一章 都市国家ウルダハ - 04
Hyur-Midlander / Halone
Class:GLADIATOR / LEVEL:01
Location >> X:9.3 Y:11.7
ザナラーン > ウルダハ:ザル回廊 > 剣術士ギルド > --
何はともあれ武器の調達だ、そう思い足を向けたのは剣術士ギルドだ。自分が武器も持っていないことをモモディに伝えた時に勧められたのも、剣術士ギルドへ向かうことだっだ。
剣術士ギルドはザル回廊に位置する、コロセウムを併せ持ったウルダハの要所だ。それよりも先に、エーテライトプラザに寄ってエーテライトとの交感を済ませたほうが効率がいいか、とも思ったのだが、この世界にエリアチェンジという概念は存在しない。なんというか、ロードを挟むと面倒くさい、という観点を忘れされるのは感動的だった。これがオープンワールドゲームなのか……? いや、現実なのだ……そう、しみじみと思う。
クイックサンドを反時計回りの方向に出れば、また別の市場に出る。少し暗めの屋内と比べると、外は太陽に照らされ、黄土色の石壁がそれを反射する眩い世界だ。ここ、ルビーロード国際市場では、建物と建物の間に布が張られ、それが厳しい日差しを和らげてくれていた。
「おぉー……」
こちらはサファイアアベニューと比べれば小規模な市場だ。商人や貴族向けというよりも冒険者向けで、人通りの多い通りの真ん中では、水着のような衣装をまとったミコッテが艶かしい踊りで観客を集めている。
「(本当にやってるんだな、あれ……)」
ゲーム内では、ここでミコッテの踊り子が、昼夜問わず雨天決行で踊り続けているのは有名な話だ。そんな彼女らが演じる踊りは、少し異国情緒のある軽快な踊りだったが、今俺の前で演じられているそれはゲーム内のものより幾分も艶かしい。なんというか、CEROがDという感じ。
彼女らを取り巻く冒険者達は中々の賑わいだ。彼女らの足元に置かれた籠に貨幣が投げ込まれているのを見る限り、ストリートパフォーマンス的なものなのだろう。そんな少しいかがわしい雰囲気と同じように、その通りで売られている物品は怪しげなものが多かった。屋台を立てず、道に敷いたカーペットの上に並べられている商品は曰く有りげな物ばかりだ。確か、ゲーム内でも古書を売るララフェルが居た気がするが、どちらかといえばアングラ寄りの市場なのだろう。
その通りを南……円の中央へ向かって歩を進める。
南の突き当たりには、まるで門のような大きな建物が構えている。ウルダハの中心部は、都市そのものを覆う、石造りの大きなドームが幾つも連なっていた。その大きな屋根が作る日陰に入れば、ひんやりとした空気が身体を包んでくれる。聞こえてくる水音は、通りの先にある円形の広場で流れているようだった。
俺にとっては改めて確認せずとも手に取るように分かる事だったが、その円形の広場の中央には、(ザナラーンの気候では貴重であるはずの)水が、溜池に向かって天井から流れ落ちてきている。それは同じように天井から降りる飾り石に沿って流されていて、滝のように落ちてくるというよりも、川のせせらぎのような音を作り出していた。さらに上を仰ぎ見れば、クイックサンドと同じように植物が葉を茂らせていて、涼を取るには最適な雰囲気だ。
この広間から放射状に広がる道が、ウルダハの様々な場所へと通じている。入ってきた通りからすぐ右手の通りが、コロセウム、そして剣術士ギルドへ通じる道だった。
賭けの客引きを横目に階段を下りれば、そこはもうコロセウムと言っても過言ではない。わあ、と盛り上がる、歓声とも怒号ともつかない声に包まれている空間だ。そこは吹き抜けになった円形の空間で、地下にコロセウムの会場が存在している。この吹き抜けの周囲を取り囲んだようになっている回廊は、上から試合を眺められる、いわゆる立ち見席のようなものだった。ゲーム内と同じならば、この回廊に剣術士ギルドは居を構えている筈だ。
