三兄弟、二月ぶりの団欒を過ごす
「兄様、お帰りなさい!」
「お帰りなさい、アルバート兄さん」
「ただいま、ルイス、ウィリアム」
「体調を崩してはいませんか?食事や睡眠は十分にとれているのでしょうか?あぁ、目元に隈が出来ております!お忙しいとは思いますが、あまりご無理なさいませんよう…!」
就職に伴い実家を出ていたアルバートが、二月ぶりに弟二人が住まう屋敷に帰ってきた。
早くに父母を亡くした三兄弟にとって互いの存在は何より大切なものであり、特に末のルイスは兄達への依存心が人一倍強いせいか、最後の最後までアルバートが実家を出ていくことに渋い顔をしていたのを思い出す。
兄様が家を出るのなら僕とウィリアム兄さんもここを出ます、通学に不便になるだろう、でも出ます、ルイス、あまりアルバート兄さんを困らせないように、…はい兄さん、という三人での会話はもう数えきれないほど繰り返していた。
本心ではアルバートも可愛い弟二人だけを残すのは心苦しかったし、ウィリアムも信頼を寄せている兄が離れることに抵抗がなかったと言えば嘘だ。
けれどルイスがあまりにも懸命な様子で言い縋るものだから、二人の兄は逆に冷静に状況を俯瞰することが出来たのだ。
結果、当初の予定通りアルバートは一人実家を出ることになった。
そんな彼がようやく都合を付けて可愛い弟達が待つ屋敷の扉を開ければ、ルイスによる待ちかねていたと言わんばかりの熱烈な歓迎を受ける。
歓喜の笑顔で出迎えてくれたかと思えばアルバートの顔に残る疲れを見つけて不安げに表情を曇らせる末弟に、アルバートは心を擽られるような温かい気持ちを覚えた。
「大丈夫だよ。慣れない環境で少しばかり疲れているだけだから」
「ですが…!」
「ルイス。兄さんも帰ってきたばかりなんだから、ここではなく中でゆっくり話そう」
「そ、そうですね…兄様、食事の用意は出来ております。食堂へ行きましょう」
「ありがとう」
玄関先でアルバートにしがみつきながら離れないルイスを見て、駅まで迎えに行かせなくて良かったと二人の兄はほっと息をついた。
この様子で迎えに行かせていたらいつまで経っても駅から離れられなかっただろう。
迎えに行きたいとごねるルイスを宥めて食事の用意をさせていたウィリアムは己の判断に安堵する。
そうしてルイスはアルバートの手を取り、ウィリアムとともに食堂までの廊下を先立って歩いて行った。
はしゃぐ末弟の姿にウィリアムとアルバートは顔を見合わせて微笑ましく笑いあっている。
「アルバート兄様、お仕事の方はやはり忙しいのでしょうか?」
「そうだな。やりがいのある分野を任されているからさほど苦ではないが、それなりに忙しいのだろうね」
「兄さんがそういうのであれば、実際はかなりキツイ部類に入るんでしょうね」
「さぁ、どうだろう。ウィルなら問題なくこなせてしまうのかもしれないな」
「ご冗談を」
ルイスがアルバートを想って用意した食事を三人で済ませ、食後の紅茶を嗜みながら二月ぶりの団欒を過ごす。
久々に食べたルイスの手料理はアルバートの好物ばかりで、食べ慣れたその味と可愛い弟達の顔にアルバートは日々感じていた疲労が癒えていくのを感じた。
分かりやすくはしゃいでいるルイスは当然のこと、ウィリアムもアルバートに会えて随分と嬉しそうだ。
そんな弟達の姿を見てアルバートも自然と口角が上がっていった。
やりがいのある仕事というのは間違いないし、一人暮らしにもそれほど困ってはいない。
だが実家を出て唯一後悔が残るのは、この可愛い弟達を目にする機会が減ってしまったことだろう。
見目麗しい二人の弟はアルバートにとって大事な存在だ。
特にルイスはウィリアムだけでなくアルバートにとっても特別であり、下世話な話ではあるが、忙しくなければ溜まった性欲でどうにかなっていたかもしれない。
