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たくさんの大好きを。

曇りときどき雨のち雪のち、陽だまり (文

2020.01.07 07:29

それは何気ない会話から始まった。

なんでもないことのはずなのに

なんでもないように流せない

箍が外れた想いは些細なことでふつりふつりと種火を燃やしていく



「ああ?」

「もう!ちゃんと聞いてる?今日夜出かけるから。って前に話してたんだけど。」

「・・・聞いてねえんだけど。」

「聞いてます。あんた、ああって返事したから。」

呆れ顔の香が、くるりと背を向けリビングの扉のノブに手を掛ける。

気になるのは全部だ。

時計を見上げれば、そろそろ夕刻に差し掛かる時間。

ぽつぽつと点灯し始めた街の灯りが、少し開いた窓にぼんやりと映り込んでいる。

俺の飯は?

なんだ、そのカッコ?

そもそも今日がなんの日かわかってんのか、

コイツ?


獠の頭の中が軽いパニックを起こし、急がなくちゃと、パタパタとスリッパを鳴らし玄関に急ぐ香を廊下で捕獲し壁に縫い付ける。

「・・んで?おれ何食えばいいの?」

身動きが取れなくなった香が戸惑いと軽い怒りを含んだ瞳でこちらを見ている。


あれ?おれなんかしたっけな?

ありすぎてわかんねー・・・


少し俯き、はあと軽いため息をつきながらキッと下から香が睨みつける。

「何言ってんの?今日はあんたが最近お気に入りっていうクラブアリアナのゆうちゃんとクリスマスパーティーをしにミックと出かけるんでしょ!?だったらそこで食べてくればいいじゃない。」


げげ!?なんで知ってるんだ?

くそーー!!!あの金髪バカヤロウ

ペラペラペラペラあることないこと喋りやがってーー

・・いや全部ほんとだけど、だからって、だ、なあ。


嫌な汗がヒヤリと背中を伝う。

動揺を悟られないよう、コホンと一つ咳払いをしながら香に向き合う。

「・・わざとらしい・・」

「な、なにがだよ!?」

ひっくり返りそうになる声は気のせいだとやり過ごしえー、あー、うー、と自分でもよくわからない発声を繰り返す様に、香のイライラが真下から圧のように膨れ上がってくる。

「だ、だからだなあ!確かに今日のクリスマスパーティーなるものに誘われてるけど、それはだなあ、折角誘ってくれたお店の好意を無下に断るわけにもいかないだろ?色々世話になってる店だしな。」

間違ってない。何も間違えていないハズ。

情報提供などで世話になっているのは本当だし、持ちつ持たれつで今日の事もその流れのうちだ。うん。間違ってない。


「・・お店じゃなくてゆうちゃんに誘われたから・・でしょ?まあ、別にいいけど。あたしとしたらいつ帰るかわかんないあんたのためにご飯の用意しなくていいのがわかっただけで。」

冷ややかすぎる視線が痛い。

抑揚のない静かすぎる声色が本気の怒りを伝えてくるようで。

「なんだよ、悪りぃかよ?」

気持ちとは裏腹に悪態をつく。

クセのようなもので、どうしたって肝心なところで天邪鬼が顔を出してくる。


気まずさにいたたまれなくなり思わず顔を背けた獠の胸を無言で強く押しながら、するりと拘束から抜け出し、玄関に揃えてあったハイヒールに手を添え支度を急ぐ香の姿に、負の感情がザワザワと湧き上がる。


