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のらくらり。

紫陽花の君

2019.12.03 23:23

令嬢達に「紫陽花の君」と呼ばれるルイス。

ルイスの美しさは紫陽花そのもの。


モリアーティ伯爵家には日々幾つもの郵便が届く。

それは晩餐の招待であり、議員からの諜報であり、町民からの要望であり。

あくまでも伯爵家としてのモリアーティに対する郵便の中には、貴族同士の繋がりをより強固にするためのものも含まれる。

帽子を被った郵便屋から手渡しで受け取ったそれらに書かれた宛先を見て、ルイスは自らが確認して良いものと親展と明記されたものを選り分けていった。

当主であるアルバート宛のものは即座に中を確認してもらわなければならない。

その大半が貴族がらみの面倒な書類であることがほとんどだからだ。

ルイスは他の郵便をリビングの机に一纏めに置いて、手に余る大きさの封筒を片手にアルバートの私室に足を運んでいった。


「兄様、ローサリー伯爵家から手紙が届いております。ご確認いただけますか?」

「あぁ、ありがとうルイス」


一人掛けのソファに座る兄に近寄り、封書とともに持ってきたレターナイフを渡してその場に佇む。

すぐに返信が必要な案件に備え、中身を見ることはなくともルイスはアルバートの傍に付き添うのだ。

そうしてアルバートはゆっくりと中の書類に目を通す。

同封されていたのは写真だろうか。

綺麗に着飾った年頃の女性が映るそれが目に入り、ルイスは兄に聞こえないよう小さく息を吐いた。

またか、という気持ちと、数多の女性を虜にする兄への誇らしさが入り混じる複雑な吐息だ。


「ふむ…」

「見合いの申し出でしょうか」

「…まぁそんなところだな。ルイス、ウィリアムを呼んできてくれるかい?それと新しい紅茶の用意を頼む」

「分かりました」

「ゆっくり用意してきてくれて構わないよ」

「はい」


ルイスの記憶の中でのローサリー伯爵家といえば、先日社交界デビューを果たしたばかりの一人娘がいたはずだ。

伯爵の地位を継ぐ嫡子がいないため、おそらくはモリアーティ家との繋がりを持つために娘をどうかという推薦状に違いない。

もしくは、次男であるウィリアムに婿入りをしてほしいという要望だろうか。

嫡子がいない以上、そちらの方が可能性は高いかもしれない。

いずれにせよ最愛の兄らを見初められるのは喜ばしいことだが、気持ちは少々複雑なのも事実だ。

この時代に互いの感情を優先に結婚する貴族などいるはずもないし、個人ではなく家と関係を結ぶ方がよほど一般的である。

それに加えてアルバートもウィリアムも地位だけでなく容姿と頭脳も優れているのだから、ファッション感覚で見合いを申し込む輩も多いのが気に入らない。

ゆっくり、とアルバートが言っていたのも、ルイスには聞かせたくない密談を兄らでする心積もりなのだろう。


「アルバート兄様とウィリアム兄さんに言い寄る人間なんて、全て消えてしまえば良いのに」


目的のために二人が婚姻を結ぶつもりはないことなど分かっているが、ろくに兄らの魅力を理解していない人間に言い寄られる姿を見るのはやはり気分の良いものではなかった。

昔も今も兄らを第一に考え生きてきたルイスにとって、その彼らが奪われる気配があるだけでも簡単に苛立つのだ。

ルイスは気を落ち着かせるため大きく響いていた足音を止め、その場に佇んで一呼吸置く。

それから静かにウィリアムの私室に向かい、アルバートが呼んでいる旨を伝えてから紅茶の用意をするために厨房へ向かって行った。




『突然の手紙をお送りしたこと、どうかお許しください。

