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のらくらり。

ルイスとボンドと甘い桃

2019.12.03 14:41

モリアーティ家のみんなで桃を食べるお話。

後半は24話ベースの会話文。


「皆さん、デザートに桃を冷やしておきました。どうぞお食べください」


そう言ったルイスが涼しげな器に入った果実を持ってきた。

音を立てない丁寧な所作で目の前に置かれた器に、丁度甘いものが欲しくなっていたボンドはヒュウ、と口笛を吹く。


「へぇ、美味しそうだね。とても甘そうだ」

「数日寝かせていたので、今日が食べごろかと思います」

「桃は好物なんだ、嬉しいな」


アルバート、ウィリアム、モラン、フレッド、ボンド、そして最後にルイスの座席に置かれた瑞々しい桃は、皮を剥かれて薄く色付いた果肉を見せていた。

添えられたミントが目にも鮮やかで食欲をそそる。

桃の入った器が目の前に置かれた際、各々がルイスに礼を告げていたがそれも個性が出ていて面白い。

まだこのカンパニーに馴染みの薄いボンドはそれぞれの人間関係と好みを知るためにも、食事という絶好の機会を逃すなどという愚かなことはしない。

アルバートはルイスを見ずに、だがその行為を労うように軽く頷いてから、伯爵家当主らしく凛とした声で感謝を伝える。

そんなアルバートとは対照的に、ウィリアムはルイスを見上げて柔らかく微笑みながら礼を言う。

モランはルイスよりも桃に意識を取られているらしく、悪いな、と声には出すが視線は桃に向いていて言葉に中身などなかった。

フレッドは声に出すことはなかったが、軽くルイスと視線を合わせることで表現していた。

ここで分かるのは桃を運んできたルイスとの関係だろう。

ボンドは視線を桃に注ぎながら、意識は同じテーブルを囲む仲間たちに向けていた。


「もう桃が美味しい時期になったんだね」

「えぇ。上質な桃を選んできたので、ウィリアム兄さんの口にも合うかと思います」

「ルイス、桃も良いけど酒の追加はないのか?」

「デザートに合わせて桃のワインなら用意がありますが、他はご自分で持って来てください。アルバート兄様、ワインはいかがですか?こちらも程よく冷やしているので、桃によく合うかと思いますよ」

