Love Bite
ルイスの兄であるウィリアムとアルバートは至極丁寧にルイスの体に触れてくる。
頭の良い二人は元々の性分が似ているようで、ルイスへの愛撫の仕方もよく似ているのだ。
とても優しく、時にもどかしいほどにゆっくりと快感を引き出すその仕草をルイスは気に入っているし、ウィリアムもアルバートも時間をかけてその体を開かせることを好んでいる。
初めてウィリアムに抱かれたときからそうだったのだから、ルイスにとっての前戯とは己の体を持ってして兄の肌を感じることに他ならなかった。
ルイス自身からウィリアム、もしくはアルバートの体に触れることは滅多にない。
「…」
一仕事終えて汗を流そうと浴室に向かったルイスが目にしたものは、鏡に映る自分の姿だった。
日に焼ける機会が少ないため、青白いその体に映えるような紅い跡。
まるで花びらのようだと考えれば可愛らしくも見えるのだろうが、生憎とこの紅い跡はルイスが二人の兄にこの上なく愛された証のようなものだ。
可愛らしい、と表現するには生々しいほどに厭らしかった。
「…まだ、残っているんですね」
両の鎖骨の下に一つずつ咲いている厭らしい花びらは、以前付けられたラブバイトで間違いない。
ルイスのおぼろげな記憶が正しければ、右はウィリアムで左はアルバートによって吸い付かれた跡のはずだ。
白い肌に赤い跡。
我が体ながらに扇情的だと思うが、自分の体に見惚れるほどルイスは自分に興味がない。
右手の親指と中指でそれぞれの跡に触れて、もう十日は前に付けられたはずのそれについて考える。
触れても痛くも痒くもないそれは、強いて言うならば付けてもらったときの僅かばかりの疼きに似た快感を思い出させた。
「(薄くはなっているけど、まだしばらくは残っていそうだな)」
肌の白いルイスのこと、痣の類は長く残ってしまうのが昔からの常だった。
当然ラブバイトも一度付けられたら長く白い肌を占領している。
ウィリアムは白く綺麗なルイスの肌を見ることを気に入っているようで、あまりラブバイトと呼ばれるキスマークを付けることはなかった。
精々が手術痕の近くに小さく一つだけ、時間をかけて吸い付く程度でしかつけられたことはない。
だがアルバートは違うようで、多くはないけれどルイスの肌に吸い付いて跡を残すことを気に入っているようだった。
本質がよく似ている兄達の些細な違いに気付いたとき、ルイスは何となしに嬉しく思ったものだ。
それぞれの方法で愛されているのだと思えば気分が良い。
舌で十分に舐められてから歯を立てないように吸い付くアルバートの仕草を思い出し、ルイスは思わず頬を染めて鏡の前に映る自分の姿から目を逸らした。
白い肌に残る赤い跡を見て満足気に微笑むアルバートからは色香しか感じられない。
「早くシャワーを浴びてしまわなければ…」
記憶を振り払うようにわざと凛とした声を出したルイスは浴室へと入っていく。
だが頭から湯を被って汗を流している最中も脳裏に過ぎるのは兄達との情事についてだった。
アルバートがルイスの肌にラブバイトをつけて満足気に眺めているのを見たウィリアムは、羨ましくなったのか純粋に自分も試したいと思ったのか、以前よりもルイスの肌に吸い付くことが増えた。
ラブバイトを所有印だと表現することがあると知識として知ってはいても、ウィリアムがそれを実感したことはない。
元々ルイスは生まれたときからウィリアムのものだったのだから。
しかし最愛の弟の肌に自分ではないアルバートが付けた跡を見て、ぞくりとするような快感と独占欲がウィリアムの全身を襲った。
他の誰のものでもない、自分のものであるルイスの肌に付いた跡がアルバートによるものだと認識したとき、言いようのない感情が芽生えてしまったのだ。
この英国で唯一尊敬に値する兄が、自分の弟であるルイスを同じように愛しく思っているという事実を、たった一つの赤い跡が教えてくれた。
その事実はウィリアムにとって尊ぶべき現実である。
