絶対不変の法則───因果律
古代霊は語る
第二章 絶対不変の法則───因果律
一問一答
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何の罪もないはずの赤ちゃんがなぜ不自由な身体をもって生まれてくるのでしょうか
シルバー・バーチ「外観だけで魂を判断してはいけません。つまり魂の進化と、その魂が使用する肉体の進化とを同列に並べて判断してはいけません。不幸にして父親ないし母親あるいはその両方から受ける遺伝の犠牲になって不具者となっても、そのことが魂の進化を妨げることはありません。
普通そういう魂にはそれなりの償いの原理が働いて、正常な人よりも親切心や寛容心、やさしさ等が豊かであることに気づかれるはずです。償いの原理は永久不変です。因果律は逃れようにも絶対に逃れられません」
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かりに知能が正常でなく、まともな生活ができない場合、霊界へ行ってからどうなるのでしょう。霊界では地上世界での苦労や善行でその程度がきまると聞いていますが・・・
シルバー・バーチ「地上的なことと霊的なこととを混同しておられるからそういう疑問が生じるのです。脳細胞に欠陥があると、たしかに地上生活に障害を来します。しかし魂というものは、たとえ脳細胞を通じて自己表現できない状態にあっても、自己の責任をちゃんと自覚できるものなのです。神の法則は魂の進化を至上目的として働きます。
霊界での生活が地上生活で決まるといっても、生活の形態ではなく、その生活における自覚によって判断されるのです。ですから、地上の規範から見れば〝悪い〟ことであっても魂そのものに自覚がない場合には霊界では何の咎めもうけません。
精神異常者があなた方がいうところの〝他人の生命を奪う行為〟(別に奪っていないのですが)をしても、それは脳の機能が異常だったがために行われた行為ですから、罪にはなりません。霊界での規準は魂の自覚、動機です。これだけは寸分の狂いもありません」
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脳に欠陥があれば地上生活が記憶できない───つまり地上生活から何も学べないのではないでしょうか
シルバー・バーチ「たしかにその通りで、生活が意識できないのですから、その分だけ本来なら体験できるものが体験できずに終ります。つまりそれだけ損をするわけです。しかし、それも因果律の結果ですから、いずれは埋め合わせがあります」
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私たち人間は地上生活での体験と試練によって築いた性格を携えて霊界へ行くわけですが、精神病者の場合はどうなりますか
シルバー・バーチ「魂の進化と魂の動機とによって処遇されます」
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ある人は汚れたスラム街に生まれ、ある人は美しいものに囲まれた裕福な環境に生まれますが、この不公平はどうなるのでしょう
シルバー・バーチ「大切なのは魂の進化です。あなた方は物質的なものさしで幸不幸を判断して、魂の開眼という観点から見ようとしません。生まれる身分が高かろうが低かろうが、魂が開眼してその内なる神性を発揮する機会はすべての人間に等しく与えられております。
その環境は物的なものさしで言えば不公平といえるかも知れませんが、肝心なのはその環境を通じて魂の因縁を解消していくことです。つまり苦難を通じて魂の神性を開発していくことが究極の目的なのです」
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でも悪い奴がらくな暮しをしているのはどうしてですか
シルバー・バーチ「またそのような観方をされる! ラクな暮らしをしている人が心の中も決してみじめでない、苦悩や苦痛などみじんもない、と判断するのは一体何の根拠があってのことですか。ニコニコしているからですか。きらびやかな暮しをしてるからですか。
豪華な衣装を着ていれば心も満たされるのでしょうか。因果律は魂の進化のためにあるのです。物質的なしあわせのためにあるのではありません。そうでなかったら、この世に真の平等がないことになりましょう」
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でもやっぱり、汚れた環境よりは物的に恵まれた環境の方が善い行いが出やすいのではないでしょうか
シルバー・バーチ「私はそうは思いません。私の観るかぎり、偉大なる霊魂は大てい低い身分の家に生を享けています。現に過去の歴史をごらんなさい。
偉大なる指導者はみな身分の低い家柄から出ているではありませんか。環境が厳しいほど魂は力強くなるのです。悟りは環境との戦いの中から生まれるのです。外面からでなく内面から物事を観るようにして下さい」
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魂の進化は常に肉体の進化と同時に進行してきたのでしょうか
シルバー・バーチ「同時ではありません。人間の霊魂が宿れるようになるまで肉体はそれ独自の進化を辿る必要がありました」
