縁側にて/小坂逸雄
その日、仕事から帰ってすぐに出掛けなきゃいけない用事があって家でバタバタしていると、門が開く音とウンウンと唸っている声が外から聞こえ、飼っている猫も外を警戒しはじめた。縁側の扉を開けて外を覗くとやっぱり大家の爺さんだった。いつものごとく爺さんはおもむろに縁側に腰を掛けようとしたのだけど、その時、冬の雨に当たらないよう縁側に避難させていた多肉植物の上に座ってしまった。「そこ座っちゃダメ!」と言いたかったのだけど、気が動転したボクは口をパクパクさせるのが精一杯。猫が外に飛びださないように片手で抑えながら、もう一方の手で爺さんの腰をつかまえて必死で持ち上げる。多肉は根土ごと鉢から滑るようにして倒れていた。爺さんには悪気はないのだ、いつも彼が座るここに置いていた自分が悪かった。急いでいるボクに落ち込んでいる時間はない。「すまんが爺さん、ちょっと今は時間がないのだ」と告げるも、あいにく爺さんは耳が遠い。そして爺さんは爺さんでまた焦っていた。この季節にそろそろ手を付けたいと考えているシイタケ栽培の準備を進めたくてソワソワしているのだ。今月中には以前一緒に切り倒したドングリの木を1メートルくらいの長さにカットしたいだの、それを乾燥させて3月中には菌を埋め込みたいだの。そんな一連のシイタケスケジュールの説明をし終わると、案の定それらの手順を身振り手振りしはじめた。改めて「ごめん、ちょっと時間がないんだ」と言うと「おぉ、そうじゃった。すまんすまん」と爺さん。あれ?どうやら最初に伝えていたボクの言葉は聞こえていたらしい。ふと気が付くと、補聴器がいつものものと変わっているようだ。そういえばボクもいつもより大きな声を出していなかった。ひょっとして新しい補聴器の調子が良くて会話がいつもよりスムーズなのかもしれない。もしそうだったら話をするのもたのしかっただろうに、なんだか申し訳ないことしたかもなーと思いつつ、まぁボクも急いでいて焦っていたし多肉が踏みつけられて動転してたしで、落ち着いて補聴器と爺さんの機嫌について考えたのは実はこれを書いている今なんだけど、なんだか無理矢理会話を切ってしまって悪いことしちゃったなぁなんて反省してます、ハイ。爺さん、いつも声を掛けてくれてありがとうございます。
小坂逸雄
東京出身、小豆島在住。
2020年4月現在、高松にて養蜂の修行中。