真紅のコートに身を包み首元には白い真綿のようなファーを身につけている香はまるで、クリスマスの世界に舞い降りた願いを叶えるサンタのようにも見えてくる。

ファーから覗く首元やコートからすらりと伸びた足はより一層その白さを強調しているかのようにさえ見えて仕方ない。


その仕草や立ち姿に、

待てよ。とどこの誰におまえはご褒美とやらを振り撒きに行くんだと、いらぬ黒い想像が胸に蠢いていく。


「悪いなんて言ってないけど。あたしも今日は絵梨子たちと同窓会するから遅くなるし。

前々から誘われてたけどクリスマスだから断ってたんだけど、獠も出かけるんなら、あたしもたまには一緒に飲もうよって絵梨子が言ってくれたからそうすることにしたの。

遅れたら悪いからもう行くね。あ、出かける時ちゃんと戸締り忘れないでね。」

言い終わると同時に玄関のドアがバタン。と閉じられ、香の気配が消えていった。

「・・そこまで聞いてねえぞ。なんだってんだ、アイツ!」

寄りかかっていた壁に軽く拳を打ち付けると、ダン。と低い響きが廊下に虚しく響き渡り、より一層焦燥感を煽っていく。


わけがわからないと思った。

香に対してではなく、自分自身に対してだ。

こんな事は何度かあった事だろう?と過去のソレを思い返す。



イベントごとを大切にする香を横目に、面倒臭さと気恥ずかしさで度々夜の街に逃げ出し、知らぬ顔でいつもよりは早めに帰宅しては香に小言をくらいながらも、ソレを2人で過ごしてきた。

もう!と時に膨れながらも、しょうがないなあと笑って許してくれてたいたはずなのに


香の言い分は至極まともで、帰らぬ男を待つよりは、大事な旧友との時間を過ごす選択は誰が聞いても責められるべきものではないと頭では理解できている。


あー、アレか?

アレなのか?


「はああ!??信じらんない!!りょーちゃんてば本気??香ちゃんとまとまって初めてのクリスマスに2人で過ごす夜より、クラブのクリスマス???うっわ〜さいっていーー。馬に蹴られて死んじゃえ!」

バシバシとおれの背中をもの凄い力で叩きながら、ラフレシアのママがダミ声で喚き散らしている。

やたら派手な赤や黄色や青の光に照らされる店内は落ち着きとはほど遠いが、最重要なひとつの情報元の場所でもあり、獠が自然足が向く場所でもある。

まあママ、ごっついけどな。

気は置けないが、間近に顔を寄せるのは正直勘弁して欲しい。

背中の痛みと近距離にあるうっすら青髭交じりの怒り顔のやけにどでかい顔面に、獠の口元が知らず引きつっていく。

「ゲホ、ゲッホ!いてーな!ったく、なんでそこまで言われなきゃなんねーんだよ。たかがクリスマス如きで。」

「・・さいてー」

今までとは一転、心底呆れた声が浴びせられ、居心地の悪さに逃げ出すように腰を上げる。

「今までと違うでしょ!?りょーちゃんのことだから素直になれなくて今まで通りにしようとしてるんだろうけど、たまには初めから香ちゃんと居てあげなさいよ。喜ぶわよ、きっと。」

ぐぐぐっと再度近づく顔を半分本気で押し返しながら、重厚感たっぷりの扉の方へと後ずさった。

「今更、だろ?んじゃあ、また!」

そう早口で告げ、さいなら〜と店を後にする。わーわー喚く野太い声が背中に次々と飛んでくるが耳から脳への伝達をシャットアウトしながら、足早に帰路へと急ぐ。


ふと足を止めると街は華やかさを増し、携帯を片手にあちらこちらでシャッター音が鳴り、高揚した声が交わされている。


新宿駅のすぐ横に伸びる街路樹は様々なイルミネーションで彩られ、数日後に控える一大イベントを今か今かと待ち望んでいるかのように光を放ち音や色で誘う。

「柄じゃあねーよな・・・」

最近の自分はどこかおかしいとさえ思う。

まるでふわふわと地に足がつかない感覚の時もあれば、逆にふとした時に頭に血が逆流するかのような激しさに襲われる。



こんな事は今まで経験がない。

違う。経験がないわけではなく、例えそれに近いことがあったとしても瞬時に全てをコントロールできていたはずだ。


ふと視線を下に落とし、家路とは違う街路樹に足を踏み出す。

「こーゆうのがいいのかねぇ・・今更どんな顔して・・はあ・・・」

香以外だとさらさらと出てくる甘いセリフもスマートなやり取りも、こと香相手になるとこの口も体もまるで思うように動かない。

香とそういう関係になってからもなお、素直になんて一体どうすりゃいいんだ?状態の日々で。時々寂しそうに笑うように見える香を、思わず胸に抱き込むがそれだけでどこまで伝わっているかは、皆目見当もつかないし、聞けないし。

散々馬鹿にして香に言い続けた恋愛初心者が、まさか自分もでした。なんてカッコ悪すぎるだろと独りごちるのが精一杯の肯定だ。

キラキラと輝く光に思わず目を細める。

「歩きたいのかね、おれなんかと・・」

厳しさを増す寒空に呟く声は淡く消えた。



バンっ!!!!!

