風雅和歌集。卷第八冬哥。原文。
風雅和歌集
風雅倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年八月二十五日印刷。同三十日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
風雅和謌集卷第八
冬哥
十月一日おほ井にまかりてこれかれ歌讀けるに
前大納言公任
おちつもる紅葉はみれは大井川ゐせきにとまる秋そ有ける
杜初冬といふことを
圓光院入道前關白太政大臣
冬のきて霜のふりはも哀なり我もおひその森の下草
百首御歌の中に
後二條院御歌
紅葉々の深山にふかく散しくは秋のかへりし道にや有らん
初冬歌に
伏見院新宰相
草枯てさひしかるへき庭の面に紅葉散しき菊も咲けり
後西園寺入道前太政大臣
浮雲の秋より冬にかゝるまて時雨すさめる遠山の松
時雨を
太上天皇
夕日さす落葉かうへに時雨過て庭にみたるゝ浮雲のかけ
儀子内親王
山あらしにうき行雲の一とをり日影さなから時雨ふるなり
從三位盛親
ふちすさふ時雨の空の浮雲に見えぬ夕日の影そうつろふ
文保百首歌奉りし時
民部卿爲定
しくるともよそにはみえす絕々に外山をめくる峯の浮雲
冬歌の中に
前中納言爲相
時雨行雲間によはき冬の日のかけろひあへす暮る空かな
伏見院五十首歌合に冬雲を
前大納言家雅
うきて行雲のたえ〱影みえてしくるゝ山に夕日さすなり
時雨をよめる
前參議敎長
時雨の雨何とふるらんはゝそ原散ての後は色もまさらし
題しらす
進子内親王
山あらしに木の葉降そふ村時雨はるゝ雲間に三か月の影
後鳥羽院御歌
神無月雲間待まに更にけりしくるゝ比の山の端の月
永福門院
月のすかた猶有明の村雲に一そゝきする時雨をそみる
權大納言公䕃
神無月雲の行てのむら時雨はれもくもりも風のまに〱
百番歌合に閨時雨を
伏見院新宰相
おり〱に時雨をとして長き夜の閨の板まはまてとしらます
冬歌の中に
藤原爲仲朝臣
外山より時雨てわたる浮雲に木葉吹ませ行あらしかな
永陽門院左京大夫
さそひはてし嵐の後の夕時雨庭の落葉を猶やそむらん
均子内親王もき侍けるに尚至淑子をくり侍ける屏風にかさとり山のほとりを人行程に時雨のするに袖をかつきたる所
大中臣賴基
笠とりの山を賴みしかひもなく時雨に袖をぬらしてそ行
題しらす
從二位爲子
時雨行たゝ一村ははやくしてなへての空は雲そのとけき
永福門院
むら〱に小松ましれる冬枯の野へすさましき夕暮の雨
進子内親王
枯つもるならの落葉に音すなり風吹まする夕くれの雨
落葉深といふ事を人々によませさせ給けるついてに
伏見院御歌
吹わくる木の葉の下も木の葉にて庭みせかぬる山おろしの風
冬庭をよませ給ける
後伏見院御歌
しくるともしられぬ庭は木のはぬれてさむき夕日は影落にける
宇治入道前關白家に殿上人とも殘紅葉を尋ぬといふ題を讀侍ける時
四條太皇太后宮下野
心して風の殘せるもみち葉をたつぬる山のかひに見るかな
題しらす
貫之
紅葉々の散しく時は行かよふ跡たに見えぬ山路なりけり
山川に紅葉のなかるゝを見て
順
水上に時雨ふるらし山川の瀨にも紅葉の色ふかく見ゆ
弘長二年嵯峨にて十首歌講せられけるつひてに河落葉
後嵯峨院御歌
我宿の物なりなから大井河せきもとゝめす行木の葉哉
冬御歌に
後二條院御歌
神なひの山下風のさむけくにちりかひくもるよもの紅葉は
院兵衞督
神垣のもりの木の葉は散しきて尾花殘れる春日のゝ原
文保三年後宇多院に奉りける百首歌の中に
芬陀利花院前關白右大臣
