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この道往けば act2

第2次三重遠征 多志田谷拱橋 後編

2019.12.15 08:00

さてここを振り返ればそこにはいよいよ、橋があるはず。

前編では結局全景は拝めませんでしたが、いよいよご対面できそうです。

この柵の切れ目から川床に降りれそう。

下りればすぐにご対面!!

ご対面!!

多志田谷拱橋

(たしだだにきょうきょう)

通称、「多志田谷のめがね橋」。

コンクリート閉腹アーチ橋ですね。

築堤が高すぎて水路隧道のような状況になってますが・・・。

川床に降りてみたけど・・・。

登れるよな・・・俺・・・?

基本的に左目の方のみに水が流れる仕組みになっているようです。

もちろん増水すればその限りではないでしょうが。


なかなかの水量。

雨がぱらつく天気ですが、山の方では降っているのかもしれませんね。

ここには落ちたくないな・・・。

しかしわかりにくい。

写真ではいまいち伝わらない。

このアーチ橋の最大の魅力・・・。

めちゃくちゃでかいんだよ!!

そしてこちら側からはなかなか絵になる・・・。

僕の手と比較して・・・。

わかるかこんなもん!!!

さて・・・、試練の時だな・・・(笑)

なんだかんだで堤防上からのこの写真が一番わかりやすいかも。

このスケール感は行ってみないとわかりにくいかもしれませんね。

そしてこれも1人で探索する者の悲しさ。

誰か一緒なら比較対象に立ってもらえばいい話なんですよね。

さすがに河原でセルフタイマーする勇気はなかったな。

三脚でも持ってれば話は別ですが・・・。


ここは鉄道マニアの皆さんには比較的有名な撮影スポットらしく、この日も2人の方が撮影に勤しんでました。

お互いに最初、怪しいやつだなと思っていたのは秘密。

鉄道おたくと道おたくの奇跡のコラボを果たしたところで(汗)、ここでそろそろ県道に戻るとしましょう。

これが前編で言っていた別の橋。

道なら自ら登ってこういう橋で済みますが、川を上らせることはできないのであんな大規模なものになったということでしょう。

少なくとも昭和6年に三岐鉄道が東藤原駅まで開業していることを考えると、それ以前の竣工となる多志田川拱橋。

なかなかの大工事だったと予想されます。

さて、三重県道615号に復帰しました。

このまま終点までレポを続けましょう。

雨が激しくなってきた・・・。

次回公開する探索がこの後控えてるってのに・・・。


写真は東藤原駅(ひがしふじわらえき)を撮ったつもりです(笑)

三岐鉄道の母体となった太平洋セメントの専用線が合流するのがこの東藤原駅。

セメントだとか専用線だとか聞くと、金ヶ崎山トンネルを思い出しますね・・・。

そしてあのハウルの動く城みたいなのが、太平洋セメント株式会社藤原工場。

あそこで作られるセメントが三岐鉄道の発展を支えてきたのです。

そして案の定、この工場から先で命運が絶たれたわけです。

この県道、ほぼ唯一の狭溢区間。

でもこんなもん可愛いもんですよ。

あんなのとか、こんなのとか。


ちょっと前は国道ですらこんなのあったんですから。

かわいいもんです。

そしてこの丘陵地帯の狭溢を過ぎればこの県道は終わりを迎えます。

最後に突っ込みを。

さすがに現役県道のど真ん中まで伸びてる庭木は切るべきではなかろうか?

廃屋っぽいけど、これも行政でできないのかな・・・?

そしてここで県道レポも終了となります。

ぶつかる道も県道。

三重県道614号篠立下野尻線

(しのだちしものじりせん・レポ未)


ここ実は過去に取り上げた国道365号の旧道。

その正体である可能性が高い道です。

ここは今後じっくり取り上げるとしましょう。

最後におまけ。

三岐鉄道の夢の跡。

西藤原駅(にしふじわらえき)
西野尻駅(にしのじりえき)

僕の勘違いで西藤原駅と紹介しましたが、ここはそのひとつ前の西野尻駅でした。

ご指摘いただきましたのでお詫びして訂正いたします。


三岐鉄道三岐線の終点にして、三重県最北の鉄道駅でもあります。

イメージでは桑名とか名古屋に近い方にありそうですけど、実はこっちにあったんですねぇ。

県道レポと橋梁レポと鉄道レポを合わせたような纏まらないレポになったような気もしますが・・・。

まぁそれだけ入り組んだ面白い地域ということで(汗)。


以上、多志田谷拱橋編