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ドンドロ浜商店繁盛記2/小坂ひとみ

2016.07.31 02:00

 「キッチン入れて2部屋だったのか…!」

 仲介人の植松さんに連れられて甲生地区の浜辺の家にはじめて見学に入ったとき、まず動揺した。6畳の和室がひとつと、6畳のキッチンがひとつ。新居は友人のあいちゃんとシェアすることにしていたので、それぞれの部屋は欲しいところだったのだが、これでは寮生活のときのように相部屋するしかない。

 それに、キッチンの床は今にも抜けそうだった。所々に応急手当としてコンパネ板が敷かれていて、その板の上を歩くと、ちょっとしたバネのように軋む。そして元々の床が上に乗ったコンパネ板をはじき上げてバコバコと大きな音が鳴る。どうしてこのキッチンの床はこうなってしまったのだろうか。どこかで雨漏りでもしていて床が傷んでしまったのだとしたら、屋根や天井を修理できるほどのお金はないので手に負えないかもしれないと思ったが、どうやらシロアリが原因だそうだ(それはそれで困るけれど)。

 床のことを除けばきれいで機能的な、とても使いやすそうなキッチンだった。でももし床を直すとなったら女子ふたりでは難しそうだし、費用もかかりそう。これは一度あいちゃんにも相談しなければと思い、少し考えさせてほしいとその場で植松さんに伝えた。すると、「もう高松の大家さんには借りる旨を伝えてあるから、断ることはできない」と告げられてしまった。

 あいちゃんはとてもポジティブな思考の人で、なにかとまず心配から入ってしまう私と違って頼もしい。借りようとしていた浜辺の家は相部屋するしかなく、断ることも難しいことを伝えると、「場所はすごく良いし、相部屋も慣れてるし、大丈夫だよー。」と、いつものホンワカした調子の返事が返ってきた。そう言われると、なんだか私もそんな気がしてきた。賃貸である以上、100パーセント理想通りの家なんて出会えるわけがないのだから、3つ口コンロのガス台だとか、海が見える縁側だとか、すでにすごく好きだと思えるところがいくつか見つかっている時点で、それは自分にとって相性のよい家と考えていいはずだ。

 というわけで、2014年の11月にめでたく新居が決定。実際に移り住むまでに新居の家の中の掃除をして、床を直して、荷物を運び入れなければならない。なかなか気が遠くなりそうな道のりである。あいちゃんは年末から南インドにヨガ修行に行くことになっていたので、島に帰ってくる2月の中旬以降に引っ越し準備にとりかかることになった。 

 一番の問題だった床の張り替えは、ありがたいことに助っ人がすぐに見つかった。元豊島美術館スタッフの九州男児、ナガイくんである。木工家具の工房で働いていたことがあるそうで、簡単でよければたぶんできますよ、と福岡から手伝いに来ることを快諾してくれた。

 想像こえる寒さの豊島の冬を、毛布にくるまってひたすら耐え忍んでいたら、あっという間に日焼けしたあいちゃんが帰国した。数日後にはナガイくんが豊島入りすることになっている。滞在できるのは3日間。電話やメールで少々段取りの相談はした。

① 初日に小豆島の土庄にあるダイキ(ホームセンター)で木材などを買う。

② 買った木材を翌日昼に豊島の唐櫃港に着く水口マリン(商店などに卸される物品を小豆島・豊島間で運んでいる船)に乗せる。

③ 2日目の昼までにキッチン内の今ある床を解体し、お昼すぎに到着の水口マリンに材料を取りに行く。

④ 甲生に戻って作業開始!

という感じ。

  床張り初日。ダイキで待ち合わせをして、久しぶりのおしゃべりもそこそこに、てきぱきと材料を選んでいく。サブロク(1800mm×900mm)の針葉樹合板7枚、角材何本か、1×4インチか2×4インチの杉板、ネジ類、ボンド…、買ったのはたしかそれくらいだったと思う。ダイキで用紙に記入して、あとは船までの輸送も積み込みもダイキにお任せだった。土庄から豊島への船での運び賃は荷物1個につき300円で、今回10個に荷物がまとまっていたので運び賃 は合計3,000円。このシステムも初めて知った。自分に直接関係がなければ知ることもなかったと思う。

 翌日、昼頃に唐櫃港に行くと商店の荷物の積み降ろしがはじまっていた。豊島の商店のうち何軒かは土庄本町にある卸問屋から品物をとっているので、この水口マリンで唐櫃港に納品される。降り口には 荷車を引いたおばあさんやおじいさんが待ち受けていて、荷物を積み終わるとゆっくりゆっくり立ち去っていく。 

わたしたちも木材を車にぎっしり積み込んで、甲生に向かった。

  作業はほぼすべてをナガイくんにお任せしていたので、床張りの内容はぜんぜん思い出せない。解体をちょろっと手伝ってみたりしたけれど、張り始めるときには島のおじさんや他の元同僚も手伝いに入ってくれていたので、ささっと撤退。あとはごはんの準備をしたり、なんの工事や~と言ってワラワラと集まってくる甲生地区の皆さんと話をしまくっているうちに、時間はどんどん過ぎていった。ナガイくん、のらりくらりしている私たちを尻目に、さぞかし大変だったでしょう。本当にすみません。

 無事に完成した新しい床は、針葉樹合板の素材感むきだしのままだけど、それがラフな雰囲気で今どきのお洒落なキッチンに見えた。蛍光灯だったキッチンの照明も、島のおじさんが取り外してくれて、白熱灯のあたたかい明かりに変えることができた。改装の総額はざっと3~4万円くらいだっただろうか(ナガイくんの交通費含む)。ふつうどれくらい費用がかかるのかは知らないが、お金のない私にも払える金額に収まった。

 様子を見に来た島のおじさんが「改装なんてしても、この家はシロアリまみれで1年もたん。ベシャっとつぶれる。」と言い放って帰ったのが強烈だったのだが、大丈夫、まる1年以上経った今、まだつぶれる気配はない。



小坂ひとみ

1986年生まれ。2012年に東京から瀬戸内海の豊島に移住。
現在は小豆島在住。夫と猫とともに暮らしている。