【#01】プトレマイオスの天動説【アカデメイア】
※この内容はフィクションです。
プトレマイオス(英名、トレミー)はその名から、ギリシャの出身ではないかと言われている。しかしその詳しい出自は1901年の現在においても謎のままである。
エクスプローラーズ・ホールに肖像画が残る、遥か昔の人物。にもかかわらず時折、冒険家探検家学会の創設者としてプトレマイオスの名があがるのは何故だろうか。
S.E.A.ではまれに、後世の人物が故人を名誉会員に推薦することがある。名誉会員と創設者の混同の結果、創設者として認知されるようになったようだ(当然のことだが、ホールに描かれたプトレマイオスの姿は想像画である)。
ここでまずは、プトレマイオスの主な功績を説明しよう。
天文学
プトレマイオスは、アリストテレスの天動説に基づき、「不動の地球が中心にあり、天体が地球のまわりをまわっている」とした。
従来の天動説では説明できなかった惑星の逆行を説明できる天動説モデルをつくりあげ、それは以後1500年もの間、不規則な惑星の移動位置を正確に予測できるモデルとして普及した。
また、占星術の分野では「トレミーの48星座」を決定したことでも知られる。
↑プトレマイオスの提唱した天動説に基づく天球図、1660年(gettyimages)
光学分野
プトレマイオスは自著「テトラビブロス」の中で、光の屈折の原理に関して入射角と屈折角には一定の法則があると述べた。
しかし、それらがどのような法則に従って生じるのか、具体的に示すには至らなかった。
地理分野
地理分野においては、経度と緯度の概念を用いれば正確な現在位置が算出できると説明した「ゲオグラフィア」が有名だ。
彼がゲオグラフィアに記した世界は実際の世界の1/4程度であった。 しかしその記述のおかげで、のちにコロンブスがインドを目指して航海に出、新大陸を見付けることができたのだ。
↑プトレマイオス図の写本(gettyimages)
ここで、古典天文学に話を戻そう。
プトレマイオスが提唱した天動説には3つのポイントがある。
現在、よりシンプルな太陽中心説モデルというライバルの登場により、地球中心説の不動の地位は崩れた。
コペルニクス時代にはまだ拮抗していたという。コペルニクスのモデルは当時まだ複雑で、エカントこそ排したものの周転円には頼らざるを得なかったのだ。
その後ガリレイやニュートンの登場によって、ようやくその立場は逆転する。
では、プトレマイオスは間違っていたのだろうか。
天動説は間違いで、地動説こそが真実なのか。
注意してもらいたいのは、どちらも「ただのモデル」である、ということだ。
太陽か、地球か。どこを中心に据えるか、という見方の問題でしかない。実際、現在でも天動説モデルで惑星の位置を算出できるのだ。
S.E.A.の人々は、プトレマイオスの学説を打ち捨てることはしなかった。むしろ、エクスプローラーズ・ホールの肖像画やマゼランズの有り様を見てもらえば、彼らの崇拝ぶりが分かるだろう。
S.E.A.の人々の素晴らしい所は、実に多様な視点でものを見て、考える事ができる点だ。チェインバーオブプラネットは明らかに太陽中心説を採用している。しかし一方で、マゼランズにある天球儀はプトレマイオス型、つまり地球が中心だ。
「現状をどう説明するか」という「モデル」の役割を考えると、地球が地軸を中心に回っているというのなら、逆に不動の地球を想定し「地軸を中心に宇宙全体が回っている」と考えても矛盾は無い。
空を眺めていれば、天体の方が私達の周りをまわっていると考えるのが自然だ。
残念ながら、サイエンスの世界ではよりシンプルなモデルが採用される。現状は太陽中心説に軍配が上がっていると言わざるを得ない。
しかし、天文学とは常に常識が変わり続ける学問だ。今後どんな説が登場して私達を驚かせてくれるのか、まったく予想もつかない。
天動説の神秘性は、その時まで胸にしまっておきたいと感じさせるものではないだろうか。
(文/デザイン:Iris Endicott 写真:Iris Endicott/HAMAchan1966 /gettyimages)
※この内容はフィクションです。
実在のアトラクションに関する一個人の創作であり、公式の設定を紹介するものではありません。