ボーイフレンド/Nemu Kienzle
一週間学校に通ったストレスが溜まっているのか、金曜日の午後、学校から帰って来たりりの機嫌は最悪。玄関にカバンをおくと子ども部屋へ直行。猫のソムタムとベットの上に寝そべり、天井をぼーっと見つめながらラジオを聞いたりしている。さっさと宿題を片付けて欲しいところだけど、触らぬ神に祟りなしで、こういう時は話しかけないでしばらくひとりにさせてあげるのが一番。
ところが、先週は違った。玄関から入って来るなり「学校で大変なことがあった!」と興奮している。誰か怪我したのかと思ったら、違うらしい。「図書室の時間に、クラスでゲーム『真実か挑戦』をしてたの。ヨーディの番になって、質問する人から好きな人を聞かれたら、、、ママ、なんて言ったと思う!?私だって!!」と上ずった声で教えてくれた。クラス中からヒューヒュー冷やかされて、ヨーディは首まで真っ赤だったらしい。りりも、自分の名前を聞いた途端に、胸がドキドキしたそう。りりもヨーディが好きなのかと聞いたら、小さな声で恥ずかしそうに「好き」と言う。全身から嬉しさがこみ上げているりりを見たら私まで嬉しくなって「よかったね!」と言ってりりを抱きしめた。髪をとかすのが嫌でボサボサヘアー、スカートが嫌いでサッカーのユニフォームしか着ない。どこに行っても男の子と間違えられるりり。そんなりりを好きになる子ってどんな子なんだろう。一方、旦那ピーターの反応はちょっと違った。会社から帰って来たピーターにりりが報告すると、「ふーん、あのヨーディ」の一言だけ。大切な一人娘が自分から離れていく気がして、寂しいのかもしれない。
私がヨーディのことを初めて知ったのは、数ヶ月前、りりのクラスメートの誕生日会にりりを迎えに行った時だった。そのクラスメートのお母さんはバルセロナ出身のスペイン人で、そこに同じくバルセロナから来たと言うスペイン人のお母さんがいた。子ども達はまだ映画を見ている最中だったので、そのスペイン人のお母さんと、お喋りをして待つことにした。「あなたのお子さんはどの子?」と聞くと、りりの隣に座っている小さくてメガネをかけている男の子を指差した。「あれがうちの子、ヨーディよ」。小さいのでまさか同学年だとは思わなかった。ヨーディといえば、りりが「クラスで1、2位を競う優秀生」と言っていた子だ。丸顔で、メガネの奥でクリクリした目がキョロキョロしている。その子を見た途端、あだ名が思い浮かんだ。昔、日本の薬屋さんの前に立っていたケロちゃんにそっくり!映画が終わり、うちに帰る途中にりりがボソッと「今日、ヨーディって子と仲良くなった。優しくて物知りなんだよ。今度また一緒に遊びたい」と、言った。そして、りりは誕生日会にヨーディを招いた。計11人の子どもと森で一日を過ごし、ピーターも私も子ども達の色々な面を見ることができた。その中でもヨーディは協力的で、木の枝を集めて火起こしを手伝ったりしてくれた。
どうしてムエタイ(タイのキックボクシング)のトレーニングをしているの?と、聞かれると、ピーターは決まって、りりのボーイフレンドがうちに来た時に備えて、と答える。玄関を入って来るなり、ぐっと首根っこをおさえて、「お前、うちの娘に手を出したら許さないからな」って言う日がいつか来ると思うから、と。しかし、その日が思いのほか早く訪れてしまった。ヨーディの告白から一週間後、放課後うちに遊びに来る事に。「ヨーディとふたりで下校したら、みんなに茶化されて恥ずかしくない?」と、聞くと「え、なんで?別にそんなこと言う人なんて誰もいないよ。」とクールな答えが。スイスの子どもはその辺は大人なのね。遊びにくる約束の日、玄関の扉を開けると、りりと、りりより10センチ背の低いヨーディがニコニコして立っていた。緊張しているのにそれを見せまいとしている姿がいじらしい。ふたりとも会話がなくぎこちないので、私が子ども部屋に行って「おやつなんにしようか?」「今日はテストあった?」などと話しかけた。そのうち二人の緊張がとけたと思いきや、裏庭に遊びに行ってしまった。りりは小さい頃から裏庭の木に登っては、上から下の様子を眺めるのが好きだった。外から笑い声がしてきたので、どうやら楽しく遊んでいるらしい。夕食の時間まで、近所の子どもも仲間に加わって遊んでいた。夕食時、裏庭で何をしていたのか聞くと、りりがヨーディに木登りを教えてあげていたらしい。「ぼく、高所恐怖症なんです。でも登れました!」と言うけなげなヨーディと、誇らしげなりり。夕食後、ふたりが子ども用ボクシンググローブをつけて遊んでいると、ピーターが帰宅した。見るなり「なんだそのだらしないフォームは。そんなんじゃ顔面パンチ食らうぞ」と言って、本格的にサンドバックをドアから吊るしてヨーディにボクシングの基本を教え始めた。首根っこを捕まえる代わりに、娘のボーイフレンドの前で格好つけているお父さん。そしてヨーディのお母さんが迎えに来たので、部屋を片付けて帰る準備をしてもらった。ところが母親同士のお喋りが始まった途端、子ども二人はそそくさと子ども部屋に戻り、ポケモンカードを広げて遊び始めてしまった。頭をくっつけてカードを交換している後ろ姿がなんともかわいい。夜、寝る前に「今日はどうだった?楽しかった?」と聞くと、「うん、ヨーディはすごくやさしい」とのこと。まだこの年齢の子どもは恋愛感情を上手く表現できないけれど、「好きだから一緒に遊びたい」というりりとヨーディの素直な表現がいいなと思った。しかしピーターはといえば、次のボーイフレンド登場の日に備え、相変わらずムエタイのトレーニングに励んでいる。
▲ サッカーゲームで遊ぶふたり
▲ ボクシングの基本を教わる
キンツレねむ
NYで知り合ったドイツ人と結婚してスイスに越してもう10年。職業はインテリアデザイナー。7年前にタイから養子に来たりりは、いつのまにかやんちゃでかっこいい小学校2年生。