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ピピロッティ・リスト/Nemu Kienzle

2017.08.01 15:40

 りりの部屋は拾った石や木の枝、学校で作ってきた工作の作品などでごった返しています。あまりにもごちゃごちゃなので、「これ、もうそろそろ捨てるよ!」と言うと、決まって「ダメ!」というので、埃をかぶっているものは聞かないで処分しています。気がつかない時もあるし、「ママあの枝捨てちゃったの?!いつかパチンコ作ろうと思ってとっておいたのに~。ああいう丈夫な枝を見つけるの、大変なんだから!」と、バレて怒られてしまう時もあります。

 りりはそんないらないものを使って、パッとひらめきがあると一目散にそのプロジェクトにとりかかることがあります。そういう時に限って、時間に余裕がない平日の夜、寝る間際とかだったりするのです。スイスのビデオアーティスト、ピピロッティ・リストの展示を見た日は、その印象があまりにも強かったのか、いままで自分が書いた絵を子供部屋の壁にセロテープでペタペタ貼り始めました。そして「りりの展示会」の入場券を作っているところで、「歯磨きしたのー?」の一声がかかってプロジェクトは一時停止。翌日、まだ昨晩の熱がさめていなかったのか、今度は展示会のプログラムを描いたり、丸いシールを絵の下に貼って「この絵には買い手がつきました」のマークをつけてみたり。子供って、ただ大人にくっついて歩いているだけかと思っていたら、意外に細かいところもみているんだなぁと感心しました。

 りりに影響を与えたピピロッティ・リストの代表的な作品の一つに、『Ever is Over All』という映像作品があります。作品の中では、アーティスト本人がワンピース姿で花を持ってエレガントに街を歩いています。実は花はハンマーで、これで通り過ぎる車の窓ガラスを、笑顔で次々と叩き割って歩いていきます。

 ある日、友人宅に招かれて家族で出かけたときのこと。住所がわからずウロウロしていると、後ろから「ママ、みて~」という声。振り向くと、そこには友人にあげるつもりの花束で、通りに停めてある車をパンパンとたたきながらルンルン歩いているりりがいました。「ちょっと!それ、お土産に持っていくんだからやめてよ!」と怒ると、「わたしいま、ピピロッティ・リリちゃん」と悪気もなくにっこりしているりり。旦那のピーターが黙っているので「ちょっと何か言ってよ!」と言うと、「すごいなぁ。あの映像、よく覚えてたな~」と感心している様。そのときふと思いました。もしかすると、おしゃれをして花束を持って歩いていると、反射的に車の窓ガラスを割りたくなる衝動に駆られることだってあるかもしれない、と。ラッキーなことに、その後、コペンハーゲンに旅行へ行った時も、ピピロッティ・リリの『Ever is Over All』を見ることができました。

 ピピロッティ・リストを初めて知ったのは、りりがまだ小さかった頃でした。家族でイタリア料理店で食事をしていると、10歳ぐらいの少年が私たちのテーブルに来て、話しかけてきました。「この子の名前は?」「この子の名前はりり。日本語でも英語でもドイツ語でも通じる名前を選んだの」と言うと、その子は「本当?僕のミドルネームも日本の名前で、ユウジっていうんだよ」と言いました。しかし、どこから見ても100%日本人には見えないので、「どうしてあなたのご両親はユウジって名前をつけたの?」と聞くと、「僕のお母さんは日本が大好きで、日本によく仕事で行くから、そのときこの名前を聞いて覚えていたみたい」という返事。「お母さん、日本でどんなお仕事をしているの?」と聞くと、「僕のお母さんはアーティスト。ピピロッティ・リストっていうの」と言って、「そして、ぼくのお父さんは、あそこでおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に座っているよ」と指をさしました。指先を見ると、向こうはこちらを一部始終観察していたらしく、ニコニコして手を振ってきました。ユウジ君はそのあともりりにご飯を食べさせたり、一緒に手をつないでレストラン内を歩いてくれたりしました。うちに帰ってきてから「それにしても、あのユウジって子、いい子だったねー。で、ピピナントカさんって知ってる?」と、ピーターに聞くと、「冗談でしょ?スイスで知らない人はいないぐらい有名なアーティストだよ」と、笑われてしまいました。



▲ 映像『Ever is overall』 by Pipilotti Rist




キンツレねむ
NYで知り合ったドイツ人と結婚してスイスに越してもう10年。職業はインテリアデザイナー。7年前にタイから養子に来たりりは、いつのまにかやんちゃでかっこいい小学校2年生。