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のらくらり。

彼のその後は誰も知らない

2019.12.04 01:45

221年B組設定パロの三兄弟。

ルイスを盗撮してた男をウィリアムとアルバート兄様がとっちめる。


カシャ、カシャ、カシャ。

静かだった廊下にそんなシャッター音が響くなど別におかしいことでもない。

だけどふと何かが引っかかったフレッドが音のした後方を振り返ってみると、そこには窓に携帯を向けている一人の男子学生がいた。

校内だというのに黒いニット帽を被っているなんて珍しい。

だが、ある程度衣服に自由がきくこの学園では今更気にすることでもない。

聞こえてきたシャッター音は外の景色を撮っていたのだという答えを得て、フレッドがもう一度前を向こうとしたとき、自然と窓の外に目をやった。

そこには同じクラスで担任の弟でもある、ルイス・ジェームズ・モリアーティの姿がある。

この場所から数学準備室は中庭を挟んで丁度真向かいに位置しており、そこを訪ねることの多いルイスがいても不思議ではない。

だが、男子学生が携帯を向けていた先にルイスがいることに違和感を持ったフレッドがもう一度振り返ると、彼は既にそこにはおらず廊下の向こう側を歩いていた。


「…」


単なる偶然だろうと、そう思いたかったのだが、何度か聞こえてきたシャッター音の先にルイスがいただろう事実は消せなかった。

フレッドがその現場を見たのは一度きりだが、どうにもあの黒いニット帽の姿が頭から離れない。

当のルイスは彼のことを知っているのだろうかと休み時間に聞いてみても、知りません、の一言だった。

元より兄以外には興味の薄い彼のこと、そんな返事がくるのは予想できていたことだ。

でも生来の勘の良さを持つフレッドには何か嫌な予感がしてならなかった。


「黒ニットの男?知ってるような知らないような…」

「いや、確か二つ下の学年にいつも黒いニット帽を被っている男子学生がいる。それがどうかしたのかい?」

「…何か妙な噂があったりしませんか?その彼…」

「…鋭いな、フレッド。丁度今、彼は生徒会で何度か話題になっている人物だ」

「え?」


ルイスは別段気にかけていないようだが、あれは間違いなく盗撮の類だろう。

同級生が見ず知らずの人間に盗撮されているなどフレッドには許すことが出来ず、まずは同じクラスメイトでもあるモランとアルバートに相談を持ちかけた。

モランには期待していなかったが、生徒会のトップに所属するアルバートはさすが情報通である。

生徒会に目を付けられている生徒となると、あまり評判の良い人間でないことは明白だった。


「彼が無断で他の生徒の写真を撮っているかもしれないという匿名の相談が幾つか寄せられている。匿名であることを考えるにあまり確信のある情報ではないが、要は盗撮、しかも撮られた被害者は複数いるらしい」

「盗撮?何でそいつが撮ったなんて分かるんだよ」

「投書の内容を見ると、シャッター音が聞こえたと思ったら黒いニット帽を被った男子学生がその場にいたらしい。恐らくは盗撮された本人ではなく、盗撮しているところを目撃した生徒からの相談だろう。被害者からの相談は一つも来ていないよ。そもそも盗撮とは撮られた本人が気付きにくいことでもあるのだから」

