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のらくらり。

恋をしている。

2019.12.04 02:23

221年B組設定パロで、鈍ちんなジョンと相談に乗るルイス。

前作の学パロ話の続き。


あの瞬間、目が覚めていたのは本当に偶然だったのだ。


次回作の執筆のため連日の寝不足が祟っているのか、ジョンは休み時間や放課後の僅かな時間を使って眠ることが多い。

その日も直前までは間違いなく一切の意識なく寝入っていたのに、ふいに意識が浮上して、いつ起きようかタイミングを計っていたところだった。

もう少しだけ微睡んでいようか悩んでいると、誰かに頭を撫でられている感触がした。

頭ではなく髪を撫でていたのかもしれないが、どちらにしろ存外気持ちが良くて、ジョンは起きるのではなく微睡むほうを選ぶことにする。

誰が撫でているのかは分からない。

けれど何だか落ち着くような懐かしいような、それでいて面映いような心地がして顔を上げるに上げられなかった。

寝息を立てている振りをしてしばらくその優しい手を堪能していると、嗅ぎ慣れた煙草の匂いが漂ってくる。

学生の身分にも関わらずこのクラスで煙草を吸う人間は何人かいるけれど、ジョンが銘柄まで当てられるほど知った匂いを好んで吸う人間は一人だけだ。

何故いきなり煙草の匂いが強くなったのかを考えていると、髪を上げられて生え際に何か柔らかいものが触れてきた。

そうして吐息のような風を感じたかと思いきや、温かいそれはすぐに離れて行ってしまう。

一体何だろうかと突っ伏したままジョンが思案していると優しく撫でてくれていた手はゆっくりと離れ、代わりに小さな足音を立てて教室の外へ出て行った。


「…シャーロック?」


あの煙草の匂いは間違いなく相棒であるシャーロックが好んで吸う銘柄だった。

校内では吸うなと何度も何度も注意してきたのだから今更間違うはずもない。

ついさっきまでジョンの髪を撫でていたのはシャーロックだ。

ガサツに見えて妙に細かい彼のこと、触れる手つきが優しいことにあまり驚きはなかった。

なるほど、あの手はシャーロックが撫でてくれていたんだな、とジョンは疑いなく顔を上げる。

続けて、掻き上げられた髪の生え際に触れたのは何だったのだろうかと考える。

相棒お得意の推理ほど上手くは出来なくても、自分の身に起こったことくらい推察することくらいは可能だろう。

ジョンは段階を追って先ほどまでの出来事を振り返った。

寝入っていたところに誰かの手が優しく頭を撫でてきて、ふいに煙草の香りが強く感じられたからその誰かがシャーロックだと気が付いた。

何故煙草の香りが強く感じられたのかというと、単純に彼がジョンに近づいたからだろう。

そういえば髪を掻き上げられたときに煙草の香りが強くなって、次の瞬間には柔らかい何かが髪に触れて、最後には吐息のような風が額に当たっていたのだ。

あれは一体何だったんだろう、と考えていたジョンは、思い当たった自分の推理に思わず目を見開いた。


「…はは、まさかな」


吐息のような風、ではなく、本当に吐息だったのではないか。

そう考え付いたジョンは、ではあの柔らかい感触は唇ではないかと推理した。

シャーロックがジョンに対して、淡いキスをしたのではないだろうか。

そんな推理に到達した途端、ジョンの頬は赤く染まった。

まさか、そんなはずないと思う。

ジョン君は推理の才能ないわね、とからかうように言った同級生のハドソンの言葉を何度も何度も反芻して、得意ではない推理なのだから当たっているはずがないと妙な自信を持つ。

そんなわけがないと言い聞かせるように声を出し、けれども右手は先ほど何かが触れた額を覆うようにかかっていた。




「…それで、一体何に困っているのですか?」

「…困っているというか、何というか、その」

「僕も暇ではありません。相談事は簡潔にお願いしたいのですが」

「…」


そんなわけがないと思いつつも、それをきっぱり否定出来るだけの状況ではなかったと気付いたジョンはこの上なく戸惑った。

戸惑いに戸惑いを重ねた結果、シャーロックを見かけては不自然なほど白々しい笑みを浮かべてしまうようになってしまったのだ。

自分でも挙動不審だと思うのだから、あの鋭い男が違和感を持たないはずもない。

どうにかして早くこのもやもやした感情を昇華してしまわないことには、相棒である彼と今まで通りともに過ごすことも出来ないのだ。

一人思い悩むことに疲れたジョンは目に付いた同級生に声をかけることにした。

その同級生がこのクラスの学級委員であり、かつ担任であるウィリアムの実弟でもあるルイスだったのは単なる偶然ではなく、真面目で責任感のある彼ならば茶化すことなく相談に乗ってくれるのではないかと期待したからだ。

