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のらくらり。

続々・ちまルイスのおはなし。

2019.12.03 13:51

「おにいちゃんといっしょ」

ちまルイスのお話は気に入ってるので本にもしました。

可愛くてお気に入り。


カーテンの外が明るくなってきたのを感じたウィリアムは抵抗なく目を開けた。

開けた先にあったのは自分のものとよく似た質感の金髪を持つ弟のあどけない寝顔だった。

すぐに目元を綻ばせて、ふっくらと膨らんだ頬を擽るように指で撫でては突いてみる。

見た目通りの弾力を持つ頬からはすぐに指が跳ねかえされて、菓子のようにふわふわとした感触がウィリアムを楽しませた。

薄く色付いている唇から僅かに覗く赤い舌がベリーのようでとても愛らしい。

閉じた瞼に睫毛の影が長く浮かんでいて、完成されたその容姿は神秘的な印象すら与えるようだ。

心が温かくなるような充足感のままじっと見つめていると、すよすよと何とも幼い寝息が指に纏わりついてくる。

孤児だった頃は毎日のように見ていたこの幼い寝顔を、十数年経った今また見られるとは何たる僥倖だろう。

自分を抱いている兄のナイトガウンを木の葉のような小さな手できゅっと握りこんでいるルイスを見て、ウィリアムは幸せが溢れたような吐息を静かに逃がした。


「ルイス、朝だよ。そろそろ起きなさい」

「…ん…ん、んぅ…」


可能ならば延々と見ていられる天使のような寝顔を持つ小さくなった弟を、ウィリアムは穏やかに起こしてみせた。

一日中寝かせてあげるのも吝かではないが、この幼い姿でいるのもタイムリミットがあるのだ。

生活サイクルが崩れてしまっては後に響いてしまうだろうし、大きく澄んだ瞳を見ながら今日を過ごすことをウィリアムは大層楽しみにしていた。

ふわりとした金髪を撫でてルイスが覚醒するのを待っていると、小さな手で目元を擦りながらゆっくりと目を開けた。

まだ半覚醒といった様子のルイスは焦点の合っていない目を開けて、じっと前にいるウィリアムを見て首を傾げて声を出す。


「にぃさん…?」

「おはよう、ルイス。今日もいい天気だよ」

「はぁ…ふぁ、あ~…」


ルイスが目を開けたタイミングを見計らってベッドから起き上がり、抱きしめていた小さな体から距離を取る。

いつまでも抱きしめた姿勢では体温が安定してしまい、覚醒が遅れるのだ。

過去の経験を活かしながらルイスの目覚めを待っていると、小さく伸びをしてからぱちりと音がするほど勢いよく目を見開いた。

そうしてベッドから起き上がり自分の両手を裏表くまなく見て、普段よりも距離が出来た位置にある兄の顔を見る。

今の身長差ゆえ自然と上目になるのは仕方ないといえど、可愛いものは可愛い。

ウィリアムは頬を緩ませてルイスの行動を見守っていた。


「ぼく、もとにもどってないんですね…」

「ヘルダーの話だと三日はかかるようだから、明日か明後日には戻るんじゃないかな」

「はぁ…」

「ほら、そんな悲しい顔が癖になったら困るだろう?せっかくの機会なんだから、可愛いルイスを見せてほしいな」

「…かわいくないです」


起きて早々、自分の体に起こった現実をないものにしようとして失敗したルイスは幼い顔に似つかわしくない険しい表情を浮かべる。

それはそれで可愛いのだが、どうせなら幸せに満たされたように笑う顔を見ていたいというのはウィリアムの我がままだ。

大切な兄の言葉に頬を膨らませて拗ねてみせても、赤くなった目元と頬は隠していない。

どうやら大人だった頃よりも子どもになってしまった今の方が、上手く表情を取り繕えないらしい。

ふくふくとした手でシーツを握るルイスを抱き寄せて、ウィリアムは改めて始まりの挨拶を口にした。


「おはよう、ルイス」

「…おはようございます、にいさん」

「体調はどうかな?」

「なんともないです」


