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美的なるものを求めて Pursuit For Eternal Beauty

果てしなく広い北の大地の彫刻公園< モエレ公園 ノグチ・イサム氏設計・2005年>

2019.11.05 13:23

<「新・美の巨人たち」(テレビ東京放映番組 2019年7月27日) 主な解説より引用>

 札幌市郊外、北の大地に生まれた、世界最大の彫刻作品「モエレ沼公園」は、20世紀を代表するアメリカの彫刻家である イサム・ノグチ氏(1904-1099年)が設計し、2005年に完成。

「モエレ」とは、アイヌ語で、「ゆったりとした流れ」の意味。

188ヘクタール(東京ドーム40個分の面積)にも及ぶこの公園の完成した姿を、作者であるノグチは完成を待たずして、遡ること17年前の1988年12月に、病気のためニユーヨークの病院にて逝去してしまう。

 1904年にアメリカ・ロサンゼルスで生まれたイサム氏は、アメリカ人レオニー・ギルモアと日本人の父 野口米次郎の間に生まれ、2歳の時に母親と来日するも、父はその時、別の

家庭を持っていた。このことを、後生イサム氏が語るに、「僕は望まれて生まれたのではない。父母にとっては、この上ないお荷物だった」と述懐している。

 自然の公園のようでいて、明らかに、そして意図的に、人工的な彫刻なる物体があちこちに点在している。

トイレとしてのミュージックシェル、スライド・マウンテン、テトラ・マウンド、ガラスのピラミッドなどなどである。

 「サクラの森」と呼ばれる子ども専用公園の一角には、背丈90センチメートルの子ども目線で、ワクワクと楽しみが湧いてくるような、様々な遊具が仕掛けられている。

 建築家の藤森照信氏いわく、「彫刻を置くのではなく、土地を含めて大地を彫刻し完成させた。そして、世界のどこにもない風景を現出させた」と。

ちなみに、ゴミ箱やベンチがひとつもないこの公園は、24時間365日だれでも利用可能な、

札幌市の無料の総合公園である。

<番組を視聴しての私の感想コメント>

 イサム・ノグチは、「東洋の目線と西洋の目線」両方の目線というか、文化の狭間に生きてきただけに、若い時からのその稀有なる経験・体験の蓄積が、こうしたスケールの作品を構想できる、彼の「個性豊かな美意識を生む原動力」になっているのだろうと推測してみた・・・

 すでに、彼が29歳の時に発した言葉それは、「未来の彫刻は大地になされるものかも知れない」として、その頃の自身の制作意欲からも、将来の大彫刻家としての片鱗が、つかの間に垣間見えた瞬間でもあった。

 イサム氏が、83歳で初めて建築する公園現場を視察した際に述べた言葉にも、それは現れていた。

 いわく、「すごく空が広い。ここには、フォルムが必要です。これは、僕がやるべき仕事です」と。私自身、イサム・ノグチ氏の作品は、これまでに多くは鑑賞できずにきている。

 ただこれまでにも、多くの人々が共有する場所での作品制作が多いのが、彼の作品の特徴のひとつとも言われ、「芸術がより良き生活のために役立つ」ことを、終始つねに願っていたという。

 番組紹介の中で、最も印象的であったのは、やはり人工ではあるが、そこに彼なりの意味合いを込めたであろう、「共生のマウンド」その上に、取り囲むようにそそり立つ「銀製のパイプ」、そして目線の先にそそり立つ「ピラミッドの人工階段」その意味するものは何かという問いかけであった。

 この公園にイサム氏と同じく関わってきた建築家の川村純一氏は語った。家族の関係が複雑であっが故に、小高い、そしてやさしく盛られたモニュメントのようなマウンドは「ノグチ・イサム氏」の象徴。のマウンドを包み込む銀のパイプは、「母親」の象徴。

 そして、横に立つビラミッドのそそり立つ壁は、「父親・米二郎」の象徴ではないかと推測していた。

 つまり、イサム氏は、幼少の頃からの原体験を、意識的にせよ、無意識にせよ、生涯自らの魂に抱え込みつつ、結果として「最後の遺作」となってしまうこの公園造営の中で、両親と自身の「永遠のフォルム」を、北の大地にしっかりと刻み込みたかったのではないか、と想像するのである・・・

写真: 「新・美の巨人たち」放映番組(2019年7月27日)より。

左上: 「ミュージック・シェル」と呼ばれるトイレ。

右上:  「人工マウンド」と「三本足の装飾のある銀のパイプ」

中央: 「モエレ公園」全景の航空写真。

左下:  夕日に映える人工マウンドと銀のパイプ

左下:  夜のライトアップされた美しい噴水

掲載につき、同番組視聴者センターより許諾済み。