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坊ブロ「NAM-NAM!!!」3限

2019.11.25 06:53


こんにちは!黒潮美遊踊り子、円福寺副住職の

平幡です!


まず、第16回黒潮よさこい祭り 前夜祭と本際に足を運んでくださり、誠にありがとうございます!新曲の『無月muTsuki-amaBoshi雨星』も無事にお披露目をすることができて、踊り子の1人として安心しております!


しかし、ここからより一層進化する作品だと思っているので、作品に置いていかれないようにまだまだ自身のスキルアップも欠かせません!

これからの我々の活動もどうぞお楽しみに!!


阿字観(あじかん)


さて、今回は「阿字観」(あじかん)についてのお話をさせていただきます。


私がこのブログで、いちばん最初に記事として書かせていただいた

「月輪観」の続編になります。

若い読者の方は、アジカンという言葉を耳にしただけだと、「バンドの名前?」と思われるかもしれません。


漢字では先に書いた通り「阿」「字」「観」と書いて"アジカン"と読みます。

阿字観とは、月輪観にあるものをひとつ加える観想方法になります。

(観想の説明は「月輪」の記事に書いてますが、訂正の意味も含め、「観想」についても新たな記事で書かせていただきます。)


そのあるものとはズバリ、


阿字(あじ)です!!



阿字とは、梵字(ぼんじ)のひとつであり、サンスクリット語の文字のことをいいます。

単語そのものに意味はなく、音写という音を漢字にあてているのです。

日本語だと、五十音の「あ」と同じようなものですね。


いちばん上の画像が梵字の阿字になります。

さあここからは、イメージでのお話ですが、

この阿字を月輪(心)のなかに入れることにより、自分と仏様とが同一であり一体になるという真理を体得することが、阿字観の目的になります。

ではなぜ「阿字」が観想の対象になるのか?

この続きは次回の記事で書かせていただきます。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


合掌🙏


お詫び・・・

「月輪」の記事で、観想と瞑想は対義語のようなものだと、まったく別物というニュアンスで書いてしまいましたが、正しくは瞑想と観想は同じで類義語でございました。誤った情報を教えてしまい申し訳ございません。先に書いた通り、この「観想」についても再度勉強して、また詳しく書かせていただきますね。きっと面白いです!