口も堅いだろうし、成績も優秀だからきっと頼りになる。

そう考えたジョンはルイスを呼び止め、放課後の教室で二人向かい合って話をしていた。


「…では聞き方を変えましょう。最近のあなたはどうも様子がおかしいように見えます。特にホームズ君に対しての挙動は怪しいと言って良い」

「え、そんなに!?」

「人当たりが良くきちんと相手の目を見て会話をするあなたが、ホームズ君に対してだけは目線を泳がせて声も上擦っている。放課後は彼と連れ立って街の困りごとを解決するのがルーチンなのでしょう?それがここ一週間、逃げるようにホームズ君から隠れて帰っています。不自然以外の何物でもありません」

「…ルイス君、よく観察しているんだね」

「兄さんからの教えで、周囲の観察は怠らないようにしています」

「へぇ、凄いな。まるでシャー…いや、凄腕の探偵みたいだ」

「…いえ」


わざわざ言い直した意味があるのだろうかと、ルイスは呆れたように息をついた。

ジョンにとっての凄腕の探偵とはシャーロックそのものだと言っているようなものだ。

それが褒め言葉になると無意識に思っている時点で彼の胸中など察するに容易い。

だからといって、ルイスにしてみればシャーロックに似ているなど鳥肌が立つほど憎い褒め言葉ではあるのだが。


「あなたの悩みはホームズ君関連のことですか?」

「…あぁ。僕の気のせいかもしれないんだけど…ちょっともやもやしていて」

「何があったんです?話せる範囲で話してください」

「…実は―――」


そうして語られたジョンの記憶に、ルイスは眩暈がするような気分の悪さを自覚した。

呆れの余り思わず眼鏡を外して、眉間に寄った皺を伸ばすように長い指をあてる。

ジョンの語り草からすれば、間違いなくシャーロックはジョンに対してキスをしたのだろう。

気のせいかもしれないという保険をかけておきながら、きっとジョンも自分の推理に間違いはないと心のどこかで確信しているはずだ。

では今更何にもやもやしているのかといえば、可能性は一つしかない。


「…仮にホームズ君があなたにキスをしていたとして、あなたはそれが嫌だったのですか?」

「…嫌だとは思わなかった、けど」

「戸惑った、と?」

「…あぁ」

「では、何故ホームズ君があなたにキスをしたのかは考えましたか?」

「シャーロックがどうして僕にキスをしたか?いや…そういえば考えていなかったな」

「そこが分からないからこそ、もやもやした気持ちが晴れないのではないですか?」

「そう、なのかな…」


ルイスの言葉にジョンは頭を働かせる。

何故シャーロックがあんなことをしたのか、ジョンには皆目見当がつかない。

良い相棒だと思っていたから単なる親愛の表現なのかもしれない。

だが、そうであるならば秘密にするように寝ている自分の髪を撫でてキスをした理由は何だろうか。

親愛の表現ならば隠す必要はないだろう。

あれでいて案外照れ屋な性格だから、もしかして恥ずかしかったのだろうか。

いやまさか、そんな単純な理由じゃないだろう。

だってあの凄腕の名探偵であるシャーロック・ホームズの行動原理がそんなに単純なはずがない。

元よりシャーロックは頭が良く、ジョンの思考が追いつかないほど先を見据えて生きている。

キス一つとってもジョンには想像もつかない理由があるに違いない。

そんな彼の心情を自分が推理するなど、かなり難易度が高いのではないだろうか。


「う~ん…シャーロックが何を考えているか、か…うぅ~ん、難しい話だな」

「…あまりそう難しく考えなくても良いと思いますが」


ジョンは随分と真剣に悩んでいる。

真剣にシャーロックが何故自分にキスをしたのかを考えて、思い悩んでいる。

それはルイスからしてみれば滑稽な姿であり、きっとウィリアムとアルバートもルイスの意見に賛同してくれることだろう。

シャーロックが何を考えているかなど興味はないが、シャーロックがどうしてジョンにキスをしたかなど考えるまでもない。

単純に、彼はジョンのことがすきなのだ。

すきだからこそ、彼を連れ歩いて街の困りごとを解決している。

シャーロックなりにアプローチしていることはウィリアムからの助言でルイスも気付いていたが、肝心のジョン本人に気付かれていないのだからとても不憫だ。