自分が認め、自分を認めてくれた人間がルイスを愛してくれている事実が嬉しい。
ルイスの肌に残る赤い花びらを見た瞬間、それに気付いたウィリアムは以降自分もルイスの肌に跡を残すことが増えた。
まるでルイスは自分とアルバートのものだと、他の誰でもない自分達のものなのだと自らが実感するために、その白い肌に吸い付いている。
ルイスはその理由を知る由もないが、元よりウィリアムにならば何をされても構わないと考えているため、吸い付かれる機会が増えて嬉しい程度にしか考えていなかった。
離れていても二人を近くに感じることが出来るし、きちんとこの体が兄達に愛された証なのだから嫌うはずもない。
欠点といえば今のようにふと思いだしたときに羞恥を感じるのと、跡が消えてしまったときに無性に虚しくなることくらいだろうか。
羞恥を感じるのには慣れないが、跡が消える前には次の跡を付けてもらうからさほど困らない。
痣が長く残るルイスの肌に散った花びらが消えるほど長く抱かれないことなど、今まで一度もなかったのだから。
熱い湯を浴びながらそんなことを考えていたルイスだが、ふと一つの事実に思い当たって目を見開いた。
「…僕、兄さんと兄様にラブバイトをつけたことがあったでしょうか…」
コックを捻って湯を止めて、髪から水が滴った状態でルイスはぽつり呟いた。
先ほどと同じように右手で両方の跡に触れ、抱かれた記憶を何度も振り返るがそれでもはっきりとした答えしか出てこない。
元々ウィリアムもアルバートもルイスに触れることを好んでおり、自分に触れてもらうよりも自分が触れることを優先する。
必然的にルイスが二人に触れること機会はほとんどなく、当然ラブバイトなど付けたこともない。
今までの一度も、ルイスはアルバートはおろかウィリアムにすら吸い付いたことがなかった。
「…」
ない、ですね。
声には出さず、脳内で導き出された結論を繰り返した。
ラブバイトどころかろくな愛撫すら二人に施したことがないのだから、今までどれだけ受け身でいたのかが分かってしまう。
基本的にセックス中のルイスは受け身であり、施される愛撫にただ喘いでいるだけである。
それで良いのだと、ウィリアムだけでなくアルバートからも態度で示されていたからこれで良しとしてしまった。
ただぬくぬくと愛されることしか経験していないルイスだが、よくよく考えてみれば何ともおかしな話ではないか。
愛されるばかりで行動に乏しい自分だが、兄の体に自分を刻み付けるという彼らへの独占欲くらいは示しても良いはずだ。
ウィリアムとアルバートが付けてくれるのだから、ルイスも同じように付けてあげたい。
付けたことはないが付けられたことは数えきれないほどあるのだから、ラブバイトの一つや二つ、問題なく付けられる。
ウィリアムとアルバートの体に自分のものだという跡を付けたときのことを想像すれば、たまらない高揚感がルイスの体に蔓延した。
きっと付けられるときと同じくらいに気持ちが良いのだろう。
身も心もウィリアム、引いてはアルバートに捧げているルイスだからこそ、彼らの所有が自分に在るなどという烏滸がましいことは考えていない。
それでも戯れの延長として、彼らの肌に自分が付けた跡が残る様子を目にするくらいは許されるはずだ。
ルイスは人知れずそう決意して、湯を浴びて顔にかかる前髪を一思いに掻き上げた。
「兄さん、兄様、少しお時間頂いてもよろしいですか?」
「ん?構わないけど…」
「どうかしたのか?」
善は急げと、ウィリアムとアルバートが揃う夜にルイスは行動を決めた。
先ほどウィリアムに乾かしてもらったばかりの髪からは清潔感のある香りが漂っていて、ふわふわと揺れ動いている。
普段ならばしばらく三人で歓談した後で情事に至ることが多いのだが、そうなってしまってはウィリアムとアルバートのペースに翻弄されてしまうのは目に見えていた。
そうなる前にと、ルイスは眼鏡を外した真っ直ぐな瞳で二人の兄を見て声を出す。