その点は過酷な仕事内容に感謝するばかりだ。
無邪気に喜んでいるルイスと隠すことのない心からの笑みを浮かべるウィリアムを見て、アルバートは愛用している携帯を手に取った。
「そうだ、一つ撮りたい写真があるんだ。協力してくれるかい?」
「写真ですか?どんな写真でしょう」
「ここでは雰囲気も出ないし、リビングに行こうか」
アルバートの提案に逆らうこともなく、ルイスはすぐさまリビングに向かうため食堂の扉を開けた。
それに続くようにアルバートとウィリアムが足を進め、日当たりの良いリビングに向かう。
そうして各々の定位置になっているソファへ座ろうとするウィリアムとルイスを止めて、隣同士で座るようアルバートは声をかけた。
二人は首を傾げて長兄を見るが、それで答えが返ってくるわけでもない。
まぁいいかとさほど気にするでもなく、ウィリアムとルイスはソファに隣り合わせで腰を下ろした。
その二人の向かいでアルバートは腰を下ろして手に持っていた携帯を起動させる。
「さぁウィリアム、ルイス。普段通りにキスをしてくれるかい?」
「え?」
「…兄さん、その携帯は?」
「二人のキスを写真に撮っておこうと思ってね」
「え、は?」
にっこりと笑うアルバートを見て、ルイスは驚いたように目を見開いた。
綺麗な赤がよく見えて中々に可愛らしい。
アルバートがそう考えていると、そんなルイスの隣からウィリアムが理解したように小さなため息をついていた。
さすが聡明な彼のこと、アルバートの意図することはとうに理解しているのだろう。
アルバートは昔から美しい弟達が仲睦まじくしている様子を見ることがすきだった。
荒んだ日常の中にある唯一の癒しだとまで豪語していたことをウィリアムは知っているし、家を出た弊害はルイスを抱けないことだけではなく、ウィリアムとルイスが愛を交わす様子を見られないことも含まれるに違いない。
写真として記録しておけばいつでも見られるし、日々の疲れも多少は和らぐのだろう。
そう判断したウィリアムはすぐさま自分の携帯を取りだして、普段と変わらない音でアルバートに声をかけた。
「では兄さん。僕達のを撮り終ったら兄さんとルイスのキスも撮らせてくださいね」
「あぁ、勿論」
「え、あの、お二人とも」
「どうかしたかい?」
カメラモードか動画モードか悩むが、両方撮れば良いだろうとまずはカメラモードにしておいた。
そんなアルバートの耳にルイスからの声が届き、至極優しく返事をしてあげれば俯いた中で自分を見つめる顔が目に入る。
「撮るって、写真をですか?」
「いや、写真と動画の両方だよ」
「僕も両方撮るつもりだね」
「…と、撮ってどうするつもりなんですか?」
「疲れたときに見るつもりだが」
「…だ、誰かに見られたりしたら困るのでは」
「僕と兄さんがそんな真似をすると思うのかい?」
「…思いません」
平然と言ってのけるウィリアムの言葉には、どうしてだか信頼する以外の道が残されていない。
ルイスには分からないのだが、この二人の兄は揃って相手がルイスを可愛がる様子を見ることに執着している。
アルバートはウィリアムとルイスが可愛らしく愛を紡ぐ様子を気に入っているし、ウィリアムもアルバートとルイスが妖艶に愛を交わす様子を気に入っている。
ルイスにはよく分からないのだが、兄とはそういうものなのだろうと解釈していた。
だから今回のことも不思議に思うのは自分が弟という立場にあるからで、兄達からすれば極々普通のことなのだろう。
そう考えたルイスは戸惑っていた気を取り直して顔を上げた。
「誰にも見られないのならばさほど気にすることもありません、ね」
「そうだろう?私もここを出ておまえ達がいない生活には大分参っていてね、せめて写真の一枚もあれば少しは違うだろうと思ったんだ」
