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のらくらり。

幸せすぎて、怖いくらい

2019.12.03 12:37

ハグするとストレスが減るという現代の研究結果を19世紀末英国に当てはめてみた。


「ルイス、病院まで送ってあげられなくてごめんね」

「いえ、気にしないでください。見送りありがとうございます。兄さんも今日の講義、頑張ってきてくださいね」

「何かあればすぐアルバート兄さんに連絡するんだよ。僕も講義が終わり次第、すぐそっちに向かうから」

「分かりました」


ルイスは手に持っていたハットを被り、己の見送りに来たウィリアムに軽く手を振ってから駅の中へと歩いていく。

振り返ることなく雑踏の中に消えて行ったルイスを見届けてから、ウィリアムも自身が教鞭を執る大学へと向かっていった。

今日はルイスの心臓を幼少期から見てくれている担当医による定期健診の日だ。

普段は定期的にダラムやロンドンのモリアーティ家の屋敷に主治医を招き、一通りの診察を受けている。

先日受けた診察では問題なく、無事に心臓が年齢に応じて機能しているということだった。

だが年に一度だけ、より精密な検査をして全身状態を把握する必要があるため、どうしてもルイス自らロンドンの王立病院に足を運ぶ必要がある。

その一日が今日だ。

去年まではウィリアム、もしくはアルバートが必ず健診に付き添っていた。

しかし今年は二人の都合がどうしてもつかず、ルイス一人での健診になったのだ。

兄二人の手を煩わせることを嫌うルイスとしては「付いてこなくても良い」と何度となく伝えていたのだが、兄らは毎度それをのらりくらりと交わしてしまい、結果的に常に兄同伴の健診となっていた。

使用人のいないモリアーティ家が当主、もしくは次男を引きつれて末弟の定期健診に来るというのも事情を知っていると不思議なことではないのか、病院側から苦言を呈されたことはない。

