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のらくらり。

ルイスとI・Y氏

2019.12.04 02:38

モリミュの役者さんの発言を忘れないために書いた短編三つ。

モリミュは最高。


1.「兄さんと撮ろ!って言ったらハグされた」

→ルイス役の彼のインスタより。

 

モリアーティ家の屋敷を焼いて、もう家族三人だけの生活を送るに支障はないだろうと判断したアルバートとともに、ウィリアムとルイスはモリアーティ伯爵家が所有する屋敷に移住した。

引っ越しのため連日忙しくしていたのもつかの間で、片付けの済んだ今はもうすっかり住みよい邸宅である。

ようやく使いこなせるようになったオーブンにパン生地を入れていると、来客者を知らせるベルの音がルイスの耳に届いた。

予定通りの時刻、訪ねてきたのは写真屋の人間に違いない。

 

「アルバート兄様、写真屋の方が見えました」

「ありがとう。ウィリアムにも声をかけてくれるかい?」

「分かりました」

 

三兄弟にとっての新居に住んでからアルバートが企画したのは、毎年の家族写真を撮っていこうというものだった。

ようやく三人だけの思い出を作っていけるようになったのだから、記憶だけでなく記録としても残していこうという長男の意見に二人の弟は快く賛成する。

ウィリアムとルイスにとっては今まで生きてきて写真を撮るという経験すら乏しかったのだから新鮮な気持ちだし、それが心から信頼している兄弟とともに撮るというのであればむしろ喜ばしいことである。

記念に写真を撮るという発想自体がアルバートが貴族たる証拠でもあるが、今では志を同じくする頼もしい兄なのだから不思議なことだ。

そんな彼が弟を思う純粋な気持ちは素直に嬉しい。

ルイスは何となしにそわそわと落ち着かない気持ちを自覚しながら、意味もなく前髪を耳にかけて一息ついた。

 

「ウィリアムとルイスはこうして写真を撮るのは初めてかい?」

「はい。今までは撮る必要もありませんでしたから」

「そうか。これからは写真が必要になる場面も増えてくる。少しでも慣れておくといい」

「ありがとうございます、アルバート兄様」

 

ウィリアムは目に見えて緊張した様子のルイスの髪を撫でて、長く伸ばそうとしている前髪を上げてみる。

頬の火傷はまだ痛々しい跡を残しているけれど、もうこれ以上は薄くならないのだろう。

ほとんど痛みを感じていないことには安堵するけれど、整った顔立ちの弟の顔に出来た目立つ傷跡はウィリアムの心に楔を打っていた。

そんな兄の気持ちに気付いているのかいないのか、ルイスは緊張を振り払うようにウィリアムを見上げて赤い瞳を緩ませた。

 

「兄さんの写真、とっても楽しみです」

「僕もルイスの写真を手にするのは楽しみだよ」

 

柔らかい髪質の金を優しくまぜて、ウィリアムはたった一人の可愛い弟に向けて微笑みかける。

生活スタイルが変わるにつれ、今後はいつも一緒にいた弟といつも一緒にいることは叶わなくなるだろう。

そんな中で彼の写真を手にして動くことが出来るのならば、それはとても幸せなことだと思う。

常に手元に置いておきたい弟だけれど、これからはそうもいかなくなるのだから。

せめて彼の写真一枚くらい、ウィリアム個人で持っていても許されるだろう。

ルイスの魅力が前面に押し出された一枚を撮ることが出来れば良いのだけど、とウィリアムが考えていると、ルイスがそわそわしたようにアルバートを見上げていた。

その様子に気付いたウィリアムが髪を撫でていた手を離してあげれば、ルイスはそのままアルバートの方を向いてきょろきょろと視線を彷徨わせている。

 

「どうかしたのかい?ルイス」

「あ、あの…その、アルバート兄様。お願いがあるのですが…」

「何かな?」

「えっと…その、フィルムが余っていればで、いいのですが…」

「うん」

 

