していた自分自身にこう呟いた。

「もう少し、このままでいてみよっか。」

〜つづく〜


  


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