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のらくらり。

ぴぃ、ぴぴっ!

2019.12.04 02:50

モリミュでルイス役の彼、鳥のさえずりの真似が上手いのでルイスもきっと上手。


ぴちゅちゅ、ちゅ、ぴぴっ

アルバートはどこかで鳥のさえずりが聞こえることに何の疑問も抱かなかった。

のどかな田舎町であるこのダラムという地域ではまだ自然が多く残っている。

ましてモリアーティ邸では同士であるフレッドが庭師として気合いの入った見事な庭園を管理しているのだから、どこかで鳥が巣を作っていてもおかしくはないだろう。

煮詰まった事案に頭を悩ませていたところ、気分転換に庭でも歩こうかと思い気の向くまま足を進めていたアルバートには願ってもない好機だ。

目を楽しませる色とりどりの花達に加えて鳥のさえずりまで聞こえてくるなど、疲れたアルバートにとっては絶好の癒しである。

しゃがみこんで土をいじっていたフレッドがアルバートを見て腰を上げようとしたのを片手で制し、モリアーティ家の当主は気持ちの良い風と合わせて花と鳥のさえずりを楽しんだ。


「綺麗に咲いている。いつもすまないな、フレッド」

「いえ」

「この花達につられて鳥もよく鳴いている。実に気持ちがいいね」

「え?鳥?」

「あぁ。邪魔をして悪かったね、私はもう行くよ」

「あ、はい…」


フレッドの手入れする土を見て、しばらくすればこの場所にもさぞ綺麗な花が咲き誇るのだろうと考える。

どこよりも安心できる我が家が一層美しく飾られるのかと思うと実に気分が良い。

見事な庭園を保ってくれているフレッドを労うと、アルバートは少し先にいる末弟の姿に気付いてそちらに足を向けた。

フレッドの手伝いをしているのだろう、手には如雨露を持って水をあげているようだ。

背を向けて少しだけ腰を屈めている末弟に近寄ると、鳥のさえずりは一層大きく耳に届いた。


「ルイス」

「アルバート兄様。どうされましたか、こんな時間に」

「少し気分転換でもと思ってね、庭を散歩していたんだ」

「そうでしたか…そういえば、兄様が贔屓にしている店の焼き菓子があります。もし宜しければお茶の用意をしましょうか?」

「ありがとう。後で頼むよ」

「分かりました。水遣りを終えたらすぐに伺います」

「ゆっくりで構わない」


淡い黄色をした可憐な花はルイスが差した水のおかげで陽の光に合わせて輝いている。

生き生きとした花は日々の丁寧な手入れによる当然の結果に違いない。

けれども兄を優先するためすぐにでも水遣りを中断しようとするルイスに苦笑しながら、アルバートは陽に輝いている金髪を撫でる。

目の前にある可憐で小さな花よりも暗い色をした髪だというのに、何故だかとびきり明るく見えるのは気のせいではないだろう。

それはアルバートの贔屓目ゆえだ。

ふわりと指を擽る髪の毛をゆっくりと梳いてから、邪魔をしたね、とアルバートはルイスの元を去ろうと背を向けた。


「急いで伺いますので、お部屋でお待ちください」

「ゆっくりで構わないよ、ルイス」


念押しするように同じ言葉を繰り返し、アルバートはルイスが急がずとも済むよう敢えてゆっくりと庭を見渡しながら屋敷の中へ帰っていく。

綺麗な花達は目を楽しませてくれたが、先ほどまで聞こえていた鳥のさえずりは聞こえてこなかった。




そうしてまた別の日、アルバートは再び癒しを求めて庭を歩くことにした。

けれども美しい花達は変わらずそこにあるというのに、あのとき聞こえた鳥のさえずりは一切聞こえてこない。

せっかく部屋を出てきたというのに残念だ。

仕方なくアルバートはフレッドもルイスもいない庭を適当に見て歩き、早々に屋敷に帰っていった。

自然での癒しが得られずとも、アルバートには最も確実な癒しが存在するのだ。

美しい容姿と耳に馴染む声、そして何より仲睦まじくいてくれる様子は疑いようもないほどにアルバートの心を癒してくれる。