どこもかしこも柔らかい体を優しく抱きしめ、額を合わせて大きな瞳を覗き込むように言えばようやく笑ってくれた。

はにかんだ控えめな笑みはかつて見ていたルイスの笑顔そのままで、ウィリアムもつられて同じような笑みを浮かべてしまう。

殺伐とした日常の中でこんなにも潤いのある癒しが出現するなんて、ヘルダーとモランには感謝してもしきれない。


「にいさん、おこしてくれてありがとうございます」

「どういたしまして」


ルイスがウィリアムの首に腕を回して抱き着いたあとで、今がチャンスとばかりに火傷跡のある右頬にキスをする。

驚いて目を見開いたルイスが何かを言う前に、おはようのキスだよ、と返せば嬉しさと戸惑いの入り混じった表情でルイスが同じようにキスで返してくれた。




ともに衣服を着替え、ルイスの首元に紫色のリボンタイを締めてから、遠慮する彼を腕に抱いてウィリアムは寝室を出た。

中身は元のルイスなのだから過度に構う必要がないことは理解しているが、せっかくこれだけ愛らしい姿なのだから目一杯構い倒すことを決めている。

表向きはウィリアムに歩幅を合わせようと小走りになってしまうのを避けるためと言ってあるが、その本音はただルイスを抱いて過ごしていたいだけだった。


「もうこんなじかんなんですね」

「よく眠っていたようだったからなるべく待ってあげていたんだけど、遅くなってしまったかな」

「すみません。どうもふだんとくらべて、めざめるのにじかんがかかってしまうみたいです」

「体が小さいから普段よりも睡眠を必要とするんだろうね」

「なるほど」


屋敷の執務を担うルイスの朝は早い。

長年の習慣で自然と目が覚めてしまうというのに、体が小さくなった今朝は普段ならば起きる時間にも目覚めず、声をかけてから覚醒するまでにも時間がかかっていた。

体調は問題ないようだが、やはり子どもに戻ってしまったことによる弊害はあるようだ。

小さな体を縦抱きにしてリビングまで歩くウィリアムは、腕の中で自分にしがみついて揺れに耐えているルイスを眺めながら歩みを進めていった。


「やぁおはよう、ルイス、ウィリアム」

「おはようございます、にいさま」

「おはようございます」

「昨夜はよく眠れたかい?」

「はい!」


たどり着いたリビングではアルバートが朝食の準備をしていた。

元来器用なアルバートはロンドンで一人過ごすことも多く、一通りの家事は問題なくこなしてしまうのだ。

忙しい身の上であるためルイスの都合がつく際には一切の家事を引き受けるのだが、さすがにこの体ではどうにも出来ない。

ゆえにアルバートが食事の用意を申し出てくれたとき、申し訳なさでルイスの顔面が真っ青になったのは記憶に新しかった。


「すみませんにいさま、にいさまのおてをわずらわせてしまって…」

「いや気にしなくていい。手を洗って席につきなさい」

「分かりました。ルイス、行こう」


未だに眉を下げて項垂れるルイスの頭を撫でて、アルバートはいくつかの瓶をトレイに乗せた。

今朝はルイスに合わせてパンケーキを用意している。

中身は変わっていないにしろ見た目が精々五、六歳程度の子どもだからか、つい子ども扱いしてしまうアルバートに罪はないだろう。

生地にも蜂蜜を足して甘みを加えておいたから気に入ってくれると良いのだが、とそれぞれの席にパンケーキの乗った皿をサーブして弟二人が帰ってくるのを待った。


「いいにおいがします」

「ルイス、ジャムは何がいいかな?」

「それでは…りんごのジャムとレモンのジャムをおねがいします」

「分かった。ウィルはどうする?」

「僕はバターだけで構いません」


ルイスは椅子に座り、ドリンクの準備をするウィリアムと食事の準備をするアルバートの動きをじっと見る。

兄二人を働かせているこの事実に思うことは山ほどあるが、この背丈では湯を沸かすこともジャムの瓶を開けることも難しいことを考えると、下手に動いて邪魔をする方がよほど面倒をかけると理解している。

