現代の経営(上)
ピーター.F.ドラッカー氏の「The Practice of Management」(1954年)の日本語訳です。ドラッカー氏は、一般には「経営学者」とか「経営思想家」とか呼ばれてますが、自分では「社会生態学者」と名乗っていたそうです。(確かに、ドラッカー氏の本を何冊か読めばわかりますが、彼は、単に会社という営利組織だけでなく、NPOのような、地域社会のために存在するような組織までも考察していたことがわかります。)ドラッカー氏は、1909年11月19日 、オーストリア・ウィーンの生まれです (2005年11月11日没)。ユダヤ人である氏は、ナチスの台頭とともにドイツを追われアメリカへ移住(1939年)し、会社経営における「マネジメント/Management」(組織をまとめ動かす方法)を、他の人に先駆けて、最初に研究対象として体系的に研究し、会社経営コンサルタントの大家として成功した方です。( ところで、日本では2009年ぐらいに「もしドラ」、正確には「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(写真下)という、公立高校の野球女子マネージャーのマンガもありましたね。あれは、最近よくある、ビジネス本をマンガ化する "はしり" だったと思います。)
本書「現代の経営」(上)の「まえがき」にも書いてありますが、ドラッカー氏はコンサルタントとして成功し、10年以上やってきた後、1942年に「産業人の未来」という著書を発表します。そして、それがきっかけでゼネラル・モーターズ(GM)の首脳陣から同社のマネジメントについて調査研究するよう依頼されます。それが、本格的な会社経営における「マネジメント」研究のきっかけになります。そして、その成果をもとに「企業とは何か」(邦訳旧題:「企業という概念」)を発表します。その後、シアーズ・バーロック、GE(ゼネラル・エレクトリック)などのコンサルも頼まれるようになるのですが、「(私は)いつも同じ状況に直面した。すなわち、マネジメントの仕事、機能、課題についての研究、理念、知識に関する文献はほとんど存在せず、いくつかの断片と専門的な論文があるにすぎなかった。」「そこで私は、じっくりと腰を下ろして、この暗黒の大陸たるマネジメントの世界の地図を描き、欠けているために新たに生み出さなければならないものを明らかにし、すべてを組織的、かつ体系的に一冊の本にまとめようと決心した」のです。「(当時の)経営管理者は体系的な知識を必要としていた。すなわち、コンセプト、原則、手法を必要としていた。しかも彼らは、それらの何も手にしていないことを知っていた。」
そのような当時の状況が、本書(「現代の経営」)を書くきっかけとなったのです。この成功により氏は「マネジメントの父」と呼ばれました。実際、ドラッカー氏の代表作の一つが「マネジメント/課題・責任・実践」(原題:Management/1973年)というタイトルだったり、その後の自らの作品、例えば、‶The Essential Drucker on management″ (邦題:チェンジ・リーダーの条件/2000年)や ‶Managing in the next society″ (邦題:ネクスト・ソサエティ/2002年)などに "Management" という言葉を冠しているのは、やはり自分が「MANAGEMENT」の概念と手法を生み、発展させたマネジメントの創造者としての自負とプライドがあったからかもしれません。
というわけで、会社(組織)のマネジメントについて興味ある方はぜひドラッカー氏の書籍を読んで下さい。(本人も述べていますが、彼の意図する「マネジメント」とは、社会に存在し、活動する「組織」(例えば、企業、NPO,政府等)を動かすために必要な概念や、方法、手法などを指し、彼はそういった組織内の各部署で責任と決断を負って働いている組織人のために本書などを書いたので、決して「経営管理者」限定の著書ではありません。)1940年から2000年代という先進国が成長を謳歌した時代に、この経営哲学者が考えたこと、予見したこと、社会に提言したことは、今でも輝きを失っていません。おそらくそれは、マネジメント研究においてドラッカー氏がブルーオーシャンを開拓し、他者に先行したため誰からの影響を受けることなく独自の考えを発展させることができたこと、ドラッカー氏が研究対象を会社経営のみにとどめず、社会の動きにまで広げ、それを深く研究したからではないか、と推測します。要するに「唯一無二」というか「オリジナル」だけがもつ「輝き」と「重み」ですね。
以下、私的に感心したところ、学んだところを記します。まず「企業とは何かを理解するには、企業の目的から考えなければならいない。」と、ドラッカー氏は言います。では「企業の目的」って何でしょうか? 「利益の追求」「事業を通しての社会貢献」「付加価値創造」。。(人によって答えはさまざまだと思いますがドラッカー氏はその定義を次のように語っています。)
「企業の目的として有効な定義は一つしかない。すなわち、『顧客の創造』である。(中略)企業が何かを決定するのは顧客である。財やサービスへの支払いを行うことによって、経済的な資源を富に変え、ものを商品に変えるのは顧客だけである。企業が自ら生み出していると考えるものが重要なのではない。(中略)顧客が買っていると考えるもの、価値と考えるものが重要である。企業が何であり何を生み出すかを規定し、企業が成功するか否かを決めるのは、それらのものである。顧客が企業の土台として企業の存在を支える。顧客だけが雇用を創出する。社会が企業に資源を託しているのは、その顧客に財とサービスを供給させるためである。」(P46,47)
では、次に「会社の利益」って何でしょう? どれくらいの利益をあげることが企業にとっては必要でしょうか?