今頃その癒しはどちらかの部屋でともに過ごしているのだろう。

さて、今日はどちらの部屋にいるのだろうか。

アルバートは少しばかり浮き足立った気持ちで、本が詰め込まれている部屋に向かって足早に歩き出した。

ぴっ、ぴぴ、ぴちゅ、ぴぃ


「…ん?」


屋敷の中で聞こえたのは鳥の声だった。

軍人として鍛えていたアルバートの聴覚を持ってしても僅かに聞こえる程度のそれは、どこかの部屋越しに聞こえる音で間違いないだろう。

まさか管理を徹底している邸宅に侵入者が出るとは。

これは由々しき事態だと、アルバートは顔をしかめて耳を澄ませる。

外で聞く分には爽やかな空気と相まって癒しになりうるが、そうでないならば単なる耳障りな音に他ならない。

アルバートは音に合わせて慎重に足を進め、そうして当たりをつけた部屋の前に来て思わず目を見開いた。

ここは元々の目的地でもある、アルバートにとっての絶対的な癒しの一人である弟の書斎だ。

おそらくはここでもう一人の癒しとともに過ごしているのだろうと考えていたのだが、今も聞こえてくる高い鳥のさえずりは間違いなくこの書斎から聞こえてくる。

鳥を入れたまま呑気に過ごす二人ではないし、だとすれば主人のいない間に勝手に侵入したと考えるのが妥当だろう。

粗相でもされたら厄介だし、今のうちに第一発見者でもある人間が対処しておくべきだ。

全く面倒なことだと、第一発見者になってしまったアルバートは鍵の掛けられていない扉を静かに開けた。


「アルバート兄さん、どうしましたか?」

「兄様」

「…いや…」


そうしてアルバートの目に映ったのは書斎を飛び回る鳥の姿ではなく、探し求めていた絶対的な癒しでもある二人の弟の姿だった。

定位置である一人掛けのソファではなく、ウィリアムとルイスは多人数用のソファに隣り合って腰掛けている。

ルイスがウィリアムの肩に両手を添え、その耳に何か囁き入れるように顔を寄せている様子が目に入った。

おそらくは子どもじみた内緒話でもしていたのだろう。

仲睦まじいその様子に求めていた癒しを実感して、アルバートは思いもよらない光景に戸惑いと抜群の癒しの両方に胸を支配された。


「兄様?どうされましたか?」


探していた癒しはあるが、この書斎に足を踏み入れた理由は飛び回っているはずの鳥の捕獲である。

アルバートは赤い瞳を丸くして自分を見ている弟達から視線を逸らし、警戒するように周囲を見渡した。

そうして何も言わずに部屋の中を見渡すアルバートを見て、ルイスはウィリアムに寄せていた顔を離して長兄に声をかける。

きょろきょろとしたアルバートらしくないその仕草にはルイスだけでなくウィリアムも疑問を覚えたが、そもそもこの部屋に怪しいものなど何もない。

先ほどまで二人安心して過ごしていたのだから間違いない事実である。

けれどアルバートがこんなにも気にかけるのだから、この部屋には彼が求める何かしらの理由があるのだろう。

ルイスは思わず腰を上げてアルバートの元に駆け寄った。


「何か探しているのですか?任務に使う資料でしょうか?」

「いや、そうではない。ルイス、ここに鳥はいなかったかい?」

「…え?」

「屋敷の中だというのに、先ほど鳥の声が聞こえてね。おそらくはこの部屋に忍び込んだと思ったんだが…いないな」

「…あ、あの、兄様」

「…ふっ、ふふ」


鋭い目つきで部屋を見渡すアルバートを見て、ルイスとウィリアムは理由が全て分かってしまった。

険しい顔は侵入した鳥が屋敷内で粗相をしたり羽でも落とされることを懸念しているのだろう。

潔癖症で綺麗好きな彼らしく、かつ何者にも侵入を許さないこの邸での小さな侵入者の存在に苛立つのは仕方のないことである。

アルバートの思惑を知り、ルイスは一人気まずそうに瞳を伏せた。


「ウィリアム?」

「あぁ、いえ…そうですね、確かにここには美しい歌声を持つ鳥がいますよ」

「やはりそうか…一体どこから侵入したのかは分からないが、一刻も早く捕まえなければ」

「いえ、捕らえる必要はありませんよ。自由にさせてあげるべきだ」