火傷がある部分以外は真っ白でくすみのない肌をほんのりと桃色に染めて、ルイスは言いづらそうに口を開く。

あまり我儘を言うことのない末弟の様子はアルバートの目から見ても可愛らしく映るし、ウィリアムから見てもやはり愛おしいほどに可愛らしかった。

そうしてルイスはもじもじと恥ずかしそうに、けれどしっかりとアルバートの顔を見て言葉を紡いだ。

 

「三人で撮った後にフィルムが余っていたら、ウィリアム兄さんと二人の写真も撮っていいですか?」

「…」

「あ、アルバート兄様と二人の写真も撮りたいです」

「…」

「…だ、駄目ですか…?」

 

勝手なことを言っている自覚があるのか、ルイスは顔を俯かせて上目でアルバートを見ている。

三兄弟の中で誰よりも大きな赤い瞳は不安で揺らいでいて、細い指は自分が着ているシャツを軽く掴んでいた。

ルイスは昔からウィリアムのことを誰よりも愛しく思っていたし、今ではほとんど同じくらいにアルバートのことがだいすきだ。

二人のために尽くして生きる以上の幸福はルイスに存在しないだろう。

そんな二人の兄と撮る家族写真、おそらくは三人の中で一番ルイスが楽しみにしていたに違いない。

毎年の恒例にしようとアルバートは言っていたが、この志の先では何が起こるか分からないし、ルイスの判断で写真屋を呼ぶということも恐らくは出来ない。

ならば今このタイミングで、大切な兄との写真を撮っておきたいと願っていた。

生活の拠点は同じであっても生活スタイルが変わってしまう以上、今までよりもウィリアムとアルバートとは距離が出来てしまうのだから。

そう考えたルイスは当主であるアルバートに対し、珍しく自らの自我と欲を見せてまで懇願している。

 

「ウィリアム兄さんとアルバート兄様と、二人の写真が欲しいんです…」

 

恥ずかしそうに頬を赤らめてアルバートに懇願するルイスはただ単純に可愛かった。

大きな瞳とつるんとした頬が魅力的で、まだ少年と言っていいほどの年齢ではあるが、ウィリアムに大事にされていた姿を見ているせいかそれよりも幼く見える。

可愛い末弟の可愛いお願いに、アルバートは口元のにやけを誤魔化す意味で軽く咳払いをした。

 

「…いいよ。一緒に撮ろうか、ルイス」

「ほ、本当ですか!?」

「勿論」

「嬉しいです、アルバート兄様!」

 

アルバートの返事を聞いて、その喜びを全身から溢れ出させているような明るい表情はいっそ眩しい程だった。

思わず、といったように跳ねて喜ぶ様子はとても幼く愛らしい。

赤い瞳が煌めいているその目元はアルバートにとっては随分と刺激的で、可愛い弟という存在に慣れていない身としては視線を逸らすしか方法が分からないほどだ。

咳払いの後で不自然に視線を逸らして何やら呻くアルバートには気付かず、ルイスはすぐさまウィリアムを振り返って兄の両手を取った。

 

「兄さん、一緒に撮りましょうね!」

 

最近はあまり笑うことのない弟がはっきりと感情を表現する意味で笑っている。

その笑顔が記憶の通り可愛くて、その表情を引き出しているのが自分なのだと理解したウィリアムは言葉よりも先に体が動いた。

ルイスに取られた両手を逆に握り返し、そのまま抱き寄せて細い体をぎゅうと抱きしめる。

成長途中の体は骨ばっているけれど柔らかくて、慣れ親しんだ低い体温がウィリアムの体に伝わってくる。

力の限り抱きしめても嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうな空気を纏わせるルイスが愛しくて仕方ない。

 

「兄さん?どうしました?」

「何でもないよ。一緒に撮ろうね、ルイス」

「はい!」

 

無邪気に喜んでいるルイスをますます愛しく思いながら、ウィリアムは純粋無垢な弟の存在を有難く思う。

そうしてしばらくの間ルイスの体を抱きしめて、存分に彼を堪能してから写真撮影にうつるのだった。

 

 

 