先日の社交界でお見かけした貴家の三男様のことでお伝えしたいことがあり、筆を執りました。

ルイス・ジェームズ・モリアーティ様。

優美で気品漂うそのお姿に、私は一目で彼を気に入りました。

整ったお顔立ちに美しい金の髪、涼しげな目元によく似合う物憂げな表情はまるで気高い紫陽花のようです。

お顔の傷跡は幼少期に負った火傷跡だとお父様から聞き及んでおります。

ですが、その火傷跡ですら彼の魅力になりましょう。

三男である彼は爵位を継ぐこともなく、このまま有能な執事としてモリアーティ家に在るのでしょうね。

そこでアルバート様にお願いがあります。

是非とも彼、紫陽花の君を我がローサリー伯爵家の当主として迎えさせてはいただけないでしょうか。

彼の人をこのまま三男として燻らせてしまうのはどうにも無念でなりません。

どうか私の伴侶として、ローサリー伯爵家の当主として、貴家とこのまま繋がりを持たせていただければ幸いでございます。』


「ウィル、これをどう見る?」

「どう見る、とは…?」

「随分と熱烈なラブレターだと、私は思ったんだがな」

「そうですね。普段書き慣れていない手紙をわざわざ自筆で送ってくるのだから相当でしょう」


嫡子がいない以上、己の家が持つ爵位と同程度の貴族に婿入りしてもらう他ローサリー家が生き長らえる術はない。

そう考えれば爵位を持つことのない貴族の次男、三男に目を付けるのは至極真っ当だ。

だがそれでも動くのはあくまでも当主であり、貴族の令嬢が自ら願いを乞うようなはしたない真似はしないだろう。

その定説を破ってまで、ローサリー伯爵家の一人娘である彼女は自ら結婚の申し出をしてきたのだ。

これは相当にモリアーティ伯爵家の三男であるルイスを気に入っていると捉えて良いだろう。

ウィリアムは不敵に笑い、それに倣うようにアルバートも口角を上げていった。


「見る目はあると思いますよ。アリエス・ローサリー嬢…以前ルイスを連れて行った先の社交界で、ルイスがグラスを分けていた彼女ですね」

「あぁ。その後も何度かルイスの傍に行っていたが、声をかけることもしなかったな」

「ルイスも気付いてはいましたが、さして興味もないので放っておいたんでしょう」


華美に着飾ったドレスと化粧を施したローサリー伯爵家の一人娘の写真を見て、ウィリアムは愉快そうに声を跳ねらせて言葉を出す。

肩書上はモリアーティ家三男であろうとあくまで養子、それに付随して社交界などの華やかな場所を得意としないルイスは必要最低限しかそういった催しに参加しない。

そのほとんどが介添人として会場の外で待機する使用人の役割を好むのだが、必要に駆られて貴族然と振舞うこともある。

彼女がルイスと出会ったのはちょうどそんなときだった。

ウィリアムに似た美しい容姿は、例え傷物であろうと見る者の目を惹くのは事実だ。

彼女が謳うように、火傷の跡はルイスの魅力を底上げする役割すら担っている。

怪我の成り立ちを知っているウィリアムは一層の愛しさを感じているが、事情を知らない令嬢すらも目を付けるほどだ。

ルイスは容姿に限らずただひたすらに綺麗だと、ウィリアムとアルバートは評価する。


「時代が時代でなければ、見る目のある彼女にルイスを託しても良いんですけどね」

「ふっ…微塵も心にないことを言うのはよせ、ウィリアム」


アルバートの顔を見てより笑みを深めたウィリアムは、今この場にはいない弟を想う。

時代が時代ならば託しても良い、とは単なる彼女への慰めだ。

ウィリアムはどんな時代であろうと愛しい弟を手放すつもりなど毛頭ないし、アルバートもそれを理解している。

当の本人は理解していないかもしれないが、ルイス本人がウィリアムから離れるつもりなどないので特に問題はないだろう。