もう既に前科があるのだ。

しょんぼりと肩を落としながら人形のように大人しく座っているルイスの姿は、ウィリアムとアルバートの心を程よく癒していた。


「ルイス、こちらにおいで」

「はい、にいさん」


ウィリアムは再びルイスの体を抱き上げ、今まで彼が座っていた椅子に自ら腰を下ろす。

その膝にルイスを抱えて落ちないよう自らに抱き寄せてから、満足したように目の前のふわふわした髪に顔を寄せた。

昨日も試したが、モリアーティ家で使われる家具は当然のように大人を対象としたものであり、今のルイスでは椅子に座ると机が高すぎて食事どころではない。

倉庫を探せば昔使っていた椅子の一つや二つ転がっているだろうが、そんな手間をかけるよりもウィリアムの膝に乗せた方が手っ取り早いとウィリアム本人が意見した。

勿論ルイスは遠慮したが、埃にまみれて数回しか使わないだろう椅子を探すことはウィリアムだけでなくアルバートも許可してくれなかった。

だから渋々ウィリアムの膝に乗り、食事をするのはこれで二回目である。

ルイスとしてはまだ少し戸惑いは残るのだが、慣れ親しんだウィリアムの体温と匂いに安心するのも事実だった。


「では食べようか」


無駄のない一連の動作を見守っていたアルバートが席につき、その言葉を合図に食事は始まる。

厚めにふっくらと焼かれているパンケーキはとても美味しそうで、事実ジャムのほのかな酸味との相性が抜群だった。

普段ならばあまりジャムを塗りたくることはないが、味覚も子どもになっているのか、多目にジャムを乗せてパンケーキを頬張るルイスの目は輝いている。

付け合せのサラダやソーセージよりも、アルバートが手を込めて焼いたパンケーキを美味しそうに食べる姿は随分と幼く見えた。

丸みを帯びた頬がより丸くなっているのを見て、アルバートは思わず息を漏らして笑ってしまう。


「にいさま、パンケーキとてもおいしいです」

「それは良かった。ウィルはどうだい?」

「美味しいですよ。今朝は手伝えずすみませんでした」

「構わない、目を離した隙にルイスに何かあっては大変だからね」


和やかに会話しながら三兄弟の食事は滞りなく進む。

兄達よりも小さなパンケーキだったがやはり時間がかかるらしく、食べ終わるのはルイスが一番遅かった。

それを気にすることなく食後のコーヒーを飲むアルバートの顔を見て、ルイスは機嫌良さそうに小さな笑い声をあげる。

どうしたのかとウィリアムが問えば、カップを両手に持ったルイスが明るい声を出した。


「にいさまのつくるしょくじをたべたのはひさしぶりなので、うれしくなってしまいました」


あ、もちろんにいさまのてをわずらわせてしまったのはもうしわけないのですが、とてもなつかしくておいしかったのです。

そう言ってくすくす笑うルイスはアルバートの方を見て、それから照れたように自分を抱くウィリアムの体に後頭部を押し付けてカップで顔を隠してしまった。

機嫌良さそうに前後に揺れる足の振動はウィリアムにしか伝わっていないが、鼻歌すら聞こえてきそうな至極楽しげな雰囲気はアルバートにも伝わっている。

思わず机に両肘をついて静かに深呼吸するアルバートの気持ちは、ウィリアムには手に取るように理解出来る。

今は行儀が悪いなどと言っている場合ではないのだ。

ルイスが可愛い、と絞り出すように発せられた小さな声には二度頷くことで同意を返した。


「ウィル、明日は私の番だな?」

「えぇ。今日は一日、僕がルイスの面倒をみます」

「…早く明日になればいいのにな」


兄達の間で自分の面倒を見る順番を決められていることなど知らないルイスは、ウィリアムが用意してくれた蜂蜜を溶かしてあるミルクをちびちびと飲むのだった。




「よくお似合いですよ、お坊ちゃま」

「あ、ありがとうございます」


朝食を終えてしばらくした後、玄関のベルが鳴って来訪者を教えてくれた。

当主であるアルバート自ら出迎えるなどあってはならないことだが、ルイスを抱いたウィリアムが向かうよりも身軽なアルバートの方が早かったのだ。

こういうときにこそ一応使用人でもあるモランの出番だろうに、彼はおそらく惰眠を貪っている。

そのことがルイスをイラつかせたが、アルバートが引きつれた仕立て屋によりそれどころではなくなってしまった。


「よく似合っているよ、ルイス。我がモリアーティ家に相応しい姿だ」

「他の服はどこでしょう?見せていただけますか?」

「えぇ、どうぞどうぞ。私自らデザインし、自慢の職人が手を尽くした一級品でございます」


昨日も姿を見せた妙齢の女性はルイスの姿を見た途端張り切って全身の採寸をし、スケッチのようなものをしたと思いきやウィリアムといくつか言葉を交わしてすぐさま帰ってしまった。