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死後も向上進化があるとすれば、反対に邪悪な心を起こして堕落する可能性もありうるわけですか」
シルバー・バーチ「ありますとも! 霊界へ来て何十年たっても何百年たっても地上時代の物的欲望が抜け切らない者が大勢います。神の摂理を理解しようとしないのです」
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なぜ神は地震や火山噴火などを未然に防いでくれないのでしょうか
シルバー・バーチ「あなた方が〝なぜ神は〟と不服を言う時、それは自然法則の働きに対して文句を言っていることを忘れないで下さい。
私は霊的な自然法則をありのままにお教えし、それに私自身の体験をまじえてお話しているのです。地震というのは地球の進化の過程における一種の浄化現象です。地球はまだまだ完成の域にはほど遠いのです」
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その浄化活動のために何十人もの人間が犠牲になるのは不公平だと思うのですが・・・
シルバー・バーチ「死ぬということは決して不幸でも災難でもありません。私から観れば、魂が肉体の牢獄から解放される祝福すべき出来ごとです」
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そうした災害で死亡する人は、その時期に死ぬべき人だったということでしょうか」
シルバー・バーチ「その通りです。前世の因縁によってそこに居合わせたということです」
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地上の人間より進化した人類の住む天体がほかにありますか
シルバー・バーチ「ありますとも! あなた方よりはるかに進化した人類の住む天体は幾らでもあります。地球という惑星は広大な宇宙の中の無数の惑星の一つにすぎません。しかも地球より程度の低い惑星はたった一つしかありません」
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生まれたばかりの子供が事故や殺人などで他界した場合、人間としてこの世に生を享けた意味がないのではないでしょうか」
シルバー・バーチ「永遠なる生命を束の間の物的尺度で判断しているかぎり、そうした問題を正しく理解することは出来ません。人間の理解力にはおのずと限界があります。いかなる聡明叡智の人でも所詮は完全に地上的知識の範囲を超えることはできません。
地上生活を終えて霊的知識の光で物事を見た時、それまで到底理解の及ばなかった深遠なる神の配慮があることをはじめて知ることになります。地上生活を送っている間は、すすけたガラス越しに見ているようなものです。物事の真相を知ることはとても不可能なのです。
目前の現象だけで永遠の生命を判断しようとするのは、小学校時代の成績だけでその人の全生涯を判断しようとするようなもので、とんでもない話です。
中学、高校、大学と進み、そして社会人となってから、それまで夢想だにしなかった体験を無数に積み重ねていくように、地上生活を終えて霊界に来てから霊的進化を遂げるにつれて、それまで夢想だにしなかった素晴らしい世界を見るようになります。
そして地上で叶えられなかった数々の望みが叶えられます。その段階に至るまで、神に文句を言ってはいけません」
ここでシルバー・バーチが言っていることはシルバー・バーチ霊言集の、というよりシルバー・バーチ自身の、人間界に対する具体的な姿勢をよく表わしているように思われます。
つまりシルバー・バーチは人間が肉体に宿っているかぎり、どう努力してみたところで、所詮、宇宙の真相を知りつくすことはできない。小学校の秀才も中学、高校、大学の勉強は所詮歯が立たない。だから小学生は小学生なりの勉強をしておればよろしい。
それ以上のことは上の学校へ行けば段々に習うのだから、というわけです。だからシルバー・バーチ霊言集は、全十一冊を通じて、平易な真理を繰り返し繰り返し説くことに終始しております。
私もこうした考え方に全面的に賛成です。だからこそ四半世紀にわたって愛読してきたわけです。こうした考えは決して人間はつまらんと言っているのではなく、人間はあくまでも人間らしくという、いわば人間味を要求しているのです。
霊能者と呼ばれる特殊な人を除いて、人間は基本的には五感によって生活するように出来ています。だから、その範囲でつつましく生活するのが人間にとって一ばんいいのです。
高僧がその五感の壁をつき破って豁然大悟したといっても、高級神霊界からみれば、すすけたガラス越しに見たにすぎない。それもホンの幽界の上層部、せいぜい霊界の入口あたりを垣間見たにすぎないようです。その辺なら死ねばだれだってすぐに行けるところなのです。
浅野氏は人間味というものを大切にされましたが、「人間はいい加減ということが一ばん大事じゃ」という言葉をよく口にされたことも、私の師の間部先生から聞かされました。ムキになって完璧を求めても、それは地上では所詮ムリだ、という意味なのです。
とは言え、人間には抑えがたい向学心や知識欲もあります。難しい高等数学なんか要らない、オツリの計算が出来れば結構というのも一つの理屈ですが、その理屈だけでは気がすまないのも人間です。
一見実生活に関係ないようでも、やはり高等数学や物理学は人間の向学心や知識欲が自然に要求するものであり、そこに理屈はありません。