僕と落語 -4/蒲敏樹
テレビで落語のチャンネルを探し、車では落語のCDを聴き、本屋では落語家さんの書いたものを探しては読みふけってはいたものの、恥ずかしながら20代後半までは生の落語は聴いたことがなかった。
岐阜県出身の僕が、ひょんな事から京都住まいだったカミさんとお付き合いを始め、二人とも落語が大好きだということが判明して、ならば、と寄席巡りが始まった。
二人で行った落語会を思い出すままに挙げてみる。
『伏見酒蔵寄席』
伏見の酒蔵で落語会がある。まだカミさんと結婚する前、付き合いだして数ヶ月経った頃だった。隔週で週末ごとに岐阜から京都に通っていた僕は、夕方、カミさんが仕事を終えるのを待ち、連れ立って京阪電車に乗った。京阪「中書島」駅で降り、高架をくぐって夕方で交通量が増えた通りを歩く。
着いた先は「伏見夢百衆」。黒壁と駒寄せが美しい古い造り酒屋である。付近には竜馬が襲われた寺田屋や会津藩の駐屯地だった伏見御堂がある。
ガラスの引き戸をくぐった先に高座が組まれ、椅子が並べてあった。平成18年から始まった「伏見酒蔵寄席」は席がはねた後の利き酒会とも相まって人気が高いようだ。続々と席が埋まり、椅子の追加もしている。
カミさんの同僚で、超のつくほどの落語好きなIさんも合流。彼女は関東の出身で、「上方も良いけど、江戸のしっとりじっくり聴かせる落語が堪らないですねー。」と常々言っている。
この日は、桂あさ吉さん、桂吉坊さん、桂歌之助師匠の3名。1時間の落語会の後に利き酒会となる。あさ吉さんは英語落語をやっており海外でも公演実績があるようだ。当時上方落語をかじり始めたばかりで、英語落語と言われてもピンとこない。したがって演目も覚えていないのは残念だ。続いて吉坊さんが「動物園」。新作落語でユーチューブで観たことはあるが、生で見るのは初めてだ。小柄だが、元気の良い吉坊さんの演じる虎がコミカルで面白い。トリは歌之助師匠で「壷算」。古典の定番である。安定感のある師匠。勝手知ったる噺でもグッと引き込まれて思わず指で壷の値段を計算してしまう。
3人で1時間なので、落語会の時間はやや短めだが、この「伏見酒蔵寄席」の真骨頂はここからだ。終わりの合図と共にお揃いの紺の法被を羽織った従業員さんがワラワラと現れて、高座から金屏風を下ろし緋の毛氈を剥ぎ取る。出てきたのは酒瓶のケース。会場が椅子席なので必然高座も高くしつらえてあり、山のような、といった数である。ケースを除けて、高座裏の仕切り幕を取り去ると、現れたのは丸テーブルが転々と島のように並ぶ利き酒会場。既に封を切ったご当地伏見の酒瓶が並び、利き猪口も伏せられている。乾き物をはじめ、気のきいた肴も並ぶ。
「それでは、どうぞ!」支配人の一声で、高座の撤収を見守っていた客は利き酒会場へ雪崩れ込んだのは言うまでもない。
今思い出したが、歌之助師匠と始めて言葉を交わしたのは、この席でだったと思う。
利き酒会の途中で知り合った大阪だったかの人に、「僕らもぜひ落語会してみたいんですよね。」などとも話していた気もする。
そうか、あの時から何となく「小豆寄席」が始まっていたんだな。
ところで、酒どころの伏見の酒である。もちろん旨かったが、ぜひ書いておかねばならないのは、会がはねたあと、3人で立ち寄った京阪高架下の小さな赤暖簾である。
カワハギの刺身を肝醤油で味わいながら呑んだ、伏見燗酒は、まさに落語「上燗屋」な旨さなのだった。
蒲 敏樹
1978年岐阜生まれ、2010年より小豆島。
波花堂塩屋&猟師&百姓。