吹風のさそふともなき梢よりおつる枯葉の音そさひしき
冬歌とて
權大納言公宗
入相のひゝきををくる山風にもろき木の葉の音そましれる
後一條入道前關白左大臣
いつのまに苔さへ色のかはるらん今朝はつ霜のふる鄕の庭
百首歌奉し時
徽安門院一條
秋みしはそれとはかりの萩かえに霜の朽葉そ一葉殘れる
權大納言資明
冬枯の芝生の色の一とをり道ふみわくる野へのあさ霜
題しらす
祝子内親王
霜さむき朝けの山はうすきりてこほれる雲にもる日影かな
冬御歌の中に
今上御歌
霜こほる竹の葉分に月さえて庭しつかなる冬のさ夜中
權大納言公䕃
吹とをす梢の風は身にしみてさゆる霜夜の星きよき空
冬動物といふことを
藤原爲基朝臣
をく霜はねやまてとをる明方の枕にちかきかりの一こゑ
霜を
紀淑文朝臣
殘りつる峯の日影も暮はてゝ夕霜さむし岡の邊の里
前大僧正源惠
暮かゝる日影はよそに成にける夕霜こほる森の下草
百首歌奉し時
前大納言實明女
空髙くすみとをる月は蔭さえてしはふに白き霜の明方
冬歌に
祝部成茂
紅葉せし岡へも今はしろたへの霜の朽葉に月そこほれる
三條入道前太政大臣
草葉こそをきそふ霜にたへさらめ何にかれ行宿の人めそ
寒草をよめる
前大納言實敎
ふりはつる我をもすつな春日野やおとろか道の霜のした草
建仁元年三月歌合に嵐吹寒草といふ事を
前中納言定家
淺茅生や殘るはすゑの冬の霜をき所なく吹あらしかな
冬歌の中に
從二位家隆
霜しろき神の鳥居の朝からすなく音もさひしき冬の山本
後伏見院中納言典侍
霜とくる日影の庭は木の葉ぬれて朽にし色そ又かはりぬる
後京極摂攝政大將に侍ける時家に六百番歌合し侍けるに殘菊
正三位經家
染かふる籬のきくのむらさきは冬にうつろふ色にそ有ける
人々に歌をめしてあはせられけるついてに庭殘菊といふことをよませ給ける
後宇多院御歌
庭の面に老の友なるしらきくは六十の霜や猶かさぬへき
菊を見てよめる
藤原道信朝臣
こむらさき殘れるきくは白露の秋のかたみにをける成けり
文保百首歌の中に
前大納言爲世
冬されはさゆる嵐の山のはにこほりをかけて出る月影
百首歌奉しに
正二位隆敎
おほろなる光もさむし霜くもりさえたる空に更る夜の月
題しらす
儀子内親王
吹とたにしられぬ風は身にしみて影さへとをる霜のうへの月
二品法親王覺助
長き夜の霜の枕は夢たえて嵐の窓にこほる月影
冬雲を
徽安門院
こほるかと空さへ見えて月のあたりむら〱白き雲もさむけし
河邊冬月
冷泉前太政大臣
武士のやそうち川の冬の月いるてふ名をはならはさらなん
藤原爲秀朝臣
瀨たえするふる川水のうす氷ところ〱にみかく月かけ
題しらす
後伏見院御歌
鐘のをとにあくるか空とおきてみれは霜夜の月そ庭靜なる
左近中將忠季
有明の月と霜との色のうちにおほえす空もしらみ初ぬる
冬鐘といふ事を
前大納言爲兼
吹さゆる嵐のつての二聲に又はきこえぬあかつきの鐘
曉かたに千鳥の鳴を聞て
増基法師
あかつきや近くなるらんもろともにかならすもなく河千鳥かな
千鳥をよみ侍ける
左京大夫顯輔
近江路や野嶋か崎の濱風に夕波千鳥立さはくなり
寶治百首歌に潟千鳥
正三位經朝
夕暮の鹽風あらくなるみかたかたもさためすなく千鳥哉
海邊千鳥と云ことを
平宣時朝臣
遙なる興の干潟のさ夜千鳥みちくる鹽に聲そ近つく
寒蘆を
權中納言通相
難波かた入江にさむき夕日影殘るもさひし蘆の村立
如願法師
湊いりのたなゝし小舟跡見えて蘆の葉むすふうす氷かな
氷をよめる
後西園寺入道前太政大臣
行なやむ谷の氷の下むせひ末にみなきる水そすくなき
惠助法親王