「リョウ!!支度できたか!?さあ、ゆくぞ!待ちに待った聖なる夜のイベントに♫

・・・って、おわっ!なんだ、なんだ?!!

ヤメロって!わかったから、ソレは降ろせ!」

嬉々として乗り込んできたお花畑全開の気配の持ち主が、慌てふためいたように身振り手振りでジェスチャーを送る。

その額からはありえない汗の量が一気に吹き出し、己の眉間に合わされた照準の向こう側に佇む男の本気の瞳に足元から頭の頂までゾクリと嫌な感覚が駆け抜けていく。


「あのなあ・・こんな日になんて顔してんだ?ヒデー顔だぞ、オマエ。・・だいたい見当つくけどな。カオリ、だろ?」

ひりつくような空気を纏い撃鉄がカチャリとおこされ、漆黒の瞳が色を増していく。

「自分がしたことでおれに八つ当たりされてもなあ。カオリが悩んでたからアドバイスしたまでだ。おまえがいないのに香が自分の時間をわざわざ我慢する必要はないってな。それともなにか?待ってるのが当たり前ってか?んなワケないよな?マサカだよな?リョウ?」

「・・うるせー・・」

「おっまえなあ・・・」


放つ意志のない、黒い塊を静かに静止しながら、ため息混じりにミックが揺れる瞳に対峙する。

「どうしたんだよ?オマエ。ほんとらしくねーぞ?カオリだってオマエが知らない過去の繋がりがあるのは当たり前だろ?このアパートやおまえの周りの人間だけがカオリの世界じゃない。そんなの分かってた事だろうが。」

「・・・・・」

「全部はムリなんだよ、リョウ。」

「・・・分かってるっつーの。」

「分かってないんだよ、アホ。にしても嫌に素直すぎて気持ち悪いな。ほんっっと昔から根暗だったが、カオリが絡むと振り切るよな、オマエ。」

「だーー!!うるせーー!!!香、香、香っておれはアイツなんかには縛られねーぞ!!

そうだ!そうなんだ!」


やってる事や言ってることが無茶苦茶だと自覚はあるが、声に出せば胸に巣食う見たくないものが消えていくように思えた。


「シリメツレツ・・だっけな?まあいい、とにかく約束は約束だ。行くぞ。男にニゴンナシ。サンシガナクテゴニモッコリ。だ。」

「・・馬鹿だろ?おまえ。」

「うるへー。バカはおまえだ。オ・マ・エ!!男にニゴンナシ。サンシガナクーー」

「さ、さっさと行くぞっ!!ほれ!早く靴履きやがれっ!!」

頭が痛くなるような会話を早く断ち切りたくて、むんずと腕を掴み外出を促す。

ニンマリと締まりのない笑みを浮かべる目の前のエセ天使を苦々しく睨みつけながら、重苦しい空気から逃げ出すようにネオン瞬く街並みへと勢いよく飛び出した。



ここはクラブアリアナ。

今現在、やけに目立つ二人組の男たちが上機嫌で、それぞれお目当ての女の子達を相手に一杯、二杯とピッチを上げて杯を進めている。広くはない店内だが、螺旋階段をアクセントに白を基調にさり気なく色のアクセントも加味された雰囲気が、落ち着いた柔らかな雰囲気を醸し出している。ソファーの座り心地も最高だが、横にいるこの柔らかい感触がなんともいえず、ムフッ。

「やっだ〜、りょうちゃんたらエッチい♫

その手が、視線がや〜らしいんですけどお?」

「いーじゃん、減るもんじゃないし。今日はクリスマスだろ?聖なる夜に男と女がすることっていえば・・・って、あれ?なにその目は?どったの?ゆうちゃん。」

この店ナンバーワンで、りょうちゃんお気に入りリストダントツトップのゆうちゃんがジト目で冷ややかなオーラを放っている。

「ノリがいいのはと〜ってもいいんですけどお、あんまりハメ外しすぎると言いつけちゃうから。」

「へ?・・・だ、だれにかなぁ〜?」

「か・お・り・さん♫」

しばし沈黙。

その間たっぷり20秒程だろうか、やっと思考回路が正常に動き出す。同時に抑えながらも僅かな不機嫌さを含んだ声が口をつく。


「・・ルール違反だろ?いい気分なとこにそんな話題は。ナンバーワンらしくないよなあ。」

「そう?」

と意に介さぬ様子で、軽い牽制を含む獠の視線をつまらなそうにゆうが交わす。

「ねえ、知ってる?この新宿でりょうちゃんと良い仲になりたいって思ってる子が何人もいること。片手じゃ足りないわよね?