それに併せて、着ていたシャツのボタンを二つばかり外して胸元を露わにした。
「ここと、ここ。お二人が付けてくださったラブバイトです」
「そうだね。この間残したばかりのものだ」
「二週間は経つが、まだしっかりと残っているな」
「はい。もうしばらく残っているかと思います」
ルイスの正面に座るウィリアムとアルバートは、それぞれ自分が付けた薄赤い花びらにそっと触れる。
白い肌とのコントラストが相変わらず扇情的で、とても欲をそそられた。
「これがどうかしたのかい?」
「特別に目立つ場所でもないから困らないだろう?」
「困ってはいません。ただ…」
ルイスの肌を指でゆっくりとなぞり、この跡をつけたときのことを思いだす。
恥じらいながらも恍惚とした表情でこちらを見ており、確かに嬉しそうだったのは記憶違いではないだろう。
今のルイスからも嫌悪は感じられないし、どちらかというと期待を込めた瞳で見られていた。
「僕もお二人にラブバイトを付けたいのです」
「…へぇ」
「…なるほど」
大きな瞳でそわそわしながら伝えられたその言葉は随分と純粋な好奇心に満ちているようだった。
大方、自分達の真似をしたいのだろう。
ウィリアムはルイスに愛撫の方法を教えたことはないし、アルバートもそれで良いと思っているためわざわざ自分に触れるよう仕向けたことはない。
鏡で見た自分の体に咲いているラブバイトを見て、単純に自分も付けてみたいと思ったのだろう。
もしくは吸い付かれているときの快感をウィリアムとアルバートに与えたいのかもしれない。
瞬時にそう解釈した二人の兄は穏やかに笑みを深め、瞳を煌めかせている弟を見た。
「いいよ、ルイスの好きなだけ付けるといい」
「本当ですか?」
「私も構わない。服で隠れる場所なら思う存分、な」
「ありがとうございます、お二人とも!」
肌蹴たシャツのまま、ルイスは兄の手を取って喜びを表現した。
艶めかしいラブバイトの花びらと無垢な仕草がアンバランスで、これもまた魅力的だと思う。
そんな弟を微笑ましく見たウィリアムは握られた手を引き寄せて、腕の中に抱きしめた。
「付け方は分かるのかい?」
「大丈夫です。ウィリアム兄さんにもアルバート兄様にも、もう何度も付けてもらったので分かります」
「そう」
囁くように問いかければ、あっけらかんとした答えが返ってきた。
その内容を言い換えれば、二人の兄と何度もセックスしてきたのだ、という告白に他ならない。
けれどこの様子からはそんなことには少しも気付いていないのだろう。
ウィリアムはルイスには見えない角度で口角を上げ、無自覚に厭らしいルイスを思ってそっとほくそ笑んだ。
ルイスは気付かず、アルバートだけがウィリアムの様子に気付いている。
「一応、僕が教えてあげようか」
「兄さんがですか?」
「うん。アルバート兄さんに間違って不格好なラブバイトを付ける訳にはいかないだろう?」
「…それもそうですね」
ルイスの肩に顔を埋めていたウィリアムが上半身を上げ、美しく微笑みながら提案した。
その提案に納得したルイスは、お願いします、と興味深げに彼を見ていたが、引き合いに出されたアルバートは些か肩を落として二人を見ている。
例え不格好な跡だろうとルイスが付けたものであるならば一向に構わないと、アルバートがそう考えていることなどウィリアムは知っているだろう。
敢えてその提案をすることでルイスの判断を絞らせているのは明白だ。
出会った頃からウィリアムはルイスにあらゆることを教えたがっていたし、そうすることで様々な欲を満たしていることをアルバートはよく理解していた。
「ふ…私は別に不格好な跡でも構わないんだがな」
「いえ、兄様の肌に付けるのであれば整った形のラブバイトでなければ僕が納得できません」
「じゃあ僕が一から教えてあげよう。兄さん、少し待っていてくださいね」
「あぁ、ゆっくりな」
苦笑したアルバートの顔を見て軽やかに片目を閉じるウィリアムを見れば、どちらに限らず弟という存在に甘いアルバートが二の句を告げるはずもない。