冬深き谷の下水をと絕て氷のうへをはらふ木からし
冬歌中に
前關白左大臣[●基]※左字小字
わきて猶こほりやすらん大井河さむる嵐の山陰にして
百首歌奉し時
藤原爲忠朝臣
風寒き山陰なれはまつみ川むすふ氷のとくる日もなし
冬雨を
永福門院
寒き雨は枯野の原に降しめて山松風の音たにもせす
冬夕の心をよませ給ける
伏見院御歌
梢には夕あらし吹て寒き日の雪けの雲に雁鳴わたる
正治百首歌の中に
式子内親王
むれてたつ空も雪けに寒暮て氷の床にをしそ鳴なる
霰を
前中納言爲相女
空さむみ雪けもよほす山風の雲のゆきゝに霰ちるなり
前中納言重資
風の音も寒き夕日は見えなから雲一村にあられおつなり
野外霰と云事を
如法三寶院入道前内大臣
霜こほる野へのさゝ原風さえてたまりもあへすふる霰かな
正治百首歌の中に冬歌
式子内親王
時雨つゝよもの紅葉はふりはてゝ霰そおつる庭の木のはに
題しらす
前大納言爲兼
ふりはるゝ庭の霰はかたよりて色なる雲そ空にくれ行
冬夜といふ事を
伏見院新宰相
夕よりあれつる風のさえ〱て夜深き窓にあられをそきく
霰を
權僧正永緣
冬の夜のね覺にきけはかた岡のならの枯葉に霰ふるなり
百首歌奉りし時
民部卿爲定
音たつる外面のならのひろはにもあまりてよそにちる霰かな
題しらす
章義門院
なかめやる岡の柳は枝さひて雪まつ空の暮そさむけき
藤原爲基朝臣
浮雲のしくれくらしてはるゝ跡になかは雪なる軒の山の端
雪歌中に
鎌倉右大臣
まきもくの檜原の嵐さえ〱てゆつきかたけに雪降にけり
建仁元年三月歌合に雪似白雲といふことを
後鳥羽院御歌
雪やこれはらふ髙間の山風につれなき雲の嶺に殘れる
策々窓戶前又聞新雪下といふ事を
前中納言定家
初雪の窓のくれ竹ふしなからをもる[・か(イ)]うはゝの程そきこゆる
題しらす
前中納言雅孝
降けるも眞砂のうへは見えわかて落葉に白き庭の薄雪
道命法師
庭はたゝ霜かと見れは岡のへの松の葉白き今朝の初雪
藤原朝定
さゝの葉のうへはかりにはふりをけと道もかくれぬ野への薄雪
院冷泉
跡たえてうつまぬしもそすさましき芝生かうへの野へのうす雪
寂惠法師
朝日影さすや雲間のたえ〱にうつるもこほる峯のしら雪
冬歌に
右近大將道嗣
いつくともつもるたかねは見えねとも雲のたえ〱ふれる白雪
野雪といふことを讀侍ける
内大臣
たかねにはけぬかうへにやつもるらんふしのすそ野のけさの初雪
行路雪を
藤原爲守
旅人のさきたつ道はあまたにて跡なきよりもまよ[・か(イ)]ふ雪かな
左兵衞督直義家歌合に
藤原重能
波かゝるしつえは消て磯の松こすゑはかりにつもる白雪
雪ふりける日日吉社へまうてけるに山ふかくなるまゝ風吹あれて行さきもみえす雲立むかひ侍けれは
前大納言爲兼
行さきは雪のふゝきにとちこめて雲に分入志賀の山こえ
題しらす
鎌倉右大臣
深山には白雪ふれりしからきのまきの杣人道たとるらん
山家雪
基俊
雪のうちにけふもくらしつ山里は妻木のけふり心ほそくて
文保百首歌奉りける時冬歌
民部卿爲定
ふるまゝに檜原もいとゝこもりえのはつせの山は雪つもるらし
百番歌合に山雪を
永福門院
鳥の聲松の嵐の音もせす山しつかなる雪の夕くれ
雪歌とてよめる
津守國基
みよし野やすゝふく音はうつもれて槇の葉はらふ雪の朝風
雪埋樵路と云事を
俊惠法師
爪木こる山路は雪のふりけれは世にふる道も絕やしぬらん
雪のいみしく降たりけるした慶政上人西山に住侍ける庵室によみてつかはしける
光明峯寺入道前攝政左大臣
いかはかり降つもるらん思ひやる心もふかきみねのしら雪
返し
慶政上人