私はこれでもずっと前から付き合ってる大事な彼氏がいるからそういう感情はないんだけど。」

「ありゃりゃ。りょーちゃん残念。」

「嘘ばっか〜。もう何年も前から誰ともそんな関係にならないって噂よ。いい感じになろうとするとするりと交わされるって。

私さ、なんか性格的に男っぽいのか色々相談受けちゃうワケで。りょうちゃんに振り向いて欲しくて泣いてる子達を慰めたりしてきたワケ。切実なオンナゴコロってね、悲しいのよ、とっても。」

「・・そりゃ、どーも・・」

どんどんあらぬ方向に進んでいるようで、居心地の悪さと面倒臭さに頭をガシガシ撫ぜる。

「だからね、誰にも本気にならないりょうちゃんが唯一大切すぎて仕方ないっていう香さんてどんな人かな〜って思っててね。」

「・・はあ、それで?」

「あーんなに素敵な人だったなんて。びっくりしちゃった。りょうちゃんの好きになる人だからてっきりゴージャスで〜ワイルドでぇ〜」

「なんだ、そりゃ?・・」


方や瞳をキラキラさせながら自分ワールド全開な女と、方やどんどん白けムードで覇気のない相槌しか打てなくなっている男と温度差ありまくりの空間が出来上がっていく。


「でもね、でもね、少し前に早めに出勤した時にりょうちゃんのツケを払いにきてた香ちゃんに初めて会ったの!私ぴーーんときたの!そう、ぴーんとね♫」

別にぴーんと来なくていいんですけど。

てか、おれは楽しく酒を飲みに来たのに全然楽しくないんですけど。

腕組みをしながらブツブツ1人呟く男を尻目に女は更に言葉を紡いでいく。


「・・・でね!そーいうことなのよ。・・ねえ、りょうちゃん聞いてた??」

「はいはい、聞いてたよ。店に来た香と話して意気投合して、アイツの話を聞いて背中押したところまでな。」

流すところは流し、聞き捨てならないところはしっかり耳に入れている口を尖らせて不機嫌さが顔に張り付いている目の前の男に、ゆうが思わず苦笑する。

「香ちゃんだって楽しむ権利あるもの。それに香ちゃんが同窓会行くならりょうちゃん気になって気になって止めてあげて2人の世界になるかなあって思ってたんだけど・・・知らないぞっ。あーんな可愛い香ちゃん誰かに取られちゃっても。同窓会は再開の場。新しい恋の始まりの場、だもん。ねっ?」

パチンと極上の笑みでウインクされるが、言われた言葉はナイフのように切り口鋭く、ザクザクと獠の心を抉っていく。

「Oh、no!! なんてこった!!それはイカン。

そこまで考えてなかったぞ。オレの可愛い香がーー、イテッ!ベンケイノナキドコロになんてことすんだオマエ!!」

「うるせー。無駄に日本語詳しくなってんじゃねーよ!だーれがおまえのだって?おまえにはかずえちゃんがいるだろうが!!言いつけんぞ!コラ!」

ふふふ〜んと鼻息荒く斜め上から金髪ヤローがニヤつきながら口を開く。

「カズエは今日は仕事で一日いないんだよ。

明日帰ってくるから明日は2人でスイートな夜を過ごすのさ。オレはオマエとは違ってヤルときはヤルのさ。」

「・・なんか生々しいからヤメロ、おまえ。」

「なんだよ?チェリーボーイかよ、オマエは。気持ちわるい奴だなあ。」

「ダメよ。ミック、からかっちゃ。同窓会であんなことやこんなことされちゃってる香ちゃんに、りょうちゃんの頭いっぱいいっぱいなのよ、きっと。ほら、もうこんな時間なんだからそろそろお持ち帰りされちゃってるかも。そういえば場所はホテルって言ってたから、下から上へ直行!できるもん、ねっ?ね?ね?」

「Oh、my、god!!そうだ、こんな冷たい男見限って新しいヤツに・・うわああああ!!

