マネジメント 基本と原則【エッセンシャル版】
ピーター.F.ドラッカー氏が、1973年に書いた「マネジメントー課題・責任・実践」の要約版です。本書(要約版)の「まえがき」の前に書かれてある「日本の読者へ」でドラッカーは次のように語っています。
「私の大部の著作『マネジメントー課題・責任・実践』からもっとも重要な部分を抜粋した本書は、今日の日本にとって特に重要な意味を持つ。日本では企業も政府機関も、構造、機能、戦略に関して転換期にある。そのような転換期にあって重要なことは、変わらざるもの、すなわち基本と原則を確認することである。そして本書が論じているもの、主題としているもの、目的としているものが、それら変わらざるものである。事実、私のマネジメントについての集大成たる『マネジメント』は、一九五〇年代、六〇年代という前回の転換期における経験から生まれた。(中略)それらの経験が私に教えたものは、第一に、マネジメントには基本とすべきもの、原則とすべきものがあるということだった。第二に、しかし、それらの基本と原則は、それぞれの企業、政府機関、NPOのおかれた国、文化、状況に応じて適用していかなければならないということだった。そして第三に、しかもきわめて重要なことは、それは、いかに余儀なく見えようとも、またいかに風潮になっていようとも、基本と原則に反するものは、例外なく時を経ず破綻するという事実だった。基本と原則は、状況に応じて適用すべきものではあっても、断じて破棄してはならないものである。(中略)『マネジメント』は、世界で最初の、かつ今日にいたるも唯一のマネジメントについての総合書である。しかも私が望んだように読まれている。第一線の経営者が問題に直面したときの参考書としてであり、第一線の専門家、科学者が組織とマネジメントを知る上での教科書としてであり、ばりばりのマネージャー、若手社員、新人社員、学生の入門書としてである。(中略)マネジメントの課題、責任、実践に関して本書に出てくる例示は、当然のことながら、本書初版刊行時のものである。しかし、そのことを気にする必要はまったくない。それらの実例は、基本と原則を示すためのものであり、すでに述べたように、それらのものは変わらざるもの、変わりえないものだからである。(中略)したがって読者におかれては、自らの国、経済、産業、事業が今直面する課題は何か、問題は何か、行うべき意志決定は何か、そしてそれらの課題、問題、意志決定に適用すべき基本と原則は何かを徹底して考えていっていただきたい。さらには、一人の読者、経営者、社員として、あるいは一人の知識労働者、専門家、新入社員、学生として、自らの前にある機会と挑戦は何か、自らの拠り所、指針とすべき基本と原則は何かを考えていただきたい。(中略)二一世紀の日本が、私と本書に多くのものを教えてくれた四〇年前、五〇年前の、あの革新的で創造的な勇気あるリーダーたち、とくに経済のリーダーたちに匹敵する人たちを輩出することを祈ってやまない。そしてこの新たな旗手たちが、今日の日本が必要としているシステムと戦略と行動、すなわち、その構造と文化においてあくまでも日本のものであって、しかも新しい世界の現実、新しい働く人たち、新しい経済、新しい技術に相応しいシステムと戦略と行動を生み出し生かすうえで、本書がお役に立てることを望みたい。」
そして、「まえがき」において「現代におけるマネジメントの役割とニーズ」についての述べています。「我々の社会は短い間に多元的で、組織的な社会になった。組織が存在するのは、組織自体のためではなく。自らの機能を果たすことによって、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たすためである。組織は目的ではなく、手段である。したがって問題は、『その組織は何をなすべきか。機能は何か。』である。そして、それら組織の中核の機関がマネジメントである。したがって次の問題は、『マネジメントの役割は何か』であり、我々はマネジメントをその役割によって定義しなければならない。」として「マネジメントの役割三つ」を挙げています。「①自らの組織に特有の使命を果たすこと。②仕事を通じて働く人たちを生かすこと。③自らが社会に与える影響を処理するとともに、社会の問題について貢献すること。」です。(P9) そして、現代ではまったく新しい分野でマネジメントに対する新しいニーズが現れています。そのニーズとは、「1、起業家的精神をもってイノベーションのために組織をつくり、動かすことを学ぶこと。いまや、既存のものの最適化に加えて、新しいものの創造に関わらなければならなくなっている。2、企業以外の組織をマネジメントし、成果を上げさせること。今日、企業のみならずあらゆる組織がマネジメントを必要としている。3、知識労働者の『知識の生産性』を高めること。現代の企業において基礎的な資源、投資、コストセンターとなるものは知識労働者である。4、企業のマネジメントをグローバルに行うこと。今日先進社会は、経済的には一つの市場を形成している。したがって、国境を越え、生産資源、市場機会、人的資源を最適化すべくグローバル化することは、必然的かつ正常な対応である。」(P5)と話しています。
さらに、企業の2つの基本的機能(マーケティング、イノベーション)について話します。「企業の目的は顧客の創造である。したがって、企業には二つの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす。」(P16)「真のマーケティングは顧客からスタートする。『我々は何を売りたいか』ではなく、『顧客は何を買いたいか』を問う。『我々の製品やサービスにできることはこれである』ではなく、『顧客が価値ありとし、必要とし、求めている満足がこれである。』と言う。マーケティングの理想は、販売を不要にすることである。マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである。」 イノベーションについては、「企業が存在しうるのは、成長する経済のみである。あるいは少なくとも、変化を当然とする経済においてのみである。そして、企業こそ、この成長の変化のための機関である。したがって企業の第二の機能は、イノベーション、すなわち、新しい満足を生み出すことである。(中略)イノベーションの結果もたらされるものは、よりよい製品、より多くの便利さ、より大きな欲求の満足である。」