「っうわ!」
「きゃあっ!」
きょろきょろと辺りを見渡していた俺は、不意に背後から軽い衝撃を受ける。どん、と俺にぶつかってきたのは、身なりのいいミッドランダーの女性だった。途端、けたたましい音が周囲に響く。足元から響いたそれは、彼女が硬貨を取り零し、床へばらまいた音だった。あ、と思ったのも束の間、
「ちょっと、庶民の分際で何をしてくれているの!? もう、こんなに散らばってしまって、どうしてくれるのよ!」
きゃんきゃん、と硬貨が散らばった音よりもけたたましくその女性が捲し立てる。現実世界でこんな目に遭えば、確実にその日の不運を嘆いていただろうが、あまりにも身に覚えのあるその現象に、俺は甚く感動していた。
「(……さ、サブクエだー!!!!!)」
ウルダハ名物、小銭拾わせお姉さんである。ゲーム内では、高飛車な自称大富豪令嬢の女が、驚いた拍子に落としてしまった貨幣をプレイヤーに拾わせるという、ウルダハの気質を説明するかのようなサブクエではあったが、本当に実在していようとは。
「ちょっと、なにボサっと突っ立っておられるの? さっさと落ちているお金、拾ってくださいませんこと!?」
本当に実在していたのだ。すげぇ、感動する……。いやーそんな、見ず知らずの他人に自分が落とした金銭を拾わせるのは防犯的にも宜しくないだろう。ましてや身なりもいい女性となれば、無用心が過ぎるというものだ。見るからに世間知らずなお嬢様なのだろうが、つい、本当に居たんだ……という思いで口角が緩んでしまう。
「な、なにをニヤニヤしているの!? 衛兵を呼びますわよ!」
「ああ、いや、えっと……」
そんなことをしていたら、彼女の隣に立っていた、御付きの者らしい男が口を挟んでくる。
「あの、お嬢様、ここは私が拾っておきますので、それで……」
「……仕方ないわね、さっさとどこかに行きなさい!気色が悪い!」
はあ、すいません、と気の抜けた返事をし、大人しくその場を去る。恐らくこれは、サブクエに失敗したことになるのだろうか。どちらかといえばそんな事はどうでもよく、モモディのみならず、ゲーム内で見かけた(それもちょっとしたサブクエ受注のNPCだ)人物を見かけるのは心が躍った。
こうなれば、これから向かう剣術士ギルドにも、見知った顔が居るのだろう。勿論こちらが一方的に見知っているだけなのであるが……。
散らばった小銭を拾う従者を尻目に、その場からゆっくりと立ち去る。ぶつかったのが彼女だったから良かったものの、その場で殴り合いになってもおかしくないような、ガラの悪そうな男達だらけなのだ。今度は誰ともぶつからないように、辺りを見渡すのもそこそこにして目的の場所まで歩を進める。壁にかけられた剣術士ギルドの看板はすぐそこだった。
「(……よし)」
ギルドの扉の前で、一息つく。ぎぃ、と少し軋んだ音を立てる木製の扉をくぐれば、受付に立つララフェルがこちらに声をかけてきた。
「おや、初めての方ですねぇ? ようこそ~!」
こちらを見たララフェルは、にこりと微笑んで、そう声をかけてきた。羽飾りがついた赤い帽子を被った彼女は、その場の様子には似つかわしくない、可愛らしい雰囲気をまとったララフェルだ。勿論その場の様子は、彼女が立つ受付の奥や、部屋の至るところにさまざまな種類の片手剣や盾が並べられていて物騒この上ない。
「すいません、ギルドに加入させてください!」
「はいはぁい! 勿論大歓迎です! それじゃぁちょちょいっと、剣術士ギルドについて説明しちゃいますねぇ~!」
彼女はその間延びした口調にも関わらず、テキパキと説明を始める。恐らく、加入希望者がギルドを訪れた際に毎回話している決まり文句なのだろう。
