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集活ラボ

遺贈寄付フォーラム2019 私が語った要旨 キーワードは自利利他と物語

2019.12.08 05:42

2019年12月4日に池袋の「明日館」で開かれた「全国レガシーギフト・フォーラム2019~遺贈寄付が未来を創る」で星野が語った(もしくは一部は語ろうとしたしが、5分という制約で時間足らずだったもの)内容の要旨を記しておく。

「物語」こそが一番の自利
遺贈寄付のキーワードを出してといわれ、真っ先に浮かんだのは「自利利他」だった。本来の仏教での意味は、大辞泉によると「自らの悟りのために修行し努力することと、他の人の救済のために尽くすこと。この二つを共に完全に行うことを大乗の理想とする」という意味だそうだ。

他者の救済と同時に、それが自分自身の悟りのためになる。現代的には、他者のためであると同時に自分のため、くらいに使われている。寄付とはまさにこれにあたるだろう。真宗が盛んな近江の商人が「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)と語る言葉にもつながる考え方。私は「遺贈寄付は三方よし」といろいろな場面で使っている。寄付者よし、受け手よし、社会よし。

寄付が他者のためであると同時に、自分のためのものであること。これは多くの人が指摘しているし納得できるのでは。いくら他者のためになる、社会のためになるといってもそれだけでは多くの人は寄付はしないだろう。寄付で自尊心を高め、満足感を得る。時には称賛や感謝されるなどの「見返り」も。喜びであるからこそ、意識していようと意識していまいと、間違いなく自分のためでもある。それを悪いことだなんていう気はない。だから、寄付を求める側としては、社会のためとかいうアピールはもちろん大切だけど、それだけでなくやはりどこか「自利」の部分を満足させるものが必要だと思う。

遺贈寄付は特にその部分は大切だと思う。それこそが難しさでもあるから。亡くなった本人には見返りもなければ称賛の声だって届かないのだから。だが、自分の思いを次世代につなげる、未来に自分の足跡を残す。つながりをもてる。それを思い描くことで死に向き合う支えの一つとしていく。自分自身の人生を振りかえり肯定する。そんな効果があることを実感してもらうことで、遺贈寄付は広がる。人生に「物語」を感じられることが遺贈寄付のとても大きな特色だと感じるし、それこそが一番の自利ではないか。

遺贈を決めた本人に取材すると「ホッとした」「よかった」という声。穏やかに自身の人生を肯定していることが伝わる。遺族が相続財産から寄付した場合も同じ。故人のためになったという満足感こそが一番のモチベーションになる。

そのためにもよい「物語」を広める
受ける側からすると、だからこそ「物語」をつむぐお手伝いという意識が大切だと感じる。その方がどういう人生を歩んできて、何を大切にしてきたのか。それを考えてもらうきっかけづくり、お手伝い。自分史とまではいわないが、人生をひとつの物語としてとらえてもらう。それが次世代や社会に恩返し、恩送りにつながっていく。つまり利他になることは当然、伝えるが、たとえ明確に意識しなくても、人生の肯定的な面さえ感じてもらえれば、自然と自利利他になっていく。そのためにもいろいろな、よい物語のある事例を紹介していくことが大切ではないかと思う。

「われわれ」を紡ぎ直す
いま社会は個人化し、人と人との関係性が分断されている。このままでは社会そのものがもたないと危惧する。社会の前提は「われわれ」という共有感覚。いま一度、「われわれ」の感覚、つながりをつむぐのに自利利他の寄付はとても大切。特に、遺贈寄付の「物語」がそこで果たしうる役割は大きい。ベストセラーになった「ホモデウス」の中にこんな言葉がある。「物語は人間社会の柱石の役割を果たす」。物語によって「自利利他」が満たされる遺贈寄付は、社会を構築しなおす契機・手段になると考える。

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