大変だ!今から行ってーーー」

「・・おれが行く。場所教えろ。」

ニヤリと笑うその顔とは裏腹に瞳は一切笑っていない。


やべーな、からかいすぎたか?大丈夫か、コイツ?と内心ヒヤリとしながら早口でミックが場所を告げる。


「ごっそーさん。じゃあな。」

と片手を上げて背を向け男が夜の闇へと消えていった。

「・・早く行きたかったくせに〜。素直じゃないんだから。」

くすくすと楽しそうに笑いながら手際よく水割りを作り、カランと指で一混ぜしながらグラスを指でぴんと弾く。

「スナオじゃない上にめんどくさいぐらい重たいからな、アイツは。」

「それだけ香ちゃんに・・ってことよね?」

「だな。」

願わくばあの不器用すぎる男がせめてこんな夜ぐらいは、素直さの魔法がかかりますようにとグラスを合わせる。

「・・乾杯。Good luck、リョウ。」




「でね、でね、だから!」

「なんだよ、おまえもだろ?」

クリスマスという特別な時間に触発されるように、街には甘い響きがあちらこちらで交わされているようで、いつもならやり過ごすそのやり取りがやけに勘に触る。


足早にその場をすり抜け、気づけば目と鼻の先には目的の場所が程よい灯を纏いながら、客人を招くように佇んでいる。


昨年度全面リニューアルされた新館は一階が全面鏡張りという開放感溢れる装いで、フロアから繋がるレストランは昼間は結婚式などにも使用されるような洒落た内装で、半年先まで予約がいっぱいという人気の場所でもあるらしい。

レストランからは死角になるような場所から探るように視線を走らせれば、ただでさえ一般的な女子の身長より高めの上に、数センチあるヒールを履いている香の姿を捉え、軽く安堵する。


少なくとも先程店で語られていたような状況にはなってはいないようだが、その頬はほろ酔いよりは上をいく酔い方に見え、

「飲みすぎだ、アホ」

と、誰に聞こえるでもなく口から吐かれる。

「香〜そういえば、テニス部の有坂先輩がさー槇村さんて何してるのかな?って気にしてたんだけど。」

「ん〜有坂先輩?ん〜?ん〜?あ!あの少し切れ長の目をした副会長してた先輩〜?」

「そうそう、その有坂先輩。香に会いたがってたよ。久しぶりにダブルス組みたいなあって。槇村のあのストローク最高だったって言ってた。」

「たはははは・・・あたし部員でもないのにしょっちゅう呼ばれて、ランニングだー、素振りだーって。しかも試合まで出されて、槇村走れー!って散々しごかれた思い出しかないんだけど。」

「やっぱ、気付いてなかったんだ・・アレはね香、先輩が香を好きだからあの手この手で呼ばれてたんだってば!!バレバレだったんだけどわかんなかったかなあ?」

「えええ!?ないないないない!!あのしごき見てたでしょ?動けなくなってコートでひっくり返ったあたしに、先輩しゃがみ込んで覗き込みながら、クククッて笑ったのよ?クククッ。だよ?あの顔今でも覚えてるんだから!」

「あー・・好きな子いじめる典型的なパターンだけど香にはわかんないか・・」

「ん〜??なんかいったああ?」

「そうだ、今度テニス部みんなで集まるのよ。香もおいでよ。先輩からも誘ってみてよ。みたいに言われてたのよ。」

「あー・・・うーん、うん・・」

「ね?!ね♫」

唇の動きから伝わる会話は思い出話に色付いて、ただただ明るく陰りがない。

よせばいい、と思いながらも目線を口元からは外せずにいる。


テニス?

センパイ?

聴き慣れないキーワードばかりで

胸がざわつく

そんなの俺の知らない世界の香だ

口角が歪にクッと歪み黒が増す


香の視線が斜め右に向かう。

先には2人連れのスーツ姿の男達がこちらもほろ酔いの様子で、よお!と懐かしそうに近づいて来た。

ガラス越しに見える香は、黒いシンプルなノースリーブのパーティードレス姿で、火照る頬をふう。と掌でひらひらと仰ぐ姿が、やけに幼い反面、首元から胸元までを覆うレース生地越しに透けて見える首から鎖骨にかけてのラインがドキリとするほどいやに扇情的で誘うように見えるのは、加味されている個人的な感情のせいではないはずだ。

