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玉堂の作品と面影を追いかけて。岐阜まちあるきツアー2019開催しました。

2019.12.01 13:00
今年もさまざまな方のご協力で、開催することができました、玉堂 × 岐阜町まちあるきツアー。

日本画家・川合玉堂が、8歳から17歳までの10年間を過ごした岐阜の町で、彼の作品と面影を追いかけて皆で歩くツアーです。


昨年に引き続き、第二回となった今回も。

地元のシンボル・金華山の麓にある、岐阜市立岐阜小学校 (岐阜の中の岐阜!)より、ご協力をいただき、校庭の一角をお借りして、オープニングスタート。

案内人は、今年も、ぎふのふ代表の関愛子です。

…当ツアースタートに先駆けて。

今回の、このツアー開催に先がけて、連動企画のトークイベントが開かれていました。実は!


▼【そのトークイベントがこちら】 

(現在、Youtubeにて公開中。トークイベント内容を、通してご覧いただけます。)

みんなの図書館 おとなの夜学【第31夜】 川合玉堂と勅使河原直治郎

https://youtu.be/Mz1ZlXQuXcs 


当ツアーの"予習"にちょうどよいという理由から、参加者の皆さまには事前にメールでご視聴を促し(強制ではありません)、当日に臨んでいただいておりました。


公開間もないこともあり、その日の朝には再生回数40回程度だったこの動画。

当日、聞いてみると、そのうちの20回は視聴してくださったという方もご参加者の中に! 

なんと! ありがとうございます! 

これは、そういうマニアなお方と、ぜひお話がしたい!という企画です!笑

今年のツアーのテーマは、

地元・岐阜町にゆかりのある玉堂作品を見て歩く」のみならず、

「自分たちでも推理してみる、考えてみる、想像してみる」。


たとえば、

─ 幼い頃の玉堂はどんな通学路を通っていたのか。どんな気持ちで通っただろうか。

─ 晩年の玉堂は、どんなことを思いながら、この絵を描いたか。母校に贈ったか。

─ あのお寺に代々伝わるあの絵は、本当に玉堂が描いたのか。玉堂が描かねばならなかった理由や必然性。


…もちろん、これは、なにかの記録に残されていない限り、本当のところはわからないようなことばかりです。

でも、ここは地元・岐阜。誰かが何かを知っていることもあるやもしれません....!!


オープニングでは、そんなことをあれやこれやとお伝えしつつ(うまく伝わったでしょうか...?)、

自己紹介を兼ねてみなさんのご参加のきっかけをお聞きしていたら、あっという間に時間はすぎ…。


「・・・関さん、始まる前から10分オーバーです」。


おんぱく事務局・木村助手からの耳打ちで、さぁ、次へ進みましょうか!

最初にご覧いただいた玉堂作品は、岐阜小学校に所蔵されている作品2点。

これらはある経緯を経て、ここに飾られています。


「晩年の作品でここまでの大きさは、珍しい」

とは、岐阜県美術館の青山学芸員の談。(話の文脈は先述のYoutube動画にてどうぞ)


玉堂は、晩年、この二つの作品で、対となる主題を描きました。

玉堂は、なぜ、このモチーフを選んだのでしょうか?


…と、私は最初に思ったのですが、

さて、みなさんは、この絵を見て、何を思いますか?


「ショーケースの値段や適切な保管方法なら画商が詳しいと思う」とは、今回の参加者の方の談。(動画での話をきっかけに。)

普段、地元の大人でも、なかなか入ることのできない、「小学校」という聖域。

そんな場所で、そんな貴重な作品の現物を見られるという超レアなシチュエーションが、このツアーの魅力のひとつです。


さてさて、どんどん行きましょう! 

ばーん!

お次のポイントでは、目の前に突如現れる、長良川!

長良川といえば、鵜飼。鵜飼を題材とした作品を、生涯で500点は描いたと言われる川合玉堂。

そんな玉堂に、想いを馳せるのには絶好のポイントです。

そう、ここは、岐阜小学校の屋上。

ここは、もうひとつの「玉堂」スポットでもあるため、ご案内ルートに組み込ませていただいています。

ここまで開放いただける校長先生&教頭先生方みなさまのご理解とご協力に、深謝です!

