風雅和歌集。卷第九旅哥。原文。
風雅和歌集
風雅倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年八月二十五日印刷。同三十日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
風雅和謌集卷第八
旅哥
人の馬のはなむけに
貫之
遠く行君を送ると思ひやる心もともに旅ねをやせん
雨のふる日兼茂朝臣物へ行に兼助馬のはなむけする所にてよめる
久方の雨も心にかなはなんふるとて人のたちとまるへく
遠くまかりける時四條皇太后よりさうそくを給はせたりけれは申ける
康資王母
旅衣はるかにたては秋霧のおほつかさをいかになかめん
遠き所へまかりける人につかはしける
民部卿爲定
目に見えぬ心を人にたくへてもやる方なきは別なりけり
百首歌に暁を
安嘉門院四條
いつかたに有明の月のさそふらん空にうかるゝたひの心を
題しらす
順德院御歌
旅ころも朝たつ人はたゆむなり霧にくもれる明くれの空
修理大夫顯季
梓弓いる野の草の深けれは朝行人の袖そ露けき
藤原定宗朝臣
逢坂の關はあけぬと出ぬれと猶道くらし杉の下䕃
藤原賴成
深き夜に關の戶出てあしからの山本くらき竹の下道
藤原行朝
富士のねを山よりうへにかへりみて今こえかゝるあしからの關
藤原朝定
我のみと夜ふかくこゆる深山路にさきたつ人の聲そ聞ゆる
山路梯といふことを
道全法師
岩たゝみのほりわつらふ峯つゝき雲にはつれてみゆる梯
院に卅首歌めされし時山旅
權津師慈成
行末はなをいくへとも白雲のかさなる峯に又むかひぬる
夕旅行を
院御歌
雲霧にわけいる谷は末暮て夕日のこれる峯の梯
修行しけるに先達にて侍ける權僧正良宋もとへつかはしける
前大僧正道昭
分きつる山又山はふもとにて嶺より峯の奧そはるけき
山を
延政門院新大納言
山髙みいつれを分てこえゆかんあまた跡ある岩のかけ道
五十首歌よみ侍けるに旅
前大納言爲兼
めにかけて暮ぬといそく山本の松の夕日の色そすくなき
寶治二年百首歌めされけるに旅行
從三位行能
一村の里のしるへにたつ煙ゆけともとをみ暮る空かな
題しらす
和氣仲成朝臣
行暮て宿とふ末の里の犬とかむる聲をしるへにそする
本如法師
夕ま暮まよふ山路はこえ過て宿とふ里にいつる月影
旅月を讀侍ける
從二位爲子
こえなやみ我身行[・イニナシ]とまる夕山の尾上を月は今そいつなる
平維貞
行きとまる草の枕の露にしも我まちかほにやとる月かな
九月十三夜いつく嶋へ參りけるに備後のともといふ所にて海邊月といふことをよめる
藤原公重朝臣
あたら夜の月をひとりそなかめつる思はぬ磯に波枕して
題しらす
從三位基輔
夜もすから蓬もる月を枕にてうちもねられぬ浪の音哉
藤原賴氏
とまり舟入ぬる磯の波の音に今夜も夢は見らくすくなし
藤原公重朝臣
夜をこめて旅のやとりをたつ人はくまなき月を明ぬとや思
羇中嵐を
前參議俊言
吹おろす富士の髙ねの朝嵐に袖しほれそふうき嶋か原
あつまへまかりけるにやす川を渡るとて
前大納言爲兼
やす川といかてか名にはなかれけんくるしきせのみ有世と思ふに
さ夜中山にて
峯の雲浦はの波をめにかけて嵐を分るさやの中山
旅歌とて
光明峯寺入道前攝政左大臣
さゝの葉のさやの中山長き夜もかりねの夢は結ひやはする
あつまへまかりける道にてよみ侍ける
