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のらくらり。

1・1・2・3

2019.12.04 00:20

11月23日に書いた良い兄さん兄様の話。

社交界でルイスを侮辱されて怒るウィリアムとアルバート兄様。


「お久しぶりですな、モリアーティ伯爵」

「こんばんは、レインカード伯爵」

「いつ見ても凛々しい佇まいですなぁ。いやはや、実に立派になられたものだ」

「最後にお会いしたのは父母を亡くしたすぐ後でしたでしょうか。伯爵もお元気そうで何より」

「はっはっはっ、まだまだ若いもんには負けはせんよ」


キン、とグラスを交わして生じた軽やかな音が喧騒の中でも確かに響いた。

社交界に招かれたモリアーティ家の人間の中でも、伯爵の地位を継いでいるアルバートはとかく成すべきことが多い。

兄弟全員が招待されているとはいえ、次男であるウィリアムと末弟であるルイスは相手の気分を害さないよう適度に交流を保てていればそれで良い。

しかしアルバートの場合、貴族同士の繋がりを円滑に保つためにも自らが積極的に他者と交流を持つのは勿論、突然現れた人間への対応もすぐさまこなさなければならないのだ。

貴族として生まれ持った役目といえばそれまでだが、面倒だと感じてしまうのは仕方のないことだろう。

レインカード家の人間とも、最後に直接会ったのは十年以上も前のことである。

アルバートは忘れかけていたその顔を持ち前の頭脳を持ってして記憶の中から掘り起し、それを感じさせずに挨拶を交わせば、途端に相手は満足したように笑みを深めた。

彼が今になってアルバートに声をかけてきたのはそれなりの下心があるからだろう。

上質なワインとともに不満に満ちたため息を飲み込んで、アルバートは優雅な笑みを携えて初老の男性伯爵を見た。


「おや、そちらの綺麗な御嬢様はどなたでしょうか?」

「あぁ、こちらは私の娘です。今日が初めての社交界でしてな、是非モリアーティ伯爵に挨拶をと思い、連れてきたのですよ」

「初めまして、モリアーティ伯爵さま。セシルと申します。…アルバート様、とお呼びしてもよろしいですか?」

「初めまして、ミス・レインカード。私のことはお好きに呼んでいただいて構いませんよ」

「ありがとうございます、アルバート様」


レインカード伯爵の後ろに控えていた真新しいドレスを身に纏った女性が目に入らぬほど、アルバートの目は衰えていない。

かといって目に見えるものをなかったことにするなど失礼にも程がある。

はっきり下心を乗せた表情を見せる相手の面目を保つためにアルバートの方から声をかければ、待っていたとばかりに顔色を変える親子にいっそ笑いがこぼれるほどだ。


「中々の器量好しでしょう。セシルは自慢の娘でしてな、ヴァイオリンのコンクールで優勝したこともあるんですぞ」

「ほう、それは凄い。いつかその腕前をお聞かせ願いたいものですね」

「も、勿論ですわ!」


整った顔に色を乗せてセシル嬢を見れば、分かりやすく頬を染めて喜ぶ姿が目に入る。

アルバートがその顔を見て艶やかに微笑んでみせれば、若い男女の様子に満足いったようにレインカード伯爵が数度頷いた。


「…レインカード伯爵家には末の娘がいます。先日十六の誕生日を迎えたようなので、今日が初の社交界でしょうね」

「あぁ。アルバート兄さんもリップサービスが旺盛だから、随分と好印象のようだ」


アルバートから少し離れた位置で、良く似た風貌の男性二人がグラスを傾けて周囲の様子を伺っていた。

モリアーティ家の次男と三男である。

一通りの挨拶回りを済ませたウィリアムとルイスは、アルバートのように女性をエスコートする気など始めからない。

華やかな場面で女性に恥をかかせてはいけないことなど百も承知だが、それを上手く躱せてしまうのがウィリアムだ。

打算的で狡猾な貴族の女性に深く取り入るなど、例え振りであっても必要に駆られなければしたくはない。

穏やかな微笑みを持つ聡明なウィリアムを欲しがる女性は多いが、当の本人は靡く余地など一切残していなかった。

まして、今のウィリアムにはどこぞの貴族を持て囃すよりもよほど大事な仕事があるのだ。


「兄様はお優しいから、下心のある人間にも平等に接することが出来るのでしょうか」


ワインに口に付けてぽつりと溢したルイスの声は、喧騒に紛れてはいたが隣にいるウィリアムの耳には届いていた。

伯爵家の人間とはいえ養子の末弟であり爵位を継ぐことのないルイスは、社交界への招待も稀なことである。

常ならば介添人としてアルバートのために待機することが多いのだが、今回ばかりはゲスト側としてこの華やかな場に存在していた。

それでもあまり得意ではないのか、ウィリアムについて挨拶をした以外は他の貴族と交流することはない。

他の貴族達も爵位を持つことのないルイスへの興味は薄く、容姿端麗ではあるが顔に大きな傷のある彼を気味悪がる者も多かった。

かつてはルイスの耳に届くよう、あからさまに誹謗や中傷を口に出す貴族もいた。

だがそれを良しとせず心を苛立たせていたのはウィリアムとアルバートだけであり、当のルイスは今更それを気にかけることもない。

貴族とはそういう生き物だと知っていたし、ウィリアムとアルバートが気にしてくれたことだけでルイスは十分嬉しかったのだ。

この傷に込めた思いを知るのは二人の兄だけで良いのだと、幼いルイスが兄達に言った言葉は今でも二人の心に残っている。


「兄さんがああして伯爵としての役割を担ってくれているから、僕達は比較的自由にさせてもらっている。そうでなければ、僕も今頃どこかのお嬢様をダンスに誘わなければならなかっただろうね」

