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カヤック海旅/山本貴道

2016.06.25 00:40

僕は大学卒業後、都庁職員として東京から1000㎞南、小笠原諸島父島にある小笠原水産センターで魚介類の研究員として働いていた。

僕がカヤックに初めて出会ったのはその父島の海だ。見渡す限りの水平線の向こうに浮かぶ真っ白な入道雲、澄みきった海を泳ぐ色とりどりの魚たち、そしてまさに今そこで生まれたばかりの海風。そんな手つかずの大自然の中、カヤックに乗って海に浮かんでいると、心が解放され自由を感じた。そして大きな波にたゆたううちに自分も自然の一部なんだと思うようになった。そんなカヤックの魅力に取りつかれた僕はだんだんとこれを仕事にしたいと思いはじめ、一念発起で故郷である小豆島に2004年にUターン、カヤックガイド自然舎(じねんしゃ)を始めたのだった。今から10年ひと昔前のこと。

小笠原の海が「動」だとすれば、小豆島が浮かぶ瀬戸内の海は「静」だ。穏やかで風光明美。キラキラと輝く波間の向こうにはたくさんの島が浮んでいて海を眺めているだけで心がなごむ。穏やかで多島美な瀬戸内海。ここで産まれ、この風景が当たり前だと育った僕だったが、それは世界から見ても特別に恵まれた海、そしてカヤックで旅をするには絶好の海域であったのだ。

前後にシュッととがったかたち。一見するとすぐにひっくり返りそうなカヤックだが、海を旅するには最適な乗り物だ、と僕は思う。全長約5m。前後に荷室があり、そこに水や食料、鍋やテントなど、旅の道具をぎゅうぎゅう積め込み海に浮かぶ。荷物を積めばその分舟は重くなるが、安定感がまし、めったなことでは転覆することはない。

カヤックは人力。いつでも好きなときに漕ぐのを止めることができる。止めたそこには静かな世界が広がっている。目を閉じると聞こえてくるのは波の音と鳥のさえずり、爽やかな潮風が頬をなでていく。心がゆっくりとほどけてきたら出発だ。

僕はカヤックに乗って海抜0mの視点から島を眺める。と、小豆島は大きく、山は高い、そして海岸線は複雑に入り組んでいることに気が付く。今日はあの岬「長者鼻」を越えて、三都半島の先端の白浜まで行ってみよう。

高気圧にすっぽりと覆われたよく晴れた絶好のカヤック日和、海は鏡のように滑らかとなり島影や雲を映している。クラゲが波間をふわふわと漂い、こんな日は跳ねたくなるのだとボラが何度もジャンプを見せる。思わず居眠りしそうになるほどのんびりとした海をカヤックは一漕ぎ一漕ぎスイスイと気持ちよく進んでいく。

と思いきや、白浜の手前で突如として白波が立ち始める。瀬戸内海は潮の流れが極めて速い。海峡や岬の先端、潮がぶつかりあうような場所ではざわざわと波立ち、風と潮の流れがぶつかり合うような時には三角波が立ち、荒れ狂う川のようになることもある。

が、激流の海域が限定されるのが瀬戸内よいところだ。波に翻弄されながらもなんとか難所を抜けると再び穏やかな海が広がる。油断は禁物だが、ちょっとした冒険気分を味わうことができる。ただし、しまなみ海道の一部では激流極まりなく、カヤックでは潮止まりの時間帯にしか通過できないこともある。

目の前に小豆島の最南端に位置する地蔵崎灯台が見えてきた。その下に広がる白く美しい砂浜、その名も白浜にカヤックを乗り上げる。上陸したら、なにはさておきまず乾杯、ゴクッ、ゴクッ、プハー! そしてバタリと砂浜に寝転がる。広い空にスーッとトビが横切っていく。ザパーッ、時々沖を通るタンカーが作り出す大きな波が浜に打ち寄せる。自由で幸せな時間がゆっくりと流れていく。空の色は刻々と変化していき、気が付けば西の空が茜色に染まり始めている。そろそろ夜の準備をしなくては。

カヤック旅の醍醐味はキャンプだ。そしてキャンプといえばなんといっても焚き火。焚き火は明かりや暖を取るだけでなく、調理をすることができる。そしてメラメラと揺らめく炎は暗闇への不安を取り除いてくれるソロキャンプの最高の友でもあるのだ。

だからキャンプには祭りのような派手な大きな火はいらない、使い勝手の良い小さな焚き火があればよい。小枝に火を点け、だんだんと枝の太さを増し炎を大きくしていき、ある程度太い木に火が点いたら薪の追加を止め熾火を作る。その熾火で飯を炊き、飯ができたら再び木を投入し、焚き火をつまみにちびちびと酒を飲む。こうしてキャンプ地に夜の帳が下りてくる。

対岸には四国の夜景が瞬き、目の前の暗い海を明かりをともした船が通過していく。小さな焚き火1つのこの浜辺から、そんな光を眺めているとなんだか少し優しい気分になってくる。「そちらのみなさん元気ですか? こっちの世界もいいもんですよ」



山本貴道
1972年小豆島生まれ。
カフェタコのまくらを運営
タコのまくらHP

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