(なるほど、言い知れない感情を抱いたときにはその感情のまま動いていいんだね)

(無理に耐えるよりもそのまま抱きしめた方が早いしルイスも喜びます)

(さすがウィリアム。兄としての貫禄が違うな)

(それほどでもありません。アルバート兄さんもそのうち僕側に来ますよ)


2.「兄様はよく食べてる」

→ルイス役の彼のインスタより。 


アルバートは代謝が良いのか、その細身の体格の割にとてもよく食べる。

しかし食べた分だけ消化しているため無様な体型になることもなく、引き締まった魅惑的な肉体をずっとキープしているのだ。

食生活の管理もしっかりしているアルバートのこと、ルイスがおらず一人ロンドンで過ごすときにもきちんと自ら食事の準備をしていた。

 

「ルイス」

「兄様、こちらをお食べください」

「ありがとう、頂くよ」

 

モリアーティ家の執務を担当するルイスにとって、屋敷に住まう人間の食生活の管理も仕事の一つだ。

あまり得意ではなかった料理も今となってはすっかり得意になっていたし、舌が肥えているアルバートの合格を貰えるほどに上達している。

ウィリアムはあまり食に興味がなく、大抵のものを美味しいと言って食べてくれた。

それに甘えていたルイスもルイスなのだが、昔はアルバートの好みに合う食事を作ることがとても難しかったのだ。

食にこだわる貴族であるのならば当然だが、敬愛する彼の好みに合う食事を作れるように努力したルイスの気持ちも実に健気だった。

今ではルイスがいれば食事について全てを任せてくれるアルバートの信頼が心地よい程である。

そんな中、夕食の準備をするルイスに近付くアルバートへ手製のマフィンと紅茶を差し出した。

アルバートは行儀悪くその場でマフィンを口に運び、噛みしめるように甘い菓子を食べている。

 

「お味はどうですか?」

「美味しいよ。ナッツがアクセントになっているね、食感が面白い」

「それは良かった」

 

ルイスが夕食の支度をしているとき、大抵アルバートはもう既にお腹を空かせている。

昼食をしっかり食べていても、予定されている食事の時間までには必ず空腹になってしまうのだ。

そんなアルバートのため、ルイスは腹持ちの良い菓子類を事前に作って常備するようにしている。

昼間作っておいたマフィンはアルバートの言っていたようにたくさんのナッツを入れていて、食べ応えも十分あると思っていたのだ。

疲れているであろう兄のため、甘く仕上げているそれは彼の口に合ったらしい。

ルイスは安心したように微笑んでから、夕食の準備を再開した。

 

「アルバート兄さん、今日は何を食べているんです?」

「ウィル」

 

アルバートがのんびりとマフィンを食べながらてきぱき動くルイスを見守っていると、珍しくウィリアムが厨房に現れた。

普段はルイスが呼びにいかない限りは自室か書斎に引きこもっているというのにどうしたことだろう。

アルバートは僅かに目を見開いて、ルイスからウィリアムへと視線を移す。

 

「ルイスが作ってくれたナッツのマフィンだよ。おまえも食べるかい?」

「いえ、僕は遠慮しておきます。もうすぐ夕食ですし」

「そうか。ところでどうしたんだい?あまりここへは足を運ばないだろうに」

 

作るのに集中しているのか、普段からアルバートに夕食の支度をしているところを見られていて視線に慣れているのか、ルイスがウィリアムの気配に気付く様子はない。

鍋の中身を掻き混ぜて味を見ているルイスの顔は真剣そのものだ。

家族のために集中して食事作りに励む末弟の姿はアルバートの心を擽るらしく、都合が合えば菓子を口にしながらその様子を見ていることが多い。

けれどウィリアムはそういったことをしていないはずだ。

アルバートほど食べる訳でも食に興味があるわけでもない彼がここに何の用だろうか。

あっという間に一つ食べてしまったマフィンを流し込むように、アルバートは香り高い紅茶を一口飲みこんだ。

 