「…はい。兄様の意図は分かっています。…でも、いい気分はしませんね」


可愛い弟達の負担が少しでも軽くなるよう、敢えてアルバートは伯爵らしく振舞うことを望む。

ルイスを中傷した貴族へ噛みつくよりも、まずは中傷するまでに至らせなければいいのだ。

そうすればルイスが傷つくことも、自分とウィリアムが苛立つこともない。

長兄として己が成すべきことをやりきれば丸く収まるのだと気付いてからは、歪んだ環境を投げ出すこともやめた。

ゆえにアルバートは社交界では貴族らしく優美に振舞い、伯爵としての地位をひけらかすように注目を集めている。

若くして伯爵の地位を継いだアルバートが率先して貴族と交流を持てば、次男であるウィリアムを自由にすることが可能になる。

そうして自由になった彼の隣にルイスを置くことが出来る。

二人がなるべく目立たずにいればルイスへの注目も減り、愛しい末っ子を好奇の視線に晒すことも減るだろう。

そう考えた結果、アルバートは興味がなくとも場の空気を保つため、そして可愛い弟達を守るために見苦しい貴族間のやりとりを進んでこなしてきたのだ。


「ルイス、せっかくの晴れの場所なんだからあまり暗い顔をしない方が良い」

「…そうですね、兄さん」


アルバートの考えを知るのはウィリアムだけだ。

ルイスは純粋に「兄様は優しいから、僕達の負担を軽くするために行動している」と信じている。

他の女性にいい顔をするアルバートは見たくないという我儘を言うことなく、兄の気持ちを有難く受け入れているのだ。

もし自分が守られているのだとルイスが知れば、嬉しさと悔しさを混ぜ込んだ複雑な感情を心内に秘めてしまうだろう。

だからこそアルバートもウィリアムも真実を話すことはない。

可愛い弟を表からも影からも守るのは兄として当然の役割だとウィリアムは考えている。

明るい空間に似つかわしくない渋い顔をしているルイスを窘めれば、ふわりと微笑む顔を見せてくれた。


「兄さん、ワインの追加を貰ってきましょうか?」

「いや大丈夫だよ。ルイスこそもういいのかい?」

「えぇ。もう十分に飲みました」


空いたグラスを近くにいた使用人に渡し、壁に凭れてもう一度アルバートの様子を伺う。

ウィリアムに倣ってルイスもアルバートを見るが、レインカード家の令嬢とともに中央のフロアでダンスを踊っていた。

体格の良いアルバートが小柄な女性をエスコートする姿はとても様になっている。

それが狡猾な貴族の女性でなければ、まだルイスの心も穏やかだっただろう。


「しかし、レインカード家には良い噂を聞きません。…大丈夫でしょうか?」

「兄さんの部下が調査を進めている。今この場所は問題ないだろう」


闇オークションで多数の人間が売り買いされているという情報がフレッドの耳に届いたのは先日のことだ。

その主催者の一人がレインカード伯爵家の現当主、つまり目と鼻の先にいる初老男性だという噂がある。

悪を良しとしないウィリアム達は秘密裏に情報収集を進めているが、あの朗らかな顔の裏には一体どんな顔が存在するというのか。

ウィリアムは瞳を細めて緋色で射抜くように彼を見た。

しかし当の本人はそれに気付くことなく、ゆくゆくはモリアーティ家に嫁がせようとしている自分の娘を満足げに眺めている。

セシル嬢もアルバートの外見と落ち着いた雰囲気に入れ込んでいるのは間違いない。

地位も名誉も財産も容姿も頭脳も、その全てを兼ね備えたアルバートを取り込めばレインカード家は安泰だと、この親子がそう考えているのはモリアーティ家の人間全員がすぐに分かった。