あいつは頭が良いから何か深い理由があるはずだ、とぼやくジョンの言葉に不正解の熨斗を付けてやりたいくらいである。

ルイスは兄であるウィリアムの手を煩わせる問題児のシャーロックを嫌っているが、ジョンのことは嫌ってはいない。

ジョンがシャーロックの想いに応えられないのであれば、ルイスは全力でジョンの味方をするだろう。

けれどほとんど無自覚でありながら、ジョンの気持ちはシャーロックに向いている。

嫌だと思っていないけれど、どうしてキスされたのかは気にしている時点で分かりやすいことこの上ない。

この様子ではシャーロックの想いが届くのも、互いの想い同士が結ばれるのも時間の問題だ。

時間はかかろうが、放っておいてもいずれは収まる形に収まることだろう。

わざわざ手助けする義理もないが、学級委員として悩める同級生を放置しておくのもルイスの主義に反してしまう。

きっとウィリアムならば思い悩む人間には真摯に対応し、良い方向に向かうようアドバイスをするだろう。

いつだって心優しい兄の顔を思い浮かべ、彼の弟であり221年B組の学級委員として同級生の相談に乗るのも立派な仕事だと、ルイスは自分に言い聞かせた。

そうして思い悩むジョンに向けて静かに落ち着いた声をかける。


「マウストゥマウスのキスをしたことはありますか?」

「え…いや、ないけど」

「では、人は一体いつキスをするのでしょうか。どんな人が、どんなときに、どんな想いを乗せて、唇を重ね合わせるのでしょう」

「それはやっぱり、恋人とか夫婦とか親子とか、互いをすきな者同士がするんじゃないかな。すきだぞーって気持ちを乗せる愛情表現なんだろうね」

「そうですね。キスは最も分かりやすい愛情表現の一種です。なのにどうして、あなたはそれを想定しないのですか?」

「えーと、どういう意味だい?」

「ホームズ君があなたにしたキスは愛情表現ではないと、どうして思えるのですか?」

「え…」

「僕にとってのキスは相手に想いを伝えるための手段であり、相手からの想いを受け取るための手段でもあります。言葉だけでは伝えきれない感情を伝えられる最高の方法だと思うからこそ、自然に体が動くのです。…ホームズ君の考えていることは分かりませんし、知りたくもありませんが、相応にしてキスは大切な人に向けた愛情表現です。どうして彼があなたにキスをしたのかなんて、簡単な話じゃないですか」

「…か、簡単って…どういう」

「これ以上のことも、僕の口から言った方が良いのですか?」


僕が言うのはそれこそ簡単な話ですが、そこまでの答えを推理せずに、あなたは彼の相棒を名乗るつもりなんですか。


凛とした声と表情で、ルイスはジョンの瞳を見据えてはっきりと言った。

探偵を名乗る彼の相棒でいたいなら考えることを放棄するなと、担任によく似た顔立ちの赤い瞳が真摯に教えてくれている。

ルイスからの挑発と取れる言葉に、ジョンはもう一度ちゃんと推理しようと頭を働かせた。

シャーロックからのキスがただの親愛ではなく愛情であるならば、彼の性格を考えれば隠しておきたくなるのも自然なことだ。

古今東西、恋とは秘めることでより一層強く輝くものなのだから。

そうであるならばあのキスは気難しい彼の精一杯の愛情表現だ。

へぇ、謎にばかり興味を持つあのシャーロックも人並みに恋をするんだな。

可愛いところがあるじゃないか、うんうん、全くあいつも水臭いんだから!

ジョンが声に出しながら一人納得したように数回頷く様子を見ていたルイスは、あまりのその鈍感さに目を見開いた。

間違ってはいないが、その対象が自分であることを忘れているのではないだろうか。

推理に向いていないとか鈍いとか、もはやそういうレベルの問題ではない。


「…あの」

「ありがとうルイス君!ずっともやもやしていたのが晴れていくようだよ!あのシャーロックも恋をするんだな、驚いたよ!」

「そ、そうですか」

「確かに君の言う通り、自分の推理に自信が持てないからってすぐに答えを求めようとするのは良くなかった。分からないなら分かるまでとことん調べて考えなければならなかったんだ。おかげで今シャーロックが恋をしていることが分かったよ。相棒として応援しなきゃならないな」