「槇村、大丈夫か?水持ってこようか?」

「だ〜いじょお〜ぶ〜〜だから。へーきへーき。」

「やだ、香!これアル・カポネじゃない!?間違ってる、間違ってる!香に渡したのはこっち。・・ほとんど飲んじゃってるわね・・ヤバっ、ウイスキー入りだよね、これ・・」

側にいた絵梨子が焦り気味に、かおりー?かおり?と声を掛けるが、だいじょーぶだって!と胸をドンと叩きながらふらふらとふらつく始末。


なにやってんだ、と内心舌打ちすると同時に胸のポケットの無機質なソレから振動がブルルと伝わり、訝しげに取り出し開くと香の横で慌てて携帯に向かって早口で捲し立てている絵梨子の声が耳にキンキンと突き刺すように響いてくる。


「冴羽さん!?冴羽さん?聞こえてる?」

「・・あー、なに?」

「なに、じゃないわよ!あのねえ、香が飲みすぎちゃってふらふらなのよ。私もう少ししたらどうしても外せない打ち合わせがあるのよ!だから送っていけないの。え?なに??ちょっと聞こえないってばっ!!だーかーらー!とにかく迎えにきてあげてってば!」

おれじゃねーっての。そっちが周りが盛り上がり過ぎて聞こえないんだろーが。

ワントーン上がった絵梨子の声がやけに耳障りで思わず携帯を少し離し眉根を寄せる。

「なんでおれが行かなきゃなんねーんだよ。」

「・・あーそう。じゃあいいわ。香を送りたい男なんかいっくらでもいるんだから!ここホテルよ、ホ、テ、ル!!知らないんだから!バカっ!」

右手に持った携帯に真っ赤な顔をして叫ぶ絵梨子に、酔いがかなり回ったのであろう香が一声かけた後、側にあるソファに腰掛け手にしたグラスをじっと見つめている。

伏し目がちな表情に長い睫毛がよく映え、香という女の普段は隠されている魅力の一つを引き出しから無防備にさらしている様にさえ思えた。


獠の瞳が色を失う。

臨界点が導火線がどこなのか、自分でまるでわからない。


今直ぐにでも腕の中に全てを覆ってしまいたい衝動に駆られていくのは何故なのか


降って湧いた感情かと問われれば、湧き出たわけではなく、しんしんと降り積もる雪の様に、香が心に降らせた、今まで自身が持ち得なかった感情だともう随分前に気づかされていた