だがルイスとしては、自分の健診のために兄の時間を奪うことは避けたい事柄だった。

ゆえに今年、二人の都合がつかずに健診に行くことが出来るのは少しばかり嬉しいことなのだ。


「健診が終わって屋敷に着く頃には、兄さんもロンドンに着いている頃ですかね…」


席に着き、車掌が勧めるドリンクを丁重に断り、流れる景色に目を向ける。

移動時間を考えると始発の列車に乗る必要があったため、普段は寄り道をして遅刻寸前の兄が珍しく余裕を持って見送りに来てくれた。

午前の講義を終えてすぐにロンドンに向かうと豪語した兄は、有言実行をそのまま体現するのだろう。

それだけで十分嬉しいことだと、ルイスは目元を緩めてはにかんだ。

ルイスとしては体調が悪い実感など一切ないのだから、健康体を証明するため健診にいく心積もりなのだが、どうもウィリアムとアルバートにとっては違うらしい。

昨日はロンドンにいるアルバートから電報が届いていたし、ウィリアムも今朝からどこか落ち着かない雰囲気を醸していた。

兄というものは弟のこととなると冷静さを失うらしい。

だがルイスも逆の立場だったら、きっと兄らと同じように心配するに違いない。

だから少しばかり気恥ずかしい兄らの心配も、邪険にすることなく受け入れることにしている。

そうしてロンドンに着くまであと数時間、ルイスは体を休めるため瞳を閉じた。


「今年も問題ありませんね。心臓は十分に機能しています」

「ありがとうございます」


採血やワクチンの予防接種といった一通りの処置を終えてから主治医の診察を受けた結果は、ルイスが予想していた通りのものだった。

手術跡が残っている自らの胸に手をやり、ルイスは安心したように微笑んだ。

幼い頃から彼を知る主治医は立派に成長したルイスの姿を見て、己の孫を見るような微笑ましい気持ちで頷いて返す。

昔と変わらない白い肌は貴族らしく艶めいており、栄養状態が申し分ないことを示していた。


「他に何か気になる症状はありませんか?」

「特にありません」

「そうですか。では今日はこれでおしまいです。わざわざ来てもらって申し訳ありません」

「こちらこそ時間を作っていただいての診察、ありがとうございます」

「いえいえ。処方はいつもと同じものをお出ししておきましょう」

「はい」


脱いでいたシャツに袖を通し、一つ一つボタンを留めていく。

露わになっていた跡が隠れ、濃紺のベストを着てからネクタイを弛みなくしかと締めた。

出掛けにアイロンをかけてきたジャケットを羽織れば、普段通り隙のないルイスのお出ましだ。


「では、私はこれで失礼します」

「あぁ、では途中までお送りしましょう」

「はい」

「あらモリアーティさん。こんにちは、体調はどうですか?」

「問題ありません」

「それは良かった。何かあったらいつでも言ってくださいね」

「ありがとうございます」


背筋を伸ばして前を見据えて歩くルイスの姿は、たとえ頬の傷があろうとも十分に見目麗しい。

若く美しく、それでいて養子であるためか貴族特有の傲慢さを持ち合わせないルイスは、女性を中心に病院内での評判もいい。

