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僕と落語 -7/蒲敏樹

2017.04.02 07:05

「落語はやっぱり主催じゃなくて、お客さんで聴きに行くほうがええな。」

前回も、そして今回も福田港で港を出て行くフェリーに歌之助師匠と笑福亭呂好さんを見送りながら、カミさんと二人で交わした会話である。ところが、その舌の根もかわかないうちに、しかも車に乗り込み自宅へ向けて走り出した直後に、

「次は何月にしよ?」「やっぱ7月のうちがええんと違うか。」

この始末である。落語には引力がある。一度聴いたら、また聴きたい。好きな噺家さんの、好きな噺が聴きたい。他所へ聴きに行けないなら呼ぶしかないな。ほなら、また席亭やな。このループから抜け出せないのだ。

 噺家さんとのやりとりや、会場のこと、そもそもお客さんが入るのかの心配など、席亭には気苦労が多い。(もっとも、僕が不精なのもある。)それでも、席亭でなければ味わえない事と天秤にかけると、あっさりと再びの開催に傾いてしまう。会場の外から、細めに開けた襖の隙間から覗く高座はなかなかオツなものだし、お客さんの大笑いの顔をこっそり眺めるのも良い。仏頂面のあの人がニンマリしているのに、してやったり感を覚え、お開きの後、「ありがとう、また聴きたいなぁ」と言ってもらえると達成感がある。何より、島に居ながらこうして本物の落語に関わっていられるのが嬉しいのだ。

 さて、第2回の小豆寄席。お客さんは入るも入ったり、102人。前回が60人ちょいだった事を思うと倍近くである。中でも前回来てくれたお客さんが今回もしっかり来てくれているのが嬉しい。しかも子供にも開放したことで待ちかねていたという、子供の姿もチラホラ。

 最初は呂好さん。演目は「動物園」。前回、桂そうばさんがやったネタである。聞き覚えがあるお客さんもいただろうが、演者が違うとまた雰囲気も違う。元ネタがイギリスの噺だそうで、今回歌之助師匠が台湾での高座と言う海外経験を話すのに引っ掛けた、あえての選択だろう。

 十分に会場が暖まったところで、歌之助師匠の1席目。数日前に台湾から帰ったばかりと言う事で、中国語で「動物園」の一部を演じて見せる。意味は分からずともまる覚えということで、器用に喋る。何本も公演を抱える中で覚えるという、大変な作業だ。そして本題、演目は「看板の一」。歌之助師匠の高座ではあまり聞いたことがなかった博打物である。後で調べてみると2、3度過去に高座に掛けたデータが見つかった。持ちネタがおよそ60本ほどあると仰っていたが出現頻度はどれくらいなのだろう。賢者の行跡を愚者が真似て失敗するという落語では定番の構成だが、落差が一目瞭然に分かるので面白い。そしてトリは再び歌之助師匠で「寝床」。定番中の定番で本領発揮。やっぱり歌之助師匠は面白い。下げで浄瑠璃の座が「床」というところと小僧の「寝床」を掛けているのだけれども、今回初めて来てくれた子供たちは分かってくれただろうか。下げの方法も沢山あるので、まだまだ沢山の落語を聞きたいし、聞いてもらいたい。終演後何人もの人から、「前回も来たよ。」とか「すごい良かった!迫力あるね。」とか「次はいつ?」との声をかけてもらう。席亭冥利に尽きるというものだ。だから止められない。

 そして今回初めて、2日目は星城小学校への出前寄席。紆余曲折あったものの、小学校での公演が決まった時は本当にうれしかった。この子供たちの中に将来の噺家さんが潜在する可能性を思うと、ドキドキする。会場は体育館。正直どんな事になるのかさっぱり分からなくて、何回も他の小学校での公演経験がある歌之助師匠と呂好さんにおまかせである。小さな小学校なので1年生から6年生まで、先生に保護者までいる。皆が笑える、となるとどんな内容だろう。

 初っ端、歌之助師匠は高座横に呂好さんを呼び込んだ。そして着物を全部脱げ、と言う。襦袢姿になった呂好さんが寒そうに立っている。ここから、そもそも今着ているものは着物といいますよ。落語とはこんな事をするんだよ。との話が始まる。その合間に子供たちが授業で暗誦したという寿限無の全員での唱和。ザワザワしていた会場が一体になってくる。

 そして呂好さんの「平林」。平林という二文字の漢字を幾通りにも分解し結合し直して、何度も何度も同じパターンで問いを繰り返していく噺で分かりやすい。以外にも中学年、高学年の子供たちより、小さい子供達にドッカンドッカン受けている。噺の内容もさることながら、呂好さんの仕草や表情がオーバーアクションでそれが面白くてたまらないようだ。

 歌之助師匠は「犬の目」。目の治療に来た患者の目を抜き取り、それを失くしてしまったので犬の目と入れ替える、というちょっと聞くとショッキングな内容だが子供たちは息を呑んで聞いている。途中目が眼窩から転がり出るシーンで「目がポーン!」という所があるが、歌之助師匠がただでさえ大きな目をむき出しにする。やはり表情や擬音語が入る部分は子供たちは大好きなようだ。この部分は、子供たちがあとで教室に帰ってから何度も真似していたと、後で先生から伺った。テレビなど、画面を通しては伝わらない、話芸の面白さとか迫力を感じてくれたに違いない。

 公演中、子供達の笑う横顔をこっそり見ていると、本当に屈託なく大声で笑っている。この中に、噺家の卵がいる。そう考えると何だか不思議でちょっと幸せな気分になったのだった。さて、次は7月予定。また「聴くだけが楽やな。」と言いながら席亭を務めるはずである。