「…!」

「…これは厄介だね」

「僕、兄様のところへ行ってきます!」

「あ、ルイス!」


ダンスも終盤となった頃、セシル嬢がアルバートの首に腕を回した。

積極的な女性などこの時代でははしたないことの象徴であるが、社交界デビューしたばかりの小娘にはアルバートの魅力は些か強すぎたのかもしれない。

立派なレディらしくないその振る舞いに続く行為を予感したルイスは、敬愛する兄を守るために駆けだした。


「兄様!そろそろお時間です!」

「な、何かしらあなた…アルバート様の弟ですの?いきなり無粋ではなくて?」

「すみません、ミス・レインカード。弟が迎えに来たということは、もう帰りの馬車がやってきたようです」

「あら、そうですの…残念ですわ、アルバート様」


セシル嬢がアルバートの頭を抱き寄せてその唇に自分のそれを重ねようとした瞬間を狙い、ルイスはストップをかけた。

アルバートはどうこの場を切り抜けるか瞬時に考えを巡らせていたのだが、予想していなかったところで応援が来て少しばかり驚いている。

だがそれも愛しい弟の顔を見れば納得のいくものだった。

焦ったように表情を変えるルイスとその背後にいる苦笑した様子のウィリアムを見て、末弟による可愛い嫉妬のようなものだと理解する。

ルイスの言い分としては、アルバートの腕に抱かれて踊るだけならまだしも、あまつさえ唇を重ねようなど見過ごせるはずがなかったのだ。

ウィリアムもルイス程ではないがアルバートに手を出そうとする女に気分を害した。

大事な長兄はルイスにとってもウィリアムにとっても唯一無二の人間なのである。

思わず行動に移したルイスがアルバートに近寄り、クロークまで案内しようと腕を伸ばそうとしたそのとき。

レインカード親子が次々とルイスに向けて悪意ある言葉を吐きだした。


「はぁ、全く興ざめですなぁ。モリアーティ伯爵、そいつが弟というのは本当ですかな?」

「えぇ、末のルイスです。ご挨拶が遅れましたね、ルイス、挨拶を」

「初めまして、レインカード伯爵。モリアーティ家三男、ルイスと申します。以後、お見知りおきを」

「三男?養子の三男ですかな?どうりで無礼なわけだ。馬車など待たせておけばいいだろうに気が利かない」

「申し訳ありません。アルバート兄様は明日の朝早くに予定が入っていますので、今晩は早めに暇をしようと決めておりましたゆえ」

「少しくらい良いじゃないの。せっかくのダンスを止めてまで入ってくることなのかしら?」

「申し訳ありません、ミス・レインカード」

「…あら、あなたその顔なんなの?気味が悪いわ。よくそんな顔でこの場所に来られたわね」

「火傷の跡ですかな?あぁ、屋敷の火事で逃げ遅れましたか。命があって良かったと言うべきか、その場で死んでおけば良かったと言うべきか…」

「アルバート様も気味が悪いと思いませんこと?私は嫌ですわ、あんな傷」

「いくらスペアとはいえ、モリアーティの名に傷が付くのではないですかな?」

「…お見苦しいものを見せてしまい申し訳ありません。今日のところはこれでお暇させていただきます」

「何よ、本当に無粋な人間ね」


あからさまな親子の言葉に対し、表情を乗せず淡々と会話をするルイスに傷ついた様子は感じられない。

それでも投げかけられる言葉の数々は、確実にアルバートとウィリアムの心を苛立たせた。

大事な弟に対してこうも大胆に死ねばよかったなど、二人が知る限り今まで言われたことはない。

ここまで悪意を込めた中傷を悪びれなく言い捨てて尚、アルバートに同意を求めるその無神経さに吐き気が出るほど苛立った。

一般の貴族ならば役に立たない三男の扱いなどそんなものなのだろうが、モリアーティ家では爵位に関係なく個を大切にしているのだ。

誰より大事で愛しい弟を、こんなにも軽々しく侮辱されて許せるはずがない。

二人の兄は静かに息を整えて、残念がる親子をじっと見据えて圧をかける。

しかし鈍いのか余裕の現れなのか、敵意ある笑みを浮かべているアルバートとウィリアムを気にすることなく親子はルイスへ不満をぶつけていた。

暴言の数々を気にせずいなし、これほど無礼な親子に対しても丁寧に会釈をしたルイスは改めてアルバートを見る。

その顔は我関せずといったように普段通り、冷静なままのルイスだった。


「兄様、馬車が待っております」

「…あぁ、そうだね。ありがとう、ルイス」

「行きましょう、兄さん」

「まぁアルバート様、本当にお帰りになりますの?」

「残念ですなぁ」


ルイスとともにウィリアムがアルバートに近寄り、三人は連れ立ってレインカード親子に背を向ける。

そうして数歩歩いてから、抑えきれないとばかりにウィリアムは表情をなくして立ち止まった。

同様にアルバートも足を止め、ルイスだけが気付かずゆっくりと前に進む。

ウィリアムとアルバートは振り返った先にいた親子に対し、穏やかさとは無縁の荒れた瞳を向けて口を開いた。


「お言葉ですがレインカード伯爵。当家の末弟はとても良く出来た人間です。無能なあなた方よりよほど優秀ですよ」

「なっ…」

「ミス・レインカード。公の場で初対面の男性に迫るなど、女性としての嗜みが成っていないのでは?もうしばらくは社交界への参加より、マナーというものを学ぶことをお勧めします」

「ちょっ…!」

「そして、ルイスの傷は何よりも誇らしい私達の絆です。簡単に揶揄されるほど軽いものではありません。…次に軽々しく口を開いてごらんなさい。その口、二度と開かないようにしてさしあげましょう」