ぎふのふツアーは、参加型のフィールドワーク。


実は、川合玉堂という日本画家についてを調べたいと思ったなら、それは、さほど難しいことではありません。

展覧会などで話題になる機会も多く、書籍出版物もすでに山ほど存在します。岐阜町からすぐの図書館・メディアコスモスにもたくさんの資料が貸し出されています。東京に専門の美術館もあります。


しかし、それでも、実は、まだまだ疑問が湧いてくるのです。

なぜなら、いま、私が住んでいる、そして、玉堂が昔住んでいた「岐阜」での情報が少ないから。


玉堂は、全国的に有名なせいか、はたまた現役時代の長さゆえか、分厚い資料をもってしても、「岐阜」という町に住んでいた頃の話がなかなか表出してこないのです。

全国を幅広く網羅する解説書はたくさんあるものの、各地域における話を掘り下げた資料はなかなかない。

ぎふのふは、まさにその部分へ切り込みたい。と考えています。


大量の資料を漁り読んでもわからなかったようなこと。

生々しいリアルな情報は、何人もの地元の方からの話を総合すると、浮かび上がってくること。

それを、自らのフィールドワークを通して実感する中で、当ツアーが生まれました。


どんな地域にも、その土地に広範な知識を備える方はいらっしゃるものです。そんな方に助けられながら。


たとえば、この日、飛び入り参加してくださった方の中にも。

いらっしゃいました、長良川おんぱくの達人が!


地元に伝わる情報を、お話いただきました。

参加者も、ぎふのふの関も、皆でほうほうと聞き入る。地元に、こういう場がほしい。

いろいろと素敵な岐阜小。

後ろ髪引かれるところですが、ツアーはまだまだ序ノ口。

校長先生にご挨拶をして、記念撮影をしたら、

次へ進みましょう! LET'S GO TO 井ノ口!


…と、いうこの写真(▼)には、あの、まちあるきの達人も映り込んでいます...!

今年の参加者も、主催者が恐縮しちゃうような面々が揃い踏みですが、

そこは毎度のこと、気にしすぎず(!?)、いざ井ノ口・岐阜のまちへ!

お世話になった岐阜小を後にして、自転車の方は、自転車を引きながら。

さっ、いよいよ、町に繰り出しますよ! 全体的にリラックスモード。

岐阜小から善光寺まで歩いて行くルートの途中には、提灯店があります。

当時岐阜の工芸品を世界へ送り出していた、岐阜町のプロデューサー・勅使河原直治郎の依頼で、

玉堂もその昔、提灯の絵付けをしていたとか。

(細かい話は、前述の動画でもお楽しみいただけます)


▼写真は、この提灯店と玉堂の関係は・・・・という話をしているところ。

さっ、次へ次へ!と、進みながらも、玉堂の話を逐一していると、なかなか進んでない!?の図。▼


この地点は、玉堂の暮らしていた時期から、とある点で変わっていない道。

当時の町の面影を残すポイントとして、ご案内しています。玉堂の少年時代に想いをはせたい。

次行きまーす。

歩くルートはそのままに。

参加者による知識や情報もお聞きしながら、歩きながらのワイガヤミーティング!


今年のまちあるきは、去年とほぼ同じルートでご案内しましたが、

少しだけ、新しい試みを加えてみました。


それが、ぎふのふの「参加型フィールドワーク」。(これに至る経緯や動機は、動画をどうぞ。)


玉堂について参加者同士が知っていること、まだ紐解かれていない事実や疑問を、

その時その場で 共有する。そのことについてそれぞれの知識や考えを述べてみる。


案内人だけの情報では不足する部分を補っていただくことで理解が深まる、というメリットのほか、

その作家について、より多角的に見ることができる、作品鑑賞がさらに深く面白くなる、というねらいがあります。

歩いているのは、御鮨街道。その昔、あゆのなれ鮨が運ばれたルートです。

(道には、御鮨街道を解説する看板が立っています)

この道沿いには、各所に玉堂を感じるポイントがあります。

玉堂の住んでいたエリアが近い!

玉堂が住んでいた「米屋町」は、ここから先にあります。

勅使河原直治郎ゆかりの桂翠館。

今回は、ちょっと覗いてみるだけ。

この道沿いには、そこここに玉堂ゆかりのポイントがあります。

それが、玉堂の住んだ町・米屋町!


