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りっちゃんブログ

子育てブログ②

2019.12.29 05:53

夕方いよいよ病院に向かいました。

陣痛の間隔が10分と規則正しくなってきたのです。

到着後すぐに内診。

ところが、この時まだまだ私の子宮口は殆ど開いておらず…

『時間かかりそうだから、何か食べて力をつけといてね。あと、階段とか登り降りして動いてね』

と言われてしまいました。

すぐにこの子に会えると思ったのに… 

いささかガッカリしながら、ひたすら病院の階段を何往復も…途中激しい痛みと張りに襲われ、泣きたい気持ちでした。

「こんな時、旦那って普通一緒に歩いてくれないのかね〜」

そんな独り言をブツブツ言いながら階段を歩き、部屋に帰るとソファ横たわり野球中継をラジオで聞いている旦那。

コンビニで買ってかきてくれたおにぎりとチーズ蒸しパンをかじって横になりました。

痛みはやはり10分間隔のまま。

その痛みのせいで眠ろうとしても眠れず。

ナースコールすると、

「多分、明日のお昼ぐらいになるから、少しボーッとするお薬飲んで寝ましょう」

言われるがままに薬を飲まされ、たしかにウトウト出来ました。


その時、悲劇が起きたのです。


半分寝ぼけた状態だったため力を入れてはいけないところに力が入ってしまい…

『パーン』と何かが破裂するような間隔とともにまるで幼稚園の頃、夜中に何やら生暖かい液体が体から出てびっくりする感覚。

『出たー』

思わず叫んでしまいました。

となりのソファーで仮眠していた旦那も驚いて跳び起き電気をつけると…

確かに私の体から大量の液体が…

そう破水してしまったのです。

泣きたい気持ちと恥ずかしい気持ちと複雑な感情の中、ふとお腹を見ると、驚いたのは今まで硬い風船のようにパンパンに張っていた私のお腹が小さくなり、赤ん坊の形がはっきりと分かったこと。


そこからが本番でした。

何が本番って。陣痛とは今までのような甘いものではなく、言葉では表現しきれないほどの痛みが5分間隔で襲ってくるのです。

涙と声が我慢しきれずこぼれます。

隣で慌てる旦那。思わず看護師さんに

「この痛みを止める薬ないんですか?」


『あるわけないやろー』と心の中でツッコミましたが、この時は旦那がなんだか健気に見えました。


「背中さすってー」

「痛いー」

「うぎゃー」

「あとどれぐらいですかー?」


本物の痛みとの格闘が2時間続いた頃、当直の男先生がやって来て

「まあ、これぐらいの心音の落ち込みは大丈夫でしょう〜」

とめんどくさそうに言い残して出て行きました。

『え?心音が落ちてる?』

急に不安になりました。

『ここまで頑張ってきたのにまさか…息子に会えないとか…大丈夫なん?あの頼りない医者…』

その後も容赦なく痛みは続きました。

コンクリートの壁を掘りたくなるくらいの…電気の傘が憎くなるくらいの…耐えきれないくらいの痛みは続き、明け方4時再度息子の心音が…

流石に看護師は危機感を覚えたのか、自宅にいる私の主治医に連絡を取ったようです。

痛みと不安との闘いを続けていると…


まるで山姥のような様相とボサボサの髪の私の主治医が目の前に。

「よく頑張ったわね。切りましよう。」

主治医の先生が来てくれたことに安堵すると同時に、

『切る?え?帝王切開?』

想定外でした。

でも正直、もうなんでもよかった…

早くこの痛みから解放され息子に会いたかった…

自然に涙がこぼれました。


『これで助かる』


まもなく、私は観察室から手術室に移され帝王切開により第一子を無事に出産しました。


1996年6月24日 5時3分  天気は雨



妊娠が分かってから約8ヶ月。

自分の中に自分以外の命が少しずつ少しずつ大きくなることの不思議さと何とも言えないしあわせな気持ち。

一人でいても一人じゃない感覚。

はじめての出産することへの不安はありましたが、それ以上に早く会いたい気持ちの方が勝り、それが叶ったこの日。

初めて自分の腕でこの子を抱いた瞬間、私はまた産みたいと思いました。


この日から本物の子育ての始まりです。


(つづく)