尋ねいりし誠の道の深き山はつもれる雪の程もしられす
無動寺にこもりて侍ける比雪のあした藤原爲顯につかはしける
前大僧正道玄
都へも見ゆらんものをあはれともとはぬそつらき峯の白雪
返し
藤原爲顯
なかむへきそなたの山もかきくれて都も雪の晴るまもなし
題しらす
權中納言宗經
問人の跡こそあらめ松風の音さへたゆるやまのしら雪
藤原賴氏
降つもる梢の雪やこほるらし朝日ももらぬ庭の松かえ
建保五年四月庚申に冬夕を
西園寺入道前太政大臣
山の端の雪のひかりに暮やらて冬の日なかし岡のへの里
雪をよみ侍ける
從二位兼行
降をもる軒はの松はをともせてよそなる谷に雪折のこゑ
三嶋社に奉らんとて平貞時朝臣すゝめ侍ける十首歌の中に松雪を
前大納言爲兼
山おろしの梢の雪を吹たひに一くもりする松の下陰
雪歌に
前中納言定資
夜もすからふる程よりもつもらぬは嵐やはらふ松のしら雪
從三位盛親
夕暮のみそれの庭やこほるらん程なくつもる夜半の白雪
從二位爲子
花よたゝまたうすくもる空の色に梢かほれる雪の朝あけ
院よりめされける卅首歌中に
永福門院内侍
ふれはかつこほる朝けの柳なひくともなき雪のしら糸
冬歌とて
前大僧正道意
朝日さす軒端の雪はかつきえてたるひの末におつる玉水
朝雪といふ事を
後伏見院御歌
岡の邊やさむき朝日のさしそめてをのれとおつる松の白雪
後西園寺入道前太政大臣
野も山もひとつにしらむ雪の色にうす雲くらき朝明の空
徽安門院
うすくもりまた晴やらぬ朝明の雲にまかへる雪の遠山
題しらす
院一條
み雪ふる枯木のすゑのさむけきにつはさをたれて鳥鳴なり
後鳥羽院御歌
鳥かへる谷のとほそに雪ふかし爪木こるおの道や絕南
儀子内親王
うすくもりおり〱さむくちる雪にいつるともなき月もすさまし
前大僧正覺實
ふりすさむ夕の雪の空はれて竹の葉白き軒の月影
藤原親行朝臣
吹かくる簾も白くなりにけり風によこきる夕くれの雪
百首歌奉し時
前中納言重資
うつもるゝくさ木に風の音はやみて雪しつかなる夕暮の庭
冬歌とて
院一條
山本の竹はむら〱うつもれて雪しつかなる夕暮の庭
冬地儀と云ことを
左兵衞督直義
見渡せは山本とをき雪のうちに煙さひしき里の一むら
夕雪
伏見院御歌
ふりつもる色より月のかけに成て夕暮みえぬ庭の白雪
前大納言爲兼
くるゝまてしはしははらふ竹の葉に風はよはりて雪そ降しく
屏風の繪に雪のふりたる所
貫之
みよし野の山より雪は降くれといつともわかぬ我宿の竹
題しらす
讀人しらす
池のへの松の末葉にふる雪はいをへふりしけあすさへもみん
うは玉のこよひの雪にいさぬれんあけん朝[・け(イ)]にけなはおしけん
貫之
物ことにふりのみかくす雪なれと水には色ものこらさりけり
水上雪といふ事をよめる
源仲正
もろともにはかなき物は水の面にきゆれはきゆる淡の上の雪
文保三年後宇多院へめされける百首歌の中に
二品法親王覺助
ふりつもる雪まにおつる瀧川の岩ねにほそき水の白波
氷上雪を
從二位行家
かつ結ふ氷の程もあらはれて雪になり行庭のいけ水
雪のふりたりけるつとめて俊賴朝臣もとによみてつかはしける
修理大夫顯季
雪ふりてふまゝくおしき庭の面は尋ねぬ人も嬉しかりけり
俊賴朝臣
我心ゆきけの空にかよふともしらさりけりなあとしなけれは
正應二年十一月廿八日賀茂臨時祭の還立またせ給程上達部殿上人あまたさふらひて夜もすから御歌合なと有ける朝ほらけ雪さへふりていとおもしろく侍けるをおなし五年のおなし月日臨時祭にて雪ふりて侍けれはおほしめしいつる事ありて御硯のふたに雪を入て淨妙寺關白其比こもりゐて侍けるつかはさせ給ける