「何?」


申し訳なさそうに肩を下げるルイスの様子に笑ってしまったウィリアムは、助け舟を出すようにアルバートへと話しかける。

美しい歌声を持つ鳥は自由に羽ばたく姿もさぞ美しいのだろう。

けれど鳥自身がそれを望んでいないのだから叶うことのない夢物語に過ぎない。

ウィリアムは自由に飛び回る鳥ではなく、兄弟という籠に閉じこもろうとしている鳥を何より愛らしく思っている。

それはアルバートも同じだろうと、ウィリアムはルイスに合図を送るように視線をやった。

…ぴ、ぴぴぃ


「ん?今、どこから…」

「…僕です」

「え?」

「…僕です。兄様」


その鳥の正体。

ルイスは言いづらそうに瞳を伏せて、アルバートと目を合わせずに小さな声で正解を送った。


「何を言っているんだい、ルイス」


ぴっ、ぴぴ、ぴちゅぴ


「…本当なのかい」

「…はい」

「ふふ」


ルイスによるあまりにも巧みな口笛は、鳥のさえずりを見事なまでに完璧に再現していた。


「ルイス、さえずりの真似が凄く上手なんですよ。昔は口笛を吹いていたら鳥が寄ってきて、会話するようにさえずりあっていました」

「…それは一度見ておきたかったな」

「要らぬ心配をさせてしまい、すみませんでした…」


ウィリアムから教えられた情報にアルバートは驚いたように目を見開いた。

鳥と会話するなど空想にも程があると一蹴するには、ルイスにより再現された鳥のさえずりは上手すぎる。

ならば教えられたことは事実なのだろう。

事実であるならばそれはそれで是非とも見ておきたかった図ではある。

普段さえ見目麗しくアルバートの心を癒してくれる存在だというのに、幼い姿で鳥と会話する様子など究極の癒しになったはずだ。

出会う前のことを惜しむなど無益すぎるが、それでもアルバートは心から惜しく思った。


「ではルイスがここでずっとさえずっていたということかい?」

「えぇ。少しばかり自然を感じたいと思ったのですが、庭に出るのは面倒に思ってしまって」

「不精をするでないよ、ウィリアム」

「すみません、つい。なので、ルイスに頼んで聞かせてもらっていたというわけです」


ねぇルイス、とウィリアムが彼を見て声をかければ、ルイスは先ほどまでの様子をアルバートの前で再現するようにウィリアムの肩に両手を添えた。

そのまま顔を彼の耳に近づけ、薄く色づいた唇をツンと尖らせて鳥のさえずりを真似てみせる。

ぴぃ、ぴぴっ、ぴちゅちゅ

高いけれど耳障りではないそれは、目を閉じていれば本当に鳥がさえずっているかのようだ。

満足そうに微笑んでいるウィリアムとは対照的に、見事なさえずりを披露してくれたルイスはどこか照れ臭そうに瞳を伏せたままだった。


「なるほど、そういうわけだったのか」

「紛らわしい真似をしてしまいすみません…」

「いや、私の方こそ不躾に押し入ってしまってすまなかった」

「とんでもない、僕のせいなんですから兄様は気にしないでください」


何とも仲睦まじい二人の弟の様子はアルバートに求めていた以上の癒しをくれた。

本物と見紛う完成度のさえずりはウィリアムでなくても聴きたくなるし、そもそもの対象が愛すべき末弟なのだから愛おしくなるのは自然の摂理だ。

ウィリアムは勘違いさせてしまったことを申し訳なく思うルイスをいらずらに見て、可憐なさえずりを作り出した唇に指を添えて優しく囁いた。


「ルイス、兄さんにも聞かせておいで」

「え?今、兄様にも聞いていただいたところですが…」

「遠くからでは堪能できないだろう?兄さんももっと近くで聞きたいですよね?」

「…あぁ、そうだな。さっきまで庭に出ていたんだが、目当ての花は見れても目当ての鳥の鳴き声は聞けなかったんだ。ルイスが聞かせてくれると助かるのだが…」

「…分かりました」


唇に添えられたウィリアムの指から惜しむように離れて、ルイスはアルバートの側に寄ってその肩に両手を添える。

そうしてウィリアムにしたのと同じように、アルバートの耳元に唇を寄せて囁くように高い声でさえずった。