「ここ『剣術士ギルド』は、剣の使い手が集まり、チョー厳しいシュギョーをする場所なんですぅ」
ほら、と手の平で差される方を振り向けば、この部屋全てが見渡せるようになっている。俺の感覚で言えば十二分に広い部屋なのだが、恐らくこの世界では狭い部類に入る一室だ。
部屋が手前と奥で二段に分かれている構造は、恐らくすべてのギルド共通のものだろう。低くなっている奥側にはちょっとしたステージのようなものが設けられ、その上では筋骨逞しい男達が片手剣と盾を用いた模擬戦のようなことを行っている。腕を組み、彼らを指導している男もまた、屈強なルガティンだ。室内は、剣術の指導をうける男たちの体温と汗で少し暑苦しい、というか、むさくるしい。
「(メインジョブがナイトじゃなかったら、回れ右してるところだな……)」
はは、と少し苦笑いを浮かべる俺をよそに、受付のララフェルは口上を続けていく。
「あなたも知ってると思いますがぁ、ウルダハではコロセウムで行われる『剣闘』が大、大、大人気! そしてその剣闘で最強の座に君臨することさえできれば、目がグルグルするほどの大金と、歌姫も顔負けの人気を独り占めできるんですよぅ!」
うんうん、と素直に相槌を返す。コロセウム周辺の盛況ぶりを目の当たりにしてきた後だから、それは疑う余地もない事実なのだろう。実際、あの世間知らずなお嬢様も、財布を取り出していたのは近場にいた剣闘士へ「こころづけ」を渡そうとしていた所だった。恐らくは娯楽の少ないこの世界、人々が戦う様を見ることが、スポーツ観戦のような位置づけなのだろう。
「そんな、冨も名誉も全てを手にする歴代剣闘士チャンピオンたちを数多く輩出してきたのが、この剣術士ギルドなんですっ! すごいでしょ?」
「なるほどですねぇ」
「す・ご・い・で・しょ?」
「すごいっすね!」
そんなわけで……、と、彼女は一度受付から離れ、奥に並べられている片手剣を一本手に取る。彼女にとっては両手剣ほどの大きさになるそれをこちらに差し出し、
「剣術士ギルドに入門するなら、これを装備してギルドマスターに挨拶してきてくださいっ!」
「ギルドマスターって、ミラさん……ですよね?」
「あら、ご存知なんですか? ミラさんは剣の達人で、なおかつ美人! そりゃあご存知ですよねぇ」
彼女から受け取った片手剣は、ずしりと手に沈む重さだった。面が広めな、平たい刃に簡素な鍔。持ち手は削り出された木に、滑り止めの革紐が巻かれただけの素朴なものだ。抜き身で渡されたところを見ると、あまり刃としての機能は用いられていないようだ。その実、平たい刃の淵から鋭さは殆ど感じられない。斬るための武器というより、刃を用いて殴る、といった扱いを想定されているのだろう。
「あ、噂をすれば……ですよ! ほらほら、挨拶してきてくださいっ!」
「あ、ああ」
受付が指す方を見れば、奥の扉から出てくる人物が居る。外はねの金髪に、褐色の肌。その鋭い眼差しに、確かな力を感じる女性。剣術士ギルドのギルドマスター『剣戟のミラ』その人だ。種族で言えばハイランダー。……なので、俺とほぼ同じか、それ以上に良い体格をしている。そんな強そうな女性に、少し気後れしつつも話しかける。
「すいません、ギルド入門を希望してる者です!」
「ああ、新入りか。私がギルドマスターを勤めているミラだ。剣術士ギルドの門戸を叩いたこと、歓迎しよう」
す、と差し出された手を握り返す。彼女の手は鎧に包まれていたこともあり、尚更俺よりも逞しい印象を受けてしまう。
「それでは、入門の前に聞いておくことが有る」
「はい、なんでしょう?」
「剣というのは、世界で最もシンプルな武器だ。だからといって、誰もが簡単に扱える武器ではあるまい。 シンプルだからこそ、極めるべき剣の道は長く、険しいんだ。生半可な覚悟では、決して進めぬ道だ」
