小豆島の山なみ/山本貴道
13年前、ガイドになろうと小豆島に帰ってきたものの、僕は島のことをあまりよく知らなかった。そもそもこの島にはガイドできるような面白いところはあるのだろうか?まずは地図を頼りに島をめぐった。
寒霞渓、オリーブ畑、お寺、農村歌舞伎舞台、棚田、醤油蔵、etc. 島の中には魅力あふれる宝物がたくさんあった。
しかし、そこはガイドブック片手に誰でも訪れることができる場所。観光地を巡りつくした僕はガイドと一緒でなければ行くことができないような場所を探していた。
そうだ山に登ろう。
海に浮かびカヤックから島を眺めたり、名所めぐりをしていると、この島はほとんど山だと気がついた。集落は海沿いのわずかな平地に密集しており、その背後には木々に覆われた山が広がる。
紅葉や奇岩で有名な寒霞渓の山々は島の中央部のほとんどの部分を占め、最高峰の星ヶ城は標高816m、瀬戸内海の島々の中では一番高い。冬には平地が雨でも山頂には雪が積もることもある。
そんな島の山に興味を持ち始めたころ、実家の本棚で1冊の小さな本に出会った。
垂直に切り立つ岩肌をむき出しにした山の写真に「小豆島の山なみ」とある。ページをめくると僕がまだ行ったことのない山がたくさん紹介されていた。
洞雲山、碁石山、大嶽、親指嶽、千羽ヶ嶽、四方指etc. それぞれの山の写真とその説明、ルートなどが掲載されていた。
そして各山に魅力的なサブタイトルがつけられていた。
洞雲山・碁石山 - 絶景や 海上アルプス 修験道 -
大嶽 - 霊峰の 人よせぬ壁 神や住む -
親指嶽・千羽ヶ嶽 - 鳥となって 風に舞う我 嶽高し -
などなど。
このキャッチコピーにワクワクしながら僕は片っ端から掲載されている山に登った。
なるほど。洞雲山・碁石山では岩を駆ける修験道の気分を味わえたし、大嶽ではなにか人を寄せつけない神聖なものを感じた。
千羽嶽では今まで島で見たことのないような壮大な美しい景色に出会えた。広く青い海のむこうにうっすらと淡路島が見え、目の前を飛ぶトンビと一緒に僕も空を飛んでいた。
その僕の小豆島山行のバイブルともなったこの本の著者に先日お会いする機会があった。
越智熙さん。山を愛する自然体験案内人。小柄ながらもがっしりとした体躯をしており、いかにも山屋といった力強い雰囲気を持っていた。
しかし、話を聞くと癌を患っていることが発覚し、医師から余命宣告をうけたらしい。今回小豆島を訪れたのも、生きている間に自分がこれまで作ってきた資料を関係者に託すためだという。
ほんの短い時間だったが、「小豆島の山なみ」を作ったときの苦労話や寒霞渓の話など、とても楽しそうに語ってくれた。そして帰り際にたくさんの貴重な資料を僕に手渡してくれた。
その中に越智さんが定年後に始めた世界の名峰への登山記録があった。
冒頭、こう書かれている。
「5000mが近づくと空気も薄く息苦しい、鳥の声も聞こえず、静寂の中をただ風が流れる。見上げる濃紺紫の空のその先は暗黒の宇宙の広がり」
実は僕も勢いでエベレストのB.C.(ベースキャンプ)あたりまで登ったことがある。そこは5500m、空は藍色に近い青、ただただ風の音が聴こえる静寂の世界だった。空を眺めて宇宙に近いなと感じたことを覚えている。
越智さんも僕と同じことを感じていたことにうれしくなった。
そして越智さんはその高みで宇宙の広がりとともに命について強く意識したそうだ。
僕もそうだった。当時の僕の登山記録の最後のページには今読み返すと恥ずかしくなるのだがこう書かかれている。
「なぜ山に登るのか、それは生きていることを確かめるためだ」
5000mを超える世界は美しかったが、頭痛に悩まされたり、息苦しかったり、かなりハードな世界だった。でも苦しいからこそ自分が生きていることを強く感じることができた。
小豆島の山はそこまで過酷ではないので、自然の中で楽しくリラックスした時間を過ごすことができる。景色のよい岩場の上で海を見ながらおにぎりをほおばり、ごろんと横になって青い空に流れる雲を眺める。島の山は海も空もすぐそこにあるのがよい。
今では汚れてよれよれになってしまった僕のバイブル「小豆島の山なみ」、この本もって久しぶりにあの山に登ろうかな。
興味のある方には越智さんから譲り受けた「小豆島の山なみ」の改定版「小豆島に遊ぶ」「寒霞渓に遊ぶ」をお分けすることができます。必要な方はご連絡ください。
Email yamasora0609@gmail.com (山本まで)
山本貴道
1972年小豆島生まれ。