COME WITH ME
「この前、試しに川に入ってみたんですけど、全然ダメだったんですよ〜。この間の釣り大会の残りが数百匹はいると思うんですけど。」
「あぁ、別に大丈夫だよ。1・2匹釣れれば十分だし、もし全然釣れなくても気にしないよ。」
某水系漁協の理事を務めている若者とのやり取り。この日は彼がこの先計画しているプロジェクトの現地視察を兼ねたノンビリ釣行だった。
12月初旬。雲一つなく晴れた空の下、冷たく乾燥した朝は透き通るくらい清涼で、美しい静寂が漂う。
清潔な孤独とでも言いたくなる。個人的に1年で一番好きな空気感。
そして、これから行こうとしている川は、僕の実家がある、いわば故郷の川でもある。
早朝、昔からの見慣れた光景の中、車を走らせつつ色々と思いをめぐらせる。
あの漁協の彼はヤマメが好きで好きで、大学もヤマメのことが学べる所に進んだ。
卒業後、Uターンして故郷に帰ってきて、仕事の傍ら漁協の役員も務めている。
確かな知識と若い情熱。これから先、何らかの形で宮崎県のトラウトシーンを牽引できる人材だと思う。
幼い頃から親しんできたせいか、この水域の冬の風情は僕にとっては心の原風景そのものだ。
透明で冷たい空気、稲ワラが陽射しにあぶられる枯れ草のにおい、穏やかに拡がる田んぼの中で楽しげに、まばらに舞う小鳥たち。
この時期、師走ならではの静かで、豊かな時間。釣りにばかり気を取られてしまうのはもったいない。僕たちはしばらく、ロッドを出さずにのんびりと川の上流と下流を行き来しながら気が向くままに写真を撮った。
ある種女性的な、穏やかで包容力を感じさせる土地のオーラのせいだろうか、(とても主観的だけど、)ここにはちょっと古いR&Bや、メロウなソウル、ファンクなんかがとてもよく似合う。
片道2時間ちょいかかるこの日、僕がチョイスしたBGMは、カーク ウェイラムの古いアルバム”Colors”とロニー ジョーダンの”The quiet revolution”。
どっちも1990年代にリリースされたアルバムで、僕のアオハルど真ん中サウンド。でも、良いものはやっぱり普遍的だから、時代遅れな感じはしない。(というより、最近はもうサウンドの古い新しいなんてもの自体が存在しないのではないかと思ってますが。)
こんなおばあちゃんたちのひなたぼっこにも、不思議とマッチするんです。
ノンビリ、ポカポカ、ウララカ、ホガラカ。そんな4文字に彩られた風景。
この土地に実際に住んでいる人に言わせれば、もちろん色んなご苦労があるのだろうけど、
僕には、この里の風景はやっぱり大らかで優しい、どこか女性的な感じがするのです。
肝心の?釣りは漁協の彼が朝の一仕事を終えてから。ほどよく日が昇り、寒さが和らいだ時間から。
始めに入った区間に生体反応は皆無。
ならばと入った2つめの区間。スタートフィッシング早々、ハンターに追われた鹿が目の前に現れ、その後を犬とハンターが追いかけている。
思いも掛けない光景に、釣りは強制終了。結局、正味1時間も釣りはしなかった。
その後、彼と友人の3人で、この土地自慢の温泉とランチを堪能するために、移動。
温泉に浸かりながら小1時間、ヤマメやニジマスの放流活動を通じて、地元を活性化しようという彼のビジョンについて語り合った。
ここで食べたジビエ丼(鹿肉)は臭みもなく、脂身は少ないのに柔らかくてとても美味かったです。
何より温泉は、無臭かつ無色透明なのにすごぶるヌメリが強い、いわゆる「美人の湯」で上がった後もずっとぬくもりが続くような感じ。お近くにいらっしゃった方はぜひ。
ロニー ジョーダンの”The quiet revolution”の中に”Come with me"という曲がある。軽快なビートの上にジャジーで洒落たコードとメロディーが乗っかる有名曲。
ただ、これはカバーで、元々はタニア マリアという女性シンガーのものがオリジナルだ。
そして、このコラムを書こうと思ったときに頭の中をよぎったのは、よりメロウで、晴れやかな歌声のタニア マリアの方だった。
この曲みたいにゆるやかで、楽しげで、ワクワクと釣り人たちが集えるような場所になるといいなあ。
釣りを通じて小丸川の美しさを感じてもらい、美郷町に親しんでもらえるような。
そんな何かがあるといいなあ。
帰りの道すがら、気高そうに虚空を見つめる百舌(モズ)に出会った。
何となく、これから地域興しを始めようとしている若者の姿がオーバーラップする。
そして微力だろうけど、僕も彼の手伝いをしようと思う。
この場合の”Come with me"の”me"が、果たして彼なのかどうかはまだまだ分からないけれど、たくさんの人が軽やかに集まれるようなムーブメントを目指していけるといい。
より多くの笑顔があふれる里になれるといいな、と心から思います。