ぴ、ぴぴぃ、ぴちゅぴ

軽やかな音と耳に触れる吐息は随分と優しくアルバートに届く。

以前庭に出たときに聞いた鳥のさえずりとほとんど一致していて、なるほど、これならば会話らしきことをするのも容易だろう。

可愛い末弟から作り出されるその音に、アルバートは至極満足げに笑みを深めた。

その様子を近くで見たルイスはようやく照れていた表情を淡い微笑みに変えていく。


「ルイスがこんなにも口笛が得意だとは知らなかったな。どうして今まで教えてくれなかったんだい?」

「…その、貴族は口笛なんて無作法な真似はしないと聞いていたので…兄様のお気に障るかと思いました」

「あぁ、なるほど」


確かに身一つで手軽にできる口笛など貴族は好まないし、嘲笑の的にもなるだろう。

アルバートが気にせずとも、貴族になると考えれば隠しておきたくなる気持ちも理解できる。

孤児だけれど必死で貴族になろうと努力してきたルイスの中で、たとえどんなに上手くてもただの口笛にすぎないさえずりなど隠しておきたい長所だったのかもしれない。

しかし今もそう考えていたのはルイスだけだったようで、ウィリアムはもうさほど気にせずルイスにさえずらせていたのだから堪らない。

ごく自然な表情で微笑んでいるウィリアムを見て、アルバートは呆れたように話しかけた。


「独り占めは良くないな、ウィリアム」

「そういうつもりはなかったんですけど、ね。お伝えする機会がなかっただけですよ」


のらりくらりとアルバートの言葉を交わして、ウィリアムはルイスの唇にもう一度指を添えていた。

ウィリアムはルイスが、アルバート兄様に失礼のないように、と殊更に気を遣って過ごしていた子ども時代を覚えている。

勿論それはウィリアムも同様だったが、ウィリアム以上にルイスは気にして生きていたのだ。

ちゃんと彼の弟になれるように努力する様は一途であり健気でもあり、全てを知っているウィリアムでさえも心打たれるものだった。

神経質なまでのそれは今の歳になってようやく少しずつ緩和されていって、こうして本物よりもよほど癒されるさえずりを彼に披露してくれるまでになったのだ。

いい兆候だと、ウィリアムは愛しい弟を見て微笑みかける。


「相変わらず上手だね、ルイス。今でも鳥と話せるんじゃないかな」

「返してくれるとは思いますが、さすがに鳥が何を話しているかは分かる気がしません」

「ふふ、それもそうか」


目の前で可愛い弟達が話す様子はやはりアルバートにとっての絶対的な癒しである。

疲れたときには何より効果のある特別な二人だ。

うち片方は自然とも戯れることが出来るらしい。

素晴らしい才能だなと、またも可愛らしくさえずっているルイスの声を聞くため、アルバートは耳を澄ませて二人の弟へと近寄った。



(フレッド、何をしているんですか?)

(ルイスさん。いえ、先日アルバート様が鳥の鳴き声が聞こえると言っていて…万一巣でも作っていたら面倒なことになると思い、探しているんです)

(そうですか。確かにせっかくの花を荒らされては困りますからね、僕も手伝います)

(ありがとうございます。この辺りで聞いたようなことを言っていたので、多分この周辺だと思うんですけど…)

(…見当たりませんね。巣は作っていないのでしょうか)

(それなら良いんですけど…そもそも、糞でもされて景観を損ねないようなるべく鳥が来ないようにしているのに、どうしてアルバート様は鳥の鳴き声なんて聞いたんでしょうか)

(さぁ…そういえば、僕も庭で鳥の鳴き声なんて聞いたことはありませんね)

(そうでしょう?聞いたとしてルイスさんが鳴き真似してたときくらいですし…あ)

(…)

(…ルイスさん、もしかして水遣りの最中にアルバート様と会いました?)

(…つい先日、会いましたね)

(…鳥の鳴き真似、してました?)

(…無意識だったので覚えてはいませんが)

(…)

(…手間をかけましたね、フレッド。特製のショコラを焼いてあるので、お茶にしましょうか)

(…はい)