「今晩のメニューは何だろうと思って足を運んだだけですよ」

「珍しいな、おまえがメニューを気にするなんて。だが残念ながらフィッシュパイではないようだよ」

「ふふ、見れば分かりますよ」

 

ウィリアムの好物であるフィッシュパイが食卓にあがることは多いが、今日は魚を見かけていないからメニューには出てこないだろう。

アルバートが肩を竦めて伝えていると、ウィリアムはくすくすと笑いながら返事をする。

 

「ルイスが、アルバート兄様はたくさん食べてくれるので作り甲斐があります、と昼間に言っていたのを思い出したんです。食材も多めに買い付けていましたし、兄さんの好物を作ろうと張り切っている様子が可愛かったので、一目見ておこうかと思ったんですよ」

「へぇ…」

「今日のメニューはシチューのようですね。トマトのいい香りが漂ってきました」


ウィリアムはそう言ってアルバートからルイスへと視線を移す。

元々神経質な上に兄のためならば妥協を許さないルイスのこと、食事一つとっても真剣そのものである。

けれどその真剣な表情の内側にはアルバートが美味しく食べてくれることを願う素顔が隠されているのかと思うと、よくよく健気で一途なことだ。

ルイス自身もさほど食には興味がないけれど、病で臥せていた頃の名残で栄養を摂ることの大切さは身に染みて理解している。

だからこそアルバートとウィリアムにはしっかりした食事を食べてほしいと考えているのだ。

ましてアルバートは食の細いウィリアムよりも食べる量が多いし、とても美味しそうに食べてくれるから作るのも楽しみなのだろう。

ウィリアムがアルバート同様、微笑ましげにルイスを見ていると、当の本人は機嫌よさそうに淡く微笑んでいる。


「あ、ウィリアム兄さん。どうされましたか、こんなところで」

「お疲れ様、ルイス。夕食はまだかなと思ってきてみたんだ」

「す、すみません!もう少しで出来上がりますので、先に食堂でお待ちいただいても良いですか?急いで仕上げます」

「いや、アルバート兄さんのおやつタイムに付き合っているから急がなくても良いよ。ゆっくりね」

「そ、そうですか?…え?兄様、そのマフィンが最後ですか?三つお渡ししたと思ったのですが」

「あまりに美味しいから、つい手が止まらなくてね」


ようやくウィリアムの存在に気付いたルイスが兄達の方に視線を向ければ、カウンターに凭れるようにして自分を見詰める彼らが目に入る。

急かされるでもなくのんびりとした空気を纏うウィリアムとアルバートに安堵したのも僅かのことで、おやつタイムと称されたアルバートのおやつであるマフィンが皿に一つも残っていない。

そこそこの大きさのマフィン、食べるにも相応の時間がかかるし腹持ちもいいのだからまさか本当に三つ全てを食べてしまうとは思わなかった。

ルイスは驚いたようにアルバートを見上げるが、彼は別段気にするでもなく最後のマフィンに噛り付いている。

何とまぁよく食べることだ。

せっかく心を込めて夕食を用意していたのに、これでは食べてもらえないのではないだろうか。

ルイスが一瞬だけ気落ちしたように整った眉を下げていると、咀嚼を終えたアルバートがにっこりと微笑みかけてくれた。


「安心しなさい。夕食は夕食でしっかりと食べられるから」

「相変わらず凄い食欲ですね、兄さん。その体のどこにそれだけのものが吸収されるのですか?」

「おや、今の私の体はルイスが作るもので構成されているようなものだよ。言うなればルイスが望んでいるからこその結果ではないかな」

「ふふ、言いますね、兄さんも」


末弟を置いて和やかに会話を進めるウィリアムとアルバートだが、ひとまずルイスとしてはせっかく作った夕食を食べてもらえないという懸念が晴れて一安心だ。

そうこう話している最中にもマフィンはどんどん小さくなっていく。

けれど食べるスピードを抑えているようで、ルイスは幸いとばかりに仕上げに取り掛かる。

味は問題なく合格点であるから、最後の隠し味としてバターとワインを入れてひと煮立ちさせれば完成だ。

切り分けておいたローストビーフを盛り付けて、ポテトとバケットを添えればきっとアルバートの胃も満足するはずである。

ウィリアムの口にも合うと良いのだけれど、と考えながらルイスは二人が見守る中てきぱきと準備を進めていった。




(お待たせしましたお二人とも。どうぞお口に合いますように)