少しづつ自覚し、押し込めていた感情は夢が夢でなくなった時から箍がはずれるように溢れ出し、馬鹿みたいに寝ても覚めても、だ。


溺れそうなんだ

その全部に

訪れるはずだった安寧は、人並みな嫉妬や独占欲を同時に連れてくる。


「なんなんだよ・・これは・・」

戸惑いと苛立ちの先には、色が違う空間が広がる。

ガラス一枚越しのその世界が、本来香がいるべき世界なんだと鮮やかな色達が告げている様で思考は急下降で落ちていく。

「槇村、歩けるか?」

「へーき、へーき、ちょっと外の空気吸ってくるね。」

立ち上がろうとした香だが、ヒールが床の絨毯の継ぎ目にかかり、バランスを崩し思わぬ形で隣にいた男の胸に飛び込む形になる。

「ご、ご、ごめん!!」

「い、いや、大丈夫か?」

香の全身が瞬時真っ赤に染め上がっていく。

赤みを帯びた白い首筋を食い入る様に見つめる視線から逃れる様に、

「あ、あたし、ちょっと外の空気吸ってくるね!」

と腕の中からあたふたと離れながら、入口へと急いでいく。

外気に触れ、息を一つ吐く。

「はあ・・飲み過ぎちゃったかなあ・・?」

「かなあ?じゃなくて飲み過ぎだ、バカ。」


「帰るぞ。」


「へ?り、りょお???」

包み隠す様に頭からすっぽりかけたコートごと強く抱き寄せる。甘く香る香自身の匂いに、黒い部分が波立つ。


見せるな

触れさせるな

おまえの全部はここでいい


「槇村!?」

「冴羽さん!これ!」

追いかけてきた男を一瞥し、絵梨子が投げてきた香のコートを乱暴に掴むとさらに深く抱き寄せ立ち去っていく。

「ちょ、ちょっと待ってよ!絵梨子、ありがとう!」

「・・あっちゃあ・・怒らせちゃったかあ。」

「北原、あの男って・・」

「うん?見ればわかるでしょ?香のイイヒト。」

「・・やっぱ、そうかあ・・あれだけ綺麗だとそれなりの男がいるよな。すげーいい男だな。すげー怖かったけど。てか、おれ睨まれたんだけど。なんで?」

男の言葉に絵梨子が肩をすくめる。

「だってさっき香に触ったでしょ?」

「は?だってあれは不可抗力・・」

「ダメなのよ、それでも。」

「・・・まじ?」

「大真面目。」

まじかよ、アレおれが悪いのかよ。と腕組みしながらうーんと唸る男に同情の目を向けながら、深いため息が漏れた。

「はああ・・大丈夫かしら?香・・」



新宿駅を半ぱ引きずる様に通り過ぎ、点滅する信号を渡り切ると細い路地に体を滑らせコンクリートの壁に香を強引に拘束する。


「・・痛い、獠。」

「・・・・・」

香が薄茶色の丸い瞳で見上げている。

首に顔を埋めきつく吸い上げて白を赤に染める。

「ん・・はあ・・・りょ・・お」

掠れるように甘く漏れる吐息に腰の辺りに痺れが走る。疼く。

たまらず噛み付くように唇を重ねると逃げていく舌を追いかけ深く深く絡めていく。

頭の中が蕩けそうになる。混ぜ合い混じり合い、蕩ける脳は次を欲する。

冷え切った手を太腿の内側に滑り込ませると、

「!?嫌っ!!!」

と全身で激しい拒絶を香が示し、握った拳を力の限り獠の胸に打ち付ける。

「やめて・・よ、こんな・・のはやだっ!」

「なんだよ、いいだろ抱かせろよ。」

なせ拒む?

