スイスより その2/Nemu Kienzle
スイスでは4つの言語(ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語)が公用語に指定されていて、ドイツ国境に近いスイスの街、チューリヒではドイツ語が公用語として使われています。娘のりりは近所の公立小学校に通う2年生で、授業は標準ドイツ語です。でも担任の先生はスイス人なので、標準ドイツ語とはかなり異なったスイス訛りのドイツ語を話します。なので、学校では2ヶ国語を話すことになります。これはきっと、大阪に住みながら標準語で学んでいる感覚に近いと思います。
国民98%が日本語を話し、小学校入学時には既にひらがなが読める子供が大半を占める日本と、多国語を話すスイスの学校はかなり異なります。りりのクラスには標準ドイツ語を話す家庭から来た子供が少なく、純スイス人の子供はほとんどいません。これは、チューリヒ市住民の30%は外国人という統計を、りりのクラスはまさに反映しているといっていいでしょう。タイ出身なのは養子にきたりりだけではなく、タイ人とスイス人のハーフのサラちゃんをはじめ、スペイン、ガンビア、トルコ、イギリス、クロアチア、ドイツなど、まさに多文化共生のクラスなのです。
家庭でドイツ語を話さない子供達が集まったクラスをまとめる先生は大変だと思うけれど、1クラスの生徒数はたったの18人。2年生はなぜか男子が多く、りりのクラスには男子が11人、女子が7人しかいません。その中で中性的なりりは男女どちらとも仲がいいけれど、一番仲よしのクラスメートはイギリス人のお父さんとスイス人のお母さんをもつステラちゃん。幼稚園から一緒にあがってきた子で、幼稚園では喧嘩ばかりしていました。それが小学校に上がって、お互いの個性的な性格に気付いた途端、急に仲良くなりました。ボーイッシュで同年代の女の子が好きなことには関心のない内気なりりと、お喋りで自分の世界に浸るのが大好きなステラちゃん。休憩時間、芝生に座って夢中でお喋りをしている二人を見たとき、一体どんなはなしをしているんだろう、と聞き耳をたてたくなった。
二人ともなにかになりきる「ごっこ」が好きで、ある日、うちに遊びに来た時は「家出をした子供たちが集まるコミューンに引っ越した」ごっこをしていました。そのごっこの為に、わたしは天井裏にしまってあるキャンプ用寝袋を引っ張り出してこなければなりませんでした。プールに連れて行った時は、おぼれる人魚を助ける王子様ごっこを始めましたが、誰も王子様役をやりたくなくて10分で終了。人魚は泳げるんだけどなぁ。
そして、もう一人りりと仲がいいのは、男子クラスメートのアンドリンくん。ご両親は共にスイス人。ある日、学校から帰ってきたりりが「アンドリンと遊びたいからアンドリンのお母さんに電話をして!」と言ってきた。今まで一度も聞いたことのない名前だったので、「え、それ、誰?」と聞いたら、気が合う同級生の男の子で、よく休憩時間に話をするという。まだ小学2年生のくせに、一対一で男子と遊ぶと他の男子からちゃかされるので、邪魔されずにうちでゆっくり一緒に遊びたいということだった。連絡名簿でアンドリンくんの自宅の電話番号を調べ、アンドリンくんのお母さんに電話をかけた。すると「うちの子もりりちゃんと遊びたいって言ってたからちょうど良かった!」と淡々と話が進み、数日後うちに遊びに来る事になりました。
その日は旦那ピーターがうちにいる日だったので、ピーターが夕食を作り、学校帰りに遊びに来たアンドリンくんがうちで夕食を食べていくことになった。わたしが会社から帰って来て「ただいまー!」とアパートのドアをあけると、アンドリンくんがにこにこ子供部屋から出てきて、「こんにちは、ぼくの名前はアンドリンです」とわたしに手を差し出して握手をした。こんなに礼儀正しい子供は久しぶりに見たので、びっくりして目をまるくしていると、夕食の支度をしていたピーターが台所から出てきて「ね、ね、すごいいい子でしょ。りりのお婿に来てもいいよ~、なんて思っちゃった。ウフフ」と、素直に喜んでいる。
アンドリンくんは挨拶だけではなく、食事のマナーもよく、大人から質問されたことにはちゃんと答え、好き嫌いがなく、なんでも美味しいといって食べ、言われなくてもお皿を下げ、うちに帰る前にはりりと遊んだあとの片付けまでして行った。他人の子供でもマナーにはとことん口うるさいピーターが、初めて何も注意しなかった。りりのまわりには、フォークとナイフを使わないで手づかみで食べたり、好き嫌いが激しくて塩をかけたパスタ(トマトソース抜き)以外は何も食べたがらなかったり、くちゃくちゃ音をたてて噛んだり、食事中ひじをテーブルにたてたり、食後に食器を下げなかったり、同席の人が食べ終わるのを待たないで席を立ったり、遊んだあとに片付けを手伝わないで帰ってしまう子が多いので、アンドリンくんは異例だったと思う。
アンドリンくんとりりは遊びのペースも似ているらしく、「もう飽きたー、うちに帰りたーい」とか「これからなにするー?」というダウンタイムがなく、1分でも無駄にしないで遊びたい、という切実な思いが伝わってくる。海賊ごっこや警察泥棒ごっこをしていたと思ったら、子供部屋の床に真剣な表情で座り込んで、プレイモービルのパーツを黙々とテーマごとに分けて箱にしまっていた。
その後もアンドリンくんはよくりりと遊んでくれる。アンドリンくんのお母さんから電話があって「うちの子、学校では他の男子にちゃかされて恥ずかしくて聞けないから、うちに帰ってくるとわたしにりりちゃんちに電話して一緒に遊べるか聞いてみて、って言うのよ」と教えてくれた。
なんにせよ、スイスのような小さな国に居ながら、いろいろな文化を背景にもつ子どもたちと共に成長できるりりはラッキーだなぁ、と思うのでした。
▲ 遠足帰りのりり
▲ 休憩時間に芝生に座り込んではなすステラとりり
キンツレねむ
NYで知り合ったドイツ人と結婚してスイスに越してもう10年。職業はインテリアデザイナー。7年前にタイから養子に来たりりは、いつのまにかやんちゃでかっこいい小学校2年生。