頬の傷も彼の生い立ちを知る病院関係者ともなれば、悲劇を背負った憂い人としてその目に映る。

些か柔軟性がないと思われがちだがそれも魅力の一つに見えるらしく、彼のファンは目に見えて多いのだ。

だが、当のルイスはそんなことなど歯牙にもかけていない。

そのことにウィリアムとアルバートの二人は気付いているが、ルイスの気質を知っているため特に気にしていない。

そもそもその二人にもそれぞれファンがいるのだから、お互い様というべきなのだろう。


「今日はお兄様方はいらっしゃらないんですね」

「えぇ。彼らも忙しいので」

「珍しいですね。毎年どれだけ忙しくしていても、ルイスさんの健診に必ずおいでなすっていたのに」

「どうも私は、いつまで経っても一人前と認められていないようですね」

「あら、そんなことありませんよ。きっと心配性なだけですわ。仲の良いご兄弟で羨ましいこと」

「ありがとうございます」


肩を竦めて本音交じりの冗談を返せば、年配の女性看護師は朗らかに笑った。

二人の兄を目当てにしているのではなく、ただ純粋な疑問として声をかけてきた彼女には好意的に返事が出来る。

彼女の後ろであからさまに落胆した顔をする若い看護師に対しては、兄への牽制を込めてウィリアム譲りの冷笑を返しておいた。

ルイスには自慢の兄をそこらの女に譲る気など毛頭ない。


「せんせい、ぎゅうー!」

「ふふ、ミアは甘えんぼさんねぇ」

「ちがうのよ!ミアはせんせいのためにぎゅうしてるの!」

「え?そうなの?」

「だってママが、ぎゅうするとしあわせなきもちになるっていったのよ。ミア、せんせいにもしあわせになってほしいの!」

「まぁ…ありがとう、ミア」


正面玄関に向かうまでの間、入院している子どもとその主治医らしき女性がプレイルームで抱き合っている姿が目に入る。

微笑ましい光景ではあるが、全力で大人に抱き着くミアという少女が意味もなくルイスの興味を引いた。

そういえば、自分も昔は兄に抱きついては笑っていた時期があったような気もする。

兄の気を引きたくて、兄に構ってもらいたくて、兄に自分を見てもらいたくて、というような、幼子特有の性質からくるものだったはずだ。

遠い昔のことでもう忘れかけてはいるが、ルイスが抱きつくたびにウィリアムは優しく抱き返してくれたように思う。


「ルイス氏、どうされました?…あぁ、ミアですね。あの子は最近、よく人を抱きしめているんですよ」

「そうなんですか」

「強く抱きしめると幸せになれる、と母親に習ったそうでしてね。自分が母親に抱きしめられて幸せになったから、そのお裾分けのようなものなんでしょう」

「可愛らしいですね」

「そうですな。でも実際、毎日のハグでストレスが軽減するとか不安がなくなるとか、色々な報告もちらほら出ているんですよ」

「それは中々興味深い」

「何でも、信頼する人からの強いハグは幸せホルモンの分泌を誘発するとかどうとか。私はそういった分野には疎いので、詳しいことは分かりませんがね。でも、ミアに抱きしめられた人は確かに幸せを感じていると思いますよ。勿論、ミア自身もね」