ルイスはすぐに元の体に戻るのならば子ども服など必要ないと言ったが、その言葉がウィリアムの耳を通り抜けた結果、目の前には真新しい服が計五着揃っている。

今着ている服を合わせたら六着であり、昨日買い取った服を合わせると八着にもなる。

片手では足りないほどの衣服たちはどれも華美に彩られており、宝飾品は少ないが一つ一つの生地やデザインが華やかの一言に尽きる。

今までスーツや燕尾服しか着てこなかったルイスとしては落ち着かないことこの上ないが、悔しいことに上質な生地は着心地も抜群だった。


「お坊ちゃま、次はこちらを着ていただいても良いですか?」

「あ、はい」


仕立て屋に言われるまま着替えると、彼女の目が活き活きと燃えているのがよく分かる。

職人故だろうかと、ルイスは七分丈のストライプジャケットを羽織ってから衝立の外に出た。


「…やはり私の目に狂いはなかったわ…!」

「ほぅ、さすがプロの仕事だ。ルイスによく似合っている」

「ルイス、よく似合っているよ」

「ありがとうございます…」


兄達の前に足を進めて見上げれば、胸元のフリルを崩さない程度の力でウィリアムに抱きしめられる。

その肩越しにアルバートを見れば満足気に顎に手をやっており、仕立て屋の女性は拳を握って妙な達成感に浸っていた。

姿見を見るよりも先に彼らの感想を聞いては着替えることを繰り返していると、ルイスは一度も着替えた自分の姿を見ていないことに気が付いた。

少し体をずらせばすぐそこに姿見があるのだが、ウィリアムの抱擁とアルバートの賞賛を躱すのが何となく惜しくなり、ルイスはただ指示されるままに服を着替えるのだった。


「それにしても可愛らしいお坊ちゃまですわね。これだけ容姿が整っているのであれば、何を着てもよくお似合いでしょう」

「えぇ、自慢の弟ですから」

「まさか我が秘伝としていたデザインの服を着こなせる方がいるだなんて、私もやりがいがありました」

「おや、それほど自信を持った服だったんですか」

「墓に持っていく必要がなくなって安心しましたよ」

「それは何より。まぁ末の弟にかかれば当然のことですがね」


仕立て屋に色を付けた金額を言い渡しながら末弟自慢をしているアルバートを横目に、ウィリアムは予想よりもよほど愛らしく変身を遂げたルイスに夢中だった。

すぐにでも社交界デビューできそうな華やかな衣装の数々はどれも容姿端麗なルイスによく似合っていて、自分との年の差を考えてもただひたすらに可愛いのだ。

小さくて可愛いルイスを愛らしく着飾らせるなんて、過去のウィリアムに問いかけたらさぞ羨むことだろう。


「ルイス、よく似合ってる」


ルイスを抱きしめてうっとりと言うウィリアムに、ルイスは恥ずかしがりながらもしっかりと礼を伝えた。

ウィリアムとアルバートが喜んでくれるならばこれ以上の至福はないのだから。

そうしてささやかなファッションショーを終えた次は、仕立て屋と入れ替わりでやってきた写真屋による撮影会だった。

通常は記念日や節目のときにしか写真を撮らないが、アルバートとウィリアムにとっては今こそ節目のときである。

何としてもこの可愛い格好をした愛らしい姿のルイスを未来に残す必要があるのだ。

加えて言うならば、それぞれのツーショットとスリーショットも残しておかねば未来永劫後悔することになる。

並々ならぬ兄達の気迫を感じたルイスは、ウィリアムの腕の中で縮こまりながら二人の顔を見上げるのだった。


「…おふたりとも、おどろくほどしんけんなかおをされている…」


神妙な顔をして呟いたルイスの言葉は、あろうことかルイスを抱いているウィリアムの耳にも入らなかった。

それだけ集中して写真屋との打ち合わせに臨んでいるのだろう。

ルイスは大人しく三人の打ち合わせに耳を傾け、出来るならば兄二人だけの写真が欲しいともう一度願うのだった。


「じゃあルイス、次はこの服に着替えてもらっていいかな」

「わ、わかりました」

「何度もすまないな。だが今を逃したらもう二度とチャンスがないかと思うと、多少無理をさせても写真に残しておきたくてね」

「いえ、だいじょうぶですにいさま」


当初は仕立てた六着の衣装全ての写真を撮るつもりだったが、さすがにルイスの小さな体に負担になるとウィリアムが判断した結果、特に似合っていた三着を着て写真を撮ることになった。

それでも着るのに手間取る華美なデザインと重たい生地は確実にルイスに疲労を負わせていた。

写真を撮る際にはウィリアムかアルバートに抱かれていて、着替え以外ではさほど負担はないのが救いである。

むしろルイスを抱き上げている二人の方がよほど負担が大きいのではないかとルイスは心配したが、当の彼らはけろりとした表情で穏やかにルイスを抱くのだから要らぬ心配だったらしい。