「は、ぁ…」


もやもやした気持ちが晴れたという言葉の通り、思い悩んでいた顔はすっきり明るくなっている。

ジョンの中ではもう己の推理に確信しかない様子で、シャーロックの恋の相手については気になっていないようだ。

ひたすらにシャーロックが人間らしく恋をしていることに対して喜んでいる。

自分の相棒が恋患う相手が誰なのか、気付かせてあげた方が良いのだろうか。

ルイスとしてはそこまでの面倒に首を突っ込むのも抵抗がある。

しかしウィリアムのことを考えると今更見捨てることも出来ないし、ここは一つ、憎きシャーロック・ホームズに塩という名の蜜でも送ってやるとしよう。


「さして興味もありませんでしたが、ホームズ君が恋をしているなんて驚きですね」

「そうだよな!あのシャーロックが誰かに恋をするなんて想像もしていなかったよ」

「そうでしょうか。相手があなたなら納得です。相棒同士、お似合いだと思いますよ」

「え?」

「良いコンビだと思っていましたが、今後は良い恋人同士になるんですね。どうぞお幸せに」

「…え?」

「当然でしょう?ホームズ君がキスをしたのはあなたなんですから、彼の想い人はあなたです。応援するということは気持ちに応えるということなんですよね?おめでとうございます。初めてのマウストゥマウスのキス、楽しみですね」

「え、えぇ!?」

「何を驚いているんですか。満更でもなさそうな顔をしている以上、気持ちに応えられないという選択肢はありませんよ」

「え、ちょ、えぇっ!!?」

「お幸せに。それでは、僕はウィリアム兄さん先生に用があるのでお先に失礼します。あまり遅くならないようお帰りください」

「ちょ、ルイス君!?」


上っ面だけの祝いの表情に棒読みも良いところの祝いの言葉を添えて、ルイスは淡々と会話を続けて席を立った。

真っ赤な顔をしたジョンが悶えるような声をあげていることは気にせず、荷物をまとめて数学準備室で己を待っているウィリアムの元へと急ぐ。

これでひとまずは収まるべき形に収まることだろう。

学級委員としていい仕事をしたと、ルイスの中には言い知れない充実感と達成感が芽生えていた。

もしかするとウィリアムからも褒められるかもしれないと思うと実に気分が良い。

散々アプローチしても気付かれずにいた不憫な探偵はせいぜい自分に感謝するがいいと、ルイスは人知れず悦に浸った。


「それではまた明日」

「ま、待ってくれルイス君!もう少しだけ僕と話をしよう!」

「お断りします。早くホームズ君の元へ行った方が良いですよ。さようなら」

「ちょ、待って!」


ジョンの呼び掛けには応じず、ルイスはさっさと教室を出た。

残されたのは記憶から抜け落ちていた、キスをされた自分のことで頭が一杯のジョンだけだ。

相棒の人間らしいところを知って喜んだのもつかの間、そういえばその相手は自分だということを忘れていた。

尊敬にも似た感情を抱いている相手なのだから嫌な気持ちはない。

けれど同性同士、好意を向けられても一切の嫌悪感がないことを「尊敬した相手だから」という一言で済ませるには無理がある。

そう、無理があるのだ。

今の今まで気付かなかったけれど、ジョンはシャーロックにキスをされても何の疑問も持たず受け入れる程度には好いているし、彼の想い人が自分であることを思いの他喜んでいた。


「…はは、まさかな」


まさかが事実であることを否定するだけの要素はなくて、推理するまでもなく自分の気持ちは明白だった。

ジョン・H・ワトソンはシャーロック・ホームズに対し、恋をしている。



(おやホームズ君、放課後だというのに今日も一人ですか)

(…文句あんのかよ、リアム先生)

(いえ何も。せっかく授業も終わったというのに、いつまでも浮かない顔をしている君が気になっただけですよ。あなたのパートナーはどうしたんですか?)

(…気付いてんだろ、先生)

(さて何のことでしょう。最近のワトソン君の様子がおかしいことですか?それともそのワトソン君の様子に動揺しているホームズ君のことですか?もしくは数日前に毎日の習慣で君がワトソン君の髪に触れていたら我慢できなくなってキスまでしてしまったことでしょうか?)

(どこまで知ってんだおまえ!)

(仮にも先生に向かっておまえとは失礼ですね)

(つーか何で知ってんだよ!あのとき誰もいなかったはず…!!)

(周りはよく確認しましょうね、ホームズ君。名探偵が気配に疎いなど底が知れてしまいますよ)

(ちっ)

(まぁワトソン君の様子がおかしいのは十中八九、あのときのことが原因でしょうね)

(…そう思うか。あいつ、あのときやっぱり起きてたんだな。寝ているにしては肩の動きが不自然だった)

(確認もせずに行動に移すなんて、よっぽど我慢ならなかったんですね。青春とは良いものです)

(うるせーよ、その顔やめろ!ムカつく!)

(ふふ、なるようになりますよ。頑張ってくださいね)

(くそっ、やりづれぇな!)