「あぁ、いただこうか」

「…あ、美味しいですね、この桃」

「それは良かった」


この屋敷における一切の執務をこなす彼の行動には少しの不備もない。

元よりよく気が付く方なのだろう、気配りが行き届いているモリアーティ家末弟の姿にボンドは口角を上げて評価した。

差し詰め、ウィリアムとは親密で、モランには少しばかり辛辣で、アルバートの役に立ちたく、フレッドとは気心知れた仲なのだろう。

そう判断したボンドは、アルバートのグラスに薄桃色をしたワインを注ぐルイスに目をやった。

さて、これから僕と彼はどういう関係になっていくのだろうか。

焦らず探していけばいいかと、ボンドは桃を食べるためにデザート用フォークを手に取った。


「あれ、そういえばホイップはないのかな?」

「用意はありますが、そのままでも十分かと思いましたので添えてはいません。希望があれば持ってきますが」

「ふーん。どれどれ」


瑞々しく熟しているのは一目で分かるが、元より甘みの少ない桃も多いため、食べる際にはクリームと合わせることが多い。

現にボンドは今まで桃単体で食べることは少なく、砂糖を足して菓子として食べることがほとんどだった。

素材の味を楽しむなど、この英国では早々ない食事の方法である。

だがルイスがそう言い切り、貴族であるアルバートが不満を漏らす様子がないことがわかれば、今この桃はこの状態で食べるのがベストなのだろう。

ボンドは柔らかくフォークが入る桃に少しばかり気分が高揚したまま、それを口に運んでいった。


「あ、本当だ!十分甘いね、この桃」

「それは何よりです」

「ルイス君凄いね、僕は甘いと思ってもいまいちな桃ばかり当たってきたから」


加工された桃菓子も勿論美味で好ましいが、完璧に熟した桃はこんなにも瑞々しい華やかな甘さを感じさせるものなのか。

さすが伯爵家、良いものを食べているなとボンドは考えたが、安易にホイップを足したり加工せずにサーブするルイスの判断も中々だと評価した。

丁寧に行き届いた屋敷の清掃といい庭木の手入れといい、食事の準備まで完璧とは恐れ入る。

所見は取っ付きにくいのかと思っていたが、中々面白いところもあるし仕事も出来る、何より傷があろうと整った外見は嫌でも目を引く。

アルバートとウィリアムの陰に隠れていたが、この子も十分逸材だ。

ボンドはルイスへの評価を良い方向へ改めてから、桃をもう一切れ口に放り込んでその甘さを堪能した。


「…あれ、アル君とウィル君は食べないのかい?桃」

「食べるよ」

「放っとけボンド。あいつらはいつもあぁだから」

「はい」

「どういうことだい?」


ふと見ればモランとフレッドは満足した顔で桃を食べ終えており、アルバートとウィリアムはまだ手を付けていなかった。

どうしたのだろうとボンドが疑問を口に出せば、モランとフレッドが言葉足らずに声を出す。

要領を得ないその言葉に二人を見ると、もう食後酒と紅茶を楽しんでいる最中だった。


「あの二人はルイスが席につかないと食べないからな」

「ルイスさんはサーブするお仕事がありますが、あくまでも二人の弟ですから」

「弟を差し置いて食べるのは嫌なんだとよ」

「へぇ…アル君もウィル君も弟思いなんだね」

「行き過ぎてるけどな」

「僕たちは仲間ではあるけど、家族ではないですから」


向かいに座る三兄弟を見れば、確かにルイスが席に着いてからようやく二人は桃の器に手を伸ばしていた。

貴族なんて傲慢な人間ばかりかと思っていたが、やはりアルバートは違うのだ。

理想を追求する気高い誇りを持ち、そして家族思いな人間である彼が悪を興じるなんて実に面白い。

だからこそ手を貸すに値するのだと、ボンドはルイスだけでなく彼ら全員の評価を修正した。


「美味しいね、この桃。さすがルイスの見立てだ」

「ワインとも良く合うよ」

「ありがとうございます」


アルバートとウィリアムが優雅に桃を食べ、ワインを嗜む姿は絵になっている。

その二人から褒めの言葉を貰って満足した様子のルイスはようやく自分の桃に手を付けた。

フォークで一口大にした桃を食べて、きりっと引き締めていた瞳が緩む様を正面で見たボンドは気付く。


「もしかして、ルイス君も桃がすきなのかい?」

「えぇ。桃に限らず一通りの果実は好みですね」

「へぇ、じゃあ今度僕と一緒にパフェでも食べに行かない?いい店を知ってるんだ」

「時間が取れれば構いません」


桃から意識を切り離したルイスは普段通りの生真面目な彼だったが、世辞でも外出の誘いに乗る程度には信用されているらしい。

ボンドは美しい顔に笑みを浮かべてルイスを見た。


「ルイス、はい」

「…兄さん、お口に合わなかったでしょうか?」