近くにあったクッションに背中を預け、可愛い弟達の色事を愉しく鑑賞するべくゆったりと指を組んだ。
「ラブバイトの付け方は経験しているから知っているね?」
「はい。歯を立てないように強く吸い付けばいいんですよね」
「その通り。吸引性の皮下出血だし、簡単に跡が残るよ。コツといえばよく濡らしておくことと、唇は隙間なく肌に密着させておくことくらいかな。…こんな風に、ね」
「ん、ぁ…」
アルバートが見守る中、ウィリアムはルイスに実地込みでラブバイトの付け方について教えている。
肌蹴ていたシャツのボタンを全て取り、白い肌に残る手術痕の近くにうっすらと残っていた跡をなぞるように吸い付いた。
ぴり、と過ぎる快感にルイスは一瞬だけ眉を顰めたが、すぐに表情を戻して今しがた付けられたラブバイトを見る。
ほんの少し吸い付いただけなのに真っ赤に咲いているそれは、今まで回数をこなした経験ゆえなのだろう。
思っていた通りの方法にルイスは顔を明るくさせてウィリアムを見た。
「兄さん、僕も付けて良いですか?」
「勿論。どうぞ」
ルイスはウィリアムが着ているシャツのボタンを二つ外し、現れた鎖骨部分に顔を寄せた。
始めは軽く唇を押し当ててキスをする。
そうして舌でゆっくりと舐めて肌に唾液を乗せ、ウィリアムが言っていたように隙間がないよう唇を密着させて少し強めに吸い付いた。
ぢゅう、と慣れないリップ音が響いたが、それもまた快感に繋がるだろう。
長めに吸い付いてからルイスは唇を離し、顔を上げて今しがた付けたばかりのラブバイトに目をやった。
ウィリアムの肌に在るのは不慣れゆえに薄いピンク色をした立派なラブバイトである。
「…付きました、兄さん」
「うん、上出来だね」
「ふふ、ありがとうございます」
初めてのラブバイトを見て嬉しそうにはにかむルイスを腕に抱き、ウィリアムは愛おしい気持ちのままその唇にキスをした。
兄の真似をしたがる可愛い弟。
いつになっても何を経験しても変わらず純粋で、誰より大事な存在だ。
そんなルイスの初めてのラブバイトを頂戴できたことはウィリアムにとっても良い経験になった。
この体にルイスが意識して付けた跡が残っていることを堪らなく嬉しく思う。
「少し色は薄いですが、それでも綺麗に付いたと思います」
「そう。明日にでも見てみるよ」
「是非」
「ふふ」
ウィリアムは満足気に微笑んでいるルイスの右腕を取り、袖をたくし上げて前腕部分を露わにした。
そしてその手首を己の顔に近寄せて小さなキスをする。
唇を押し当てたまま上目で見るのはその腕の持ち主で、怪しく紅い瞳が綺麗に自分を射抜いていることにルイスの心臓は高鳴った。
「に、兄さん…?」
妖艶な魅力を持つ美しい兄。
その兄が自分の手首に優しく唇を寄せているその光景はまるで誘われているようで、綺麗な紅に映る己の姿にすら欲情しそうだった。
どくりと鳴る心臓に気付かれないよう努めて普通を保とうとするルイスだが、それでも視線はウィリアムから離せない。
そんなルイスの戸惑いを好ましく思い、ウィリアムは先ほどの助言通り血管の浮き出た手首の内側に舌を這わせて吸い付いた。
普段よりも軽く吸い付かれたはずなのに、それでも日頃快楽を得ることのない場所であるためかルイスは羞恥で頬を赤らめる。
視線を合わせたままラブバイトを付けられた経験は初めてだった。
「あ、あの…」
「さっきのラブバイトのお礼、だよ。綺麗に残ったね」
「あ、そう、ですか…」
吸い付かれた後でまたも労わるように舌で慰められ、ようやく腕を解放された。
思わず腕を体のすぐ近くに引き寄せもう片手で支えるが、ふと目をやれば小さいけれど確かな花びらが手首に散っている。
初めて付けられた手首という場所に訳もなく恥ずかしくなったルイスは、ウィリアムの顔を見ずに済むよう先ほど自分が付けた跡を目印に顔を埋めた。
「照れているのかい?」
「て、照れてはいません」
「じゃあ恥ずかしいのかな?」