(ありがとう、ルイス)

(いただきます)

(…うん、いい味だね)

(美味しいよ、ルイス)

(ありがとうございます、アルバート兄様、ウィリアム兄さん)

(この味ならいくらでも食べられるな)

(兄さんがそう言うと本当に際限なく食べてしまいそうで怖いですね)

(えぇ。でも僕としてはとても嬉しいです。たくさん召し上がってくださいね、兄様。兄さんも追加が必要であればいつでも仰ってください)


3.「いいだろう!」

→モラン役の彼のインスタより。


いつものように執務をサボって賭博場で遊んできたモランが機嫌よく帰ってきたことに、ルイスは怒りと呆れを混ぜたため息をついた。

小言を言おうにも既にしこたま飲んできたのか、強いアルコールの匂いとへらへら笑っている顔を見て早々に諦める。

酔っ払いに何を言っても無駄なことくらい、どんな人間にだって分かるだろう。

ルイスは引きつったこめかみを自覚しながらもこれ以上の迷惑を被りたくないと冷えた水をグラスに注いでやった。


「モランさん、こちらを飲んでください」

「何だぁ?俺は水なんて飲まねーよ!追加の酒持って来いルイス!」

「お断りします」

「いいじゃねーか!アルバートもウィリアムも帰り遅いんだろ?フレッドもいることだし、たまには三人で飲もうぜ!」

「別に飲みたくはないんだけど…」

「飲・む・よ・な?フレッド」

「はぁ…分かったよ」

「ほら、フレッドも飲むってよ!おまえも飲めルイス!」

「もう大分飲んできたのでしょう?これ以上は体に障りますよ」

「おい、おまえ俺の酒が飲めねぇってのか!」


このモリアーティ家にモラン個人が所有する酒などないし、貯蔵しているアルコールの所有権は全てアルバートにある。

俺の酒とは一体何を指しているのだろうか。

けれども既に出来上がっているモランに反論するとさらに面倒なことになるのは明らかだし、フレッドに至ってはモランに腕を回された状態で既に諦めの表情を浮かべている。

このまま放置して去りたいところではあるが、フレッド一人に大柄な酔っ払いの相手をさせるのもルイスの良心が咎めてしまう。

一応ルイスはフレッドよりも年長者ではあるのだから。


「…仕方ありませんね。貯蔵庫からウイスキーを取ってきますのでお待ちください」

「おっ、やっとその気になったか!」

「(ルイスさん、良いんですか?)」

「(このままごねても無駄に時間を食うだけでしょう。とっとと飲ませてとっとと潰してしまえば良いんです)」

「(なるほど…)」

「二人してこそこそ何話してんだ?俺もまぜろよ!」

「もう終わりました。モランさん、あまりフレッドに絡みすぎないように」

「別に絡んでねぇよ!な、フレッド!」

「あぁ、うん、そうだね…はは」


普段なら聞こえているだろう声でも、酔ったモランの耳では聞き取れなかったらしい。

ルイスは呆れたように息をついて、悪絡みされるフレッドを横目に酒を持ってくるためこの場を離れた。

飲み慣れているはずの酒に呑まれるなんて、よほど今日の賭博では良い思いをしたのだろうか。

ウィリアムが絡んだあの一件以降、モランのイカサマの腕はさらに増したとフレッドから聞き及んでいる。

酒も賭博も程々にすればいいものを、とルイスは心の中で小言を言いながら、絡まれているフレッドの身を案じていた。


「…」

「おいおいルイス!おまえアルバートが絶賛してただけあって柔肌だな!」

「……」

「こうして近くで見るとやっぱウィリアムとそっくりだし、きれーな顔してんじゃねーか!なぁ、フレッドもそう思うだろ!?」

「…はは」

「何だよ、ノリ悪いな!」


がっはっはっはっ、と師を思わせる豪快な笑いは普段モランが見せるものではない。

これは相当酔っている。

酒を持って帰ってきたルイスが絡まれていたフレッドを不憫に思い、彼と席を代わったはいいものの、モランは何ら気にせずターゲットをルイスに変えてしまった。

