たんぽぽ、ふわふわ
ウィリアムとルイスはまるで双子のようにそっくりでいて、実際の中身は存外違いに溢れている。
繊細な見た目の割に肝の据わったウィリアムは身の回りのことに対しては大らかで、細かいことには執着しない性質だった。
脳疲労がピークになればどこでも寝落ちてしまう大胆さも、ウィリアムらしいと言えばとても彼らしい。
ピークになる前に休めばいいだろうに、自分の限界を知っておきながらギリギリまで動いてしまうその悪癖に何度ルイスは頭を抱えていたか分からない。
そしてルイスはその見た目通り、几帳面で細やかなところによく気が付く人間だった。
定型から外れることを苦手としており、臨機応変という言葉があまり得意ではない。
変化を嫌って今のままで在りたいと思いながら、それでもウィリアムの計画についていこうとする忠誠心は彼ならではのものだろう。
常に周囲を警戒して、大事な兄を守ろうと気を張っているのがルイスという人間だと、アルバートはそう評価していた。
事実その評価は間違っておらず、ルイスは小さな体でウィリアムのことを守ろうと懸命だ。
ウィリアムもそれを承知した上で彼の好きにさせている。
実際は守られる必要もないほどウィリアムの方が優位にあるだろうに、ルイスの気持ちを尊重して守られてあげているのだろう。
彼ら兄弟を引き取ってモリアーティ家の人間を始末してしばらくした今も、アルバートはルイスのことを常に周囲へ意識を向けている神経質な性格だと認識していた。
しかし段々とその認識に違和感を覚えることになる。
ルイスがアルバートのことを兄と認め、信頼を寄せてくれるようになってからの彼の印象は随分と変わっていった。
「アルバート兄様、ウィリアム兄さん、お茶の用意が出来ました。今日は天気が良いので、テラスで日を浴びながらのティータイムにしましょう」
「ありがとう、ルイス」
「今行くよ」
「はい!」
ティーワゴンを押しながら、ルイスは二人の兄へと声をかけた。
養子という立場であるルイスは出過ぎた真似をしないよう、ロックウェル家の執事であるジャックから執務について教わっている。
アルバート好みの紅茶を淹れられるようになったのはつい最近のことで、ジャックからもアルバートからも合格点を貰って以降は嬉しそうに茶会の準備をするようになった。
機嫌良く声をかけていることからも、今日の紅茶もさぞ香り高く美味しいのだろう。
ウィリアムとアルバートはルイスの声を聞いてから庭の方へ目を向けて、眩しいほどに庭木が輝いていることに今更気が付いた。
まだ寒暖差はあれど日中は随分と日が差すようになったらしく、外が心地良い陽気であることは一目瞭然だ。
ルイスの提案通りせっかくの天気なのだから、庭で風を感じる一時も良い気分転換になるだろう。
率先してテラスに向かうルイスの後を追うように、ウィリアムとアルバートは部屋を出て行った。
「本日はスコーンとサンドイッチを用意しました。ジャムはアプリコットとリンゴの二種類を用意していますので、お好きな方をお選びください」
てきぱきとテーブルの上に紅茶と茶請けをセッティングするルイスの動きに無駄は一切ない。
元々覚えの良い子どもだから、教えれば教えた分だけ吸収してしまうのだろう。
だからこそウィリアムは自ら得た様々な知識をルイスに教え込んでいるのだ。
本能的に教えることを好むウィリアムにとって、ルイスはまさに彼のために在る生徒だった。
今の気候のように穏やかな表情を浮かべたルイスはアルバートが紅茶を口にするのを見てから、自らも淹れたての紅茶を一口飲む。
そうして兄弟三人、憩いの時間である茶会が始まった。
「良い天気ですね。段々と春めいてきて、気持ち良い日和が続くようになりました」
「そうだね。この冬は一段と厳しかったから、ようやく待ち望んでいた季節になって有難いよ」
「庭の花達ももう少しで見頃を迎えるだろう。その頃が楽しみだね」
「はい、とても楽しみです」
他愛もない会話をしている最中、ルイスは時折視線を外して意識を他に向けることが増えた。
今もどこか一点を興味深げに見つめていて、アルバートはおろかウィリアムすらも意識の外だ。
以前ならば絶対にウィリアムとアルバートから意識を逸らすことなどなかったというのに、ここ最近の彼は気を緩めて周囲をただ静かに見ていることが多い。
鼻歌でも聞こえてきそうなほどのんびりと機嫌良くどこかを見つめていて、その空気はふわふわと頼りない限りだ。
張りつめていた糸がなくなって、まるでふわりと浮かぶ雲のように掴み所なくぼんやりしている。