「ふふ。いつでも帰ってきて構いませんよ、兄さん。僕もルイスも歓迎します」
「そう出来たらいいのだがね」
ウィリアムはアルバートと言葉を交わしながら、隣に座っているルイスの腰に腕を回した。
そうして密着するように抱き寄せて、自分を見る弟の細い顎に指を添えて赤い瞳を覗き込む。
ウィリアムのものより色濃く光るその赤は、まるで透明度の高い飴のようだ。
食べてみたらきっと甘くて魅惑的な味がするのだろう。
綺麗なその色にウィリアムは自分の紅を緩ませて囁きかける。
「浅いキスと深いキス、どちらがいいかな?」
「…あ、浅いキス、がいいです」
「そう」
「…っん、む…ぁ、ふ」
突然の問いかけに目元を赤く染めるルイスを見て、ウィリアムは希望通りのキスを贈ってあげた。
ちゅ、ちゅう、ちゅっ、ちゅむ、ちゅ。
鮮やかな桃色に色付いているルイスの唇は見た目以上にふんわりと柔らかく気持ちがいい。
軽く押し当ててはすぐに離れていくキスは随分と甘やかで、まるで子どもがする慈愛に満ちたそれだ。
けれどもルイスは瞳を閉じて嬉しそうに受け入れていて、指先でウィリアムの服を掴んでは僅かに力を込めていた。
淡いばかりのキスはまだ陽も高い時間の今にぴったりだろう。
ウィリアムも楽しそうに何度も何度もルイスの唇に小さなリップ音を携えたキスを落としていく。
そうしてしばらくの間それを繰り返してから、最後に深く唇同士を重ね合わせるように口付けた。
舌を絡ませることはない、ただ深く唇と唇を合わせるだけのキス。
ぴたりと密着した唇の境界線がなくなるように優しく合わせていると、キスに夢中になっていたルイスの耳にやっとシャッター音が届いてきた。
「ふっ…ん…」
「…ちゃんと撮れました?兄さん」
「あぁ、しっかりと」
撮った画像を見せつけながら、アルバートは抱き合う弟を見て満足気に笑いかけた。
手に持っている携帯の画面には、ウィリアムとルイスが唇を重ね合わせている様子が言葉の通りしっかりと収められている。
客観的に自分のキスを見ることなどなかった二人は興味深げにその画面を見ているが、見ているうちに羞恥が煽られたのか、ルイスの方はすぐに目を逸らしてしまった。
逸らした先はウィリアムの胸元で、甘えるように抱きつく様子が随分と可愛らしい。
そんなルイスの背中を習慣のように優しく撫であげているウィリアムは、未だアルバートの持つ携帯に意識が向いている。
ほとんど無意識に抱き合っている弟二人の姿を目にしたアルバートは、これ幸いとばかりにもう一度カメラを起動して、可愛らしい弟達の様子をここぞとばかりに連射した。
「こうして写真として自分のキスを見るのは新鮮な気持ちですね」
「まぁ、普通はあまり目にする機会はないだろうな」
「では次は兄さんの番ですね。ルイス、アルバート兄さんの方へ行けるかい?」
「はい…」
「二ヶ月ぶりだから、存分に楽しんでおいで」
ウィリアムにもう一度強く抱きしめられたかと思えば、すぐ向かいでアルバートが腕を広げて出迎える様子が目に入る。
ルイスはその腕とウィリアムの声に誘われるように腰を上げ、そのままアルバートの腕の中に抱きついた。
無礼かとは思ったが甘やかすように頭を撫でてくれたのを良いことに、そのまま彼の膝の上に腰を下ろす。
「兄様…兄様、アルバート兄様」
「ん、何だい?ルイス」
「会いたかったです、兄様…」
「そうだね、私もルイスに会いたかった」
「兄様っ…」
子どもが親に縋りつくように無邪気な抱擁はアルバートにとって懐かしく、それと同じくらいに心を擽られるものだった。
たった二月、されど二月だ。
可愛い弟達と離れるのはやはり胸に刺さるものがあったし、自分に依存してくれているルイスを置いていくのは心苦しかった。