ただひたすらに無言と冷えた眼差しを向けてもモランには何の効果もないようで、ルイスの細い肩を一切の遠慮なくばしばしと叩いては笑っている。

大分痛いのだがそれを指摘しても理解されることはないだろうと、ルイスはもはや諦めの境地で正面に座るフレッドを見た。

おろおろするフレッドを目にして、助け船など出さなければ良かったかと己の判断を悔いてしまう。


「る、ルイスさん、大丈夫ですか?代わりましょうか?」

「…いえ、お気になさらず」

「おうフレッド、酒の追加貰えるか!」

「モラン、もうそろそろやめておいた方が良いよ」

「何だよ、辛気臭ぇ顔してよ~」

「…はぁ」


フレッドに気遣われ、座席を変わってもらおうかと咄嗟に考えるが何とか踏みとどまった。

仲の良い二人のことだから慣れているのかもしれないが、始めに飲みたくないとはっきりフレッドは言っていたのだ。

ならばここは自分が年若い彼を助けてあげるべきだろう。

ルイスは基本的にウィリアムとアルバート以外のことをそこらの砂利程度にしか認識していないが、それでも身内にはそれなりの信頼を置いているし優しくしているつもりだ。

ゆえに今のこのモランも面倒だとは思いながらも、何だかんだ無碍には出来ないのだ。

優しい兄達を見て育ったのだからルイスの性根も相当に優しい。

炭酸で割ったウイスキーのグラスを片手に、ルイスは漏れ出そうになるため息を飲み込むように一口煽った。


「、え?」

「んん~」

「ちょ、モラン?」


ルイスがウイスキーをこくりと飲んだタイミングで、左側に座っていたモランがルイスの首筋に顔を埋めてきた。

もぞもぞとモランが近寄るたび、思いのほか柔らかいその髪がルイスの頬を擽ってくる。

何なんですか一体、とルイスは心内で不満を溢すが、懸命にも声には出さなかった。

相手が酔っ払いでは何を言っても無駄だし、一応は身内であるモランなのだから多少のことは目を瞑ってやるべきだろう。

ルイスは直接不満をぶつけない代わりに思い切り顔に不満を乗せて、正面に座っているフレッドへ向けて視線を送る。

助けてくれと念を込めて上目で睨みつけるように見てみれば、さすがにフレッドも慌てたように座っていたソファから腰を上げてモランに声をかけた。


「もう、モラン!」

「ふっ、いいだろう~!!」

「はぁ?」

「アルバートとウィリアムが気に入ってるっつールイスの匂い、嗅いでやったぞ!」

「は!?え、ちょっとそれ…いいの…!?」

「僕の匂い?え、僕って匂うんですか?」


首筋にすり寄ってきたかと思いきや、頬を合わせるように鼻先が触れ合った。

ぞわりと気分の良くない感覚が背筋に走ったが、それよりも先にモランが突然自慢するように声を出したせいで戸惑いが一層強くなる。

兄貴分であるモランと忠誠を誓ったウィリアムの実弟であるルイスの親密な様子を見たフレッドは、ルイス以上の焦りと戸惑いを見せて酔っ払いである彼を見た。

そしてその後に続く問題発言を聞いて、ほろ酔い程度に酒を嗜んでいたフレッドの酔いは一気に醒めてしまう。


「僕、そんなに匂うでしょうか…だとしたら少々傷つくのですが…」

「あぁ?別に臭くねーよ。アルバート曰く、ルイスは甘い匂いがするって言ってたしな」

「甘い、匂い?」

「俺にはよく分かんなかったけどな!酒の匂いだけ分かったぜ!」

「…も、モラン…」

「何だよフレッド、青い顔して」


既に顔は離しているが、隣同士に座ってモランがルイスの肩に腕を回している以上、どうしても二人の距離は近くなる。

それに加え、一切の他意はなかったにしろ先ほどの親密な様子と今の発言は完全にアウトだろう。

何せルイスの兄二人はフレッドどころか普段のモランでさえ軽く引くほどにルイスに対して過保護だ。

アルバートが言っていたルイスの甘い匂いというのも、彼がそれだけルイスを可愛がっている証だろう。

