ナニカノタメニ
倫子です
すっかり
何かのために
何かをすることが
なくなってきました
どうやら
意図をもたないことが
身についてしまった
みたいです
今
何をすればよいかは
カラダが教えてくれます
歩きたかったら
足が動きます
わたしにとって
大事な
意味のある
トコロに導かれたと
わかっています
でも
それは
わたしの内側が
そうしたくて
自らを導いたのだと
思っています
わたしは
ただ
「今」ここにいる自分を
感じていました
この場を
感じていました
石や
草や
土や
空を
感じていました
あふれるままに
何かを口ずさんでいました
それが
なんであってもいい
カラダが音を出したいというから
唄う
ただ
それだけです
あんなにたくさん
人がいたのに
いつの間にか
人がいないところを
1人歩いていました
このまま
奥にはいっていっても
誰も気付かないだろうなと
思いながら
吸い込まれるように
歩いていたら
1人のおばあさんが
道に迷ったようで
道を聞いてきました
それで
それ以上
奥にいくことを
忘れてしまいました。。。笑
∞
仲良しの二本の木
1つが2つになった木
神社の敷地に生えていたら
御神木や
夫婦○と
名付けられる木が
普通にあります
でも
そうやって
名付けられた木より
この木たちのほうが
私は好きです
人の思いや念が
入っていないから.。o○
樹齢300年の木も
ただそこにあります
人が小さい.。o○
樹齢170年の紅葉
私が行った時は
その木の反対側の空間が
光っていました
言うなれば
光がここに
降り注いでいるだけなのだけど
写真と同じように
私の目には
霞のかかった
何とも言えない空間に
感じました
御神木でなくても
樹齢○○○年でなくても
普通に
必要なタイミングで
必要な場所に
光は降り注ぎます
ナニカノタメでなくてよいのです
ただ
変わらず
四季の変化と共に
自然の流れの中に
存在する
ナニカノタメニに
存在しようとしなくても
大丈夫•*¨*•.¸¸☆*・゚
時間だって
伸び縮み自由
焦らなくても
大丈夫
きっと
みんな
変わり目の時
もちろん
私もです
わたしは
更に
いろんな意識を手放し
自分の心地よい次元に
瞬間瞬間
存在します
おそらくね•*¨*•.¸¸☆*・゚
わたしが
どこに向かっても
わたしは
welcomeです
倫子