伏見院御歌
めくりあふおなし月日は思ひいつや四とせふりにし雪の明ほの
御返し
淨妙寺關白前右大臣
つもれともつかへしまゝのこゝろのみふりてもふりぬ雪の明ほの
冬聲と云ことを
進子内親王
ふりはれてこほれる雪の梢よりあかつき深き鳥の初聲
朝雪を
覺譽法親王
ふるはるゝ朝けの空は長閑にて日影におつる木々の白雪
雪歌の中に
從二位隆博
日影さすそなたの雪のむら消にかつ〱おつる軒の玉水
鷹狩を
前中納言爲相
御狩野に草をもとめてたつ鳥のしはしかくるゝ雪の下柴
前大納言公泰
御狩するかた山陰のおち草にかくれもあへすたつきゝすかな
前大納言爲兼
谷こしに草とる鷹をめにかけて行程をそきしはの下道
文保三年後宇多院へ奉りける百首歌の中に
前大納言爲世
風さゆるうちのあしろ木瀨をはやみ氷も波もくたけてそみる
前中納言雅孝
山深き雪よりたつる夕けふりたかすみかまのしるへ成らん
安嘉門院四條
小野山はやくすみかまの下もえて煙のうへにつもるしら雪
住吉社に奉りける百首歌の中に炭竈
前大納言爲家
すみかまの煙に春をたちこめてよそめかすめる小野の山本
遠炭竈と云ことを
平貞時朝臣
すみかまの煙はかりをそれとみて猶道とをし小野の山里
冬夕の心をよませ給ける
御御歌
暮やらぬ庭のひかりは雪にしておくくらくなる埋火のもと
住吉社に奉りける百首歌の中に爐火を
皇太后宮大夫俊成
埋火にすこし春ある心して夜ふかき冬をなくさむるかな
冬歌の中に
太上天皇
さむからし民のわらやを思ふには衾の中の我もはつかし
寶治百首歌に冬月
後深草院少將内侍
雲のうへのとよのあかりに立出て御はしのめしに月をみるかな
文保三年後宇多院へめされける百首歌の中に
民部卿爲兼
乙女子か雲の通路ふく風にめくらす雪そ袖にみたるゝ
永仁五年五節のまつりの日申させ給けち龜山院御歌
面影も見る心ちするむかしかなけふ乙女子か袖のしら雪
御返し
伏見院御歌
忍ふらし乙女か袖のしら雪もふりにし跡のけふの面影
文保百首歌の中に
權中納言公雄
忘れすよ豐のあかりのみ衣きつゝなれしは昔なれとも
賀茂臨時祭の舞人つとめける時社頭にて讀侍ける
前左兵衞爲成
山あゐの袖の月影さ夜更て笛吹かへす賀茂の河風
文治六年女御入内の屏風に十二月内侍所御神樂所
皇太后宮大夫俊成
ことはりや天の岩戶もあけぬらん雲井の庭のあさくらにこゑ
冬歌の中に
永福門院右衞門督
殘なくなとしもはやくれれ竹の嵐にましる雪もすさまし
正治二年人々に百首歌めされけるついてに年の暮を
後鳥羽院御歌
けふまては雪ふるとしの空なから夕くれかたはうちかすみつゝ
十二月十七日立春節方違に外へまかりて曉有明の月を見て
中務卿宗尊親王
入かたの影こそやかてかすみけれ春にかゝれるあり明の月
冬庭といふ事を伏見院御歌
をのつから垣ねの草もあをむなり霜のしたにも春や近つく
歳のうちの梅を讀侍ける
貫之
一とせにふたゝひ匂ふ梅の花春のこゝろにあかぬなるへし
百首御歌の中に
後鳥羽院御歌
おしみこし花や紅葉のなこりさへさらにおほゆる年の暮れかな
題しらす
永福門院
あれぬ日のゆふへの空は長閑にて柳の末も春ちかくみゆ
冬歌とてよめる
卜部兼直
美濃うさもかはりやするとよしさらは今年は歳の暮もおしまし
百首歌奉し時
關白右大臣
今年また暮ぬと思へは今更に過し月日のおしくも有かな
藤原爲明朝臣
いたつらにけふさへくれはあすか川又としなみの數やかさねん
寶治百首歌の中に歳暮を
正三位知家
暮ぬとて何かはいそく年をへて人のためなる春と見なから