「僕が見たのも、窓から向かいの廊下にいる人を撮っているところでした」


アルバートからの簡潔明瞭な説明に、フレッドは同意するように被せて声を出した。

自分が見たときと全く同じ状況が、フレッド以外の生徒の目にも留まっていたのだ。

窓の外から見えたルイスと同じように秘密裏に写真を撮られている生徒が複数いるなど、想像するだに気持ちが悪い。

たかが写真、されど写真だ。

その使い道が何にせよ、複数の人間を許可なく撮影するということは真っ当な用途ではないだろう。

フレッドの倫理に反する行為をした黒いニット帽の生徒に言いようのない苛立ちを感じていると、アルバートは至極穏やかにフレッドに情報提供を申し出た。


「それでフレッド。君が見たとき、その黒いニット帽の生徒はどこで誰を撮っていたんだい?」

「え…」

「ん?何でそんな顔引きつらせてるんだよ、フレッド」


アルバートの声に、釣り上げていた眉が下がるのを実感した。

先ほどは敢えて口に出さなかったが、盗撮されていたのがルイスだと知ったら目の前の彼がどんな反応をするかは明白だ。

白い制服は学園を取り締まる生徒会の証、品行方正を絵に描いたような集団の集まりである。

そのトップでもあるアルバートは、多少強引なところはあれど優しく正義感に満ちた人間だが、その分どこか言い知れない迫力のある生徒だった。

そこらの教師よりよほど教師らしいというか、単純に言えば己の正義を通すためなら容赦がない。

そんな彼が担任であるウィリアムの弟、同級生でもあるルイスを弟のように可愛がっていることは周知の事実だった。

実際ルイスもアルバートのことを「兄様」と呼ぶし、ウィリアムからの信頼も厚い。


「あの…」

「…言いにくい人物なのかい?生徒ではなく教師なのかな?」


むしろ教師の方がよほど言いやすい。

盗撮されていたのがルイスだと言った場合、黒いニット帽の生徒がどんな末路を辿るのかは火を見るより明らかだ。

いや盗撮は悪なのだから相応の罰は受けるべきだが、被害者にルイスがいるとなってはその罰に拍車をかけてしまうのは間違いないだろう。

だが誤魔化すことも出来ないし、ここはもう黒いニット帽の生徒は見捨ててルイスおよびアルバート、そしてウィリアムに安寧の日々を届けることが優先だった。


「…二階の廊下で、数学準備室から出てきたルイスさんを撮ってました…」

「…ほう」


素直に白状したフレッドが俯くと同時に、アルバートは翡翠の瞳を光らせて口角を上げた。

その様子に気付いたモランも数センチばかり彼から距離を取る。

私の許可なく大事な弟分の写真を撮るなど万死に値する、とそんな声が聞こえてきそうだった。


「なんと、これは一大事だ。まさかルイス含め複数の生徒が被害者になっている可能性があるとなると、すぐにでもその男に事情を聞かなければならないな」

「…程々にしておけよ」

「何を言う、モラン。盗撮は立派な犯罪行為だよ。猥褻な画像でなければ裁くことが出来ないなどと甘いことを言っていては、いざ人権を侵害するような写真を撮る可能性のある人物を見逃すことになる。いや、もしくは既に問題のある画像を所持しているかもしれない。ここは徹底的に締め上げておかなければならないだろう」

「おい、はっきり締め上げるって言いやがったな」

「おっと口がすべったな、まずは事情を聞かなければならなかった」

「ぼ、僕も手伝います」

「その必要はありませんよ」


呆れたように突っ込むモランを軽く躱し、不敵に微笑んでいるアルバートにフレッドが手伝いを申し出ると、担任であるウィリアムが声を張って会話に入ってきた。

その顔は普段よりも一際穏やかに微笑んでいて、だからこそ怒りが隠しきれていない。

端正な顔立ちが怒りに染まるとその美しさがより顕著になると、アルバートとウィリアムを見ていれば嫌でも実感してしまう。


「う、ウィリアム先生、聞いていたんですか?」

「最後のアルバート君の言葉だけですけどね。この学園内で盗撮行為を働く生徒がいるなど言語道断、到底許せることではありません。きちんと更生させるためにも、ここは教師である私が出向くべきでしょう」

「ありがとうございます、先生。では私とあなたで粛清に向かうとしましょうか」

「よろしくお願いしますね、アルバート君」

「…俺達の出る幕はねぇよ、フレッド」

「…そうですね」


大切な弟が盗撮されていると知ったウィリアムは相当に怒っている。

アルバート以上の迫力を感じたモランとフレッドは戦線離脱を宣言して、厄介な人間達に可愛がられている同級生を思う。

だが当の本人は厄介な人間と思うどころかこの上なく素晴らしい兄と同輩だと、しきりに懐いているのだから心配など無用だろう。

悪を正すために早くも作戦を練るウィリアムとアルバートの姿は、ただ弟に群がる悪い虫を払おうとする兄の姿に他ならなかった。


「…おかしいな…そろそろ出て来ても良い頃なんだが…」

「誰かお探しですか?」

「えっ!?」


噂に聞いていた黒いニット帽を被った男子生徒は、誰もいないはずの廊下で突然声をかけられたことに驚いて肩を揺らして振り返った。

夕暮れ時の廊下はオレンジと黄色で染まっており、目の前に佇む綺麗な金髪の持ち主と同化するように馴染んでいる。

コツコツと靴音を響かせて近付いてくるこの学園でも特に有能な教師の姿に、生徒は思わず恐怖で顔が引きつった。

教師を見て顔を引きつらせる学生など、後ろめたいことをしていると言っているようなものだ。

周りを十分に確認しないこと、シャッター音を切らないこと、誰かに気付かれている可能性を考えないこと、未熟な演技力であること、直近のターゲットにルイスを選んだこと。

本当に色々なことが浅はかで詰めが甘すぎると評価せざるを得ない。


「だ、大丈夫です。少しぼーっとしてたらこんな時間になってしまって…すぐ帰ります!」

「少し待とうか」

「え、あっ」


彼がウィリアムから逃げようと頭を下げた瞬間、手に持っていた携帯を後ろから誰かに取られてしまった。

縋るものがなくなった生徒は慌てたように振り返り、白い制服姿に映える端正な顔立ちをした学園内の支配者に一層顔を青くする。

この学園でウィリアムとアルバートを知らない人間など存在しない。

誰にでも公平で優しく、誰かを貶めるような真似を決して許さない二人の人間に挟まれた彼は、アルバートの手にある己の携帯を見てようやく現状を理解した。

カメラモードのまま取られた携帯の中にある画像を見られては全てが終わる。


「か、返してくださいっ」

「すまないがそうもいかなくてね。我々生徒会に、近頃の君の行動に迷惑しているという投書が多数寄せられているんだ。投書の内容が事実なのか、それとも単なる勘違いなのかを調べておかないことには君も落ち着かないだろう?」