ざわついた会場内、親子二人にだけ届く声でウィリアムとアルバートは静かに言い切った。

凄味のあるその声と顔は、権力の上にあぐらを掻いた貴族でしかない彼らには言い知れない脅威として映る。

明らかな怒りを含んでいるモリアーティ家の人間に対し、レインカード親子は言葉をなくしてその場に立ち竦む。

下手に動けば命がないと、まるで悪魔と対峙しているかのような緊張感が辺りに走った。


「…兄さん?兄様?どうされましたか?」

「何でもないよ、ルイス」

「今宵はありがとうございました、伯爵。…またの機会がありましたら、是非お嬢様のヴァイオリンをお聞かせ願いたい」


先を歩いていたルイスがどちらの兄も付いてきていないことに気付き、慌てて戻る。

ウィリアムとアルバートが何を話していたのかは知らないが、視線の先に居る親子の顔面が揃って青いことを見れば恐らくは兄達の怒りに触れたのだろうと察しがついた。

あの程度の罵声、今までに何度も聞いてきたのだから今更気にすることではない。

そう考えているルイスとしても、あんなにも直接的に己の死を望む声を聞いたのは初めてかもしれなかった。

それでもあくまで他人、大嫌いな貴族の声。

聞き流すくらいのことが出来なければ、伯爵として生きているアルバートに迷惑がかかる。

モリアーティ伯爵家の名に傷をつけるという大事になってしまってはウィリアムの計画にも支障が出る。

この二人の迷惑になるわけにはいかないし、そもそもアルバートとウィリアムが自分を肯定してくれるのだから何も気に病むことはないとルイスは決めている。

大切な二人の兄がいてくれればそれでいい。

だからこそ、アルバートの唇が奪われるようなことがあってはならなかった。

ルイスはアルバートとどこぞの小娘のキスを阻止できたことで十分に満足していた。


「行きましょう、お二人とも。明日に差し支えます」

「あぁ、そうだねルイス」

「それでは御機嫌よう、伯爵。良い夜を」


未だ呆然とする親子をその場に置いて、モリアーティ三兄弟は会場を出て行った。

その足取りのうち、一人は軽く、二人はやや重苦しい。

優れない表情のまま馬車に乗り込んだ兄達を見たルイスは同じように眉を下げ、少しだけ思い悩んでから静かに口を開いた。


「…お二人は、僕への中傷で気分を悪くされているんですよね?」

「…あぁ」

「…そうだね、いい気分ではないな」


正面にアルバート、隣にウィリアムのいる座席でそう尋ねれば、正解だと答えが返る。

優しい二人の反応に、ルイスの心に刺さっていた暴言が段々と溶けていくように感じる。

いつだって優しくて聡明な兄がルイスの自慢であり、誇りだった。

ウィリアムの計画のために出来た傷を疎ましく思ったことはないが、今でも触れられることに慣れないし、他人の目が気になることもある。

ルイスにとっては誇りともいえる大切な傷だが、それが原因でウィリアムとアルバートの気分を害する訳にもいかないのだ。

これはルイスのエゴともいえるものなのだから。


「兄さん、兄様。僕の傷はお二人のご迷惑になっているのでしょうか」

