80歳代の情熱
テレビで80歳代の男性が自宅で天文の数学を口で電卓をたたき、計算して研究している。
しかも、両眼が見えず、両手も失っている。
彼は天文の本はほとんど読んだという。
すなわち、高年齢、失明、身体障害の3重苦にもかかわらず、明るく生きているという
事実に私は感動したのでした。
妻の協力を得て、この偉業を行っているのは本当に素晴らしい。
彼の履歴は次のとおりである。
戦時中に彼は幼なじみの人に結婚の申し込みをして、戦争に行ったのであった。
そして、彼は戦争で両眼と両手を失ったという。
戦後、彼は種々の事情から、その彼女とは結婚せず、自立の道を選んだ。
彼は理科と数学に優れていたので、私塾で数学を口で教えたという。
そして、これが評判となり、その塾は繁盛したという。
その名声によって、マスコミにも取り上げられることとなった。
そして、その縁によって、戦後40年後に彼は先の彼女と再会ができることになったという。
彼女は戦後、別の人と結婚したが、再会時にはその夫と死別した状態だったという。
それで、二人は戦後40年後に結婚することになり、いまでは中睦まじい夫婦になっているのである。
妻の協力なくて、彼の天文の研究は続かない。
いわば、ヘレンケラーとサリバンの関係である。
二人三脚での80歳での充実した人生。
だからこそ、今日テレビで取り上げられたのであった。
私はこの番組を見て、勇気を与えられた。
なぜなら、私は今後どうしようかと考えていたからである。
私は今システムの仕事をしているが、ビジュアルベーシックの言語でのシステムに携わっていて、この言語に精通しなければならない状態にある。
そのためには細かくて面倒で、緻密な作業をしなくてはならない。
記憶力も必要とされる。
若い人にはできても、高年齢者には適さないかもしれない。
今後とも、この仕事をつづけることが能力的に可能か悩んでいたのである。
しかし、80歳にしても難しい天文学に精通しているこの人の姿をみて、私にもできるのではないかとの思いを強くしたのである。
しかも、この人は両眼か見えず、両手も十分使えない。
私はまだ、60歳代で両目も両手も使えるではないか。
何を言っているのだ。
ただ、やろうという強い意志がないだけではないか。
Strong will があれば何でもできるのではないか。
不動産賃貸業でも、社会貢献でも、システムでも、英語でも出来るじゃないか。
私は何を悩んでいるのだ。
勇気を出して、更に前進しようではないか。
私はこの番組を見て、強い闘志を燃やしたのでした。
私は私自身に言いたい。
私よ。希望を持って、勇気を持って、当面の課題に全力で当たれ。
気力、体力、知力の全力を尽くせ。
結果はおのずとついてくる。
80歳代でもシステムエンジニア、プログラマーであったら素晴らしいではないか。
80歳代の名医と同じではないでしょうか。