GENTSUKI/小坂逸雄
地元の人かと思うくらいラフな格好をした金髪の女性がオフィス(坂手港観光案内所の中にある)にやってきて、何やら英語で話しかけてきた。話を聞いてみると原付バイクでやって来たのだけれども、この原付を一晩停めておける場所はないかという質問だった。彼女は原付を「GENTSUKI(ゲンツキ)」と言っていた。
駐輪が出来る近くの空き地を紹介すると、彼女は「サンクス!」と言って原付のある方向へ早足で戻っていった。彼女の原付はパニアバッグが付いたスーパーカブタイプの古くさいもので、この島にたどり着くまでのたくさんのドラマが擦り込まれまくった妙な貫禄が漂っているものだった。気になって目で追っているとその空き地から出て来た彼女がお礼を言いに来たので、それをきっかけにしばらく立ち話をやった。
三週間前に大阪に着いて原付を10ドルで買っただの、そこから京都、広島、別府、いろいろ他をまわってから小豆島に着き今日は二日目なのだということ。一緒に旅をしていた彼氏は仕事があるので広島からドイツへ帰ったのだとか、予定している全行程の三ヶ月間をその原付と共にするのだということだとか。
クレイジーだね!と笑うと、そういうリアクションには慣れたわよ、というような笑みを返してくれた。そんな反応がまた、ザクっとしたポニーテール姿の彼女の生き様を象徴しているようでとても気持ちがよかった。
例えば自分が異国で彼女と同じことをするかと聞かれたら、わからない。たぶん原付を買って移動をするということは選択肢には上がらないと思う。でも異国だからこそ、ワケがわからないことだらけだということを前提にして、いろいろやってみるのも手かな、とも思う。社会通念や一般常識から自分が開放されたならば、ひょっとしたら似たような発想が生まれるのかもしれない。原付彼女を見ていると、自分が勝手に背負っていた常識に囚われていたことに気付き、自分という存在や可能性をとてつもなく小さなものに感じた。
このドイツ人の女の子にとって旅というのはどんな感覚なんだろう。暮らすという意味や条件の範囲はどんなものなんだろう。単に自分の想定を超えた旅のしかたをしている人と出会っただけのことかもしれないけど、意外にもその一瞬の奥行きは深かったと感じた一日だった。
(写真と本文は関係ありません)
小坂逸雄
東京出身、小豆島在住。
2020年4月現在、高松にて養蜂の修行中。