1番はわたし。④ 三年寝太郎
長女と息子の進学のため
地元の田舎を離れて
県庁のある市内に
子ども達と私とで引越しをした。
自営の仕事もあり、私が週2〜3回
昼間に地元に帰る生活になる。
進学でない次女は小学校4年から
転校することになった。
いつも笑顔で友達も多かったし
明るく元気なので
転校に関しては
何も心配していなかった。
元気に楽しく過ごせるだろうと。
4月の始業式前日、
次女が明日学校に行きたくない、と
言い出した。
「ランドセルが青なのが嫌だ。
誰も知らないのに、
何か言われたるかもしれない。」
1年生になる前に自分で選んだ色だった。
ポロポロと泣き出し、
不安でたまらない様子だった。
次女の不安気な涙を初めて見て、
私もオロオロする。
そうだ。
次女がいつも平気で
学校や幼稚園に行けたのは
長女と、息子の2人が
前を歩いてきたからだ。
あまり頼りにならなくても
幼稚園も、小学校も必ず前を歩き、
その場所のどこかにいてくれた。
さらに、次女が一年生になった時には
父親が犬のクッキーと散歩がてら
長女と息子と4人と1匹で
毎朝、登校していた。
護衛が3人と1匹だったのだ。
今回は長女も息子もいない場所に
たった一人で乗り込む。
今までからすればずっと
心細いはずだった。
私は引っ越しの忙しさで
まったく気づかずにいた。
こんな繊細なところもあったんだ。
よく考えてみれば上2人にかまけて、
次女のことはあまり知らなかった。
すっかり気の毒になり、
もしランドセルが赤が良かったら、
お姉ちゃんのをもってくるから、
と約束した。
始業式の日、私の後ろに隠れるようにして
教室に入る。
転入生の多い学校と聞いてはいたが
同じクラスに3人の転入生がいた。
それも女の子ばかり。
社交家な一人がどこから来たのかなど
いろいろ話しかけてくれた。
その後ずっと仲良しになるKちゃんだった。
ランドセルの色のことなど
すっかり忘れているようだった。
とりあえず大丈夫そうで、ホッとした。
1学期の間はのんびりと過ごした。
まだ友達と遊ぶのもたまにだった。
私が地元から18時過ぎに帰るまで
ソファで、寝転んでテレビ見放題だった。
もう、ここにはおばあちゃんもいなくて、
お茶しながら話せる相手もいなかったから
しかたなかった。
しばし、のんびりしてこの環境に
慣れる時間も必要かなと思った。
すると、土曜も日曜もゴロゴロして
ゲームしたり、テレビを見たり、
昼寝したり、
ぐでたまみたいにのびきっていた。
心の中で、
三年寝太郎と呼んでいた。
いつかは起きるからと、
自分に言い聞かせていた。
連休も過ぎたころ、
さすがにまずい気がして、
以前から習っていたスイミングを始めた。
週1回、同じ転入生のKちゃんと通った。
もともとかけっこ同様、水泳も得意だった。
ある日、お知らせのお手紙がきた。
水泳のタイムが速いらしく、
大会にも出場できるから
選手登録をされませんか?と。
本人も、嬉しかったのか
選手登録を申請してみると言った。
ところがだ。
その数日後、隣のクラスの子が
次女を呼んだそうだ。
行ってみるとスイミングで一緒で
顔だけ知っている子だった。
「スイミングしてるでしょう?速いんだってね。
顔見に来た。」
そう言われた。
「ビックリしたんだよ。だって顔見にくる?
きっとすごく速いんだよ。
自信ありそうだったもん。」
次女にとって強烈な印象になった。
それから大会のお誘いの
プリントがきても毎回、
「今回はいい。」
と、参加しないのだ。
3ヶ月経っても参加しないので、
業を煮やして理由を聞くと、
「だって、負けるのが嫌だ。」、と言う。
「え?試合する前から、負ける心配してるの?」
「私は負けるとすっごく悔しい。
負けたくない。
負けるのが嫌だから参加したくない。」
きっと、自信たっぷりに見えた
隣のクラスの子の顔が
浮かんでいるのだろう。
参加する前から負ける悔しさを
想像していたら、
何もチャレンジできないよ、
と説得しても、かたくなだ。
幼稚園の障害物競争の涙と、
泣けなかったリレーを思いだす。
こんなに頑固だったんだ、と改めて知る。
週1回のスイミング以外は
三年寝太郎のままだった。
そして、スイミングで大会に出ることを
すっかりあきらめた。
二学期になって、音楽部に入部した。
アコーディオンや打楽器で
いろんな音楽を演奏する部活だった。
その部活で音楽とともに
愉快な楽しい仲間と出会う。
ガテン系女子達だった。
いつもガハハと笑い転げる。
週3回の部活の日以外は
楽しい仲間たちと学校や公園で遊び
以前よりも、もっと元気な笑顔が
見られるようになった。
家に帰れば習った曲を
電子ピアノで懸命に練習した。
ゴロゴロしている時間が短くなった。
ある日、車で家の近くを通りかかったら
次女が自転車をこいで通りすぎた。
Tシャツの背中に
プラスチックのバットが
差し込んであった。
キャップを後ろ向きにかぶり、
男の子さながらだった。
車で追いかけ、声をかけると
「公園で野球する~」と、
いさましく走りさった。
ようやく、本来の次女が戻ってきた。
少し涼しい風がふきはじめたころ、
三年寝太郎もお目覚めの時が来た。