「それにしても時折耳にしていた紫陽花の君…もしやとは思っていましたが、ルイスのことだったんですね」


近年英国に持ち込まれた紫陽花の株は、真新しいものを好む貴族の間でも大層人気があった。

暑い夏の間咲き続ける紫陽花の花は、束ごとの集合体でも各々色味が異なっている。

それは小さな花たちが集まって一つの形を成す性質のせいだろう。

濃い桃色から仄かに彩る紫色まで、ニュアンスの違いによって与える印象が変わってくる花は確かに趣深く、ウィリアムも相応に気に入っている。

日を重ねるごとに色合いが変わり、より美しく変化しながらもどこか儚いイメージを持つ紫陽花の花。

美しく成長したが、憂いを帯びて儚い印象を持つルイスとは似通うものがあった。


「どこの深窓の令嬢を指す言葉かと思いきや、ルイスだったとは驚きだな」

「えぇ。言い得て妙ですし、淡く色味を変えていく花弁と染まりやすいルイスは確かにぴったりかもしれません」

「自分ではなく男のルイスを花に例えるなど、ローサリー嬢も中々の詩人のようだ」

「今後ルイスを紹介する際にはそのようにしましょうか」

「紫陽花の君たる末弟だ、と?ふ、ルイスが怒りそうだな」


薔薇ほど主張が強いわけではなく、野畑に咲く名もなき花ほど地味なわけでもない。

ある程度人の目を惹きつける紫陽花に例えられた我が弟を思い、アルバートとウィリアムは静かに微笑んだ。


「で、返事はどうする?」

「愚問ですね、兄さん。見る目はあるのだから、ルイス以外に目を向ければさぞ良い伴侶が見つかることでしょう」

「ではいつも通り、彼女には諦めてもらうとするか。方法はどうする?」

「権力に目が眩んだ訳ではないようなので、中途半端な断りでは逆効果でしょう。一切の反論の余地も残さないほど見込みがないことを、ローサリー嬢に思い知らせてやりましょうか」

「なるほど。方法はおまえに任せよう、ウィル。程々にな」

「分かっていますよ、兄さん」


愛しい弟を見初めた彼女にはある種の好感すら抱く。

だがその弟であるルイスはウィリアムにとって唯一の支えであり、生涯ともに在ろうと決めた存在だ。

他の誰にも譲ることなど有り得ない。

完膚なきまでに諦めさせて、ルイスへの思慕など根こそぎ奪い取らねばならないのだ。

ローサリー嬢が書いた自筆の手紙を弄ぶように扱うウィリアムを見て、アルバートは今後の彼女が生きる先に幸あれと、心を伴わず祈ってみせた。


しばらくして後、紫陽花の君たるモリアーティ伯爵家末弟に言い寄る令嬢は皆もれなく別の貴族と婚姻を結んでしまわれる、とまことしやかに噂されることとなる。

誰のものにもならないと言われる紫陽花の君。

その彼が愛しい実兄と睦まじく愛を交わしていることを知るのは、極限られた人間だけだった。



(ねぇねぇルイス君。ルイス君は知ってる?紫陽花の君っていう噂の貴族)

(紫陽花の君?いえ、知りませんが)

(僕も詳しくは知らないんだけど、紫陽花の君に恋したお姫様はもれなく他の貴族様と婚姻を結ぶそうだよ。儚げな横顔が美しい紫陽花の君の笑顔を見られるのはどこの御令嬢なのか、密かに話題になってるんだって)

(へぇ、そうなんだ)

(あ、兄さん)

(おやウィル君)

(さすがボンドは情報通だね。その紫陽花の君が誰なのか、見当は付いているんだろう?)

(まぁね。あくまでも僕の勘だけど、自信はあるよ)

(そう。ねぇルイス、少し書類の整理を手伝ってほしいんだけどいいかな?)

(はい、勿論)

(ありがとう。じゃあボンド、また後で)

(あぁ、二人とも頑張ってね)


(儚い表情が売りの紫陽花の君の笑顔なんて、ウィル君がいればいくらでも見放題だよなぁ)