こちらの目を真っ直ぐ見据え語られるその言葉は、やはり一度、聞いたことの有る内容だ。俺がそれを初めて聞いたのは数年前のことで、しっかりと覚えているのは話のニュアンスだけだが、誤った記憶ではなかったようだ。言葉尻の違いは恐らくあるのだろうが、それは面と向かって俺が受け答えできる状況だからだろう。
「険しい道になる事を承知で、この道へ踏み出す覚悟があるなら、私はお前を歓迎しよう。どうだ? 剣術を極める覚悟はあるか?」
受付のテンションは来るもの拒まず、といった雰囲気だったが、ミラの眼差しはそんな緩いものではなかった。ここで、覚悟の無い様子を示せば、恐らく門前払いされてしまうのだろう。そんな真剣な眼差しだった。
「(それもそうだよな……遊びでできるようなことじゃない)」
他者の命を奪うことのできる可能性を手に入れるのだ。こうしてギルドに入り、技を磨けばその可能性は無限に膨れ上がる。ギルドとしてその技術を悪用されるわけにもいかないだろうし、何より、ミラ本人が、腑抜けたギルドにはするまいと固く決意しているようにも感じられた。
本音を言ってしまえば、本当に覚悟が有るのかと問われれば、勿論心の底から有ると言えるわけではない。平和ぼけした現代日本社会に生まれ育ち、喧嘩をしたことも数える程度。もし現実の俺の身体そのままでこの世界に来ていたら、剣術士ギルドの門戸を叩くことすらできなかっただろう。
しかし、
「勿論、覚悟しています」
そうはっきりと返答できるのは、俺はこれから英雄になるのだという自負が有るからこそだった。ゆくゆくはウルダハの近衛兵団、銀冑団にスカウトされ、『ナイト』にジョブチェンジしなければならないのだ。そのためには、剣術士として身を鍛えることに躊躇していては何も始まらない。
俺のその心意気が伝わったのだろう、ミラはひとつ頷き、
「……よろしい! いい返事だ。では、お前を剣術士ギルドの一員として迎えよう」
「ありがとうございます!」
「見たところ、自前の剣を持っていなかったようだが、今までに扱ったことは有るのか?」
「ああ、それは……形だけ、というか、なんていうか……」
勿論、扱った経験など無い。高校のころ、体育の授業で剣道を少しかじった程度だし、それをしっかりと覚えているかと言われれば、いまいち覚えているわけでもない。
突如として自信を無くした俺が可笑しかったのだろう、ミラは思わず、といった風に笑みを漏らした。
「自信がないのなら、先に稽古をつけてもらってから行くといい」
「え、いいんですか!?」
「まぁ、さわりりだけになるだろうが……さわりだけでも、やっていくか?」
「お願いしたいです、ぜひ!」
「いい返事だ!」
にやり、と今度は少し人の悪そうな笑みを浮かべたミラは、部屋の下段にあるステージを見やり声をかける。
「新入りだ、少ししごいてやれ」
あれっそういう感じですか? 稽古じゃないんですか?と焦りにも似た想いが脳裏をよぎる。もちろんそのステージ上には、先ほどから模擬戦を行っていた屈強な男二人と、更に屈強なルガティンが立っていて、
「おぉ、ちょうど一息つくとこだったんすよ」
「へぇ……新入りねぇ」
「いいっすよ、まだまだ暴れ足りなかったとこです」
にやり、と同じように人の悪そうな笑みを浮かべる彼らは完全に、バリバリの体育会系部活の先輩といった雰囲気だった。あぁ、そういう……そういう感じなんですね……と焦りが諦めへと変わっていく。勿論俺は中学の頃からハイパー文系部だ。というかパソコン部だ。
「それじゃあ、頑張りなよ!」
「お、お手柔らかにお願いします……」
ぱん、とミラが叩いた俺の肩が良い音を立てる。これは、また違った意味で苦労するかもしれない……この世界に来て、初めてそう思った。