ポンチョ型の外套を身に纏ったルイスを向かい合わせで抱き上げたウィリアムは、ルイスの笑顔を引き出すために優しく頭を撫でてくれた。


「せっかく形に残るものだから、とびきりの表情を見せてほしいな」

「とびきりのひょうじょう…というと、わらえばいいですか?」

「うーん、そうだね。でも無理に笑うのも不自然だし、ルイスらしい表情であれば構わないよ」

「ぼくらしいひょうじょう…」


もう何枚も写真を撮られた後ではあるが、改めてウィリアムの言葉を聞いて首を傾げながらルイスは考える。

鏡がないのでよく分からないが、自分らしい表情というと今この表情だと思うのだけれど、きっと兄が求めているものとは違うのだろう。

ならば、自分がより嬉しい状況であったときの表情ならばどうだろうか。

そう考えたルイスは、カメラを構える写真屋の後ろで見守ってくれていたアルバートを呼び寄せてウィリアムの隣に立つよう促した。


「おふたりのちかくにいるぼくなら、ぼくらしいひょうじょうができるとおもいます」


ウィリアムの胸に背中を預け、アルバートの腕を抱いたルイスは柔らかな笑みを浮かべて兄を見た。

思わず目を見開いたウィリアムとアルバートはそっと目配せをして、写真屋にシャッターを連続して切るよう指示を出す。

今この瞬間の表情をカメラに収めるため、わざわざ写真屋を呼び寄せたのだから。

そうして全ての写真にルイスが映るフィルムを手に帰っていった写真屋の背中を見て、ルイスはむくれたように頬を膨らませた。

希望していた兄二人だけの写真を撮る前に、全てのフィルムを使い切ってしまったのだ。

ほしかったのに、とむくれて拗ねるルイスは、自分を抱きしめて「ごめんねルイス」と殊勝に謝りはするが口元がにやけているウィリアムとアルバートに気付くことはなかった。




「ふ、ぁ…」

「ルイス、眠いのかい?」

「いえ…そんなことはありません」


長時間の撮影会を終えてウィリアムとアルバートはようやく満足したらしく、ルイスはやっと柔らかいシャツと短パンの割合動きやすい服装に着替えることができた。

ソファに座るウィリアムの隣に腰を下ろし、安定感のある座り心地に身を委ねていると小さなあくびが出てしまう。

ウィリアムの問いかけに口では否定するものの、瞼が重いのか指で擦って無理に開けようとしている。

きりっとした目つきがぼんやりと丸くなるのを見て、ウィリアムはしきりに瞼を擦る手を止めるため腕を伸ばした。


「体が小さいからすぐに疲れてしまうんだろうね。何度も着替えさせてしまったからその反動かもしれない」

「ねむくないです」

「擦ったら跡になるだろう、やめなさい」

「…はい」


有無を言わせないはっきりとした口調に逆らう方法など知らず、ルイスは手をとられたままウィリアムを見る。

心では必死に意識を保とうと気にしているのに、体は素直なものでまたもあくびが出てしまった。

昨夜は十分に寝たし活動らしい活動は着替えくらいだというのに、思っていた以上に疲労が溜まっていたらしい。

不便な体に苛立ちを覚えるが、元の体に戻るまでのもうしばらくの辛抱だとルイスは自分に言い聞かせる。

そうしてどうやって眠気を払おうか考えていると、ウィリアムに抱き上げられて彼の膝の上に向かい合う形で座る姿勢になった。


「にいさん?」

「少し休もうか。眠いのに無理に起きていても作業効率は良くないから」

「で、でもにいさんたちがおきているのに、ぼくだけやすむなんてできません」

「ならウィルも付き添えばいい」

「え?」

「その間に食事の準備をしてくるから、ルイスは少し寝てきなさい。用意が整ったら声をかけよう」

「そんな!にいさまひとりはたらかせるなんて…!」

「日頃しっかり働いているのだからこんなときくらいは休んでも問題ないだろう。ウィル、ルイスを頼む」

「分かりました」


顔色一つ変えず当然のようにルイスとウィリアムに指示を出したアルバートは、恐縮して小さくなるルイスの髪を撫でて、おまえの好物を作っておくとしよう、と優しく囁いてからソファから腰を上げた。