ウィリアムがいればルイスに心配などないと理解しているが、それとこれとは別問題である。
アルバートはルイスが持つ金色の髪に指を絡ませるように撫でて、そのまま前髪を上げて爛れた右頬に唇を押し当てた。
火傷跡に触れられることを嫌うルイスは少しだけ肩が震えるが、それでもアルバートと離れるのが嫌なのか、体を震わせる以外に反応することはない。
そんなルイスに気付いたアルバートはそっとほくそ笑み、薄く開いた唇に自分のそれを重ね合わせた。
「ぅん…ふ、…ぁ、んん」
ウィリアムとルイスが交わしたキスよりも深いそれは、けれども完全に欲を引き出すようなものではない。
言うなればもどかしいばかりのそのキスは、久々だということを考えるとルイスにとっては少々物足りなかった。
アルバートの舌で軽く歯列をなぞられて、ぞくりとする快感がルイスの背中を過ぎっては遠ざかっていく。
更なる快感を追いかけるように思わずルイスの方から舌を伸ばせば、アルバートから躱されるように舌で唇をなぞられる。
それに不満を覚える暇もなく両の唇を舐められて、口蓋を擽られて、唾液を吸い取られて、そんなアルバートからのキスにルイスは翻弄されていた。
瞳を閉じながらキスを受け入れて、物足りないなりに気持ち良さそうに目元を赤くしているルイスをアルバートは間近で見つめる。
甘い香りと柔らかい感触はアルバートの気持ちと欲を満たしてくれた。
「っふ…んぅ…ぁ」
「…久しぶりだね、ルイスとするキスは」
「ん、もう…兄様、焦らしてばかり…」
「ふ…まだ時間はあるからそう焦らなくてもいいだろう?…よく撮れたかい?ウィリアム」
「えぇ、それはもう」
ルイスがアルバートの問いかけに意識を戻せば、彼のすぐ隣にウィリアムがいた。
向かいに座っていたはずだと思ったが、ルイスがアルバートの膝の上に座ったせいで写真どころではなかったのだろう。
それでもシャッター音は聞こえなかったと思うのだが、とルイスが首を傾げていると、ウィリアムの持つ携帯から軽やかな音が聞こえてきた。
「久々の兄さんに甘えるルイスが可愛かったので、最初から最後まで動画にしておきました」
「なるほど…どう撮れたんだい?」
「見てみますか?」
「どれどれ」
ウィリアムがソファの背凭れに背中を預け、アルバートとともに先ほど収めたばかりの動画を共有している。
音声を目一杯にあげているのか、動画の中で喋っている自分の声がルイスの耳にも届いてきた。
思っていた以上に甘ったるいその声にアルバートの服を掴んでいた手に力を込めて驚いていると、兄達はさほど気にするでもなくああだこうだと会話を続けている。
二ヶ月ぶりでよく我慢できますね兄さん、もう少しおまえとルイスの写真を撮っておきたいからな、それこそ後でも出来ることじゃありませんか、今夜はルイスを抱き潰すつもりだし後ではルイスが起きていないだろう、あぁなるほど、という会話が聞こえてきたが、それはルイスの耳をそのまま素通りしていった。
動画を見ていないのに妙な羞恥にかられたルイスが思わずアルバートの首元に抱きついていると、ウィリアム同様に優しく背中を撫でてくれる。
大きくて優しいその手も二月ぶりだということを思い出して、ますます強く兄の体に縋りつく。
そうしてじっとアルバートとウィリアムの顔を交互に見つめていると、ルイスの視線に気付いた二人は穏やかな表情で見つめ返してくれた。
その顔につられたようにふわりと笑ってみせれば、ルイスの脳裏には一つの名案が思い浮かんだ。
「…あ」
「ルイス?」
「兄様、少し離してもらっても良いですか?」
「…構わないが」
言葉とは裏腹に名残惜しげにアルバートがルイスの体を離してあげると、ルイスはそのままリビングを出ていってしまった。