「べ、別に構わない!だから返してくれっ」

「おや、私に確認されるのが嫌なら教師であるウィリアム先生に任せるとしようか。それなら公平で文句はないだろう?」

「良くない、返せ!」


携帯の画面に指を数回スライドさせてから、アルバートはにっこりと微笑んでウィリアムにそれを手渡した。

同じように微笑んでいるウィリアムが画面に映る画像を確認しようと視線を落とす様子を見て、もう駄目だと生徒は気付く。

ならばこの場からとっとと逃げるまでだと一目散に走り抜けようとすると、アルバートの腕が彼の制服の詰襟を思いきり引き寄せる。

生徒の首が締まることなど構いもせず、そのまま彼を引きずり落として上から彼を見下ろした。


「どうでしょう、先生」

「…思っていた以上にアウトですね。誰かを無断で撮るだけでも問題ですが、更衣室の写真まであっては弁解を聞く余地はないでしょう」

「なんと…君、何か言い分はあるのかな?」

「っく…」


画像を見ていたウィリアムが綺麗な眉を思いきり歪め、吐き捨てるように愛すべき生徒だった男を突き放した。

この学園に悪がはこびるなど許していいはずがない。

ウィリアムとアルバートが目指すのは差別のない、公平で美しい平和な学園なのだ。

目指すものから道を外れた彼はもはやウィリアムにとって生徒ではないし、アルバートにとっても後輩ではない。


「大きな画像で確認するのは撮られた生徒に申し訳ないので控えますが、一連の画像を見るに、まずは遠くから全身を撮って徐々に距離を近付け、最後には更衣室やプライベートな空間で盗撮する…という流れで間違いないですか?」

「…お、俺が撮ったんじゃなくて…この前!クラスの奴に携帯取られたからきっとそのとき使われたんだよ!俺じゃない!」

「おや、それはおかしいですね。私のクラスの生徒がつい先日、ここであなたがルイス君を撮っていたのではないかと見かけているんですよ。この携帯の画像も、最後に写っているのはルイス君ですよね?あなたじゃないとすると、私の生徒が見たのは誰だったんでしょうか?」

「そ、それは…きっとその人が俺を陥れようとしてるんだ!俺じゃない、信じて!」

「…へぇ、私のクラスの生徒を侮辱すると?」

「ひっ」


アルバートに詰襟を掴まれながら、男はウィリアムの顔を見上げて吠える。

だがウィリアムの顔に浮かんだ表情のないそれに目を見開いて喉が締まった。


「今ここで君が待っていたのは数学準備室から出てくるはずのルイス君でしょう?この時間、彼はほとんどあそこで過ごしていますからね。…状況証拠と物的証拠を抑えられていて尚、己の罪から逃れようとするその精神を見逃すわけにはいきませんよ」

「同感です。盗撮は犯罪だと、足りない頭で考えても理解することは出来ないのかな?随分と粗末な頭を持っているようだ、可哀想に」

「…ぅ…」

「この学園にいる人間なら、私と彼の関係を知らないはずがないでしょう」


ウィリアムはゆっくりとしゃがみこみ、男と目線を合わせて紅い瞳を煌めかせる。

優しいと評判の数学教師である彼の顔には今、優しさなど欠片も見出すことは出来なかった。

ここでようやく男は自分の行為と迂闊な発言がウィリアムの逆鱗に触れたことに気付いたが、そのことを察しているにも関わらず、ウィリアムは男から視線を離さずより強く威圧する。


