「責任」と「迷惑」について
『前に進むための記事』は、捉え方によっては長い言い訳でしかありませんが、僕なりに物申したいこともあります。
まず、日本人は「責任」について厳しいですよね。東京裁判のせいですかね(?)。僕に言わせてもらえば、責任というのは自分で感じるものであり、他人に押し付けるものでも問うものでもないはずなんですが。「無責任だ!」と声を荒げる人たちは、自ら人に守られないと生きていけない弱い人間であることを宣言しているようなものだと気づくべきです。
本当に偉大な人は、人の責任感につべこべ言うまでもなく、むしろ自分でとれる責任は他人の分までとっちゃうものです。
2つめに、「迷惑」について。
ある記事で読んだのですが、とても感銘を受けたのでほとんどそのまま記しておきます。
日本は人に迷惑をかけないよう教わるが、インドでは、他人に迷惑をかけて生きているのだから、自分も他人のことを許しなさいと教わるらしい。
そう、迷惑なんてかけちゃいますよ、人間だもの。自分を擁護するわけではありませんが、日本人は他人にかけられた迷惑をただ迷惑として捉えるのではなく、自然の摂理として大目に見てもいいと思います。人間、誰にも迷惑をかけずに生きることなんて不可能です。
まさか日本人も、自分も迷惑をかけて生きている自覚がないわけではないでしょう。それとも、自覚がないからあまり人に迷惑をかけないよう努力しているんですかね。だから日本人は出る杭は打たれる社会で、挑戦的で刺激的な人が少ないんですか。
特に、子供の頃は知らないことばかりだし、大人になっても新しいことに挑戦すればするほど失敗もあり、誰かに迷惑をかけちゃうものです。他人に迷惑をかけることを恐れるあまり、新しいことに挑戦できないだなんて馬鹿馬鹿しくはありませんか。既に誰もがいくらでも他人に迷惑をかけて生きているのに!
だから、迷惑を理由に諦めるのはやめましょう。今まで迷惑をかけずに生きてきたとかいう思い違いはダサいだけです。そして、相手が変わり者でも何でも、他人を許しましょう。迷惑をかけてきた相手の方が自分より勇敢だったと負けを認めましょう。そして見習い、自分が次の一歩を踏めばいいのです。
「責任」や「迷惑」に怯えるのもわかります。ただ、実際にそういう風潮を作ってるのも自分たちだと理解し、一人一人が心を広く持てばきっと社会は変わります。挑戦したい人は挑戦するべきだし、そうじゃない人もせめて許すことを覚えるべきです。今は向かい風の中頑張っている若者が沢山います。応援しましょう。そうすればたぶん、日本はまだまだ大きくなると思うんです。
あ、自分を棚に上げたいわけじゃないです。あくまで個人的な見解として、偏見を抜きにして読んでいただけてたら幸いです。