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パク・ドファン君へ/平野甲賀

2016.07.31 02:00

 韓国ソウルからメールが入った。「初めまして。私は韓国のPaTIというデザイン大学に通っています。PaTIは2012年にアン・サンスさんを中心に様々なデザイン教育者によって設立されました。その授業で黒テント劇場のポスターを見て、文字と日本のアヴァンギャルドについてさらに勉強したいと思いました云々……」と丁寧な日本語で挨拶があり、そして7月の4日にパク君(23歳)がやって来た。

 彼は質問事項を箇条書きにして、あらかじめメールに添付して準備万端、送信してきた。ただ敬語の使い方が、どの方角を向いているのか「日本語はむずかしいです」としきりに恐縮していたが、まあ、通じないこともない。となると、つい早口で言葉を節約してしまう癖のある、僕の喋りで理解してくれるのかどうか?

 言葉・文字というものは形をどうこうする以前に、そのセンテンスの持つ微妙なニュアンスを、どう受けとめるかが問題だよ。ポスターやブックデザインのタイトル文字をどんな書体にするのかは、まず充分に想像力を働かして、内容、考え、情、そしてそこから、どんな結果がえられるのか悩むことで、浮上した形が良くも悪くも、自分たちの形になるわけだ。

 ひとからどうしてこんな色、形、の文字をわざわざ描くのですか、と答えを求められるが、一言ですむようなものではない。つまり、そこに自分の形を置くだけで、はたして共感を呼ぶかどうか問題だしね。どうしても正解がほしいのなら、国民が全会一致で了解している記号で表示すればいいわけだし……。

 だが言葉には、いろいろ色合いがある。PC・フォントであろうと毛筆であろうと、感情をさまざまに表現する。ハングルでも「スルプダ」といえばその色はやっぱりブルーなんだろう? まあ、その程度の認識でいいのだ、それ以上でも以下でも、コミュニケーションは成立してしまうからね、と一言多い。


 パク君がコピーしてくれた「鼠小僧次郎吉」ね、僕がそのポスターを作ったのは1968年のことだ、その盗賊鼠小僧次郎吉は遡ること、百数十年以上も昔の人、その盗賊が現代によみがえって大活躍するという痛快アングラ・パロディー演劇。もちろん下敷きには、歌舞伎、講談、映画、政治闘争、全共闘、フォークゲリラなどなど、いろいろ交錯するわけだ、ちょっと反逆的演劇集団(黒テント・佐藤信)のためのポスターだ。あの時期は前後して大型豪華版のポスターが多数作られ競い合った風潮もあってね、横尾忠則さんや、多くのイラストレータや写真家が誕生した、エポック・メイキングな気概にあふれていた時代だった。もちろん演劇あってのことだ。紅テントの唐十朗。天井桟敷の寺山修司の大活躍があって、現在の日本のグラフィック・デザインや演劇の潮流はそこから生まれたといってもいいと思う。だから今、君たちが日本のアヴァンギャルド(60年代の)に興味を持ってくれたことは、たいへん嬉しい。これを機に、日本のアングラ世代の足跡をたどる旅にでも出てくれたまえ。面白いものにたくさん出会うと思うよ。

 末筆ながらアン・サンス先生にもよろしくお伝えください。


パク君が僕のポスターをパクった!




平野甲賀
1938年生まれ。装丁家。
2014年に小豆島に住まいを移した後、2019年からは高松在住。