他のやつには簡単に触れさせるくせに

オレダカラカ


「やだっ!!獠!」 

「やだじゃねーよ。止めれるか、アホ。」

「やだやだ!バカ獠!」

ふらつきながらも尚抵抗を試みる様に、苛立ちが増し滑り込ませた掌を更に奥に侵入させていく。

「!?きゃあっっ!!」

「ククッ。香ちゃん、色気ねーな。なあ、女なんてみんなそうだろ?嫌だ嫌だもサインのうちってな?」


傷つけている。

わかっている、でも止まらない


驚いたように瞳を見開いた香のガラス玉のような薄茶色い二つのソレが、揺れている。

「嫌い。大嫌い。」

「・・じゃあ止めればいい。こんなおれと一緒にいるのは。今ならまだあっちに戻れるだろ?」

頭から冷水を浴びさせられているようにキンと冷えゆく心臓が苦しい。

晒すことのできないモノを隠すように言葉の刃を紡いでいく。

「女はみんな望むんだろ?こういうことを・・な。今までだってこれからだって・・な。」


再度深く深く唇に侵入する。息もできないほどに貪ると名残惜しげに離れた。

「嫌い。」

「・・ああ。」

「大嫌い。」


「・・ねえ、獠。これで満足?」


「!?・・香?」

泣き出しそうに香が笑う。

「あんたがどんなに苦しくたって、わざと傷つけようとしたって、なにしたって。

あたしは離れないよ。嫌いになってなんかあげないから。」

思わず目を見開き凝視すると、ただただ優しく温かく儚い光がそこに在る。

「どうして・・・」

少し冷えた指先が躊躇いがちに獠の頬にそっと触れる。

「どうして、あたしにそんなことを言いながらそんな風に辛そうな顔をするの?あっち側なんか今更なのに。あたしの世界はもうここなんだよ、獠。」

「香・・・」

「ねえ、獠。」


香に抱かれる。

包み込むように両の手で。心で。

引き寄せられるようにその細い肩に己の全てを預ける。ひどく心地がいい。

負の感情は溶けて溶けてカケラさえなくなっていく


「りょーお。」

「・・なんだよ?」

「もしかしてのもしかしなくてもヤキモチ?」

掌で頭を引き寄せる。

「ばーか。」

「ばかはそっち。こんなとこでなにしてくれてんのよ。思ってもないこと・・言ってんじゃないわよ。ばか。」

トンと軽く胸を突かれる。

多分今すごく情けない顔をしているはずだ。

ただの弱い男の顔は見せたくなくて、胸の中に強く抱き込む。

するいんだよ、おれは

でもおまえはそんなの全部わかって笑ってる


「あのね、獠。こうやってね、歩くの。歩きたいの。」

おれの手を取り指を絡ませながら歩きだそうとする香の顔は耳まで真っ赤に染まり、あちらこちらへ目が泳いでいる。

自分からやっといてそれはないだろう?と呆れながらもくすぐったさに顔を背け気のせいか耳が熱い。甘い。

「こ、こ、こ、恋人繋ぎっていうん・・だって!!で、で、でねっ!!」

どもってる上にひっくり返ってるぞ、声。

「りょ、獠の思い出はあたしがいっぱいいっぱい作ってあげるから!!嫌だって言ったって、ダメなんだからね!!」

・・・あ、そういうことな。

「クリスマスはね、ケーキを食べるの。あ、獠

甘いもの苦手だから少しでいいんだからね。

でね、歌を歌ってメリークリスマスって美味しいものをたくさん食べるのよ。えーと、歌はね赤鼻のトナカイさんとか、うーん?あとはー?」

ガキかよ、おれは。と苦笑するが、本気で悩む香が愛しい。

「サンキュ、香。おれはこれでいいさ。」

繋いだ手を想いを込めて握り返す。

驚いたようにこちらを見つめると、花咲くように笑った。

こんな空間おまえに出会うまで知らなかったんだ。


「獠・・・新宿駅行ってもいい?」

「ん〜?」

「イルミネーションが・・ね、すごく綺麗なの。獠と歩きたいなあ・・ってずっとね、思ってた。」

消え入りそうな声で俯きながら香が問いかける。

「ダメ・・かな?」

あーもうそれは色々反則だ。

「・・ダメじゃないけど。」

「え!?ほんとに???」

「ああ。」

強くて優しくて弱くて儚い

本当は誰にも触れさせずに腕の中にしまいこんでいたい


いつの頃からか

おれの真ん中には

いつもおまえがいるんだ


「真っ赤な〜おっはなの〜トナカイさんが〜♫」

「げげげ!?やめろ、香!恥ずかしーだろうが!!」

「なんでよ、今日ぐらいいいじゃない。だってクリスマスだもん。」

ぷうと頬を膨らます仕草まで全部が愛しいだなんておれも相当に溺れてる。

繋いだ手から伝わる香の弾んだ心が心地がいい。

「なー、香ー。」

「うん?」

「その、なんだ、おまえさあ・・」

「なあに?」

比べると少し歩幅が小さい香に合わせて緩やかに歩みを進める。

新宿駅目前の横断歩道の点滅に気づかず進む香の手を握りしめ軽く抱き寄せ腕の中に捕える。

「!?獠?」

「帰ったらおれにもご褒美くれよ・・な?」

とびきり甘い雄の声で、低く耳元で囁けば、含む意味に気づいた香が真っ赤になり頭からまたは湯沸かし器のようにしゅーしゅー湯気が立ち上っている。

「で?返事は?」

腕の中の温もりに再度囁くと、言葉の代わりにキュッと繋ぐ手に力が込められた。

「・・りょーかい。逃さねーからな、香。」

今もこの後もこれから先も、ずっとな。

「メリークリスマス、獠。」

潤んだ瞳で見上げてくる一番大事なモンを抱きながら、緑に光る新宿駅の文字の横に広がる煌めきの中に歩き出した。




「ん?んん?さっきから何?なんか言いたそうよね、なんなのよ?」

「・・あのさー、」

「うん。」

「・・おまえさ、」

「うん?」

「その・・さ、」

「・・・・」

あれ?風邪引いたかな?なんか色々ずっしり肩に重たいものが乗っかってきた気がする。

なんだろう、これ?

う〜ん?と首をひねりながら左右にコキコキ揺らしてみる。うん?まだ重い。まとわりつくようにねっとりと。

「何やってんの、おまえ。」

ちょっと呆れ顔の獠が顔を寄せながら問いかけてきた。

「なんかね、重たくって。風邪かな?」

「・・・・・」

「・・・・?」

「くそおおお!!こんなんじゃない、こんなんじゃないんだよ、おれはっ!!」

「うわっ!?びっくした!な、なに??」

「教えねーよ。」

「はああ??意味わかんない。変だよ、獠。」

しょうがないなあと呟きながらゆるりと腕に腕を絡ませる。

何故だか分からないけどクスリと笑いが漏れ、右側の大切な存在が眩しそうに目を細めた。



あとがき


クリスマス🎄に間に合うように書いていたつもりが間に合いませんでした😭

年末までに今書いてるおはなしの続きを載せられたら、、と思います🙏

また後ほどあとがきゆっくり書きたいと思います(*´∇`*)

読んで頂いてありがとうございました😊

最後、りょうちゃんが聞きたかったことは、、、(^з^)-☆