「…複数の生徒を盗撮しているだけでも許しがたいことなのに、実の弟に手を出されて、許す兄がいると思いますか?」


許せるはずがないでしょう、と音には出さず唇だけを動かして、ウィリアムは男に言い切った。

言葉に真っ黒な凄味を乗せて、情けなどかけずにただ冷徹さだけを与えたウィリアムの手が男の首に伸びる。

そうして左右の頸動脈に力を込めて、青褪めながら許しを請おうと口を開いた男の意識を少しの無駄もなく奪い取る。

がくりと力の抜けた体を無感情に見下ろして、ウィリアムはゆっくりと腰を上げた。

気絶した男の詰襟を掴んだまま支えるアルバートは、彼が呼吸できなくなることを承知でそのままウィリアムを見る。

こんな人間は多少呼吸できないくらいが丁度良い。


「どうしますか?」

「この学園に彼は必要ありません。警察に連絡した後、問答無用で退学させます」

「先生にそのような権限があるので?」

「ふふ。私はアルバート君も知らない権限をいくつか任されているんですよ、安心してください」

「ほう、それは怖いですね」


しばらく男の首を絞めたまま、ようやく気が済んだのかアルバートは掴んでいた詰襟から手を離す。

盗撮犯の言い訳など聞く必要はないとすぐに落としたが、被害者となった生徒とルイスを思うとこれでも手厚い対応だと二人は思う。

時代が時代なら、意識だけでなく首を落としていた。

ウィリアムとアルバートの前で崩れ落ちた体を気にすることなく、二人は穏やかに会話を続ける。


「詰めが甘いどころか、盗撮をするに値しない低能な人間でしたね」

「便利な機械を欲のために悪用するなどあってはならないことです。ルイス君に大きな被害が及ぶ前に捕まえられたのは幸いでした」

「えぇ。フレッドには感謝しておかなければなりません」

「そうですね。さて、私は彼を警察に連れて行って事情を説明しなければなりません。アルバート君は数学準備室にいるルイス君達にもう帰るよう伝えてきてくれますか?」

「分かりました」

「くれぐれも、このことはルイス君には内密にお願いしますね」

「分かっています。無駄に心配をかけるわけにはいきませんから」


さすがアルバート君、と小さく褒めて、ウィリアムは未だ気絶している黒いニット帽の男の詰襟を掴んで引きずるように職員室へ向かっていく。

完璧に落ちているのかうめき声一つ出さず、床を掃除しながらウィリアムに連れられて行くかつての後輩を、アルバートは至極冷めきった目で静かに見送る。

この盗撮騒動でルイスが被害にあっていなければ、まだ冷静でいられたかもしれない。

彼は選んだ相手が悪かった。

確かにルイスが持つ整った顔立ちと儚げで理知的な雰囲気は、その魅力に気付いたものを惹きつけて止まないだろう。

これであの男が正攻法でルイスに迫っているのならば、受け入れることは出来ずともまだ理解はできた。

だが姑息にも盗撮で己の欲を満たそうとする方法を選んだとあっては、情状酌量の余地など一切ない。


「生きていられるだけ有難いと思うべきだ。我々の大事な弟に手を出した罪、これで済むと思うまいよ」


ウィリアムと男の姿が見えなくなったところで、アルバートは怒りを抑えた声でポツリ呟く。

警察に送ったから何だというのだろう。

その場しのぎの償いなど一切の役に立たない。

五体満足な体がある限り、ああいう人間は二度三度と同じことを繰り返すだろう。

それを理解しておきながら放置しておくアルバートではないし、ウィリアムも同様の意見に違いない。

重要なのは警察での捜査が終わった後だ。

あの男に生きていることを後悔させてやるべく、アルバートは数学準備室へと向かいながら思考回路を巡らせた。




(ルイスさん、もし、もしですよ?もし自分が、知らない誰かに盗撮されていたらどう思います?)

(僕がですか?…別にどうも思いません)

(え?どうしてですか?)

(写真を撮られようが僕に直接何かあるわけじゃないならどうでもいいです)

(でも気持ち悪くねーのか?知らない奴が自分の写真持ってるとか)

(モランさんは気にするんですか?)

(いや、俺を盗撮する奴は早々いねぇだろ)

(僕を盗撮するような人間も早々いませんよ。気持ち悪いも何も、撮られたことに僕が気付いていないなら気持ち悪いとも思えません。総じて、どうでもいいです)

(…ルイスさんって、見た目の割に案外逞しいですね)

(…あのウィリアムセンセーの弟だし、アルバートにも可愛がられてるしな。どっかズレてんだろ)

(それより、ウィリアム兄さん先生もアルバート兄様も遅いですね。僕、少し探してきます)

(おいちょっと待った!もうじきに来るからおまえはここにいろ!)

(ですが…)

(きっと二人ともすぐ帰ってきますよ!だからルイスさんはここにいてください)

(…はぁ)

(失礼する。待たせたね、みんな)

(あ、兄様!お帰りなさい、遅かったですね)

(色々あってね、ウィリアム先生は用があるから先に帰るよう言っていたよ)

(あ、そうですか)

(モランとフレッドもありがとう。おかげで一応は片が付いたよ)

(そりゃ何よりだ)

(良かったです)

(どうかしたんですか、皆さん)

(いや、ルイスは知らなくていいことだよ。帰ろうか、家まで送ろう)

(…?ありがとうございます、兄様)