愛しい気持ちを隠さずルイスを溺愛しているウィリアムとアルバートが今のモランの状況を知ったらどうなるか。

もはや明白どころの話ではない。

フレッドは青い顔をしながらルイスを見るが、話題の中心人物である彼は距離の近いモランに辟易としながらも自分の袖口の匂いを嗅いでいる。

甘い匂いとはどういうことでしょう、と呟く彼は事の重大さがまるで分かっていないらしい。

この場においてこの状況のまずさを理解できる人間が自分以外にはいないことに、フレッドは軽く眩暈を覚えた。

そうして引きつった顔を何とか押し殺そうとしていると、不意に痛々しいほどの視線と重苦しい気配が感じられる。

まずい、と思う間もなく反射的にその発生源に向けて振り向けば、想像していた以上に晴れやかな笑みを浮かべるルイスの兄達がそこにいた。

晴れやかな笑みの後ろには恐ろしいほどに冷たいブリザードが見えるようだ。

瞬間、フレッドは心の中でモランへの哀悼の句をしたためる。


「楽しそうだね、モラン」

「大佐、ルイスのお相手ありがとうございます」

「…げ」

「…(ご愁傷様、モラン)」


カツカツと淀みのない靴音を響かせて、ウィリアムとアルバートは真っ直ぐにモランの元へと足を運ぶ。

いや、正しくはルイスの元へと足を運んでいるのだろう。

扉からそう遠くない位置なのだから、すぐに二人はモランとルイスの座るソファにたどり着いた。

美しい笑みの裏に浮かぶ激しい感情を見つけた瞬間、あれだけ酔いに酔っていたモランは一気に思考がクリアになったらしい。

赤らんでいた顔のままではあるが、瞳は済んでいるし表情には焦りが見える。

あぁようやく正気に戻ったんだな、とフレッドは理解するが、あれだけ酔っていたのにウィリアムとアルバートの登場だけで素面に戻るなど彼も単純すぎやしないだろうか。

下手に口を出しては面倒なことになると考えたフレッドは、可能な限り気配を消して風景と同化しようと試みた。


「随分距離が近いね、二人とも」

「いや、そんなことはねぇぞ!」

「っぃた!ちょっとモランさん、痛いじゃありませんか!」

「痛くも痒くもねーだろそんくらい!」

「大佐、ルイスの扱いはもっと丁重に」


モランはウィリアムの指摘に慌てて肩を抱いていたルイスを突き放すようにソファへ投げ付けると、それはそれでアルバートに咎められる。

前門の虎、後門の狼とはこのことだ。

もはやモランが何をしても全てが裏目に出るに違いない。

焦るモランとは対照的に、ルイスはどうやら機嫌が悪いらしい二人の兄を見て僅かに首を傾げるが、それよりもまずは今まで相手をしてやった自分に対し随分な扱いをしたモランを睨みつけた。

赤い瞳は鋭くモランを射抜いている。

人の優しさを仇で返すなんていい度胸だ。

明日の執務は屋敷中の窓という窓全てを懇切丁寧に磨いてもらおうじゃないかと、ルイスが些細な報復を考えているとウィリアムから声をかけられた。


「ルイス、何かあったのかい?」

「え?あ、あぁ、はい。少し前にモランさんが酔った状態で帰ってきたのですが、随分と上機嫌で追加の酒を要求したので、フレッドと一緒に飲んでいました」

「へぇ、三人で飲んでいたんだね」

「はい。酔ったモランさんがあんまりフレッドに絡むので、代わりに僕が相手をしていた次第です」

「そう、優しいねルイスは。ところで、随分と距離が近かったようだけど…」

「かなり酔っていたようなので」

「ルイス、いいだろうと言う自慢げな大佐の声が聞こえたのはどういう訳だい?」

「それは…」


ウィリアムとアルバートからの質問に、ルイスは淡々と事実だけを告げていた。

それが偽りのない事実であることはモランとフレッドには分かりきったことで、兄に対し嘘偽りを述べたことのないルイスだからこそ、ウィリアムとアルバートも彼の言葉を信じている。