前大納言爲兼
たかせ山松の下道わけ行は夕嵐吹てあふ人もなし
旅宿友と云事を
聖尊法親王
あすも又おなし道にと契るかなとまりかはらぬ夜はの旅人
前左大臣家に卅首歌よませ侍ける中に海底と云事を
前大納言公泰
天の原八十嶋かけててる月のみちたる鹽に夜舟こくなり
雜歌の中に
前太宰大貮俊兼
あしの葉に雨ふりかゝるくらき夜の入江の舟に都をそ思ふ
世中さはかしく侍ける比みくさ山をとをりて大くら谷といふ所にて
前大納言尊氏
今むかふかたはあかしの浦なからまた晴やらぬわか思ひかな
はりまなる所に住侍ける比常に見渡したる方を旅人のとをるも哀に見をくられてよみ侍ける
永福門院内侍
うらやまし山だのくろに道もあれや都へかよふをちの旅人
前大納言爲兼安藝國に侍ける所へ尋ねまかりて題をさくりて歌よみけるに海山といふ事を
道全法師
海山の思ひやられしはるけさもこゆれはやすき物にそ有ける
讚岐より都へのほるとて道より崇德院に奉りける
寂然法師
なくさめに見つゝもゆかん君かすむそなたの山を雲なへたてそ
松山へおはしまして後都なる人のもとにつかはさせ給ける
崇德院御歌
思ひやれ都はるかにおきつ波たちへたてたるこゝろほそさを
雜の御歌の中に
後鳥羽院御歌
過きつる旅の哀をかす〱にいかてみやこの人にかたらん
祭主定忠
行うつるところ〱のおもかけをこゝろにとむる旅の道かな
權大納言公䕃
露にふし嵐に袖をかさねきて野山の旅も日數へにけり
後伏見院御歌
とふ鳥のなかめの末も見えぬまて都の空を思ひこそやれ
寶治百首歌中に旅行
兵部卿隆親
分きつる露の袂はほしわひぬまた里遠き野への夕暮
旅歌の中に
正三位經家
ゆきすりの衣にうつれ萩か花旅のしるしと人にかたらん
題しらす
人麿
いさやこらやまとへはやくしらすけのまのゝ萩原手折てゆかん
笠金村
しほつ山うちこえくれはわかのれる駒そつまつく家こふらしも
讀人不知
里はなれとをからなくに草枕たひとし思へは猶こひにけり
敦賴あつまのかたへくたりけるに人々餞し侍けるに
從三位賴政
はる〱と行もとまるも老ぬれは又逢事をいかゝとそ思ふ
題しらす
道因法師
はかなくもかへらん程を契るかなさらぬ別になりもこそすれ
贈左大臣範季みちの國のかみにてくたり侍につかはしける
從三位賴政
歸まてえそ待ましき君か行末はるかなる我身ならねは
崇德院松山におはしましけるに參りて日數へて都へ歸りなんとしける曉よめる
寂然法師
かへるとも後には又と賴むへき此身のうたてあたにも有哉
つくしへまかりける道より都へいひつかはしける
登蓮法師
故鄕をこふる淚のなかりせはなにをか旅の身にはそへまし
旅歌に
民部卿爲定
ふる鄕にかよふ心の道はあれとこえて跡なき峯の白雲
秋の比あつまに思ひたつこと侍ける時
藤原有範朝臣
山姬の紅葉のにしき我にかせ故鄕人にきてもみゆへく
寶治百首歌に旅宿
前大納言爲家
あはれなとあひも思はぬ故鄕も旅ねとなれは戀しかるらん
山階入道前左大臣
露なから結ふをさゝのかり枕かりそめふしのいく夜へぬらん
從三位行能
いはしろの岡のかやねを結ふ夜も夢は都にかはらさりけり
旅歌中に
前大納言爲兼
故鄕に契りし人もねさめせはわか旅ねをも思ひやるらん
結ひすてゝ夜な〱かはる旅枕かりねの夢の跡もはかなし
讀人しらす
たまかつまあへしま山の夕霧に旅ねしかねつなかきこのよを