怪訝な顔でウィリアムとアルバートが顔を見合わせていると、数分もしないうちにルイスが二人の元に帰ってくる。
その手には兄達と同じ機種の携帯を持っていた。
「アルバート兄様、ウィリアム兄さん」
「うん?」
「僕もお二人のキスを写真に撮ろうと思うので、キスしてください」
「「は?」」
大きな赤がきらきらと期待に満ちた色を乗せてていて、目の前のウィリアムとアルバートを見つめている。
早速モードを起動しているのか、ウィリアム達に向けられた携帯は赤く点滅していた。
さぁ早く、どうぞ僕にお構いなく、といったような表情を向けているルイスを見て、ウィリアムとアルバートはそっと顔を見合わせる。
生粋の末っ子であるルイスは今までのほとんどを兄の真似をして生きてきたから、きっとこれも兄の真似をしたい気持ちの延長なのだろう。
相も変わらず無垢で純粋な弟に、二人の兄は静かに笑みを浮かべていた。
「僕と兄さんでキスか。あまりしたことはないね」
「そうだな。昔は挨拶程度の軽いものならしていた気もするが」
「僕はほとんど見た記憶がありませんし、せっかくなので見てみたいです。ついでに写真にも残しておきたいです」
きらきらした瞳を向けて嬉しそうに言い募るルイスは兄の目から見て素直に可愛いと思えるし、彼が願うのならば何でも叶えてあげたいと思う。
思うけれど、会話の通りウィリアムとアルバートはさほどキスをしたことがある訳ではない。
幼い頃は軽く唇を合わせる程度はしていたが、可愛い末弟が自ら甘えてくるようになってからは二人の中心はルイスになってしまった。
愛も欲も全てを向ける対象のルイスとキスを交わすようになると同時に、ウィリアムとアルバートがキスをすることも一切なくなってしまったのだ。
さてどうしたものか、と互いの顔を見て兄達は思案する。
「…正直、兄さんなら出来ますね」
「奇遇だな、ウィル。私もおまえなら出来る」
「ルイスも望んでますし、一度くらいしてみますか?」
「そうだな、してみようか」
自分の美的感覚から見ても互いの顔は好みだし、だからこそルイスを任せるに値する人間だとも思っている。
自覚はないが結局二人は面食いなのだ。
可愛い弟と美しい兄、もしくはもう一人の美しい弟が仲睦まじくしているのは目の保養である。
けれど美しいからといって特別キスをしたいとは思わないが、挨拶だと思えば別段気にすることもないだろう。
期待に満ちた末っ子の顔を見てゆったりと微笑んだウィリアムとアルバートは極々自然に互いの顔を見合わせて、戸惑いなく互いの唇を重ね合わせた。
ルイスにしたものよりもずっと短い、数秒にも満たない一瞬のキスは文字通り挨拶程度のものだ。
ちゅ、と小さく響いた音は色気も何もなく、ただの皮膚同士の接触にすぎないな、という感想しかなかった。
だがウィリアムとアルバートにとってはそんな程度のキスでも、どうもルイスにとっては違ったらしい。
「…!!!」
「…ルイス?どうかしたのかい?」
「そんなに口と鼻を手で覆っては苦しいだろう」
「…に、兄さん…兄様…!」
アルバートからの指摘で顔を覆っていた手を外し、けれども両手を握りしめて行き場のない想いをその拳に込めているようなルイスの仕草に、ウィリアムとアルバートは訝しむ。
そんな兄達の様子に気付いておきながら、ルイスは今しがた見た光景を自分の中に落とし込むのに必死になっていた。
目を閉じて頭を振るように身悶えて、しばらくそうやり過ごしてからようやく顔を上げたルイスは二人を見る。
きらきらした赤い瞳は先ほど以上に煌めいていて、いっそのこと眩しい程だ。
「兄さん、兄様!」
「うん」
「お二人のキスはまるで宗教画のようにお綺麗でした!!」
「…あぁ、そうか、それは良かったね」