歩きながらのワイガヤミーティング風景(その2)▼

街灯にも注目しますよ。

そして聖地。

参加者の方からの知識提供で、話が重層的に深まる面白さ。

みんなで歩くまちあるきの醍醐味。

これぞ、参加型フィールドワーク。


歩きながらのワイガヤミーティング風景(その3)▼

その日会ったばかりのひとたちが、ワイワイしてるのを見るのは、ぎふのふの楽しみでもあります。

楽しい。

さあ、幼い頃の玉堂といえば。の誓願寺にも、もちろん立ち寄ります!

幼少の玉堂が、漢詩と書を習いに通ったお寺。

当時の家から、どんなこと考えながら、通っていたのでしょうね。

狭いですが、結構、車も通る道です。

昔もいまも地元の人の生活の道。

そんな誓願寺を後にして、

善光寺まえに到着します。

ここも、小学生だった玉堂の庭。かつてあった娯楽施設で玉堂は模写や写生をしたといわれています。

最後は、本ツアーの終着点。いよいよ、善光寺へ。

今年は「参加型フィールドワーク」という視点をあらたに取り込んだ理由。

それは、最終的にこの善光寺で見ていただく掛け軸に、主体的に向き合っていただきたいがため。


現物を目の前に、おっさま(御住職)からお話を伺います。

この絵にまつわるお話、善光寺式阿弥陀三尊像のお話など。

本ツアー最大の見どころといっても過言ではない貴重な一幅。

本ツアーのタイトル画像にも使われている、あの「大火の絵」です。

お話くださったのは、絵に描かれた18世秀晃住職の孫にあたる、秀顕さん。

最後には、皆さんからの玉堂にまつわるお話を伺う時間をとりました。


玉堂と一緒の先生に付いていた方の作品が、いま岐阜県美術館で飾られている、という情報も。(2019.11時点の情報です)

現物を見ると想像が膨らむばかりの、大火の絵。

この絵は、この家に、どのように伝わってきたのか。

玉堂の作品であれば、いつ描かれたのか。


玉堂のサインも印もないこの絵を、あなたはどう見るでしょうか?


さて、本ツアーは、ここまでです。

ぎふのふのツアーの真の目的とは。

さて。こうして、ツアーまで開催しながら、

日本画家・川合玉堂について、"おっかけ"ている、ぎふのふの関ですが、

岐阜在住の誰よりも詳しいか、といえば、そんなことはもちろんありません。


日本画についても、川合玉堂という人物についても、

また彼が過ごした町の歴史についても、彼の描いたモチーフについても、

地元には、もっと詳しい方がいらっしゃるはずなのです。


なぜなら、岐阜は玉堂が過ごした町。
川合玉堂という日本画団の巨匠に、直接会ったことがある、

そんな方々にお話を聞ける機会があったりします。


ぎふのふが開催するツアーの目的とは、

単に案内人がひとりで調べた知識を披露することではなく、

地元に散在しているそんなレア情報を、ひとところに集めること。

情報を一元化することで、その作家にアクセスしやすくなる人が増え、より多くの視点から、ひとりの作家を深く理解することができるようになるのではないか。と考えています。


鑑賞しながら、探究できる。

作品理解の面白さや奥深さは、そういうところにあると思うのです。

おわりに。

まず、今回、ツアーの日にお越しいただき、最後までお付き合いいただきました皆様、ありがとうございました。本当に、おつかれさまでした。

今回出られなかったという方も、ここまでお読みいただきありがとうございました。


ツアー当日は、しょっぱなからの時間オーバーや行く先々での勢いに任せた解説、しばしば参加者の方を置いていきがちな展開に、参加者の皆さまから総ツッコミを入れていただきながら、なんとか、最終地点・善光寺まで、途中誰一人ドロップアウトすることなくたどり着くことができたのは、ひとえにご同行いただきました皆さまのご協力のおかげでした!


最後の最後までお付き合いいただきましたこと、本心から感謝申し上げたいと思います。


ぎふのふの企画は、毎度、岐阜のみなさまの惜しみない優しさで、成り立っております。

今年も、本当に、ありがとうございました!


関連リンク:

  • 昨年のレポート https://gifunofu.themedia.jp/posts/5279338
  • トークイベント動画  https://youtu.be/Mz1ZlXQuXcs 
  • トークイベントの過去記事  https://gifunofu.themedia.jp/posts/7229795 


Special Thanks

 岐阜市立岐阜小学校 の皆さま

 岐阜善光寺 の皆さま

 みんなの図書館 おとなの夜学 の皆さま

 長良川おんぱく事務局 の皆さま

(写真:中村 悠一郎)