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トリニティ

おかえりとただいま。

2019.12.28 02:11

11月の最後の日

早朝に成田に

到着した息子から電話が入る。


飛行機の遅延を心配して

ゆっくりめに予約した

地元に戻る飛行機までは

だいぶ時間があるようだった。


久しぶりに聞いた息子の声。


「あ、おれ。

 今着いた〜。」


でだしはいつも一緒だ。

懐かしい声。


「おかえり。よく眠れた?」


「うん、ただいま。」



おかえり、

ただいま。


電話の向こうの声ですら

ありきたりのやり取りに

胸がジンとする。



声を聞いたのは5ヶ月ぶりだった。

オーストラリアにいる間

なんと、1度も電話をかけてこなかった。

こちらからかけたのが2回ほどだ。



もちろんメッセンジャーでは

やり取りしていた。


本人はそれで事足りるのだろうが、

声が聞きたかった。



昨年の1月の

息子が出発してしばらくは

それまでが

2人で忙しく駆け回っていたから

余計に

胸の中にポッカリ穴が

空いたみたいだった。

ご飯を食べても

味がしなかった。


これが〇〇ロスってやつなのかな。


乱暴に開けるドアの音や

ドサっと座るソファーの音もしない。

息子のいない生活はとても

静かだった。



でも、1週間を過ぎたら

少なくなった洗濯物

いらなくなった朝のお弁当、

少しずつ

楽になった生活に

慣れていった。


そう、もう覚悟はできていた。

私も私の生活を楽しもう。

まだ次女もいるし。


でも息子のメッセージは

楽しみだったオーストラリアの

ホームステイ先のご両親は

素晴らしい方だった。


お家はホストファザーが

自身で少しずつ増築され

庭には手作りの素敵な小屋もあった。

広い庭で、動物と遊べて

息子はとても豊かな気持ちで

過ごせたようだ。


ホストマザーは

ナチュラルフードを心がけて

朝はフレッシュジュースを絞り

パンもご自分で焼かれていた。

息子の誕生日にはリクエストを

聞いてラザニアを作って

祝ってくださった。


息子も暖かいご家庭の中で

たくさんの影響を受けた。

自然の中で暮らす豊かさ。

そして自ら作り出す喜びも。


そんなホストファザーが

メールをくださった。


「息子さんは

 言葉もわからない土地で

 とても頑張っていますよ。

 ご両親は

 息子さんのことを誇りに思ってください。

 学校の先生からも

 友人とも仲良くして、

 学業も優秀だと聞いています。」


そんな内容だった。

そして、改めて1人で

海外に向かった息子の

気持ちを考えた。



交換留学の目標の作文には

こう書かれていた。


「海外から日本を見つめ直すこと、

   違いを受け入れること。


   自分と違う考え方を

   否定的に捉えてしまいがちな

   自分であるが

   同じ日本人の中では

   小さな違いは

   スルーすればいい。

   言葉も習慣も違う国で

   自分が少数派になったとき、

   自分を受け入れてもらうために

   どうすればいいかを、

   考えていきたい」


息子なりにいろいろな苦労も

あったのかもしれないけれど、

電話でもメッセージでも

一言も愚痴を言うことはなかった。


自分を受け入れてもらう

努力を重ねたのだろう、

と思うと

ねぎらいの言葉をかけたかった。


ホストファザーのメールのように

たまには照れずに息子に伝えよう、

と思った。


リクエストの荷物を送るときに

手紙をいれた。


「いつも、目先の忘れ物や

   手のかかることにばかり

   気を取られて

   今まであまり褒めることも

   できなかったけれど、

   未知の国で1人

   自分を開いて、頑張っている

   あなたのことを

   とても誇らしく思います」

と。


すると、

息子から珍しく

メッセージの返信がきた。


「俺はそんなこと気にしたことないよ。

   いつもやりたいことやらせて

 もらっていたから。」


胸の中が暖かくなった。


遠く離れてみて

当たり前の日々には

気づかなかった

見えなかった

息子の姿を感じた。


そして

遠く離れたからこそ

伝えられる

伝えてもらえる

言葉があった。



あたりまえの


おはよう、


おやすみ。




ただいま、


おかえり。



毎日の短い言葉の中にも

きっとたくさんの

思いが込められていた。


一緒に暮らしていても

家にいる時間も

交わす会話も、

意外と少なかった。

今思えば

その短いセンテンスの中には

お互いを思いやる

言葉にならない想いが

込められていた。


一緒に暮らしている時間は

長いようで短い。


イライラして

声をかけても返事がない日もある。


それでもその言葉をかけられる、

たまにでも返ってくる

その瞬間の尊さを


離れて暮らしている

息子から教えてもらった

気がした。




飛行機の到着の時間だ。

地元の空港は小さい。

大きなスーツケースと

ギターを抱えた息子は

すぐに見つかる。



小さく手を振る。


また少し大きくなったかな?


目の前に立った息子を見上げながら


「おかえり」

 

と言う。


「ただいま。腹減った」



いつもの風景が戻ってきた。



帰ってきた息子は

1年前よりずっと素直に


おはよう。


ありがとう。


おやすみ。


そんな言葉たちを

たくさん

はっきり

伝えてくれるようになっていた。



違いを受け入れる、

心を開く、


1番のツールは

きっと


挨拶だったんだね。