「美味しかったよ。甘くて瑞々しい桃だった」

「でしたら兄さんが召し上がってください。それは兄さんのために用意したんですから」

「でも僕はルイスが好物を食べて嬉しそうにするところが見たいな」

「…」

「え、何どうしたのウィル君」


ボンドが小さく口を開けて桃を食べているルイスを微笑ましく見ていると、彼の隣に座っていたウィリアムが器ごと桃をルイスに差し出した。

おそらく一切れしか食べていないだろう桃は、瑞々しさを保ったままルイスの前に置かれている。

一体どうしたのだと思いウィリアムを見ても返事はないし、アルバートは気にせずワインを飲んでいる。

横を向いてモランとフレッドを見ても、いつものことだと、やはり要領を得ない返事が出てくる。

仕方なしにもう一度ルイスを見れば、先ほどまで桃のように甘い雰囲気を漂わせていたというのに、今は甘くないグレープフルーツを食べたような顔をしている。

随分と顔を顰めて交互に見ているのは、桃とウィリアムの顔だった。


「ルイス君?」

「…ではせめて、もう一切れ食べてからにしてください。そうであれば残りの桃は僕がいただきます」

「分かった」


ルイスの前に置いた器から桃を一切れ頂戴して、ウィリアムはそのまま口に運んで溢れる果汁を堪能する。

これでいいかな、とウィリアムがルイスを見て首を傾げれば、観念したようにルイスが頷き、ありがとうございます、と小さく礼を言った。

そうして自分の分の桃とウィリアムの分の桃、二つの器を前にしたルイスは再びそれにフォークを突き刺した。

ルイスの顔は残念そうに唇を尖らせているが、目元は嬉しそうに薄く染まっている。

そんな弟を見たウィリアムは確かに満足そうな顔をして微笑んでいた。


「ウィル君、桃は苦手なのかい?」

「すきだよ。苦手なものは特にないしね」

「じゃあどうして」

「…ウィリアム兄さんには、気に入った物を僕に譲ろうとする悪癖があるんです」

「…変わった悪癖だね」

「そうかな。弟に美味しいものを食べてほしいと思うのは兄として自然なことだと思うけど」


今まで計算高い笑みしか見てこなかったウィリアムの新しい笑みを見て、ボンドは先ほどのモランの言葉を思い出した。

行き過ぎた弟愛、実に的確な表現ではないか。

この年になってまで弟に甘いというのも珍しい。

ボンドがふとアルバートを見れば、気にすることなく悠然とした態度のまま桃に手を付けていた。

どうやらアルバートは弟二人の行為を咎めるでもなく受け入れているらしい。


「せっかくウィリアム兄さんの好物を用意しても、数口食べただけですぐ僕に譲ってしまわれる」

「ちゃんと美味しく頂いてるよ」

「なら全て召し上がってほしいのですが」

「僕が食べるより、ルイスが食べてくれた方がよほど嬉しいから」

「…ですが」

「僕の好物を美味しく食べてくれるルイスを見ている方がずっといい」

「…」


まるで口説いているようなウィリアムの言葉達に返すものがないのか、ルイスは眼鏡の奥で不満そうに瞳を拗ねらせる。

だがそれでも兄の心遣いが嬉しいのか、やはり頬は熟れた桃のように綺麗に染まったままだった。


「ちなみにウィル君、きみの好物は?」

「そうだね、果物で選ぶならりんごかな」

「ルイス君、果物の中で特にすきなのは?」

「…りんごですかね」

「じゃあルイス君が用意するウィル君の好物はきみの好物でもあるわけだ?」

「そうですが」


それって完璧にダミーの好物じゃないかな。

ボンドは美しい笑みを乗せた顔でウィリアムを見たが、見慣れた計算高い笑みを浮かべた顔をする彼が目に入り、これ以上の言及はしない方が良いとようやく悟ったのだった。



(ねぇ、ウィル君とルイス君っていつもあぁなの?)

(よく見る光景ではあるな)

(もう見慣れました)

(へぇ。モラン君が言ってた行き過ぎた弟愛ってこういうことだったのか)

(俺の表現も中々だろ?)

(そういうことにしておこうかな。それにしてもあの二人…)

(どうかしましたか?)

(まるでウィル君がルイス君を太らせて食べようとしてるおとぎ話の魔女みたいだよねぇあははは)

(…太らせて)

(食べようとしてる…)

(ウィル君美人だし、魔女でもあながち間違ってないだろ?って、何二人とも。どうしたんだい、その顔)

(いや別に…)

(何でもない…)

(僕、何かおかしなこと言ったかな?ただの例え話じゃないか、本気にしないでくれよ)

(…例え話なら良いんですけど)

(ま、ウィリアムなら太ってなくてもルイスに手ぇ出すからな)

(…)

(え?モラン君どういう意味だい?)

(あぁいや、何でもねぇよ)