まだ納得した様子のないルイスは眠気と戦いながらアルバートの後ろ姿を見送った。


「い、いいのでしょうか。ぼくはともかく、にいさんはアルバートにいさまのおやくにたてるでしょうに」

「今のルイスを一人にしておくわけにはいかないからね。強情な君のことだから、ベッドに連れて行ってもすぐに部屋を抜け出してきてしまうだろう」

「そんなことは…」

「アルバート兄さんのせっかくの好意だ。ありがたく受け取っておこう」


向かい合わせに座らせたルイスをそのまま抱き上げて、ウィリアムは人ひとり抱えたとは思えない足取りで歩き始める。

抱いた体がさきほどよりも温かく感じられて、我慢していてもやはり眠気があると判断できた。

僅かに揺れる体が落ちないよう兄の首に腕を回しても、まだ悩ましげにルイスは表情を暗くする。


「そんなに寝たくないのかい?我慢しなくていいんだよ、今の君は体が小さいんだから無理もないことだ」

「…ねむいといえばねむいのですが、でも、ぼくひとりのんきにねているのもきがひけます」

「何だ、そんなことか。なら僕も一緒に寝よう、それなら気にならないだろう?」

「え?にいさんもねむいんですか?」

「寝ようと思えば寝れるかな」

「ほんとうですか!」


何気なく言ったウィリアムの言葉に、ルイスは一瞬だけ眠気が吹き飛んだ。

普段どれだけルイスが言っても限界ぎりぎりまで起きて計画を練るため見聞を広めているウィリアムが、自主的に休息を取ると言ってきた。

昨夜はルイスの付き添いということですんなりベッドに入ってくれたが、ベッドよりもソファで寝落ちることの多い彼がベッドで休むと言ったのだ。

ウィリアムの体調を気遣うルイスが喜ばないはずもない。

睡眠を溜めておくことは出来ないにしろ、この兄であれば休めるうちに休んで損はないだろう。

自分一人寝ることに気が引けていたが、ウィリアムの言う通りアルバートの好意に甘えてともに休息するのも一つの手だろう。

せっかくの眠気が覚めるような勢いでルイスはウィリアムにしがみつき、はやくやすみましょう!と声をかけて当の兄を不思議がらせた。


「そんなに張り切ることかい?」

「にいさんがじぶんからやすむといってくれたのはこれがはじめてです」

「…そうだったかな?」

「はい」


苦笑したウィリアムに対し、ルイスは少しだけ頬を膨らませて不満を表情に出す。

小さくなったのも悪いことばかりではないなとモランとヘルダーの顔を思い浮かべたが、それでも絶対に感謝はしないと首を横に振った。

ウィリアムはそんなぶすくれた表情をしたルイスの眉間にキスをして、機嫌を直すよう静かに見つめる。