ドラッカーの意味する「イノベーション」とは単なる発明や技術に関するものや、製品の向上だけではありません。既存の製品の新しい用途を見つけることもイノベーションですし、経済的なことや社会的なことに関わるものも、技術のイノベーション以上に重要としています。また、一つの職能に関するものでなく、企業のあらゆる部門、職能、活動に及び、また、特定の業界のみに関わるものでもないと考え、例えば、流通においてもイノベーションはある、と考えています。そして「イノベーションとは、人的資源や物的資源に対し、より大きな富を生み出しす新しい能力をもたらすことである。」と語っています。
「現代の経営」でも「会社の利益」について語っていたドラッカーですが、この「マネジメント」においては次のような表現で「利益」について語っています。「基本的な領域における目標を、徹底的に検討して初めて、『どれだけの利益が必要か』との問いに取り組むことができる。それらの目標は達成に大きなリスク、努力、といった費用を必要とする。ここにおいて、利益が企業の目標を達成するうえで必要となってくる。利益とは、企業存続の条件であり、未来の費用、事業を続けるための費用である。(中略)もちろん利益計画の作成は必要であるが、それは、無意味な常套句となっている利益の極大化についての計画ではなく、利益の必要額についての計画でなければならない。ただしその必要額は、多くの企業が実際にあげている利益はもちろん、その目標としている極大額をも大きく上回ることを知らなければならない。」(P35)と、独自の表現で語っています。(哲学者ですね。)
また、本書の中にドラッカーが「生産性」について語っているところがあります。「企業の各部門のマネジメントや、企業間のマネジメントを比較する上で、最良の尺度が生産性である。入手する経営資源はほぼ同じである。独占というまれな状況を別にすれば、いかなる分野においても、企業間に差をつけるものはマネジメントの質の違いである。このマネジメントの質という致命的に重要な要因を測定する一つの尺度が、生産性、すなわち経営資源の活用の程度とその成果である。」(P34)「生産性の向上こそ、マネジメントにとって重要な仕事の一つである。困難な仕事の一つである。なぜならば、生産性とは各種の要因の間のバランスをとることだからである。しかも、それらの要因のうち、定義しやすいものや測定できるものは少ない。(中略)生産性とは難しいコンセプトである。だが、それは中心となるコンセプトである。生産性の目標がなければ方向性を失う。コントロールもできなくなる。」(P34)としています。そして、「生産性に影響を与える要因」として次の①から⑥までを挙げています。「 ①知識、②時間、③製品の組み合わせ、④プロセスの組み合わせ、⑤自らの強み、⑥組織構造の適切さ、および活動のバランス」(P19) です。
最後に、私的に今後参考にしたいところを記します。第一章「企業の成果」の3「事業は何か」の中に「我々の事業は何か」というところがあります。「自らの事業は何かを知ることほど、簡単でわかりきったことはないと思われるかもしれない。(中略)しかし、実際には、『われわれの事業は何か』との問いは、ほとんどの場合、答えることが難しい問題である。わかりきった答えが正しいことはほとんどない。『われわれの事業とは何か』を問うことこそ、トップマネジメントの責任である。」(P23)
「企業の目的としての事業が十分に検討されていないことが、企業の挫折や失敗の最大の原因となる。逆に、成功を収めている企業の成功は、『われわれの事業は何か』を問い、その問いに対する答えを考え、明確にすることによってもたらされている。企業の目的と使命を定義するとき、出発点は一つしかない。顧客である。顧客によって事業は定義される。顧客が財やサービスを購入することにより満足させようとする欲求によって定義される。」(P23) そして、ドラッカーは、ほとんどのマネジメントは苦境に陥ったときにしかこの問いを問わない。この問いは事業が成功しているときにこそ行うべき、と言います。なぜなら、成功は常に、その成功をもたらした行動を陳腐化し、新しい現実や問題をつくりだすからです。「『われわれの事業は何か』との問いに対する答えのうち大きな成功をもたらしたものさえ、やがて陳腐化する。企業に関わる定義のうち、50年どころか30年でさえ有効なものはない。せいぜい10年が限度である。したがって、マネジメントたるものは『われわれの事業は何か』を問うとき、『われわれの事業は何になるか。われわれの事業のもつ性格、使命、目的に影響を与えるおそれのある環境の変化は認められるか』『それらの予測を、事業についてのわれわれの定義、すなわち事業の目的、戦略、仕事のなかに現時点でいかに組み込むか』を考えなければならない。」のです。そういった問いの答えを見つける場合、市場動向が出発点となります。(市場動向における、1、人口構造の変化、2、経済構造、流行と意識、競争状態の変化による市場構造の変化、3、消費者の欲求のうち、「今日の財やサービスで満たされていない欲求は何か」を問うこと。)
「新しい事業の開始の決定と同じように重要なことに企業の使命に合わなくなり、顧客に満足を与えられなくなり、業績に貢献しなくなったものの体系的な廃棄も必要になる。『それらのものは明日も有効か』『明日も顧客に価値を与えるか』『今日の人口、市場、技術、経済の実態に合っているか。会っていないならば、いかにして廃棄するか、あるいは少なくとも、いかにしてそれらに資源や努力を投ずることを中止するか』 これらの問いに体系的かつ真剣に問わない限り、明日を創るためどころか、今日を開拓するために働く時間も、資源も、意欲も持ちえないことになる。事業を定義することは難しい。苦痛は大きく、リスクも大きい。しかし、事業の定義があって初めて、目標を設定し、戦略を発展させ、資源を集中し、活動を開始することができる。業績をあげるべくマネジメントできるようになる。」(P28)