ルイスとボンド①


「それにしても、毎週のようにロンドンとダラムを行き来するなんて大変だね。つらくないの?」

「屋敷の管理がおろそかになってしまうのは気になりますが、特につらくはありませんね」

「ウィル君が教えている大学がダラムにあるんだっけ?あの若さで数学者なんてさすがだね、彼も」

「えぇ」

「ウィル君だけダラムに行く選択肢はなかったのかい?」

「その案も出たのですが、僕が両方の屋敷を管理する以上は僕も行き来しなければならないので」

「あぁ、それもそうか」

「アルバート兄様に介添人が必要であれば、僕だけがロンドンに残ることも勿論あります」

「…ルイス君はウィル君にべったりなのかと思ってたけど、そうでもないんだね」

「べったりという表現は好ましくないのですが…アルバート兄様に僕が必要であれば嬉しいですし、ウィリアム兄さんのお世話をする人間が必要なのも事実ですから」

「二人に信頼されてるんだね、ルイス君は」

「…次を案内しましょう、ボンドさん」

「あれ、照れてるの?若いねー」


ルイスとボンド②


「二階の東がアル君のエリアで、西がウィル君のエリア、そして三階が僕たちのエリア…あれ、ルイス君は?」

「え?」

「ルイス君、屋敷の管理はしてるけど使用人じゃないだろ?君の部屋はどこにあるんだい?」

「二階ですが」

「二階のどこ?」

「西ですね」

「西?ウィル君のエリアかい?」

「はい」

「ウィル君のエリアなのにルイス君の部屋があるの?」

「何かおかしいですか?」

「え、おかしいっていうか…それならウィル君のエリアじゃなくてきみたちのエリアって言えばいいのに」

「そう言われても、現実として西はウィリアム兄さんの場所ですから。僕は兄さんの場所で一緒に過ごしているだけなので、あまり個人としてのエリアはないんです」

「そうなのかい?」

「はい。お二人とも勉強家なのでたくさんの書物をお持ちですし、一人でしなければならない仕事も多くあります。二階は一つ一つの部屋面積を広く取っているので、部屋数も多くありません。当初は三階に僕の部屋をおこうとしたのですがお二人に反対されたので、ウィリアム兄さんの寝室の隣の部屋を一ついただいたんです」

「へぇ、そういう理由だったんだ」

「ウィリアム兄さんとはいつも一緒だったので気にしていませんでしたが、考えてみれば兄さんのエリアに僕がいることを疑問に思うボンドさんの反応も当然ですね」

「大事にされているんだね、ルイス君は」

「お二人のお世話をするにあたって、同じフロアである方が都合がいいだけですよ」

「どうかな?ウィル君はまだよく知らないけど、アル君は随分と優しい人だからね」

「…兄様は確かにお優しいですけど」

「だろう?大事にされてるんだよ、弟君」


ルイスとボンド③


「ルイス君って肌綺麗だよね」

「は?いきなり何ですか、ボンドさん」

「だって真っ白くて肌理も細かくて、うわっ何この触り心地!赤ちゃんみたいだ!」

「…馬鹿にしてるんですか?」

「とんでもない、褒めてるんだよ!どこぞのお嬢様よりよっぽど綺麗なんじゃないの、君の肌」

「あなたに言われたくはありませんが」

「僕は良いんだよ」

「ですが、そう言われても嬉しくはありませんね。男として気にする部分でもないでしょう」

「男も女も関係ないよ。美しいものを愛でるのに性別は必要ない」

「大体、この跡を見て肌が綺麗も何もないでしょう」

「跡?この火傷の跡かい?これが何か影響するのかな?」

「美しくはないでしょうに」

「そうかな?美しさのアクセントになるだけだと思うよ。この跡があるからこそ他の部分がより美しく映える。そしてその跡すらも美しくなる。美のサイクルじゃないか」

「ボンドさん、性別は男性ですよね?」

「勿論」

「視点が随分女性的ですが」

「気のせいだよ、ルイス君」

「それで、一体何が言いたいんですか?」

「別に何もないけど。単純に綺麗な肌してるなって思っただけ。あぁ、強いて言うなら、よほどウィル君に愛されてるのかなって思っただけだよ」

「は?」

「ほら、恋をしたり愛されると綺麗になるって言うだろう?ルイス君の相手といえばウィル君だから」

「何を馬鹿なことを言ってるんですか」

「せっかく褒めてるのに」

「望んでいません。はい、水回りの掃除をしてきてください」

「えー」

「つべこべ言わずに早く行ってきてください」

「赤い顔で凄んでも怖くないぞ、全く」 


ウィリアムとボンド


「ねぇウィル君。ルイス君って可愛いね、つい構いたくなるよ」

「程々にね。箍が外れると何をするか分からないから」

「そうなのかい?それは是非とも見てみたいね」

「ボンド。程々に、ね?」

「…分かってるよ、ウィル君。冗談通じないなぁ全く」