「そういうわけでも…」
まじまじとウィリアムが跡を残す様子を見てしまったルイスは、先ほどの光景を反芻しては顔を赤くしている。
ただ肌に吸い付いただけだというのにこうも煽られるとは思わなかった。
未だどくりと高鳴っている心臓を抑えきれず、ルイスはウィリアムの胸に縋りついている。
そんな弟達の様子を見て実に愉しげなアルバートはゆっくりと腰を上げて、ルイスの背中に手を伸ばす。
魅惑的な翡翠色の瞳をウィリアムのものと合わせ、二人は意識を同じにしている。
「ルイス、こちらにおいで」
「に、兄様…?」
「私にもラブバイトを付けてくれるんだろう?」
「は、はい」
呼びかけられて後ろを振り向けば、瞳の奥にはっきりと色香を感じさせるアルバートがいた。
誘うように自分を見詰めるアルバートに、落ち着いていなかった心臓が更に高鳴る心地がする。
今の彼は間違いなく欲情していて、そして同じだけものをルイスに求めている。
ウィリアムにうっすらと呼び起こされていた欲を、アルバートによりはっきりと覚醒させられたような気がした。
引き寄せられるままアルバートの腕の中に移動して、ルイスは俯かせていた視線を彼に合わせる。
「あの、どこに付ければいいでしょうか?」
「ルイスの好きに付けてくれても構わないよ」
「…では…」
ちらりと視線をウィリアムに移し、付けたばかりの薄赤い跡を見る。
同じようにつければ色は薄くとも綺麗に跡が残るだろうと、ルイスはアルバートのシャツのボタンを外していった。
ウィリアムよりも幾分か肌色が濃い、自分とは違う色をしているその皮膚に指を当てる。
「ここでも、良いでしょうか?」
「あぁ」
付けようと当たりをつけた場所を軽く指で押してから、ルイスは静かに顔を寄せていく。
音を立てずに唇を密着させ、ウィリアムのときとは違って擽るように舐めてみた。
舌先だけでなぞるような舐め方はむず痒いような快感を与えていて、アルバートは好ましげに視界に映る金髪を見る。
それに気付かないままルイスは舌を仕舞い込み、なるべく色鮮やかな跡が残るよう強めにアルバートへと吸い付いた。
先ほどと同じように不慣れな音が響いたが、気にせず時間をかけて跡を残す。
「ん…付いた…兄様、綺麗に付きました」
「そうかい?」
「はい」
二回目のためか、ウィリアムの肌に残ったものより色鮮やかに花びらが散っている。
綺麗に染まったその色を見てルイスはまたも表情を明るくさせ、アルバートを見上げて嬉しそうに首を傾げていた。
ウィリアムとアルバートの肌に残る、ルイスが付けた所有印。
その二つを見比べて満足気に微笑む弟を、アルバートは優しく抱き寄せた。
「では、私からもお礼をあげよう」
「え?」
抱き合ったままの体勢でルイスは左腕を取られて袖を捲られる。
露わになった手首をアルバートの顔の近くまで引き寄せられ、弧を描いていた兄の唇が薄い皮膚に触れてきた。
つい先ほど目にしたばかりのこの姿勢に、ルイスはこれからの出来事を察知して顔を赤らめる。
「に、兄様…?」
「…さすが兄さん。手首へのキスに理解があったんですね」
ルイスの呼びかけとウィリアムの言葉には甘い瞳で返事をして、アルバートは目の前にいる弟の目を見ながら優しく唇を落とした。
震えている腕を固定するように支え、ねっとりと舐めあげてからウィリアム同様少し軽めに吸い付いていく。
もう二度目の感触と明らかな欲を感じさせる奥深いアルバートの瞳に、ルイスはしっかりと快感を拾って小さく息を溢した。
「ん…に、兄様…」
常に魅力溢れるアルバートだが、普段の彼は性的なものをその内側に抑え込んでいてただただストイックな印象ばかりを周囲に与えている。
その箍を外した今、溢れんばかりの色気がルイス目掛けて襲ってきているのだ。
欲を感じさせるその瞳と、欲を引き出すような手首へのキス。
そのどちらからもルイスは目を逸らせず、ただ目の前で己の手首に跡を残される瞬間を見つめるだけだった。