「いや、そんなことはないよ。ルイスの傷は僕にとっても大切なものだ。だけど、心無い言葉をいう人間は必ずいるからね」

「そんな人間のせいでルイスが謂われない中傷を受けるのは我慢ならない」


痛々しい傷跡を否定するでもなく迎えてくれて、大切だと言ってくれるウィリアムにルイスは瞳を見開いた。

普段なら無意識に避けてしまうが、今は自然と右頬を撫でるウィリアムの手を受け入れている。

疑ってはいなかったが、建前の言葉ではないということがこの手とその眼差しからよく伝わってきた。

アルバートもわざわざ身を乗り出してまで、ルイスの右頬に慈しむように触れてくれた。

貴族としての立場を重んじる彼らが、自分のために相手の顔が真っ青になるほど脅しをかけたことが素直に嬉しい。

良い兄を持ったと思う。

何よりも自慢で誇りに思う優しい兄が二人もいて、自分以上に幸せな人間はいないのではないかと思うほどだ。

ルイスはくすぐったくなるような胸の鼓動を感じながら、ウィリアムとアルバートを交互に見た。

そうして隣に座るウィリアムの肩に凭れ、伸ばされたアルバートの手を両手で握る。


「ありがとうございます、ウィリアム兄さん、アルバート兄様。僕はお二人がいれば誰より幸せです」

「ルイス…」

「あの親子に何を言われても、お二人のいる僕の方がずっと満たされています。僕は大丈夫です」

「だが、ルイス」

「いいんです、兄様。お二人がこの傷を疎ましく思っていないのならそれでいいんです。この傷はお二人に対する僕の覚悟ともいえるもの…この覚悟を受け入れてくれて、心から嬉しく思っています」

「当然のことだよ、ルイス。礼を言われることでもない」

「それでも、です。僕はお二人の弟で、本当に良かった」


相手を見下すことでしか満たされないあの親子とルイスを比べると、格段にルイスの方があらゆることで充実感に溢れているだろう。

ルイスはそれを知っているからこそ、彼らは可哀想な人達だな、と憐れむことすら出来た。

温かいウィリアムの肩とアルバートの手から伝わる愛情をひとつ残らず受け取って、同じだけの愛情を返していきたいとルイスは思う。


「きっとウィリアム兄さんとアルバート兄様以上の兄は存在しないでしょうね。独り占めしているようで気分がいいです」


くすくすと幼く笑う末っ子を見て、ウィリアムとアルバートは苛立っていた心が元どおりに落ち着いた。

そうして、いつまで経っても純粋で可愛い弟への想いを募らせるのだった。



(ウィリアム、マネーペニーからの報告が上がった。やはりレインカード伯爵家は黒だな)

(そうですか。…調査書を読むに、当主だけでなく家族ぐるみで人身売買に手を染めているようですね)

(あぁ。丁度いいな、あの令嬢にも借りがある)

(えぇ…可愛い弟を侮辱した分も合わせて、存分に罪を償ってもらいましょうか)

(そうするとしよう。良い計画を期待しているぞ、ウィル)

(任せてください、兄さん。人身売買の斡旋など外道もいいところですからね、容赦はしません)