「…まるで小さな天使ですね、彼女は」

「はっはっは、可愛い表現ですなぁ。ミアに伝えておくとしましょう」

「えぇ、お願いします」


主治医の話を聞いてから再びミアと彼女の主治医に目を向けると、両者ともとても幸せそうに笑っていた。

彼の話がなければ、微笑ましい場面というだけで終わっていただろう。

毎日のハグで幸せになったり、ストレスが軽減したり、不安がなくなる、というのは単なる思い込みかと思いきや、話を聞く限りではどうやら違うようだ。

しっかりした研究結果は出ていないにしろ、医学的にもある程度の信憑性はあるらしい。

ふむ、と少しばかり思案したルイスが遠目に見えたのか、ミアが彼に向けて大きく手を振った。

病院内で品のあるスーツを見事に着こなすルイスは一際目立つらしく、ミアは物珍しさもあって無邪気に笑いかける。

随分と人懐こい少女の様子に、ルイスは一呼吸おいてから僅かばかりの笑みを浮かべて手を振り返した。

溢れんばかりの気品漂うその姿に、元々のファンはおろか初対面のはずのミアと彼女の主治医でさえ思わず見惚れてしまう。

そうして一礼をしてから玄関へと足を向けるルイスの姿が見えなくなるまで、彼女らはじっとルイスを見つめて胸をときめかせるのだった。




モリアーティ家の屋敷に帰ると、まだアルバートもウィリアムも帰宅していなかった。

幸いとばかりにルイスは厨房へと向かい、夕食の準備をしようとジャケットを脱いだ。

ほとんど一人で過ごしていて掃除も行き届かないはずなのに、几帳面なアルバートらしく清潔感がある。

時計を確認すればウィリアムが到着するまであまり時間はなく、アルバートが帰宅するのもおそらくすぐだろう。

あまり凝った料理は作らず、手軽に食べられて腹に溜まるものを作ろうとルイスは頭を働かせた。

そうして一通りの準備が済んだところで、玄関の呼び鈴が鳴るのに気付く。


「ただいま」

「お帰りなさい、兄さん。早かったですね」

「大分急いだからね。それで、結果は?」

「問題ありませんでしたよ」


ルイスは玄関へ向かい、ウィリアムのジャケットを受け取りながらリビングまで連れ立って歩く。

真剣な顔で問いかけるウィリアムに苦笑しながら返事をしても、そう簡単には納得しないことは経験上良く知っている。

ゆえにリビングに置いておいた診察結果記録を兄に手渡して、自分の目で確認するよう促した。

上から下までしっかりと視線を動かして内容を把握するウィリアムを横目に、ルイスはじき帰ってくるアルバートのために食前酒を用意する。

一通り目を通し終ったのか、ようやくウィリアムの表情が柔らかくなった。


「問題なさそうで安心したよ」

「ですからそう言ったというのに」

「ごめんね、自分の目で見ないことには信じられなくて」

「兄さんはいつまで経っても心配性です」

「ふふ、そうかな」


グラスとボトルをテーブルに用意していると、ウィリアムも食事の準備を手伝おうとしてくれる。

有難くそれを受け取り、二人で三人分の食事を用意すれば後はアルバートの帰宅を待つのみだ。


「そういえば、初めて兄さんたちのいない健診だったのでスタッフが驚いていました」

「もう毎年のことだからね。今年も行けたらよかったんだけど」

「ですから、心配しなくても僕一人で大丈夫です。兄さんたちはご自分のお仕事を全うしてください」

「ルイスは厳しいなぁ」

「全く…あと、主治医が面白いことを言っていましたね」

「面白いこと?何だい?」


テーブルではなくソファに座って寛いでいた兄の元へ行き、ルイスは先ほど主治医に言われたことと目に入ってきた光景を思い出す。

幸せホルモンという、正式名称すらわからない俗称ではあるが、抱きしめることで幸福感を得ることが出来るらしい。

口で説明するよりも実践してみた方が早いだろうかと、ルイスは兄の隣に座ってそのまま兄の体を抱きしめた。


「…ルイス?」


耳元で自分を呼ぶ兄の声が聞こえるが、ひとまず返事はせずに強くその体を抱きしめる。

ルイスは兄の背中に回した腕に力を込めて、ウィリアムの肩に顎を乗せてその体温を満喫した。

強い抱擁はストレスの軽減と不安の解消につながるという。

あの少女と彼女の主治医は確かに幸せそうだったし、かつて自分がこの兄に抱きついたときも幸せだったように思う。

そして今、疑問を感じながらも自分の背に腕を回して抱きしめ返してくれる兄を見て、ルイスは間違いなく幸せを感じている。

昔からこの兄だけが揺るぎない自分の味方で、頼りになる自慢の兄だった。

それは今も変わらず、ルイスはこの人のためなら何でも出来ると考えているし、そうであると確信している。

どこよりも安心できる腕の中で、主治医の言葉は本当だったのだとルイスは実感した。


「…主治医が言っていました。抱きしめることでストレスの軽減や不安の解消が出来て、幸福感が増すと」

「へぇ…それは面白いね」

「強く抱きしめると幸せになるホルモンが分泌されやすくなるそうです」

「だからルイスは僕を抱きしめてくれたのか。僕が幸せになるように?」

「はい。どうでしょう?幸せになりましたか?」

「そうだね…幸せな気持ちにはなったよ」


少しだけ体を離して目を見て会話をすれば、穏やかに微笑むウィリアムの姿があった。

その言葉に嘘はないんだろうと、ルイスも緩やかに笑みを返した。

ルイスの柔らかな髪を一撫でして、ウィリアムは楽しそうに言葉を紡ぐ。


「大事な人からの抱擁はそれだけで幸せになるだろうからね。抱きしめることで安心感が強くなるから、ストレスや不安が軽減するのも納得だよ。多分、継続することでより効果を得られるんじゃないかな」