ドラッカー氏は利益について次のように表現しています。「未来のリスクを賄うための利益、事業の存続を可能とし、富を生み出す資源の能力を維持するための『最低限度の利益』をあげることは、企業にとって絶対の条件である。」(P61)つまり、「企業の第一の責任は、存続することであり、ゆえに事業に対するリスクに備えるため余剰、つまり、利益を生み出さなければならない。企業は利益をあげられない他の事業の損失の穴埋めにも貢献が必要で、教育や防衛などの社会的費用に貢献する必要もある。また税金を納めるだけの利益をあげることも必要。また、事業を拡大するための資金を生み出す必要もある。」として、このような自らを存続させ、社会の機能を維持するのに貢献できるに足る利益を、「最低限度の利益」と呼んでいます。「この『必要最小の利益』が、事業の行動と意思決定を規定する。まさに、それは事業にとっての枠であり、妥当性の基準である。マネジメントたる者は、自らの事業のマネジメントにおいて、少なくともこの必要最小限の利益に関して目標を設定するとともに、その目標に照らして実際の利益を評価する必要がある。」(P61)としています。さらにP104 では、「(利益には三つの役割(*1)があるが、)そのいずれも、経済学者の言う『利益の最大化』とは何ら関係がない。これら三つのいずれの機能も、最大ではなく、最小に関わる概念である。事業の存続と繁栄にとって必要な利益の最小限度に関わる概念である。したがって利益に関わる目標は、事業があげうる最大の利益ではなく、事業があげなければならない最小限度の利益を明らかにするものであることが必要である。」(*2)と話しています。
また、第13章「組織の文化」では「人の強みを活かす大切さ」についてふれています。「べヴァリッジ卿(*3)の言葉、『凡人をして非凡なことをなさしめる』ことが組織の目的である。いかなる組織といえども、天才に頼ることはできない。天才は稀であり、手に入れられるかどうかはわからない。したがって組織の良否は、人の強みを引き出して能力以上の力を発揮させ、並みの人に優れた仕事ができるようにすることができるか、にかかっている。同時に、人の弱みを意味のないものにすることができるかにかかっている。優れた組織の文化は人の卓越性を発揮させる。卓越性を見出したならば、それを認め、助け、報いる。そして他の人の仕事に貢献するよう導く。しかがって優れた文化は、人の強み、すなわちできないことではなく、できることに焦点を合わせる。そして組織全体の能力と仕事ぶりの絶えざる向上をもたらす。優れた組織の文化は、昨日の優れた仕事を今日の当然の仕事に、昨日の卓越した仕事を今日の並みの仕事に変える。」 人の強みについてドラッカーはさらに、次のように言います。「卓越した者の強みが他の者にとって脅威となり、その仕事ぶりが他の者にとって問題や不安や障害となることほど、組織にとって深刻な事態はない。人の強みではなく弱みに焦点を合わせ、できることではなくできないことを中心に組織をつくることほど、組織の文化を破壊することはない。焦点は常に、強みに合わせなければならない。」(P199)
そして、優れた組織文化をつくる行動規範の一つに、「真摯さ」を人事の絶対の条件とするように求めています。(P202)「『何が正しいか』よりも『誰が正しいか』に関心を持つものを昇進させてはならない。仕事の要求よりも人を問題にすることは堕落である。『誰が正しいか』を問題にするならば、部下は策を弄しないまでも保身に走る。真摯さよりも頭脳を重視する者を昇進させてはならない。また、有能な部下を恐れる者を昇進させてはならない。そのような者は弱いからである。さらに、自らの仕事に高い基準を定めない者も昇進させてはならない。仕事やマネジメントの能力に対する侮りの風潮を招くからである。」(P219)と言っています。
*1、利益の三つの役割:1、事業活動の有効性と健全性を測定する基準となる。2、陳腐化、更新、リスク、不確実性をカバーするもの。3、直接的には社内留保による自己金融の道を開き、間接的には事業に適した形での外部資金の導入誘因として事業のイノベーションと拡大に必要な資金の調達を確実にするもの。
*2、面白いのは、ドラッカー氏は後年に書いた著書の中で、会社があげるべき「最小限度の利益」とは、往々にして、「最大限度の利益」より大きくなることがある、と書いています。
*3、ウィリアム・ベヴァリッジ:イギリスの経済学者、社会政策学者。
*下は「もしドラ」:表紙(「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」)