「…ふむ、思っていたより色濃く付いたな」
「えぇ。手首の皮膚は薄いので跡が残りやすいんでしょう。しばらく消えないでしょうね」
「加減が難しいな」
ようやく左手を解放されたかと思えば、すぐさまアルバートとウィリアムの二人に両手を取られてしまう。
手首の内側に残る赤い花びらを見て納得したように会話をする兄達に口を挟めず、ルイスはただその顔をじっと見ているだけだった。
あれだけあからさまにルイスを誘惑しておいて、これで終わるとは思えない。
だがいつまで経っても両手を取られて指を絡めあうだけで、その先に進む気配がないことにルイスは焦れた。
「あ、の…」
「ん?どうかしたかい?」
「…て、手首へのキスに何か意味があるのでしょうか?」
「あぁ、ルイスは知らなかったんだな」
焦れたけれどそのまま誘うことも出来ず、ひとまずは手首に残された跡についての答えを請う。
ウィリアムとアルバートが知っている知識は膨大で、ルイスも追いつくために勉学を重ねてはいるがまだまだ二人には遠く及ばない。
ましてや兄達の計らいで俗世間に疎いまま成長したルイスには、キスが持つ細かい意味など知る由もないのだ。
博識な彼らに比べればとんと無知な自分を恥じながら答えを待てば、紅い瞳と翡翠色の瞳が揃って真っ直ぐにルイスを見た。
「…欲望」
「え?」
よく通る声でウィリアムが言った言葉に、ルイスは己の心内を見透かされたのかと驚いた。
深く考えずにラブバイトを残したいと思い行動したというのに、実際は二人の手によって自分の欲を暴かれただけなのだから。
聡明な二人の兄のことだから当に気付かれているとは思うが、改めて言葉に出されるとさすがに戸惑いが勝る。
思わず肩を震わせたルイスはウィリアムの顔を見返して両手を握った。
「手首へのキスは欲望の表れだよ、ルイス」
「よく、ぼう…」
「私達がおまえに欲望を抱いているということだ、ルイス」
「兄様達が、僕に…」
二人から教えられた答えを聞いたルイスは頬どころか耳も赤くして言葉の意味を考える。
てっきり自分の欲を見透かされたのかと思いきや、彼らの欲望の証だとは思いもしなかった。
ルイスは二人から視線を外し、手首に付けられたばかりのラブバイトを見る。
右と左、血管が浮いている皮膚の部分に赤く残るそれは単なる所有印ではなく欲望の表れだと言う。
そう認識した途端、この赤い跡が堪らなく愛おしくて大切なもののように感じられた。
ウィリアムとアルバートに必要とされている証であるそれは、ルイスにとって最も欲しかったものの一つだ。
彼らに必要とされることがルイスの全てで、だからこそ両手首の赤が嬉しくて堪らない。
高鳴ったままの鼓動はしばらく収まることはないだろうと確信したルイスは、不意に顔を上げて両の腕を彼らに伸ばした。
「兄さん、兄様」
抱いてくださいと、二人にだけ届く声で呟きながら抱きついたルイスの体を、ウィリアムとアルバートは分け合いながら強く抱きしめた。
(やっぱりお二人が付けた跡の方が色が綺麗ですね)
(もう何度も付けているからね)
(コツというより経験が物を言うんだろうな)
(では、僕も経験を積めば綺麗な赤を付けられるでしょうか?)
(そうだね、上手になると思うよ)
(…ルイス、腕についたこのラブバイト、いつ誰に付けられたんだい?)
(…私には覚えがないな)
(僕もです。奇遇ですね、兄さん)
(そうだな、ウィル。で、ルイス。この跡はいつ誰に付けられたものだ?)
(これは僕が練習で付けたものです)
(…ルイスが?)
(…練習で?)
(はい。兄さん言っていたでしょう?経験を積めば綺麗な赤が残るって。お二人を練習台にするわけにはいきませんし、自分の腕で練習していました)
(…ルイス、一人で経験を積むくらいなら私達に付けてもらって構わないよ)
(え、ですが…)
(良いから。今晩にでも好きなだけ付けてくれて構わないから、自分の肌に跡を残すのはもう止めるんだ)
(はぁ…分かりました、兄さん、兄様)