モランは酔いの醒めた頭で今の状況の悪さを理解しては先ほどまでのことを悔いていた。

まさか調子に乗った自分の声が部屋の外にまで響いていたとは思わなかったのだ。

ある程度の予想はついているだろうに、ルイスから証拠を抑えようとする底意地の悪さはさすがアルバートである。

モランは思わずフレッドを見るが、あからさまに目を逸らされた。


「兄様と兄さんが気に入っているという僕の匂いを嗅いだから、と自慢げに言っていましたね」

「…へぇ、そう」

「甘い匂いがすると言っていましたが、そうなんでしょうか?自分ではよく分からないのですが…」

「そうだね、ルイスは甘くていい匂いがする」

「大佐はそれが分かるほどに近付いてきた、ということで良いんだね?」

「はい」


おいおいおい、待て待て待て。

俺は確かに匂いを嗅ごうと近付いたけど、結局はその甘い匂いなんざ感じられていないって言ったはずだろ、ルイス。

モランの本音はフレッドにだけ以心伝心の如く伝わっていたが、その彼からは何のフォローも入らなかった。


「モラン、今夜少し付き合ってくれるかな?」

「少々話し合いたいことがあります。良いですね?大佐」

「…(俺、死んだわ)」

「…(さよなら、モラン)」

「……(助けろよ、フレッド)」

「……(無理)」

「モラン?聞いてるの?」

「…聞いてる。分かった、付き合えばいいんだろ」

「もしかして次の作戦の相談ですか?なら僕も一緒に…」

「いや、次の策はまだ練っている途中なんだ。完成したらルイスにも声をかけるから、今夜はゆっくり休むといい」

「そ、そうですか?」

「大佐の相手をして疲れただろう?明朝の仕事は全て大佐に頼むから、ルイスもフレッドも明日はゆっくり起きるといい」

「はぁ…」

「…ありがとうございます」


にっこりと変わらず微笑んでいるウィリアムとアルバートの笑みからは威圧感ばかりが漂ってくる。

それ以上追及することも出来ずにルイスは引き下がるが、それはフレッドも同じだった。

渋る様子を見せながらも兄の命令に背かず部屋を出るルイスに続き、フレッドも同じように歩き始めるが、一度足を止めてモランを見るため振り返る。


「…モラン、お酒は程々にね」


左右をウィリアムとアルバートで固められたモランだが、三人の中では一番長身のはずなのに今は一番小さく見える。

憐れなその姿にフレッドは苦笑して検討を祈るが、恐らくは無意味な祈りになるのだろう。

フレッドは先を進むルイスを追いかけるようにして部屋を後にした。

願わくば精神攻撃の上手い二人によるトラウマが出来なければいいのだが、とぼんやり考える。

そんなフレッドの考えなど露知らず、ルイスは兄さん達に仲間外れにされたと唇を尖らせるのだった。




(あ、お帰りなさいモランさん)

(おう)

(お酒はそこに用意してあります。氷は御自分で砕いてくださいね)

(あぁ、いや…しばらく酒はいい。コーヒーかなんか淹れてくれ)

(…珍しいですね、水の代わりに酒を飲むような人なのに)

(俺にも色々あんだよ、色々)

(そうですか。まぁ飲みすぎは体によくありませんからね、良いんじゃないでしょうか)

(本当にな。飲みすぎは精神的に良くねーよ…)

(精神的?)

(何でもねーよ。早くコーヒー出せコーヒー)