「かもしれませんね」

「ルイスが僕を幸せにしてくれるなら、僕もルイスを幸せにしてあげないとね」

「ぅわっ」


ルイスがウィリアムを抱きしめた後は少しだけ距離を取っていたのだが、それはウィリアムによって再びゼロになった。

先ほどルイスが抱きしめたよりもよほど強く、ウィリアムは彼を抱きしめる。

健診を受けたばかりの心臓の鼓動が感じられるほどの抱擁は、ルイスにとってはいきなりの出来事で驚く他ない。

だがルイスの驚いた声は、ウィリアムがくすくす笑う声でかき消されてしまう。

大事な弟が自分を頼りにしてくれるだけでなく、自分の幸せを願って抱きしめてくれたことを喜ばない兄はいないだろう。

ウィリアムは自分の半身のような愛しい弟に、自らの思いをぶつけるように強く強く抱きしめた。

その様子にもう一度驚きはしたが、すぐに兄の意図に気付いたルイスは案外無邪気な彼の背に腕を回して笑いかける。


「ふふ。ありがとうございます、兄さん」

「どうかな、幸せは感じてくれているかい?」

「それはもう。幸せすぎて怖いくらいですよ」

「良かった」


ウィリアムとルイスがソファの上でしばらく抱きしめあっていると、小さく玄関の戸が開く音が聞こえた。

互いに目を見合わせ、どちらともなく腕を離してから二人連れ立って玄関へと向かう。

そこには予想していた通り、仕事帰りのアルバートの姿があった。


「お帰りなさい、兄様。お仕事お疲れ様です」

「お帰りなさい、兄さん」

「やぁルイス、ウィリアム。ルイス、健診の結果はどうだった?」

「問題ありません。書類はリビングに置いてありますので、後で目を通していただけますか?」

「ありがとう、早速読ませてもらうよ」

「その前に兄様、少し宜しいですか?」

「何かな?」


ウィリアム同様、ルイスの健診結果を見ようとリビングに足を進めるアルバートを呼びとめ、ルイスはウィリアムと目を合わせる。

その視線に頷くことで返事をして、ウィリアムはアルバートににっこりと微笑んだ。


「兄さん、最近ストレスや不安を抱えてはいませんか?」

「いきなりどうした?抱えていないと言えば嘘になるが」

「それならば、きっと効果はあるかと思いますよ」

「だから何かな…ルイス?」

「兄様にも幸せを感じてほしいですから」

「む…?」


自分よりも幾分か背の低いルイスに抱きしめられ、その様子を微笑ましそうにウィリアムが見ている。

アルバートは自分の身に生じている状況に付いていけていないが、懸命に自分を抱きしめるルイスの様子が可愛らしいので深く考えずに抱きしめ返した。

幾つ年を重ねても、ウィリアムとルイスはアルバートにとって可愛い弟だ。

その二人が楽しそうにしているのだから、まずはそれを甘受するのも一つの手だろう。

何より、この二人にまだ理由を明かすつもりがないことは明白だ。

ならばこの状況を楽しむ方が自分にとっては得だと、アルバートはそう解釈してつかの間の抱擁を受け入れた。


「どうでしょう兄様。幸せを感じられましたか?」

「何のことだかよく分からないが…今ルイスに抱きしめられたことを言っているなら、幸せだと思うよ」

「それは良かった」

「兄さん、人は大事な人に抱きしめられると幸福感を覚えるそうですよ。それに伴い、ストレスや不安の軽減もはかれるとか」

「そうなのかい?だからルイスは私を抱きしめたのか」

「はい。日々の業務でお疲れの兄様ですから、少しでも疲れを癒せるようにと思いまして」


涼やかな目元を甘くしてアルバートを見るルイスは、普段の生真面目さが嘘のように子ども染みて見える。

兄として慕ってくれていることは十分知っていたが、ふとした瞬間にそれを実感することがある。

それがまさに今だ。

内向的で人見知りの激しかったルイスが、やっと自分に心を開いてくれたと理解したときは嬉しかった。

そしてルイスの内側に入れてもらえたことは、アルバートの兄としての自尊心を心地よく満たしてくれたものだ。

時代が時代ゆえに、無理矢理に大人になってしまった子どもが多い世の中、ルイスもその筆頭である。

だがそれでも、兄を慕う感情は子どもの頃と同様に持ち合わせているらしい。

アルバートはルイスの純粋な好意が嬉しかったし、それを見守るウィリアムも愛おしいと思う。


「そうか。ありがとう、ルイス。お返しに私からも幸せをあげよう」

「ありがとうございます、兄様」

「ウィリアムもおいで。おまえも抱きしめてやろう」

「おや、僕もですか?ルイスだけで構いませんよ」

「いえ、兄さんもこちらへ来てください」

「あぁ。おまえも私の弟なのだから」

「ふふ、ではお願いします」


三人の体格はさほど変わらないが、それでもこの中ではアルバートが一番背が高く筋肉質だ。

その長兄に次男と末弟が同時に抱きついた。

成人男性二人分の抱擁を難なく受け止めたアルバートは、常に携えているゆったりとした笑みを更に深める。

偽りと駆け引きにまみれた仕事でのストレスが、弟二人による抱擁で確かに軽減していくのを実感した。

同時に二人の弟も、尊敬する長兄の腕の中で殺伐とした時代に感じていた焦燥が薄らいでいくのを実感した。


「ふむ、中々いいものだな。帰宅したときにはこれを取り入れようか」

「いいかもしれませんね」

「では次回からそうするとして、せっかくの料理が冷めてしまいます。早く夕食にいたしましょう」


名残惜しげに体を離し、ルイスが先導切ってリビングへと足を運ぶ。

そんな末の弟の無邪気な様子に、兄二人はそっと息をついて後を追うべく足を進めていった。



(そういえば…抱きしめる対象にフレッドとモランさんも入るのでしょうか)

(うーん、どうしようか)

(フレッドはともかくとして、大佐は別に必要ないんじゃないか?ストレスを溜めそうなタイプでもないだろう)

(それもそうですね。フレッドはともかく、モランさんを抱きしめるのは少々嫌ですし)

(ふふ、ルイスはモランに厳しいね)

(役に立たない居候に優しくする理由が見当たりません)

(ルイスの言う通りだ。ウィルも無駄に情けをかけなくていいからな)

(分かっていますよ、兄さん)