そんな兄の意図に気が付いたのか、小さな眉間に寄っていた皺が綺麗になくなった。


「ウィル、ルイス、食事の用意が出来た…おや」


ルイスが食べやすいようにガレットとスープを用意したアルバートがウィリアムの寝室に向かうと、ベッドで熟睡している弟達の姿が目に入る。

一時間ほど寝ればすっきりするだろうとのんびり作っていたのだが、どうやらその読みは甘かったらしい。

ルイスを抱いて眠るウィリアムは至極穏やかに寝息を立てており、ウィリアムに抱かれているルイスは窮屈そうな様子もなくあどけない寝顔を見せている。

中に入るときにかけたアルバートの声は聞こえていなかったらしい。

いきなり寝落ちることもあるウィリアムはともかく、ルイスはいきなり人の気配がするとすぐ覚醒するタイプなので今の姿には少々驚いた。

子どもの体というものは大人よりも睡眠が深いときくが、まさにその通りなのだろう。

コツコツと靴音を立てて近づいても、二人とも目が覚める様子はない。

乱れている髪の毛を手櫛で整えても起きる気配のない弟達を見て、アルバートは頬が緩むのを自覚した。

目的のための同志であろうと、ウィリアムもルイスもアルバートにとっては年の離れた可愛い弟だ。

安心しきったように熟睡する姿は兄として喜ばしいことである。


「…ウィル、ルイス。食事の用意が出来た。そろそろ起きなさい」


もう少し寝かせてあげたいが、せっかく作ったガレットが冷めてしまうのは少しばかり惜しい。

それに長く寝れば寝るだけ夜に寝付けなくなるのではと思うと、やはり起こした方が賢明だろう。

アルバートは心を鬼にして、綺麗な寝顔と可愛い寝顔に大きめの声をかけて覚醒を促した。



(…すみません、寝過ごしました)

(もうしわけありませんにいさま!にいさまがしょくじのよういをしてくださっているというのに、こんなじかんまでねてしまうなんて…!)

(気にしなくていい。それよりウィル、昨夜はおまえだったのだから今夜は私で良いな?)

(えぇ勿論。入浴を終えたら連れて行きますよ)

(楽しみにしている)

(存分に癒されてくださいね)

(…こんや、なにかあるのですか?)

(特にないな。ただ私がルイスの面倒をみるというだけで)

(え?にいさまがですか?)

(昨夜はウィルと寝ただろう?今夜は私と寝よう、ルイス)

(え、い、いいのですか?ぼく、ひとりでもだいじょうぶですよ)

(今の君を一人にするわけにいかないと言っただろう?)

(遠慮しなくていい)

(で、では…おねがいします、にいさま)

(…!)

(…兄さん、気持ちは分かりますがルイスを締め上げるのは勘弁してあげてくださいね)