職業/Nemu Kienzle
娘のりりはスイスの小学校に通う8歳です。スイスでは夏休みが終わると新学年がはじまるので、りりは今年8月から新3年生になります。りりの通う小学校は公立校で、家から歩いて5分のところにあります。スイスの子供達のほとんどは公立校に通います。数少ないけれど、他にインターナショナルスクール、シュタイナースクールなどの私立校があります。教育費タダの公立校と比べて私立校は学費がかかるので、普通の家庭では選択にも及ばないといったところが現状です。
かといって公立校には貧乏なうちの子供しかいないという訳ではなく、「うちから一番近くて便利な近所の公立校に通うのが普通」という考えが一般的なので、区域によってはいろいろな家庭の子供が集まってきます。りりのクラスメートの両親の職業を聞くと、教師から看護婦、研究者、エンジニア、スーパーのレジ定員、建築家、美容師、主婦、アパートの管理人、とまさに多種多様です。
りりとは小さい頃から職業についてよく話していました。「りりは大人になったらどんな仕事をしたい?」と聞くと、決まって「ママになりたい!」という返事。母親業はとても大変な仕事だけど、わかっているのかな?と思いつつも「りりだったらいいママになれるよ」と言っていました。
つい最近、小学校の宿題で職業のことについて話し合う機会があり、もう一度同じ質問をしてみました。すると、意外なことに「お花屋さん!」という返事が返ってきました。うちのアパートの隣にお花屋さんがあります。そのお花屋さんが大好きで、毎日学校の帰りに立ち寄り、2歳年下の娘さんと遊ばせてもらい、時には花束のアレンジの仕方などを教わっています。自分の好きな季節の花に囲まれて、お客さんの大切な人にあげる花束を手際よくアレンジしているお花屋さんの姿を見て、「お花屋さんになりたい!」と思ったのでしょう。でもお花屋さんは早朝に市場へ花を仕入れに行かなければならないし、食材と同じで売れなければ枯れて捨てなければいけません。「朝起きるのが苦手なりりには大変な仕事だけど、りりがなりたいんなら応援するよ」と言いました。すると今度は、りりから「ママはおおきくなったら何になりたい?」と聞かれました。ママ、これでもじゅうぶん大きくなったのよ。それに、これ以上背は伸びないから!と、心の中で思いつつ、「ママは客室乗務員になりたかったけど、身長が足りなくて諦めたの。いまはインテリアデザイナーをしているんだよ」と答えました。
スイスでは高校へ進学すると大学受験ができます。高校進学を選択しなかった生徒は、職業学校に進学します。週に数日授業があり、残りの日は研修生として実践を学びます。16歳から大人の世界で4年間職業訓練をします。いろいろな分野で研修生を受け入れていて、特にわたしの働く商店建築の分野にはたくさんの研修生がいます。木工職人、電気工、塗装工、家具屋、床職人。工事現場に行くと、マイスターという専門家としての資格を持っている先輩技師が、自分の子供と同じぐらいの歳の研修生を引き連れて働いています。研修生がわからないことは、先生みたいに何度も説明します。こうやって論理と職場での経験を組み合わせながら、各専門分野にいい人材が育つんだなあと実感する。
3年前のベネチア国際建築展の日本館で、有名建築家をインタビューした短編映画を見ました。そこで安藤忠雄が、「日本は大卒の学歴を重視しすぎた末、ホワイトカラー社会になってしまった。若者が会社員以外の職業につきたがらなく、社会を支える専門職業の人材確保が難しくなった。このままでは大切な技術すら伝授していけない」と新国立競技場の建設が難航している理由の一つとして語っていました。その後、工事現場でマイスターの手作業を真剣に見ているスイスの若者達を見たとき、ふとその言葉を思い出しました。日本、大丈夫なのかな。
キンツレねむ
NYで知り合ったドイツ人と結婚してスイスに越してもう10年。職業はインテリアデザイナー。7年前にタイから養子に来たりりは、いつのまにかやんちゃでかっこいい小学校2年生。