「とても耽美で美しくて、見てはいけないものを見てしまった気分です…!!」
興奮したようにウィリアムとアルバートに抱きつくルイスの細い体を揃って抱きしめ、彼らはもう一度互いの顔を見合わせた。
喜ぶルイスの期待には応えられたようだが、二人の想像以上にルイスは喜んでいるらしい。
ウィリアムとアルバートにだけ依存するよう二人直々に育ててきたがゆえの結果だろうか。
特に困ることではないからいいのだが、こうも無邪気に喜ばれてしまうと何となく不思議な心地になってしまう。
「お二人のキスはあまりに美しすぎるので、むやみやたらにしない方が良いと思います!」
「うん、する予定もするつもりもないけどね」
「たった一瞬のキスを見てしまっただけの僕がこんなにもドキドキしているのだから、他の人間が見てしまったらさぞ大変なことに…お二人に懸想する人間が更に増えてしまいます!」
「ルイスの前だろうと今後もウィルとキスをするつもりはないから安心しなさい」
「え、しないんですか?」
拳を握って力説していたルイスはアルバートの言葉にきょとんとしたように表情を変えた。
あれだけキスがお好きでしょうに何故、という表情が見て取れるルイスの顔に目をやって、ウィリアムは興奮して赤らんだ頬に唇を寄せる。
つるんとした肌に触れているとやはり気持ちが良い。
どこからか香ってくるルイス本人の甘い匂いもウィリアムにとっては心地よい刺激だ。
それはアルバートも同様で、互いにキスが出来てもそこには親愛以上の想いはない。
二人の中心は昔からこの可愛い末弟だけなのだから。
「僕は兄さんとキスするよりもルイスとキスをしたいな」
「ウィリアム兄さん…」
「私も同感だ。私の想いはウィルではなく、ルイスに受け止めて欲しいと思っているよ」
「アルバート兄様…」
優しく言い聞かせるように囁く二人の声に、ルイスの胸は素直にときめいた。
ルイスの中の小さな世界でこの二人は誰より愛しい人間だ。
これから先の世界を広げるつもりはないし、例え広げたとしてもルイスにとっての最愛の人はこの二人以外に存在しないだろう。
そんな二人から同じだけ求められていて嬉しくないはずもない。
ルイスは高鳴る鼓動のままウィリアムとアルバートの腕を取り、二人の間に腰掛ける。
左右から兄に挟まれて密着するこの姿勢も二月ぶりで、ルイスの表情は自然とふわり甘くなっていた。
「…ふふ。ではお二人のキスは僕だけのものですね。独り占めです」
「そうだね、ルイスだけのものだ」
「口寂しくなったらいつでも仰ってくださいね、ウィリアム兄さん、アルバート兄様」
「では早速。ルイス、二ヶ月ぶりなのだから、もう少しこの唇を堪能したいのだが…」
アルバートの長い指でふにふにと唇を弄られる。
続けて近寄るアルバートの顔に抵抗なく瞳を閉じて、ルイスは降ってくるキスを受け入れた。
快楽の滲んだそれにルイスが夢中になっているとすぐ近くからシャッター音が何度も聞こえてきて、思わず心の中で苦笑してから、もう一度アルバートに集中しようと彼の服を手に掴んだ。
(ウィル、この写真のおまえ達はよく撮れているよ)
(本当ですね。ルイスは写真で見ても十分に可愛らしい)
(そうだな。だがこの写真はおまえも合わせて可愛いよ)
(ふふ、ありがとうございます兄さん)
(これでもうしばらくは何とかやっていけるだろう。それにしても、二ヶ月も離れて過ごすのは初めてのことだが、まさかここまで溜まっているとは思わなかったな…)
(ルイスもここまで激しく兄さんに求められるとは思っていなかったんでしょうね。疲れきったせいかよく眠っています)
(ウィルに抱かれるルイスも久々に見ておきたかったのだが…)
(またの機会にしましょうか。喜ぶかもしれませんが、これ以上はルイスの負担が大きいですから)