大きな瞳がとろんと周りを見ている様子は何ともあどけなくて、無駄に気を張り詰めているよりもよっぽど彼の顔に見合った雰囲気のように思えてきた。
その変化にアルバートは気付いていたが敢えて言及することはなく、たまたまだろうと考えていたのだが、初めにそのことに気付いてから今に至るまで、むしろルイスはごく自然と自分の世界に浸る時間が増えている。
少し前まであんなにも警戒心に溢れた子どもだったというのに、今は飼いならされた子猫のように気ままに過ごしているようだ。
元々そういう気質の子なのだろうかとアルバートが認識を改めるべきか考えていた瞬間、小さな小さな声が聞こえてきた。
「っく、しゅん」
「ルイス、寒いのかい?風が出てきたせいかな。もう中に戻ろう」
「大丈夫です、兄さん。寒いわけではありません」
「でも」
「本当に大丈夫です。あ、少し待っていてください」
小さな声はルイスから出たくしゃみだったようで、大事な弟が病弱だった頃の記憶が焼き付いているウィリアムは過剰に反応している。
言う通り確かに風が吹いてきたし、心臓を患っていて循環が悪いルイスには寒いのかもしれない。
アルバートもウィリアムの意見に賛成するように頷いていたが、その様子を見ておきながらルイスは席を立って歩いて行ってしまった。
すぐ近くにある花壇の手前、白いものの前まで足を運んでしゃがみこむ。
そうして立ち上がったかと思いきや、小走りで二人の元へ帰ってきた。
手には白くふわふわしたものを握っており、それと同じような空気を纏ったルイスが弾んだ声を出す。
「これ、見てください。たんぽぽの種です。気になって見ていたのですが、ちょうど僕のところに飛んできたので、ただくすぐったかっただけなんです」
「それなら良いけど…本当に大丈夫かい?ストールを持ってこようか」
「本当に大丈夫ですよ、兄さん」
「それにしても、たんぽぽの種なんてよく気が付いたね」
「何となく目に付いたんです、アルバート兄様。もう春ですね、たんぽぽも仲間を増やす時期です」
手に持ったたんぽぽの種である綿毛を持ち、ふんわり笑うルイスはやはりあどけなくて可愛らしかった。
思えばそれが生えていた場所は先ほどルイスが熱心に見つめていた方向であり、何に意識を取られているのかと思いきや、その正体は単なる綿毛に過ぎなかったらしい。
アルバートにとっては風景の一部に過ぎないただの綿毛も、ルイスにしてみれば気になる存在だったようだ。
ただの綿毛一つに何ともまぁ嬉しそうにふわふわと笑っていて、そんなに大層なものだっただろうかと、ルイスを見ているアルバートの方がたんぽぽへの認識を改めてしまいそうだ。
そんな些細なものに意識を向けられるほど、今のルイスは気持ちにゆとりがあるのだろうか。
思わずルイスにつられて微笑んでいると、アルバートの内にふとした悪戯心が芽生えた。
目の前には綿毛を手にのんびり笑い合うとびきり可愛い弟が二人もいる。
その間に割って入るようにアルバートは手を伸ばし、ルイスの持つ綿毛を奪い取った。
「兄様?」
「どうしましたか、兄さん」
同じ顔で目を丸くするウィリアムとルイスを見て口角を上げ、アルバートは綿毛に向けて息を吹きかけた。
ふぅ、と強めに息をかければ、今にも落ちそうだった種は弟二人に向かって飛んで行った。
白くてふわふわとした綿毛に吊られたたんぽぽの種は、ウィリアムとルイスの鼻先をくすぐってから風の向くまま移動していく。
「「っくしゅ」」
「はは、くしゃみまでそっくりだね、君達は」
「もう、兄様いきなりひどいです」
「兄さんも子どもらしい一面があったんですね」
「失礼だな。一応まだ僕も子どものつもりだよ、一応はね」
「ふふ、そうでしたか」
暖かい陽だまりの中、血の繋がり以上に強く結ばれた三兄弟が穏やかに笑い合っている。
ふわふわ揺れるたんぽぽの種のように、これから迎える未来はとても不安定なものになるだろう。
それでも今この瞬間だけは、とても満ち足りた温かい日常を彩る一部になってくれていた。
(ルイスはもっと神経質だと思っていたんだけど、案外そうでもないのかな)
(ルイスは割とぼんやりしてますよ。僕と二人のときは警戒心なんてありませんし、ふと気付いたらその辺で花を摘んでたり猫を構ったりしています)
(へぇ。じゃあ話の最中にたんぽぽを見るくらいには、僕も気を許してもらえていると思っていいのかな)
(勿論。僕以外では兄さんが初めてですね)
(それは光栄だ。それにしても、ルイスは結構天然だったんだね。あの見た目にはよく似合っているけれど意外だよ)
(…アルバート兄さんも大概天然入っていますけどね)
(ん?何か言ったかい、ウィリアム)
(いえ何も)